平成17年1月1日

Pax Japonikaではなくパックスヤパーナを国家目標とせよ!
         (パックスアメリカーナを戦争無くして受け継ぐのだ!)        

                                  
一歩踏み出す会 幹事長 藤本 龍夫

参照 http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/
http://kobe.cool.ne.jp/fujimototatsuo/


一  パックスヤパーナを国家目標とせよ。

 パックスヤパーナとは、日本の文明力で世界をリードする時代のことである。
これを国家目標にしたい。パックスアメリカーナは、野蛮すぎて人類に有害である。このアメリカの時代が始まったのは、1945年からであった。
米国の主導する国連軍は、日本占領中に国際法に違反して、事後法によってカンガルー裁判を行った。これは国際法学者の指摘するとおり違法なリンチ事件であった。これが、いわゆる「東京裁判」事件と呼ばれるものである。

そのことを別にしても、米国の主導する世界は、あまりにも野蛮であり、文明が約300年後退したといえよう。我が国で言えば信長の時代よりも、さらに遡って縄文時代よりもさらに前の時代に遡るか、遡っても無かった野蛮さである。
この野蛮な時代が1945年から続き2005年まで続くとは、何という不幸な時代であったのだろうと感慨ひとしおである。

しかし愚痴をこぼすことはするまいと思う。我々には明るい未来が待っているのである。
劇作家の林秀彦先生(一歩踏み出す会名誉会長)によれば、日本は神様に依怙贔屓されている国なのだ。イスラエルやPLOを見なさい。岩山だらけの不毛の土地を争っているでしょう。それに引き替え日本列島は緑島山であり、森には神様の住む国なのです。そんな話が、確かに納得できる国柄である。

しかも我が国の先人は、権威と権力の分立制を見事に創り上げ継承してきたのである。権力の分立制は、国家権力を相互牽制させることによって国民を守ろうという制度であるが、この権威と権力の分立制は、それよりもさらに優れている。しかも、権威は歴史の裏打ちが必要なのである。そして皇室がその模範を示すのみならず、多くの庶民の信頼が皇室に向けられなければ成立し得ないのである。
このような制度と言うより文明を打ち立ててきた父祖の知恵と勇気に感謝したい。

昭和20年は、日本文明の精華である皇室が野蛮人の手によって破壊されそうになったときであるが、我らの先人は、よく持ちこたえて今に残してくれたのである。
当時の国連は、日本軍の無条件降伏と国体の決定を国民の選挙によることを条件として提示し、我が政府は、この条件を受諾して戦争を終結することを決定した。この決定に際しては、昭和天皇ご自身が皇室の存否を国民の決定にゆだねることを了承し、国民の生命を助けることを優先されたのである。国民もまた、その意気に打たれて皇室の存続と安泰を強烈に支援したのである。

人間の偉大さは、このような緊急事態において、よく見極めることができるが、実に実に昭和天皇の偉大さとそのときの国民各層の偉大さがよく分かる。それにもまして権威と権力の分立を継承し、君臣一体となった国柄を残してくれたことは、何が最も重要であるか、その最も価値あるものが何であるかを明確に指し示したと思う。
我が国の国柄は、太古よりこのように皇室は常に国民の安寧を祈り国民もまた皇室の静謐と繁栄を祈るものであったのだ。
ここで、昭和天皇の御製を引用して、陛下の常に国民を思う姿勢と勇気と本質を見抜く目を思い出してみよう。またその時々の国民各層の皇室への敬愛の念が結びついた我が国の国体を思い出してみよう。

ここから無断引用してみる。
http://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/88/8801/880104.htm

大正十三年

 「新年言志シンネンノココロザシヲノブ」
*あらたまの年をむかへていやますは 民をあはれむこころなりけり

昭和三年

 「山色新サンショクアラタナリ」
*山山の色はあらたにみゆれども わがまつりごといかにかあるらむ

昭和八年

 「朝海アシタノウミ」
*あめつちの神にぞいのる朝なぎの 海のごとくに波たたぬ世を

 「一年前のことを思ひいでて鈴木侍従長をして白川大将の遺族に贈れる歌」
 をとめらの雛まつる日に戦をば とどめしいさを思ひ出でにけり

 昭和十三年

 「神苑朝シンエンノアシタ」
*静かなる神のみそのの朝ぼらけ 世のありさまもかかれとぞ思ふ

 昭和十五年

 「迎年祈世トシヲムカヘテヨヲイノル」
*西ひがしむつみかはして栄ゆかむ 世をこそ祈れとしのはじめに

昭和十七年

 「連峰雲レンポウノクモ」
*峰つづきおほふむら雲ふく風の はやくはらへとただいのるなり

 昭和十八年

 「農村青年」
*ゆたかなるみのりつづけと田人らも 神にいのらむ年をむかへて

 昭和十九年

 「海上日出カイジャウヒイヅ」
*つはものは舟にとりでにをろがまむ 大海の原に日はのぼるなり

 昭和二十年

 「社頭寒梅シャトウノカンバイ」
*風さむき霜夜の月に世をいのる ひろまへきよく梅かをるなり

 「戦災地を視察したる折に 三月」
 戦のわざはひうけし国民クニタミを おもふこころにいでたちてきぬ

 「前同」
 わざはひをわすれてわれを出むかふる 民の心をうれしとぞ思ふ

 「終戦時の感想」
 海の外トの陸クガに小島にのこる民の うへ安かれとただいのるなり
 (外国と離れ小島にのこる民の うへやすかれとただいのるなり)

 「前同」
 爆撃に倒れゆく民の上をおもひ いくさとめけり身はいかならむとも

 身はいかになるともいくさとどめけり ただたふれゆく民をおもひて

 国がらをただまもらんといばら道 すすみゆくともいくさとめけり

 「皇居内の勤労奉仕 二首」
 戦タタカヒにやぶれしあとのいまもなほ 民のよりきてここに草とる

 「前同」
 をちこちの民のまゐきてうれしくぞ 宮居のうちにけふもまたあふ

昭和二十一年

 「松上雪ショウジャウノユキ」
*ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ 松ぞををしき人もかくあれ


他にも多くの御製が残されているが、この昭和21年の御製は、格別に感じられる。
国連軍は我が国を占領中であり、戦闘は終わったが戦争は未だ終わらず、いわば捕虜の長として日本国民を安住の地に連れ帰ろうと孤軍奮闘していた時期である。国内では、多くの国民が昭和天皇を信頼し支持していたとはいえ、共産党や一部の国際法学者が、国連軍最高司令官の鼻息を窺い、英語で言えばブラウンノーズの状態にあったときの作である。
国連軍が、ラジオで戦争贖罪意識洗脳計画に基づき「真相箱」というデマを真実のごとく垂れ流し、厳しい検閲を隠れて行っていた時期である。
何たる勇気、何たる英まいなる君主であろう。しかもこのときの国民のほとんどが、共に苦難を乗り越えるべく昭和天皇の元に集まったのである。この国体こそ、人類の至宝なのである。



