| 『月刊日本』平成18年10号掲載予定 |
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| 新政権の経済政策担当マシーン諸氏へ |
| 日本経済再生政策提言フォーラム |
| 会長 丹羽春喜(経済学博士・元大阪学院大学教授) |
[T] わが国の経済・財政の現状をどう見るべきか? [U] 簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェスト提案! 安倍晋三氏の新著『美しい国へ』(文春新書)を読んでみた。コンパクトな新書版の本ではあるが、良くまとめられたなかなかの名著であり深い感銘をうけた。しかし、残念なことに、この安倍氏の本では、今わが国民が最も憂慮している政府財政の破綻、および、その克服・解決のために必要だとされている財政支出の大幅削減と過酷な増税などによって民間経済も痛めつけられるのではないかという怖れについては、ほとんど全く述べられていない。そこで、以下の本稿では、そのような怖れのあるわが国の経済の今後と財政再建問題とを基本的に考察し、その結果を踏まえて、新内閣のブレーン諸氏のために、簡潔で十二分に有効性のある経済・財政についての政策案マニフェストを提言することにしたい。 [T] わが国の経済・財政の現状をどう見るべきか? このところ、わが国のマスコミは、「デフレ不況は終わった! 今や好況だ! これからは黄金の十年が始まる!」とはやしたててやまない。言うまでもないことであろうが、経済諸指標についての政府の楽観的な情報操作もその後ろ盾となっている。 にもかかわらず、本年度(平成18年度)に入ってからは株価の低迷が続いている。つまり、マスコミの浮かれぶりや政府の情報操作の楽観論的スタンスとは裏腹に、本年度(平成18年度)に入ってからは、証券市場では、マーケットは日本経済の今後について、けっして楽観的ではないわけである。では、われわれは、どう考え、そして、新内閣の経済政策担当者たちにどのような要望・提言を行なったらよいのであろうか? 本稿では、ここで先ず、政府公表経済指標のうちの最重要なものであるGDPの最近の数字を吟味することから、考察を始めたい。 昨年度「純輸出」(貿易収支)推計値に潜む逆説的な謎 ━━交易条件悪化を秘めた名目値大幅減、実質値大幅増━━ 本年8月11日、わが政府の内閣府は、昨年度(平成17年度、すなわち2005年度)のGDPの第2次速報値を公表した。それによると、昨年度(平成17年4月 ~ 平成18年3月)のわが国のGDPは、名目値では1.8パーセントの伸びにとどまったが、実質値(平成12年価格評価)の伸びは3.2パーセント(対前年度比)に達したものとされた。 実質成長率が年率で3パーセントを上回ったのは、バブル期以来の実に15年ぶりである。慶賀すべきことだということになろうが、しかし、幾つかの重大な疑問点ないし問題点も含まれている。 まず、目につく特異な点は、名目値ベースでの成長率がいぜんとして低迷を続けているにもかかわらず、それとの比較では、実質値ベースの成長率が相対的には不自然なほどに高いということである。名目値で1.8パーセントの成長率が、実質値では3.2パーセントの成長率になったという算定は、GDPの名目値を割り引いて実質値に換算するときに用いる一般物価指数(いわゆる「GDPデフレーター」)の値が、昨年度は総合で1.4パーセントも低くなったことになるということを意味している(3.2 ― 1.8 = 1.4)。昨年度から本年度にかけては、原油価格の高騰などの影響で、諸価格の値上がりが始まっているというのに、一般物価が1.4パーセントも低下したかのごとき計算となっているということは、いかにも非現実的な話であるように見える。もしも、これが本当であったとすれば、昨年度、わが国の企業は、身を切るような安売りを強いられたということであり、わが国の企業を苦しめてきたデフレ圧力は、いぜんとして過酷であったことになるわけで、「景気回復が定着した!」というマスコミ論調は、ウソであったと言わねばならないことになりかねない。 実は、このような奇妙に見える結果が導出された理由は、今回のGDP速報値における「財貨・サービスの純輸出」(すなわち貿易収支)の欄をよく観察すれば、すぐに判明する。すなわち、内閣府による上記のGDP速報値によれば、平成17年度のわが国の財貨・サービスの貿易収支黒字(「純輸出」として表示されている)の額は、名目値では対前年度比27.3パーセントの大幅減(・・・)、実質値では対前年度比19.6パーセントの大幅増(・・・)という、ユニークな算定となっており、ここに上記の謎を解く鍵が潜んでいるわけである。 実は、このような異常ともいうべき算定結果が示されるにいたったのは、昨年度における原油価格の高騰と、それにともなった国際市況商品の価格上昇によって、わが国の輸入物価がかなり大幅に上昇したことによったものであった。上記のGDP速報値によれば、昨年度、わが国の輸出物価も多少は上昇したのであるが(円だてで2.6パーセントの上昇)、輸入物価の上昇率は、それよりも、はるかに大幅であった。すなわち、原油価格などの大幅高騰につれて輸入物価は総合値でも11パーセントも上昇(同じく円だて)したものと見積もられている。 このような輸入価格の大幅上昇にともなって、諸商品の輸入量の伸びが抑えられ、昨年度のわが国の実質輸入額の伸び率は実質輸出額の伸び率よりも大きく(・・・)下回る(・・・)ことになり、名目値では大幅減であった昨年度のわが国の財貨・サービスの貿易収支黒字(「純輸出」の額)は、実質値では大幅増という逆説的な結果を記録するにいたったわけである。 