「月刊日本」 平成16年4月号掲載予定
痛憤! 「新生銀行」上場の裏面
大阪学院大学教授 丹羽春喜
リップルウッド社に巨利を得させた仕組み
周知のごとく、去る2月19日、「新生銀行」の株式が東証第一部に新規上場された。買い殺到となり、ようやく初値がついたのは872円という高値であった。このような状況について、『読売新聞』は翌日2月20日付の朝刊で、「タカ笑いの米社、負担に泣く国民」という大見出しを付して、その内情を批判的に解説していた。
今ではやや忘れられかけていることかもしれないが、「新生銀行」の前身は平成10年10月に破綻し、そのときに急遽制定された金融再生法に基づき一時国有化されて、株式上場も廃止された旧「長銀」(日本長期信用銀行)である。その後、間もなく、米国の投資会社リップルウッド・ホールディングを中心とする投資組合が平成11年9月にこの旧「長銀」に対する最優先交渉権を獲得し、翌12年3月、同投資組合が旧「長銀」の経営権を取得して、同年6月に社名を「新生銀行」に変更し現在にいたっているものである。実は、リップルウッド・グループは、この旧「長銀」の営業権をわずか10億円で取得したのである。その後の増資で1千200億円を投資したとはいえ、同グループは、今回の株式上場で、その保有株式の35パーセントを売却して約2千400億円を手にし、これだけで約1千200億円の純利益を得た。そればかりか、残り65パーセントの保有株で7千200億円もの含み益を得たわけである。
リップルウッド・グループが、このような巨利を得ることができたのは、「新生銀行」がわずか4年ほどで、財務体質が良好な高利潤の銀行として再建されえたからである。わが国のマスコミは、このことについては、総じて、同行の社長に起用されたシティバンク(米国の大手銀行)出身の八城政基氏の陣頭指揮によって、同行が、とくに富裕層を対象とするリテーリングに注力して、たとえば同行の店舗を、高級ソファーを並べたホテルのロビーのような雰囲気にしつらえるなど、「欧米流手法」の銀行経営を実現したとして、同氏の辣腕ぶりを賞賛しているようである(『産経新聞』、2月19日付夕刊)。
しかし、なんと言っても、「新生銀行」の再建が可能であったのは、実に8兆円にもおよぶ公的資金がわが政府によって「新生銀行」(ないし旧「長銀」)に投入されたからである。これほどの巨額の「おカネ」が政府によって提供・注入されれば、どんな破綻企業であっても必ず再建されうることになるのは、言うまでもないことである。逆に、もしも、この8兆円の公的資金の注入が無かったとしたならば、いかに八城氏の辣腕をもってしても、あるいは、富裕層の顧客のためにいくら店舗の雰囲気を高級ホテルのロビーなみにしてみたところで、旧「長銀」=「新生銀行」の再建は、きわめて困難であり、おそらく不可能であったであろう。
この注入された8兆円の公的資金のうち、旧「長銀」の債務超過額を補填した3兆6千億円をはじめ約4兆円が、すでに損失となってしまったことが確定している。しかも、「瑕疵(かし)担保条項」がわが国の政府とリップルウッド・グループとのあいだで交わされた契約に含まれているため、国(政府)が「新生銀行」の不良債権の評価損を引き受けねばならないという状況が続いてきた。この事情は今後も続く。したがって、わが国の政府がこうむることになる損失、すなわち、結局は国民が負担しなければならない損失の総額は、5兆円を上回ることが確実だと見積もられている。それに加えて、旧「長銀」の破綻による連鎖倒産は百数十社にものぼり、その負債総額は10兆円を超えたと算定されているのである。もちろん、旧株主にとっては、その保有していた旧「長銀」株は全損であった。
確かに、破綻した大企業を、国境を超えてグローバルに探し出し、それをきわめて安価に買収したうえで、優良企業としてそれを再建し、大きな利益を得るというやり方は、主として米国で発達してきた国際金融資本の常套的な投資戦略である。