さて、我が国は古来より言葉に威力のある国である。その言葉が衰退しつつあるのが看て取れる。つまり政治を行う者が言葉を正確に使えず、歴史を語る言葉を持たず、さらには我が国の国柄を見失っているのが現状であろうと思う。
もう一度、原点に戻り言葉を噛みしめ、本来の日本を取り戻さなければならないと思う。
その方法は、一つには日本国の目標を言葉に表すということによって、2つ目には政治において言葉に忠誠を誓うという行動を通じてである。



我が国は、1970年頃、万国博覧会の頃までは、多くの人々が経済復興によって1等国に追いつく目標を持っていたと思われる。ところがジャパンアズナンバーワンと言われるころには、目標を失い漂流し、1等国になることを怖れはじめたようなのである。欧米諸国の敵視を見て、戦前の悪夢が蘇ったのではないかと想像しているが、場当たり的に中国を大きく育て、日本の経済力を突出しないよう総需要抑制策を推進してきたようだ。そのため、バブルの頃にも公共事業を抑え、不動産価格の高止まりを放置してきたのである。もしも、このときに国債を発行して過剰に流通する紙幣を回収したうえ、公共事業によって田舎に大規模な住宅を開発し、地下の交通機関を使って短時間に交通できるようにしていたら、日本人の住宅は、実に広く立派になっていたのであり、不動産価格の高騰は無かったのである。

国家指導者が、欧米諸国の矛先をかわすために、場当たり的に中国を大きく育てたようだ。現状をよく観察してみれば、ある程度の評価はできるだろうが、しかし、我が国の負担が大きすぎることを認識するべきであるし、また危険でもあった。なぜなら、日本の経済規模を小さくすることによって、安全を求める選択をした場合、大きくなった中国と欧米が手を握り、日本に歯向かってきたときの危険性の方が大きすぎるからである。
 やはり選択肢としては、日本経済を大きくし、国民に広く大きな住宅を与え、人口を増やした方が良かったと思われる。

我が国では、マスコミや大学教授が最初に狂うのが通例である。これは大きな新聞社、放送局が、独占企業であり、そこに安住する記者が競争にさらされることもなく、生活実感がないためであろう。また大学が生活を保障しているため大学教授が考える力を失いやすいからであろう。
このような事情から多くの嘘を垂れ流し、その批判を受けることもないが、公共工事を増やしてきたというのは間違いなのであり、減額してきたのが事実なのである。

以下に、丹羽春喜経済学博士の指摘する公共工事額の資料を掲載してみよう。丹羽教授は大学教授でも別格であり、天才なのである。

年度    金額:兆円     対前年度比:%
  1995      42.20         …    
  1996     40.80        - 3.3   
  1997     38.67       - 5.2
  1998     38.52        - 0.4
  1999      37.59         - 2.4
  2000     34.37         -8.6
  2001      32.04       - 6.8
  2002     30.03        - 6.3
  2003     26.00        - 13.4
  2004(4〜6月) 23.65(年率換算)  - 9.0



人間はパンのみに生きるにあらず、言葉(思想)を生きる動物である。
人間は、本能が薄れ、学習したソフトで生きていくわけだが、この言葉(思想)が失われたとき、本能に頼ることもできず、漂って生きるしかなくなるのである。すなわち生きる屍となるのである。そのため、ある者は、無気力となり、ある者は邪悪な行為に走り、ある者は死を選ぶのである。
今日のように世界の基礎条件が大きく転換するときには、我々は何処より来たりて何処へ去るのか、そのような根元的な、そして本質的な疑問に答えなければ未来を切り開くことができないのである。すなわち哲学が必要な時期が来ているのである。
我は、何故に生まれ、何故に存在するのか。また日本国は何故存在し、何のために継続するのかが問われていると思うのである。



このような根元的な問いかけに答えるには、夢や理想を語る他に仮説もまた役に立つだろう。つまり日本人の理想は何だろうかと問いかけるとき、また仮説を設定して考察するとき答が浮かんでくるのである。
明治から昭和20年頃までの日本人の理想は、意識するかどうかは別として人種差別の撤廃、植民地の解放であった。
それゆえ日本国も、日清戦争でその準備を整え、日ロ戦争で暗黒の世界に希望の火を灯し、大東亜戦争においては、人種差別の撤廃、植民地の解放を目的として戦ったのである。
戦争の勝敗は、その戦争目的をどこまで達成したかで判定するが、我が国だけで世界から人種差別を一掃し、植民地を解放してしまったのであるから、圧倒的勝利である。アジアを独立させるのみならずアフリカ諸国も独立させたからである。

軍隊と軍隊が戦う戦闘においては、敗戦したが、国家と国家の戦いである戦争では、圧倒的勝利を得たことに異論はないだろう。
大東亜戦争後のニューヨーク国連本部には、続々と植民地から独立した国家元首が集まってきたのである。日本が戦闘を停止したのを幸いに植民地奪還戦争を行ったオランダ、フランス、イギリス、そのほか米国も日本軍がこのときのために、民族の代表者に行った軍事訓練と負けじ魂の教育成果により撃退されてしまったのである。
それにつけても中国は、人種差別撤廃の妨害をしたうえ、日本軍の戦闘停止後に北朝鮮に軍隊を送って戦争し、ベトナムにも軍隊を送った札付きの国である。
この人種差別の撤廃目標は、太平の眠りから覚めた明治の初めから、我が国の悲願であった。それが、ついに実現したのである。米国の黒人がニューヨークに集まった黒人の国家元首をテレビで見たとき、勇気づけられたことは論を待たないのであり、すぐに公民権運動が始まったのである。
これが事実に基づく、いわば事実的歴史であるが、政治的歴史とは、中国の主張するような歴史をいう。すなわち現在の政治指導部が求める歴史である。日本が中国を侵略したとか南京で30万人も虐殺したとか、あるいは韓国の主張するような従軍慰安婦として若い女性を日本軍が連行したというような歴史である。
 韓国や中国、あるいは米国やイギリス、フランスなどが主張する歴史は、政治的歴史であり、現政権に合わせた事実のねつ造を行う歴史である。従って、事実に基ずく事実的歴史の話と受け取ってはならないのである。



それでは現在の日本人の理想とはどのようなものか。それが問題となる。理想を持たない人間は、生きる価値を見いだせず、元気を失うからである。

国内においてその萌芽が見られるが、米国流の勝者一人勝ちの社会はやめにして、2流の人であっても生きていける社会が望ましいという意見が出始めている。また税金負担の少ない社会を求めている。つまり一人一人の個人がその能力を生かせる社会が好ましく、個人もまた能力を、自分のためではなく他人のために、広くは人類のために、日本文明を深化させるために使いたいと思い始めているように観察できるのである。