しかし、今回の旧「長銀」→「新生銀行」のケースには、一つの特異な点がる。すなわち、破綻した旧「長銀」を一時国有化したあと巨額の公的資金を投入してそれを再建する計画だということが、諸般の状況から推して、わが政府とリップルウッド・ホールディングス社とのあいだの交渉が始まったばかりの非常に早い時期から、確度の高いインサイド情報として詳細に同社に知らされ、約束されていたにちがいないと考えざるをえないということである。言うまでもなく、これは、きわめて重大な問題点である。この意味では、わが政府は、リップル・ホールディング社のグループに、リスクがきわめて少なく、そして、きわめて大きな旨みのある独占的な利権を与えたのだと、言わねばならないのである。そうであったからこそ、リップル・ホールディング社の投資グループは、今回の旧「長銀」→「新生銀行」という企業買収投資作戦で、いわゆる「禿げ鷹ファンド」として、赫々たる大戦果をあげえたわけである。
これは、フランス大革命からナポレオン時代にかけてのフランスの政治・経済の激動・混乱期に、あのフーシェやタレーランといった海千山千の政客たちが、政権の中枢部に座を占めていることによってのみ得られたインサイド情報を駆使することによって、巨利をはくした故事に比肩しうるであろう。まさに、痛憤にたえないものがある。
「反ケインズ主義」思想謀略こそが諸悪の根源
ここで、以上のことに関連して、きわめて重要なことを一つ指摘しておかねばならない。すなわち、わが国の経済がマクロ的に「右肩上がり」の順調な繁栄と成長を持続してきたとしたならば、旧「長銀」のような有力なわが国の大企業・大銀行がむざむざと破綻してしまうようなことは起こらなかったはずだということである。したがって、そのように、わが国経済のたくましい「右肩上がり」の成長が保たれてきているような状況であったとすれば、いかに巧妙な策略をこととする国際金融資本の「禿げ鷹ファンド」といえども、つけ入るスキは無かったにちがいない。ということは、わが国の経済が「平成不況」のような激甚な不況に苦しめられてきたという、まさに、そのことこそが、このような国際金融資本の「禿げ鷹ファンド」作戦が推し進められるうえでの、欠くことのできない必要条件をなしてきたということなのである。
不気味なことに、わが国の経済が激しい不況と停滞の悪性症状に陥らされてきたのは、米国思想界のニヒリストたちを策源とする新古典派の経済学者陣営とマルクス主義者たちとの共闘による思想的浸透と、それに迎合するわが国の官庁エコノミスト・グループの策略により、マスコミや論壇、学界、財界などを動員した広範な「反ケインズ主義」のマインド・コントロール状況が、わが国の社会で強固に形成されてきたということこそが、決定的なその原因となってきたのである。 すなわち、そのような社会的マインド・コントロール状況によって、本格的なケインズ的総需要政策の実施が長年にわたって封止されてきたために、わが国の経済は不況と停滞、そして、厖大なデフレ・ギャップの発生と累増による衰亡状態に陥らされ、国家財政も破綻してしまったのである。
左翼と新古典派の共謀的な思想謀略に同調して、わが国の官庁エコノミスト・グループは、わが国の経済において厖大なデフレ・ギャップが発生・累増させられてきたという事実を否認・秘匿してきた。しかし、わが国の経済における厖大なデフレ・ギャップの存在は、疑う余地の無い厳然たる事実であり、これによって、過去二十数年間に4千兆円(1990年価格評価の実質値)という超巨額の実質潜在GDPが無に帰してしまったのである。現在でも、毎年、300〜400兆円の潜在GDPが失われつつあるような状態である。(わが国の経済におけるデフレ・ギャップ規模の推計作業ならびにその算定結果の詳細は、日本経済政策学会編『経済政策ジャーナル』、第1巻、第1・2号合併号、通巻 第51・52号、平成15年12月刊所収の筆者の英文論文
“Deflationary Gap in Japan, 1970-2000: A
Quantitative Measurement”で詳述されている。)