これに対して小泉総理の施政方針は第1に米国の国益に資するように日本社会を変えていくことである。それは関岡英之氏が「拒否できない日本」(文春新書)700円で指摘するとおりである。
この政策は、日本人の「助け合い精神」を破壊することを目的としているのであり、日本人の理想を打ち砕く方針だといえるだろう。また小泉総理には、国連の行った戦争贖罪意識洗脳計画(ウオーギルトインフォーメーションプログラム)によってねつ造された歴史観が色濃く反映されているため、個々の思いつきで行った良い点があるとしても、最終的には、日本人を地獄につき落とす道を進まざるを得ないのである。

小泉政策は、改革の名の下に、多くの会社を倒産させ、公共事業を少なくし、河川の氾濫や地震の被害を大きくさせて、米国への送金を増やすものである。そのため国家の借金が膨大であり、予算措置がとれないと嘘を流したりもするのである。
もしもそれが真実であれば、救われるのだが、明らかな間違いである。それは政府がイラク戦争を起こした米国を助けるために、ドル買いを行い、35兆円も米国に送金したことによって証明されるが、このことを国会もマスコミも問題とはできないでいる。
その中の3兆円でもいいから中越地震の被災者にお見舞いを送れば、10万人の被災者に一人当たり3000万円を与えることができ、これから死んでいく人々を助けることができるのである。アメリカ人に優しく同胞に苛烈な植民地の代表者が小泉総理なのである。



ここで私なりに日本人の理想を書いてみようと思う。これはもちろん、私の考えであり、同意しない人々がいることは知っているつもりである。すなわち仮説である。
現代における日本人の理想とは、人類を繁栄に導き、幸福を追求できるための基盤を作ることであり、人々の助け合いが行われ礼儀の整った世界を創ることである。そのためには税金を安くして個人の理想を実現できるような社会を国内においても国外においても求めているのである。
この理想を実現するには、個人においては持続的継続的な努力が必要であり、国家においては、それを阻む国家があれば説得を旨としつつも戦争をも辞さない決意が必要である。

単なる平和主義者は、有害無益であり、人種差別の撤廃、植民地解放の理想の世界を創るため、生命を掛けた先人の偉業をよく観察することが必要なのである。
すなわち、日本人の理想は、日本人の歴史の延長線上に設定しなければならず、そうでなければ実現は覚束ないのである。

歴史は未来の羅針盤である。我々は未来に向かって西洋の手こぎボートのように背中から進んでいくのである。従って我々は、日本人の歴史を見据えながら道を外れぬよう、先人の残した理想の轍をはずれないよう進まなければならないのである。

この道は苦難の道になるだろう。それは日清戦争によって暗黒の世界を切り開く準備を整え、日露戦争によって、暗黒の闇の中に、ただ一本の燭光を灯した歴史を思い出せば、十分想像が付くだろうが、さらに大東亜戦争では、人種差別の撤廃と植民地解放の理想を掲げて戦い、そして戦後に受けた非難罵倒の歴史を思い出せば理解できるだろう。
しかしながら、『成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはならぬ。』( シェイクスピア )のである。


ここで、植民地を独立に導いたアジアの指導者の言葉を引用しよう。

マレーシアの元上院議員「ラジャー(王)・ダト・ノンチック」

『私たちアジアの多くの国は、日本があの大東亜戦争を戦ってくれたから独立できたのです。日本軍は、永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信とを与えてくれました。永い間眠っていた自分たちの祖国を自分たちの国にしよう〃というこころを目醒めさせてくれたのです。私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育をおこなってくれたのです。私もあの時にマラヤの一少年として、アジア民族の戦勝に興奮し、日本人から教育と訓練を受けた一人です。・・・・・途中省略・・・・

私たち南方特別留学生が日本で教育を受けたころの日本は、現在の日本とは比べることができないほど貧しい国でした。しかも、あの当時の日本は、全身傷だらけになって、アジアを西欧植民地から解放するための大東亜戦争を戦っておりました。私たちはその貧しい戦時下の日本で、『日本の素晴らしさ』を与えられました。あの当時の日本人は、心と心がふれあう交わりをもって、アジア諸国に偉大な遺産を遺してくれました。すなわち400年の永きにわたった植民地体制を打破し、アジアの青年たちに民族自決(独立)を戦いとる決意と覚悟を与えてくれたのです。

 私たちは、日本の青年が命を捨て血を流して遺してくれた、尊い偉大な遺産を基にして、祖国の独立とアセアンの結成を成し遂げたのです。』


「日本人よありがとう」日本教育新聞社 より抜粋



それでは現代における「日本国の理想」とは何だろう。それは、仮説であるが、日本人の理想が達成されるよう同じ理想を掲げ、国民が幸福を享受できるよう、また理想を実現するため補助することであろう。
その理想を具体的な目標とするとき、それは、どのような言葉で表すことができるだろうかといえば、「パックスヤパーナを目標」とすることであると思う。

目標とは、それを掲げることによって今何を成すべきかが明確に分かるものでなければならないのである。「美しい日本を創る」とか「たくましい日本を創る」ということは、目標とはなり得ないのである。会社でそのような目標を掲げれば、明らかに目標たり得ないことが分かるだろう。社員は、今何を成すべきか、それが明確に把握できないからである。
 また、「パックスヤパーナを国家目標」とした場合、米国の敵視を受けるやもしれないと危惧する人も多いだろうが、独立国家は、まず意見において独立をなすのであり、その次に実際において国家が独立するのが順序なのであるから、宗主国の力におびえる植民地根性は不要なのである。

名称については、「日本の時代」を目標とするといってもいいが、それでは意味があまり通じないし、パックスアメリカーナに代わってパックスジャポニカとかパックスジャパニカといってもいいが、濁音は印象が悪い故、「パックスヤパーナ」を日本文明が世界を指導する時代であると言うことにしたい。
日本文化といえば茶道や剣道などの他に歌舞伎や相撲などもあるが、私は日本人が何気なく日常の行動で示す形を日本文化と考えている。そして日本文明とはその集合した意味で使うことにする。

夜に見る夢は、自分がどこから来てどこへ去っていくのかを悟らせてくれるように思うが、昼に見る夢は理想の意味である。
この理想を何度も思い描いていると、現実的な目標が自動的に脳内に作り始められる。
目標を定めると、人生が味わい深く意義深く感じられるようだ。とりわけ人類のためになる大きな夢を描くとき、坂の上の雲を見つめながら、貧窮の中で精進した明治の雄志達も何かしら近しく感じられるし、大東亜戦争に打って出た昭和の勇者の苦痛も身内に蘇るようだ。

ここでも、大東亜戦争をアジアの指導者がどのように見ていたか、引用してみよう。
国連軍最高司令官マッカーサーは、日本占領後の戦争中に、「大東亜戦争ではなく太平洋戦争と呼べ」と日本国民に命令したが、ここでも私は事実に基づく歴史を述べるため、「大東亜戦争」と言うことにする。

元タイ首相「クウリット・プラモート」

『日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは難産して母体をそこなったが、生まれた子供はたちはすくすく育っている。
今日、東南アジアの諸国民が米国と対等に話ができるのは誰のおかげか。
それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためだ。
十二月八日は吾々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大な決意をされた日である。吾々はこの日を忘れてはならない。』




我が国は、1970年代から目標を失って迷走し始め、漂流し始めたと思う。国民もまた、夢を失ったのではないかと思う。
それが大蔵省の総需要抑制策に現れ、やがて場当たり的に中国を助け、やがてはアメリカを助けるため、低金利政策を採用し、バブルを創って破裂させたのだろうと思う。
その後も、財政出動を行って少し景気が良くなったら増税を行って元の木阿弥に戻し、また財政出動を行って、少し良くなったと思ったら、今度は橋本総理の消費税増税で谷底に転落し、金融恐慌の一歩手前までいって、小渕総理が財政出動して景気を回復させたのである。

今は森総理と小泉総理とが続けて緊縮財政を行ったため、景気は山を越え谷を潜り、波間に浮かんでいるところである。これから、またしても9兆円の増税を行って、波間から出ていた景気が海底に沈むところである。
何たる無知、何たる惨害だろう。

このような結果は、経済理論的には有効需要の原理によって明らかである。

有効需要の原理とは

(政府支出+民間投資支出(在庫投資を除く)+貿易黒字)>(貯蓄+税収)


左辺を右辺より大きくする政策をとれば、必ず景気が上昇する。必ずである。

このような不等式で表すことができるのであり、過去の経済変動もこの不等式の通り変動しているのである。

我が国政府は、この経済理論を無視して政策を決定している。麻生総務大臣があきれてしまうのも無理はない。

麻生総務大臣の言葉も引用してみよう。
総務相は、橋本内閣が1997年度から消費税率引き上げなど総額9兆円の国民負担増に踏み切ったことで景気が急激に悪化したことを指摘したうえでこのように述べている。

「景気回復の芽を摘んだ元凶は大蔵省(現・財務省)の財政再建原理主義。景気に与える影響を考えずに同じことを2度も3度もやったらアホだ。悲劇を通り越して喜劇だ」
麻生総務大臣閣議後記者会見の概要 平成16年12月7日(火)より。

http://www.soumu.go.jp/d-news/2004/1207.html

おそらく日本経済を上昇させるチャンスは、それほど多くは残されていないだろう。なぜなら、貧乏神総理とその黒幕が、嘘の情報を流し続ける能力と実力は非常に高いと思われるからである。また国民が自暴自棄になって自分のことだけを考えるようにし向けられているからである。おそらくアメリカインディアンもこのようなやり方で、さらに過酷に追いつめられ自殺させられたのだろうと思う。

 そこで、日本人の原住民である私としては、単に経済面からだけではなく、理想面、現実面、精神面、軍事面、科学面、歴史面など多面的な観点から、多くの考察を行った上で、経済力を押し上げると同時に、その経済力の勢いを使って、日本国を実質的に独立させ、日本人の理想社会を国内で実現したうえで、パックスヤパーナによって世界人類が繁栄と幸福を享受できるよう、一の矢、2の矢、3の矢、4の矢と用心深く準備して、少しずつでも行動していこうと思う。


10
日本人はいつの時代でも自己評価が過少である。そのため、世界の国々が日本国の指導を仰ぎたいとラブコールを寄せても、遠慮してしまう。今の日本人は理想を見失って迷走し、国家もまた漂流しているようだが、世界の人々を繁栄と幸福に導くことができる実力を備え、そのノウハウを持つのは日本文明を保持する日本人しかいないのである。もう少し謙虚に反省するべきだろう。

現在の米国が保持するパックスアメリカーナは、少なくとも10年前後で維持できなくなるだろう。米国が横綱を降りるときが近づいている。一つには経済力が突出している訳でもなく、2つにはアメリカの文明にあこがれを持つ人々が少ないからである。
3つ目としてドル本位制がEUでは通用しなくなっているからである。そのためドルを印刷して輸入を続けることが以前より困難となっていると思うからである。
 そこで、次の時代をどのようにしていくかが問題となるが、やはり人類のためには、パックスヤパーナの時代とするべく準備を始めておかなければならない。なぜなら、他の文明では人類を幸福にできないことが証明済みだからである。またこれを準備しておかなければ、急にその役が、日本に巡ってきたときには、混乱の中で大戦争を引き起こすからである。

11
日本国の目標を「パックスヤパーナの実現」とした場合には、そこから当然ながら、我が国の弱点を解消することが要請される。そこでまず、その裏返しの表現になるが、我が国の不安をはじめに列挙することにしよう。
 我が国の不安は

第1に国と地方の累積債務残高(約850兆円〜1000兆円)
第2に財政赤字(中央政府、地方政府とも)
第3に少子高齢化
第4に年金制度

第5に地震
第6に津波
第7に地政学的不安
第8に核攻撃(中国が日本に照準を合わせている核兵器が約200基)
第9に政治と経済の一極集中

第10に海路の遮断
第11に食糧自給
第12にエネルギー自給
第13に環境

第14に魂の消滅
第15に教育
第16に情報漏れ
第17に共同体の消滅である。
これらの弱点を解消し、日本国の実質的な独立を勝ち取り、さらにパックスヤパーナ実現のために国内的な体制と国際的な体制を準備しておかなければならない。
他にも我が国の不安はあるだろうが、はじめから全部を拾いだすのは、煩雑である。
そこで、大きく、この17の不安をとりあげ、その後、どうしても記載しなければならない事柄を追加していくことにしたい。




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二 目標の達成時期を決定していこう

12 具体的な目標は17の不安解消であり、次には、その時期を設定しなければ実現は不可能となる故、目標を達成する時期を大きく4期に分けていこう。
第1期は、これから10年間である。キリスト教歴で2005年から2015年である。
第2期は、その後の10年間である。キリスト教歴で2015年から2025年である。
第3期は、その後の10年間である。キリスト教歴で2025年から2035年である。
第4期は、その後の500年間である。キリスト教歴で2035年から2535年である。


13
第1期は、これから10年間である。2005年から2015年である。
この第1期の目標はGDP(国内総生産)を1000兆円にするべく元気いっぱい歩き出すことである。毎年8%の成長を維持すれば10年で2倍の経済規模になるのである。

これによって4つの不安を解消できるのである。
第1に中央政府、地方政府合計の累積債務残高(約850兆円〜1000兆円)
第2に財政赤字(中央政府、地方政府とも)
第3に少子高齢化、
第4に年金制度