まさに、これは、米国思想界の新古典派経済学グループにマルクス主義者をも加えて集ったニヒリストたちによって主導されて、1980 年代以降現在にいたるまでは、わが国の政策担当者の多くをもその支配下に置くにいたっている「反ケインズ主義」の思想攻勢・思想謀略がもたらした結果なのである。すなわち、きわめて悪質かつ大規模な思想謀略が仕掛けられて、わが国の経済は大惨害をこうむらされてきたのである。だからこそ、旧「長銀」をはじめ数多くのわが国の大企業を続々と破綻させ、それらを国際金融資本の尖兵をつとめる「禿げ鷹ファンド」の餌じきにしてしまうといった事態を生じさせてくることができたわけである。
米国政府の政策姿勢は新古典派への盲従ではない
しかし、そうであるからといって、「反ケインズ主義」のイデオロギー的キャンペーンや思想謀略をグローバルに繰り広げているマルクス主義陣営や新古典派が、「欧米国際金融資本」などの手先であると短絡的に決めつけてしまうことは、事態の正確な認識ではないであろう。実のところは、どちらがどちらを利用しているのかは、明確ではないのである。つまり、現行の社会体制や文明にルサンチマン(怨恨)の念を抱いて思想的にそれを破壊しようと意図しているようなマルクス主義陣営や新古典派のニヒリストたちが、「国際金融資本」を武器として、また、資金源として、利用しているという面のほうが強いかもしれないのである。
また、近年においては、やはりわが国の通俗的な評論では、わが国の経済が不況・停滞から脱却できず衰亡しつつあるのは、米国の政府(たとえばCIAなど)による策謀にわが国の産業界が陥れられた結果であるとする見解も、流行している。しかし、そのような見解も、かなりミス・リーディングである。確かに、例えばレーガン政権時代から現在まで、歴代の米国政府からわが国への諸種の経済的要求ないし要望のなかには、わが国の産業に打撃を与えかねないようなものが幾つもあった。しかし、大局的に見るならば、歴代の米国政権は、わが国に対して、おおむね一貫して、わが国の内需拡大を要望し続けてきたと言ってもよいのである。明らかに、それはケインズ主義に立脚した要望であったわけであり、わが国の経済に有益な効果をもたらすはずのものでもあったのである。
とりわけ、現在のブッシュ政権は、利下げと減税、さらには、イラク戦費をも含めた財政支出の拡大による有効需要引き上げ策によって、米国経済の景気後退を克服しようと努めてきている。とくに、わが国でも大きく報じられた2003年1月にブッシュ政権が公約した経済政策案は、疑いもなく、そのような内容のものであった。これは、まだ今のところは不十分なきらいがあるとはいえ、明らかにケインズ主義的な政策オプションの採用によるものであり、現実にある程度の成果をおさめつつある。すなわち、従来も、そして、現在も、米国政府の経済政策のスタンスは、けっして、新古典派のそれに盲従してきているわけではないのである。
われわれ日本の国民としては、米国政府の、そのようなケインズ主義的な政策姿勢を持っているスタッフたちと提携し、日米両国の内部に浸透し暗躍している「反ケインズ主義」勢力との闘いに、共同戦線を形成するような工夫をこらすべきであろう。
巷(ちまた)の陰謀説に欠けているもの
国際金融資本の「禿げ鷹ファンド」が跳梁をほしいままにしているといった状況から危機感を触発されたのであろうか、近年、わが国の巷では、それらは全て、「米国CIA」、「ユダヤ国際金融資本」、あるいは、「フリー・メーソン」、「イルミナルティー(啓明社)」、「三百人委員会」、等々の謀略だとする説が、おびただしく流布され、いたるところで、それらが話題となっている。街の書店では、そのような謀略説を、饒舌のかぎりをつくして述べているような書物が、きわめて数多く、山積みにして売られているような状況である。
にもかかわらず、それらの謀略説・陰謀説のただ一つとして、本稿で上記でふれたような「反ケインズ主義」マインド・コントロールの重大な弊害と、それによってケインズ的政策の発動が封止されてしまっていることの結果として、わが国の経済が深刻な不況・停滞、さらには、決定的な衰亡へと陥らされてしまったという事実を、指摘し、分析したものは皆無なのである。このことこそが、巷の謀略説・陰謀説の重大な欠点であろう。言うまでもなく、そのように封じ込められず、十分に適切な規模でケインズ的政策が発動されてさえいれば、わが国の経済は、現在のような不況・停滞・衰亡の趨勢に引きずり込まれるようなことはなかったはずであり、「右肩上がり」の逞しい成長と繁栄を続けてくることができたはずなのである。