経済の高度成長は、これらの4つの不安を速やかに解消し、日本国の実質的な独立を早めてくれるだろう。我が国は軍事的には米国の植民地であること首都を取り囲む米軍基地を眺めれば納得できるだろう。この米軍は、いったん事あれば基地から飛び出してくるのである。
それは、かつてライシャワー大使がその自叙伝の中で書いているとおりである。さらに証拠を挙げれば、我が国の憲法には軍隊を持たないと規定しているように、軍隊を持たないと規定する憲法とは、植民地の憲法なのである。独立国家はどの国も軍隊を持つと規定しているのである。

このような現状にある我が国の実質的な独立は、どこから始めるべきかといえば、日本人の真実の歴史を取り戻し脳内にそのソフトを組み込みつつ、経済力を強大にし、同時に軍事力を増大させていくことだろう。順序は脳内のソフトが先行するだろう。経済力の強化は国民の負担を少なくするからである。


14
経済の高度成長(といっても8%に過ぎないが)は割合簡単である。国民の欲求を満足させれば良いからである。我が国民は忍耐強く寡黙であるが、実は多くの不満を抱えているのである。例えば住宅が狭いために子供を育てられない、お金が少ないために環境に力を入れられないとかである。これらを満たすようにすればいいのである。これが基本であるが、政府が計画するときには、さらに、上に記載した17の不安を同時に解消するよう準備しなければならない。その実施事項はあまりにも多岐にわたり膨大であるので、重要点だけを列記していこう。

15
住宅面積倍増計画が必要である。我が国の人々は、多くの我慢を強いられてきたが、住宅の狭さは格別、不満が大きい。なぜ日本人にはこんな狭い住宅をあてがわねばならないのか。すでに供給力は過大にあるのだ。住宅をほしいと言えば、たちどころに建設会社が建ててくれるだろう。
日本人はロボットと相性がよい。そのため住宅は、ロボットが動き回れるよう一人当たり100平方メートルくらいがいいだろうし、これからは家族の価値を高くして行かねばならないと思うから、10人家族で住めるように、1世帯当たり1000平方メートルくらいは必要になるだろう。
これを推進していけばよい。少子高齢化はすぐに解消できるのである。

16
大規模な住宅は、田舎に造るといいだろう。もちろん都会にもマンションを大家族用に造り替えることも必要である。このような政策を実行すれば、一般諸物価は高騰しないだろうが不動産価格は値上がりし始めるだろう。それを適当な価格に調節するには、供給を増加させれば良いのである。そのためには大深度地下をリニアー新幹線で結び、東京大阪は30分、全国を網の目のように交通できるようにして行けばよい。もちろん地上も道路整備が必要である。我が国の道路事情の貧弱さは目を覆うものがある。早急に国民の求める広い住宅が安価で手に入るよう、道路や鉄道を整備して都心に30分で到着できるようなインフラが必要である。しかし道路用地の買収は、時間とお金が膨大である故、すぐにでも取りかかれる大深度地下から始めるのが実際的である。大深度地下は、大深度地下の利用に係る法律により、個人の所有権が及ばないからである。

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 さらに、大深度地下をリニアー新幹線で結び、東京大阪は30分でつなぎ、奈良に皇居を予備的に創るとよい。これは核攻撃にあったときの避難場所としても使えるが、本来的には、日本人の魂を取り戻すことが目的である。我々の先人は明治開国以来、息つく間もなく野蛮な世界を切り開き、平和な世界を作り上げるために走り続けたのである。
そのため魂を置き去りにしてきた可能性が高いのであり、魂が追いつく時間をも原初に帰って待つ必要があると思われるのである。同時に政治と経済の機能が首都圏に集中している現状において地震や核攻撃に遭遇したときの、スペアーが必要なのである。

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 次に地震と津波対策として各自の家屋の下側にシェルターを設けて、津波の時にはここに逃げ込めるようにしなければならない。地下室は地震に強く、しかも津波の押し寄せる地域では、この地下室シェルターに逃げ込んで1ヶ月を過ごせるようにしておけばいいし、核攻撃があったときも、ここに逃げ込んで難を逃れることができる構造にしておけば、併用できるだろう。津波は昼に襲ってきても高台に逃げる人はまれである。まして夜に襲ってきたときには、億劫だし、避難路が分からないだろう。従って耐震性と対津波と対核攻撃に耐えるシェルターを各人の地下に設け、公共施設にも耐震性か免震性を持った建物を建てて日本国民を守らなければならない。

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地政学的不安は、明治時代も現代も同様に存在する。朝鮮半島とサハリンに大規模な兵力を集結された場合には、日本は戦うか死か、2者択一を今も迫られる。
そこで、この不安を解消するため太平洋側の排他的経済水域に500年の使用に耐える新素材を開発して、そのメガフロートで新大陸(現在の日本の面積と同じ規模の大陸)を創り、メタンハイドレートや海底希少資源の採掘の他、太陽光発電や宇宙太陽光発電から送られたマイクロ波の受電設備も設け、30万人都市をワンユニットにして、これを空母としても活用できるようにしなければならない。
 こうすれば我が国は、戦うか死か、逃げるかの三者択一関係を得ることができるのである。我が国は排他的経済水域も含めれば、世界で七番目に広い国家なのである。
 将来的には太平洋やインド洋で沈みかけた島々にも、この新大陸のユニットを贈って人類の幸福のために貢献しなければならないと思う。


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以上の不安解消策と平行してMD(ミサイルディフェンス)を配備し、核兵器を配備していこう。
核兵器を廃絶するためには、まず日本が配備することが重要である。自分は泥の中に入らず、きれいなハンカチを握りしめながらでは、核廃絶の実現は不可能である。

また核兵器の配備は、米軍を日本から追い出すための必要条件である。米国の主張はロシアからの核攻撃を米国の核の傘を提供することで防ぐことができる。あるいは中国の核兵器が合計200基ほど日本に照準を合わせており、その攻撃から日本を守るために米国の核兵器を搭載した空母や基地が必要であるというものである。しかし、よくよく考えてみれば、他の暴力団から守ってやるという暴力団と同じである。どちらにしても暴力団の指図を受けるのであれば、自前の核兵器を配備して、どちらの暴力団の指図をも受けない方が得策である。
米国の主張を真に受けていれば未来永劫、日本の独立は不可能となり、51カ所も治外法権区域を設定され、多くの日本人が植民地根性に染まって独立自尊心を失うことになる。

我が国は独立を目指さなければならず、その次に、「パックスヤパーナ」を実現して人類に貢献しなければならない。いつまでも道草を食っている暇はないのである。


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 そして憲法改正の準備をしていこう。我が国は独立国家を目ざすのである。軍隊を持たない憲法とは植民地の憲法である。この憲法によって日本人の使命を明確にしなければならない。

1000年後の人類は、20世紀を一言で総括するなら、日本人が単独で人種差別を廃絶し、植民地を解放した時代であると記載するだろう。

この憲法に盛り込む内容を列記しておこうと思う。
まず
第1に日本人の理想を盛り込むこと。
第2に国益を守るために戦争を恐れないことを書くこと。
第3に制度を平時と戦時に分けて書くこと。
第4に独立自尊を盛り込む。
第5に日本人の真の歴史とその歴史的使命を前文に書き込むこと。
第6に12月8日を人類解放記念日として明記すること。
第7に日本文明を人類に普及させることを明記すること。
第8に教育目標に日本人の使命と人格陶冶を盛り込むこと。
第9に経済政策においては国民の生命を優先させることを盛り込むこと(自殺者を出してはならない)
第10に、キリスト教歴を廃止して日本歴を採用すること。
第11に日本の領土をメガフロートで海に向かって拡張すること、宇宙へも伸長させること。
第12に日本国の元首は天皇陛下であり、国家の儀式は主として神道、仏教形式によること。
第13に権威は天皇陛下に由来し、統治権は国民に由来する。権威と権力の分立制を採用すること。
第14に国民は自国防衛のための義勇兵となる権利を有する。
第15に君主が国民を思い、国民が君主を敬愛するという国体を明示すること。
その他は、追って書き込むことにする。

 また国際体制として新しい国連を作っていこう。米国と日本だけで新しい国連を創るのである。現在ある国連は、日本に原爆を投下した国連であり、新しい革袋が必要なのである。
日本軍が米国西海岸からアフリカまでの秩序を維持していこう。駐留米軍は全国民の総出の花吹雪を持って追い出すか、日本軍の指揮下に入れよう。


22
以上で
第1に中央政府、地方政府合計の累積債務残高(約850兆円〜1000兆円)
第2に財政赤字(中央政府、地方政府とも)
第3に少子高齢化、
第4に年金制度
第5に地震
第6に津波
第7に地政学的不安
第8に核攻撃(中国が日本に照準を合わせている核兵器が約200基)
第9に政治と経済の一極集中
これらの不安が解消できると思われるが、実は、その財源が問題である。
我が国は現在、多額の累積国債発行残高を抱え、財政赤字もふくらみ、貧乏な国家であると言われて久しいが、これも全く事実と異なるのである。

考えても見よ。世界一の金持ち国家が日本であるのに、何故、政府に金がないのか。不思議だと思われるだろう。これがトリックなのである。昔、大東亜戦争の末期には大本営発表というのがあり、戦果の報道において敵の損害ばかり発表したことがあったが、同じ事を現在でも財務省が行っているのである、

どのような報道を行うかと言えば、政府と地方の借金が850兆円になった、大変だ。国民一人当たり600万円もの借金だと発表するが、政府の金融資産が約500兆円あることを発表しないのである。すなわち、純債務は370兆円であり名目GDPに対する比率は74.3%となり先進国の中では平均的なものであることを隠すのである。
これには政府の持つ不動産を含めていないのであるから、これを含めて計算すれば、さらに低下することは明らかである。(経済コラムマガジンより http://www.adpweb.com/eco/ )

一国の財産状況は国際収支統計に表れるのであるが、財務省の国債収支統計によれば、2004年末のわが国の対外純資産(対外資産385,5380億円−対外負債162,4180億円)は172,8180億円(約172兆円)であり、他の主要国と比較すると、1991年末以降13年連続で世界最大の純資産を保有している事が分かる。
これを報道しないのである。

また、国債が借金であると半面の嘘を流すのである。
国債が借金であることは事実であるが、それは形式的な議論でのみ妥当するのであり、国債とは本質的には、総支出(総需要)を調節するための手段でしかないのだ (ラーナー『雇用の経済学』第一章)
それはまた、庶民が想像するところの借金とは異なるものである。すなわち日銀が国債をたとえば、500兆円買取って保有した場合に、その利息収入は日銀の手にはいるが、その利益は政府に納めなければならず、単なる帳簿上の債権債務となることから明らかである。
さらに明確に国債の本質をとらえるためには、政府の子会社である日銀を、年末30日に政府に吸収合併するところを想像すれば良い。そうなると国債の債権者が政府となるのであり、債権債務が同一人格に帰属することになり、民法における混同の法理により、債権債務が消滅するのである。これを借金と呼称することには、いささかの無理があることが分かるだろうと思う。


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さて、以上のような知識を前提として、我が国経済の高度成長を推進するためには、どのようにしていけばよいか、過去の例から考えていけば自ずから明らかとなる。
結論から言えば、先に記述した、住宅面積倍増計画、大深度地下リニアー新幹線網、核シェルター、奈良遷都、耐震設計の建物など、我が国の不安を解消するための公共工事を毎年50兆円規模で増加させればよいだけである。あるいは、公共工事が消化しきれないのであれば、住宅ローンの支払いに苦しむ人々に、一人当たり1億円ずつ配布しても良いし、子育ての補助金として若い子育て家庭に赤ちゃん1人当たり1000万円ずつ配布しても良いのである。


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財源については国債と政府貨幣とがある。国債は形式的には、政府の債務であり、多くの人々が借金であると誤認している現状からすると嫌がるかもしれない。それなら政府貨幣を財源としても良い。日本国では現在、貨幣として日銀券と政府貨幣が流通している。
昭和天皇ご在位60周年記念では、政府が政府貨幣を発行して、発行益を稼いだが、紙幣を発行することも可能なのである。その場合には、日銀券と同様に流通させるために、同じデザインとする方が良いだろう。この場合、例えば1万円札を発行すると、諸経費を除いて政府に約9980円の発行益が生まれる。これを財源にして50兆円規模の需要を増加させればよい。

さらに、丹羽経済学博士の提唱するように、政府の貨幣発行権限証書、50兆円分を日銀に販売し、日銀にある政府の口座に、50兆円分の振り込みをしてもらう方法もある。これなら流通するのは日銀券のみだから、実務的な工夫はいらないだろう。
また国民の国債発行恐怖症を軽減するために、政府紙幣発行権限300兆円を日銀に販売し、国債を償還することもいいかもしれない。


このような政府貨幣を財源とする方法は、正統的な手法であり多くの経済学者の提唱するところである。我が国では丹羽春喜博士、小野盛司博士、齋藤 進氏、荒井 彰氏などである。

そのほかには、ブキャナン(ノーベル賞受賞者)、ワグナーが、「需要不足の経済状態から脱出するための理想的な経済政策は、政府貨幣発行を財源とする赤字予算を組むことである。・・・・・」 Buchanan, J.M. and R.E. Wagner, Democracy in Deficit: the Political Legacy if Lord Keynes, New York, Academic Press, 1977 (深沢実・菊池威訳 『赤字財政の政治経済学』文眞堂, 1979年)。と賛同している。