1985年(昭和60年)秋の「主要5カ国蔵相会議」におけるいわゆる「プラザ合意」についても、それが「円高」の急進を仕組み、わが国の輸出産業を苦しめ、「産業空洞化」に拍車をかけることになったものとして、これも悪質な「国際謀略」であったにちがいないと強調されることが多い。また、1993年(平成5年)末にBIS(国際決済銀行)が、各国の銀行の融資債権額に対する自己資本準備比率の引き上げを決めた「BIS 規制」(わが国では翌年の平成6年4月より適用が開始された)についても、それが、わが国の銀行に打撃を与えことを意図した陰謀であったとする説が、声高に叫ばれている。しかしながら、もしも、わが国で、ケインズ的政策が封じ込められずに健在であり続けていて、わが国の経済が力強い成長と繁栄を続けていたとしたら、「プラザ合意」にしろ「BIS規制」にしろ、わが国の経済に何の痛痒も与えなかったはずなのである。
「打ち出の小槌」財源の大規模活用に踏み切れ
要するに、わが国の経済を今日のような不況・停滞・衰亡の状況に引きずり込んだ決定的な要因は、上記のような「CIA犯人説」や「ユダヤ金融資本陰謀説」や「プラザ合意・BIS 規制謀略説 」等々で主張されているような、どちらかと言えば経営戦術的ないし経営技術的な策略などではなく、そういうようなことよりもはるかに基本的に、グローバルに展開されてきた「反ケインズ主義」の思想攻勢が、とくにわが国には強烈に浸透してきてわが国民の各層を社会的マインド・コントロールで呪縛し、それによって、ケインズ的な総需要管理政策の発動がほとんど完全に封止されてしまっているということこそが、決定的な原因となっているのである。
したがって、ここで、このことに関して、ここで結論的に強調しておきたいことは、いま、わが国の巷でさかんに論じられている上記のような諸種の陰謀・謀略が、いかに邪悪かつ危険なものであり、いかに大規模に仕掛けられているものであろうとも、それを破砕するための決定的な方策は、きわめて簡単明瞭でしごく容易なことであるということである。すなわち、ケインズ的総需要拡大政策を大々的に断行して、わが国の経済を「右肩上がり」の興隆軌道に再び乗せさえすれば、それでよいのである。
しかし、「…‥ケインズ的な財政政策を大規模に発動せよと言われても、わが国の政府財政が破綻しきった現状では、財源を調達しうるめどが全く立たないのであるから、どうしょうもないではないか!」という反論が出されるかもしれない。しかし、実は、財政出動のための財源は、いくらでも得られるのである。すなわち、そのような積極的財政政策のための財源調達には、私が十年も前から繰り返し提言し続けてきたように、現行法でも認められている「国(政府)の貨幣発行特権」の発動という「打ち出の小槌」の大規模な活用に踏み切りさえすれば、国民に負担をかけることなしに、また、政府の負債にも全くならない形で、政府は、事実上、無限に巨額の財源を得ることができるのである。この場合、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動といっても、実際には、やはり私が工夫して繰り返し提言してきたようなある種の間接的なその方法を用いれば、政府貨幣としての「政府紙幣」(日銀券ではない)を大量に刷るといったことまでしなくても、十分にその目的を達することができるはずである。しかも、現在のわが国の経済には、厖大なインフレ・ギャップという巨大な生産能力の余裕がマクロ的に存在しており、インフレ・ギャップ発生の危険は皆無であるから、このような「打ち出の小槌」をどんなにに大々的に振ったとしても、それによってインフレ的な物価の大幅上昇が生じるといった心配は無用なのである。