またポール・サミュエルソン(ノーベル賞受賞者)は、「円通貨の増刷を直ちに始め、3年間の減税政策を実施せよ。」・・・・[2001]「小泉首相に税率引き下げ提言」静岡新聞 論壇 平成13年6月1日号、と訴えている。

その他、スティグリッツ(ノーベル賞受賞者)は、「少量の紙幣増発はデフレをうち消す。第一の方策として消費税減税、第二の方策として投資に対する税額控除を提案する。・・・ 」日本経済新聞 2002年5月9日(水)と主張している。

ディラードは、「政府貨幣発行を認めないことは管理通貨制度を否定することに等しい・・・・・」Dillard, Dudley D., The economics of John Maynard Keynes,1948(岡本好弘訳、『J.M.ケインズの経済学 : 貨幣経済の理論』)といい、ラビ・バトラ は、「日本に捧げる新経済5ヵ年計画」「税収減は紙幣の増刷で補う」 1996年発行「JAPAN 繁栄への回帰」(総合法令)と意見を述べている。

最近では、榊原英資氏がスティグリッツ氏の示唆を受けて「政府貨幣を発行して構造的デフレを乗り切れ。・・・・・」[2002]「<日本が構造的デフレを乗り切るために>政府紙幣の発行で過剰債務を一掃せよ」「中央公論」2002年7月号と主張し始めている。

気鋭の経済評論家、荒井 彰氏は、「まず政府が600兆円の長期国債を発行し、日銀がこれを引受ける。これで終わりである。この時点で形式的に日本の長期公的債務問題は解決することになる。ところで600兆円と言う金額は地方の債務問題をも考慮しているからであり、国の分だけなら400兆円もあれば十分と考える。
・・・・政府は、たしかに年間18兆円の利息を日銀に払うことになるが、日銀の収入は最終的に国庫に納められる。利息として払う18兆円はまた政府に戻ってくるのである。つまり国債を発行し、日銀が引受けることによって、実質的にコストのかからない資金600兆円を、政府は手にすることができるのである。」「もう一つの累積債務の解決方」『経済コラムマガジン』151号(2000年2月21日)http://www.adpweb.com/eco/ と主張している。これらは、国債の本質をとらえた議論なのであり、国債を借金と誤認するような経済学者ではないのである。


25
以上の経済政策を実施した場合にどのようになるかは、日本経済復活の会、小野会長が日本経済新聞社の持つ「NEEDS 日本経済マクロモデル」を使って計測したシミュレーション結果で明らかである。
つまり、50兆円規模の公共事業を5年間実施した場合には、初年度10%の経済成長を達成し、インフレ率は5年継続した後で1.2%程度である。税収の増加によって財政黒字が膨大となり、企業収益は3倍に増えるのである。
詳しくは、ここで確認されたい。http://www2.wbs.ne.jp/~hukkatu/2003-04-16.htm


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多くの間違った情報を流し続けられた結果、日本が貧乏になって、二進も三進もいかないと考える者が多いが、日本は世界一裕福な国家であり財源は膨大である。

また公共投資の経済効果は非常に有効であることは過去の経済対策を一瞥すれば、明らかである。
下図は、高名な経済学者、植草一秀氏の講演記録からの抜粋である。植草氏は、現在、積極財政を嫌悪する勢力の罠にはまって裁判中であるが、必ず無罪となるだろう。

ここから無断借用した。
http://www.zenmoku.jp/moku_kankei/keiei/uekusa_lec/






図を見れば明らかなように、財政出動を行えば、必ず景気は上昇し、増税や財政緊縮政策を行えば必ず景気は下降している。従って、やるべき事は明確であり、公共事業を行えばよいのである。その額については。シミュレーションの結果によれば50兆円規模で5年続けると良いことが分かるのである。

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財政健全化のためにも財政拡大が必要である。
下記のように増税を行えば、必ず景気が下降する結果、国税収入が減少するのである。そのことは経済理論的に自明であるが、下図のように過去の実績によっても明らかである。
http://www.zenmoku.jp/moku_kankei/keiei/uekusa_lec/10.html



28
以上の経済対策により、第1に中央政府、地方政府合計の累積債務残高(約850兆円〜1000兆円)が、対GDP比で格段に減少する。簡単な分数計算でも納得できるだろう。
日本の累積債務残高は、2004年度末で約850兆円(財務省の試算によれば、2005年度末で774兆円)らしいが、企業の粗利益を合計したGDPは、約500兆円である。
このようなときに、政府支出を削減すれば、借金の重みが大きくなることが分かる。

例えば50兆円の国債を発行して子育て支援費用として赤ちゃん一人当たり4000万円を支給する。1年に産まれる子供は、約120万人だから、これで約50兆円の政府支出が増える。この場合、乗数効果といって、約3倍の波及効果が生まれるが、この点を、大幅に譲って1倍の乗数効果しかないと仮定して計算してみよう。
そうすると1年目に国債発行残高は900兆円、GDPは550兆円になる。
この場合、借金の重みは900/550=1.64倍になるが、もともとの借金の重みはいくらだったかというと850/500=1.7倍であった。つまり国債を発行して政府支出を増加させる方が借金の重みが小さくなるのである。

逆に、50兆円の政府支出を減らして国債の償還を行ってみよう。
現状で850/500=1.7倍の借金の重みが、800/450=1.78倍となる。
借金の重みが増えた上に、国民の所得が10%減少するのである。
財政出動を行って景気を良くし、国民の所得を増やすと、借金の重みが軽くなることが納得できるだろう。

したがって第2の不安である財政赤字(中央政府、地方政府とも)も財政黒字に転換するのである。
さらに景気が良くなれば人口が増え始めるので第3の不安である少子高齢化が解消され、年金への拠出金も十分に増加する結果、第4の不安である年金制度が安泰となる。
第5の地震、第6の津波、第7の地政学的不安、第8の核攻撃(中国が日本に照準を合わせている核兵器が約200基)、第9の政治と経済の一極集中、これらも同時に解消されるのである。



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三  第2期は米国の覇権を戦争なしで受け継ぐことを目標にしよう。2015年から2025   年の期間である。


米国の経済力は、まもなく覇権を維持することができなくなる。そのときの、どさくさに紛れて中国やロシア、フランスやドイツなどが乗り出す可能性がある。10年間の経済成長で、人口はおよそ1億8000万人くらいになっているだろうから、バイオ技術によって食料を工場で生産し、人口の2倍の3億6000万人分の食料を供給できる体制が必要である。
 日本文明が世界を指導できるように、米国と離れず日米同盟を同格の者による同盟にしていかねばならない。


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四 第3期は、パックスヤパーナ第1期である。2025年から2035年である。

GDPは、毎年8%の成長率で成長させれば、20年で2000兆円に達しているだろう。
世界経済の60%が目標である。それまでに、太平洋側にメガフレートによる新大陸を作り、エネルギーは50個ほどの宇宙太陽光発電衛星を打ち上げ、そこからマイクロ波によって新大陸に送り、その電力を使えば日本のエネルギー自給率は300%に成るだろうし、また食料は、その電力を光に変換し、光合成によって藍藻を育てることによって2酸化炭素をタンパク質と酸素に変換することによって自給率300%となるだろう。
押しも押されない大国を作るのである。広さは現在の日本の面積の2倍である。

 戦わずして勝つ、これが上策である。
他国が、つけいる隙がないほどに、ダントツの経済軍事大国にする必要がある。さらに文明大国にするため情報省を作り、世界の人々に日本文明を普及させなければならない。



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五 第4期は、その後500年の世界である。2035年から2535年である。

日本が主導する世界を、その後、500年続けることにする。この時期は、海上に新大陸をさらに広げ、宇宙には発電所を建設し、さらに惑星の一つは日本が、人間が住める場所にしよう。海洋での条件は宇宙での条件に似ているため、海洋技術の開発によって、宇宙に住める技術が開発されるのである。

おおむね、このような工程表で未来の準備をしていこう。




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六 「パックスヤパーナ」に忠誠を誓え


我が国の再生に続き、日本文明が世界を指導する時代を国家目標にすること、これを言葉によって目標として明示した。さらに政治において言葉に忠誠を誓うという行動が必要だと思われる。

我が国は民主制を憲法上採用している。しかしながら全国民を説得する必要は無いと思う。
指導的な人物が、以上の目標を真剣に決意するとき、日本は動き始めると思う。なぜなら、政治に無関心なものを除けば、実質的には、日本の進路を決定する人物は、数えるほどしかいないからである。

経済の目的は人間の幸福をGDPの増加を通じて作り出すことである。政治は、経済法則を使って、その目的を達成することである。従って政治家は、形式論や実質論を超えて本質論によって本質を把握しなければならないのである。
また経済学は自然科学の一種であるから、法則が間違っていた場合には結果がよくない。逆に言えば、悪い結果が起きるのであれば、その基になった経済学が間違っていることが分かるのである。経済学が自然科学の一種とはいっても、他の条件を一定にした上で実験を行うことはできないから、経済学者に未来を予想させればいい。未来を語って予想が外れたら、その経済学は偽物であり、それを語る経済学者も偽物である。

政治家は、本質をとらえて、良好な結果を残さなければならないのであり、一年間に経済的理由による自殺者が3万人(統計上は8000人だが実際は、事故扱いにより保険を得て自殺した者や金が無くて病死した者を加えると統計の4倍にはなる)を超えるような経済政策は間違っていると考えなければならないのである。こうして小泉総理の取り巻き経済学者の学説が偽物であることが分かるのである。



人間の幸福は、どのような環境下でも創る事ができるとはいえ、やはり、客観的な条件は存在すると思われる。第一に良好な経済状況である。毎年の経済成長率が8%もあれば、ほとんどの国民の不満は解消できるだろう。そのような条件下で働き、収入が家族を支えるのに十分であれば、それ以上を国家に求めるのは、行き過ぎではないかと思う。もちろん民間で利に合わないけれども重要な環境、エネルギー、食料、安全保障などは国家が行うべき事である。



国民の幸福実現のための客観的な条件を整えることが政府に求められるが、それらを達成する手段は政治に求められる。現代日本では、小選挙区を採用した結果、自民党も民主党も経済政策においては同じ主張を繰り返している。そのため、選挙の意味が薄れ選択肢はなくなっている。さらにまた、政治家に対する信用が失墜していると思われるのである。その理由は、政治家の意見が国民に示されないからである。



我が国の政治の現状では、言葉が死んでいる。つまり政策を示してそれに忠誠を誓うという契機を失い、本来の意味での政党が存在していないと思われる。
やはり、政治家を信頼して投票するのではなく、政治家の意見を支持して投票するべきではないかと思う。その結果、言葉(公約)への忠誠心を持つ政治家が信頼されるのであると思う。



そこで、パックスヤパーナを実現するために、政治家が言葉に忠実になるような制度を考案しなければ、新しい時代を切り開くことができないと思う故、新しい政党を立ち上げるか、または、言葉への忠実度で政党から除名させる制度が必要であると思う。

小選挙区制を採用する現状からすれば、新しい政党は、泡沫政党に終わる可能性の方が高いのであるが、しかし、現状の政党のように、言葉(思想)によって集まった者ではなく、情勢によって集まった者達では、国民に選択肢はなく、何度繰り返しても、元の木阿弥であろう。

そこで、言葉に忠実な政治家を選び、金を200億円(選挙を3回勝利できる金額のつもりである。もっと必要なのかもしれない)ほど集め、その金持ちを政党に引き入れ、政策を創り、その言葉に忠誠を誓った者に消費貸借契約書を公証役場で債務名義として作って貸し付ける方法が良いだろう。

そして食い逃げをされないよう、その公約に賛成票を投じなかった者は、党から除名すると同時に、強制執行を行うと良いだろう。その判定委員会に、資金を拠出した者が属するのである。
政党での公約については、議員一人一人に、例えば相続税をゼロとするべく全力を尽くしますと、神職立ち会いの上で宣誓をさせると良い。公約を20位並べて、基礎となる政党の公約には当然忠誠を誓い、残りのアラカルトの公約には、金銭を貸与された分の公約にのみ忠誠を誓うのである。
そのような制度を作らなければ、いつまでも言葉がむなしく信頼が生まれないからである。



我が国の理想は、税金が安く、相続税がゼロである社会である。そのような社会の中で人類のために日本を実質的に独立させ、さらにパックスヤパーナを実現できるのである。個人がお金を管理するのが国家が管理するより優れているのである。従ってこのような社会制度を創りたいと望む篤志家を集めて、政党を作ればいいのである。

我が国の相続税収は年間1.7兆円ほどしかないのに、個人から金を取り上げるために、日本文明が衰退をしつつある。日本文明が大きく花開いた時期は、税率が低く、民間に資金が潤沢であった時代である。


7.着眼大局着手小局
日本の国家目標を、パックスアメリカーナを受継いだ「パックスヤパーナ実現」と定めるとしても、着手は、小さく、かつ経済力を味方にして進めるほうが、勢いがあって好ましいと思う。

従って、世界の未来を創るパックスヤパーナに役立つ企業を応援し、その趣旨に賛成する政治家を助け、政治力と経済力を持つことが良いと思う。

具体的な企業名や個人名、および政治家名は避けるが、日本人の理想を理解してもらえる人たちと我々は、理想に向かって日々努力を続けなければならないと思う。

世界人類の幸福実現が宇宙を創った神様の意思だからであり、その意思の実現に努力することが日本人の使命だからである。

                                                                                  以上
                                     



























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