そして、このようにGDP勘定では輸入が「控除項目」── つまりマイナス項目──であることにより、結局、昨年度のわが国では、輸入物価の大幅(・・・)な(・)上昇率(・・・)がマイナスに作用したことになり、GDP勘定ベースでは、上記のごとく、一般物価指数(GDPデフレーター)が1.4パーセントも低下(・・)したという、びっくり仰天するような推計結果になったわけである。 ここで見逃してはならないことは、昨年度のわが国経済において、輸出物価が2パーセント台の上昇にとどまったのに対して、輸入物価が11パーセントもの上昇であったということは、わが国にとっては、差し引きで「対外交易条件」が8 〜 9パーセントも悪化したことを意味しているということである。このことは、わが国の産業にとっては、やはり、相当に苦しい事態であったはずであり、わが諸産業の海外への脱出(つまり、わが国の産業空洞化)が、ますます激しくならざるをえなくなったということを含意しているわけである。 デフレ・ギャップと需給均衡の共存、そして、景気失速の危険をはらむ跛行現象 ━━ただし日本経済の市場効率は高く、乗数効果も健在だ!━━ ここでもう一つ、重要なことを指摘しておく。内閣府による上記の昨年度GDP推計速報値によると、民間設備投資額が名目値では対前年度比6.8パーセント増、実質値では同じく対前年度比7.5パーセント増という相当に大幅な増加率を記録しているにもかかわらず、すでに述べたように、GDPは名目値で対前年度比 1.8パーセント増、実質値でも、高かったとはいえ3.2パーセント増でしかなく、財貨・サービスの「純輸出」(貿易収支)を含めない「国内総需要」では、名目値が対前年度比で2.4パーセント増、実質値でも2.8パーセント増の伸びでしかなかったということである。実は、このように、民間設備投資がかなり大幅に伸びているにもかかわらず、GDPや国内総需要の伸び率がそれを大幅に下回っているという跛行(はこう)現象 は、マスコミが「景気回復」ないし「好況の到来」をはやしはじめた平成15年ごろから現在にまでいたる近年のわが国経済の「悪い特徴」である。内閣府の同速報によれば、本年度4〜6月期においても、この「悪い特徴」は、いっそう顕著である。 ただし、わが国経済の場合、需要が低迷していても、「売れ残り」が大量に生じて在庫が大幅に膨れ上がるといったことにはなっていない。1990年代に入って以降の「平成不況期」を通じても、そして、昨年度においても、わが国のGDPに占める在庫変動額の比率はきわめて僅少で、ネグリジブルである。つまり、わが国の市場メカニズムは、企業セクターの血の滲むような努力によって、「平成不況期」においてさえも非常に効率的であり、需要の変動に敏速・的確に適応して諸商品が供給されてきているのである。したがって、政府が、わざわざ「構造改革政策」などと言って民間経済に介入する必要などはなかったのである。 この点から見れば、わが国の経済は、マクロ的に需要と供給が均衡している「マクロ均衡」の状態にあると言ってよい(これは、学生時代に経済学の初級コースを学ばれた読者諸氏にとっては、なつかしい用語であろうが、いわゆる「45度線モデル」における「ケインジアン・クロス点」の状態である)。このような「需給・均衡」を達成しえた企業セクターの賞賛すべき大努力は、高く評価すべきであろう。しかし、言うまでもなく、現在のわが国経済において現実に生じているそのような「マクロ均衡」状態は、完全雇用・完全操業の経済活動に照応した「フル・キャパシティー・マクロ均衡」の状態ではなく、総需要の低迷が原因となって、それよりはずっと低い経済活動水準での「マクロ均衡点」にとどまってしまっている。この両者の差が、「デフレ・ギャップ」(「GDPギャップ 」とも言う)である。わが国の経済では、このようなデフレ・ギャップが長期的にきわめて巨大に発生・累増してきているのである。つまり、近年ならびに現在のわが国の経済では、マクロ的に需給は均衡しており、その意味では「需給ギャップ」は無いと言ってよいのであるが、生産能力の不完全利用度である「デフレ・ギャップ」(GDPギャップ)は、きわめて巨大化してしまっているわけである。 私が、本誌掲載の旧稿をも含む数多くの著作で、幾度も精密な実証的推計作業の算定結果として示してきたように、近年(および現在)のわが国経済においては、このデフレ・ギャップの規模は、実質GDPベースで年間400兆円(1990年価格評価の実質値)にも達している。つまり、年々、400兆円もの潜在実質GDPが実現されえずに空しく失われていっているのである。過去の四半世紀の合計では、実に5000兆円にもおよぶ潜在実質GDPが空しく失われてしまっている。このような巨大なデフレ・ギャップの発生・累増とそれによる潜在実質GDPの膨大な損失という凄惨な現実を、わが政府は(つまり官庁エコノミストたちは)、長年にわたって、秘匿・隠蔽してきた。最近では、「 GDPギャップ(デフレ・ギャップ)は、もはや存在しない!」としているのが、内閣府など政府の公式見解になっている。これは、許しがたい欺瞞であり、悪質な情報操作であると言わねばならない(丹羽著『新正統派ケインズ政策論の基礎』、学術出版会、平成18年5月刊を参照)。ただし、このような膨大な「デフレ・ギャップ」は、観点を変えてそれを見るならば、巨大な「マクロ的生産能力の余裕」ということであるから、後述するように、「適切かつ十分な有効需要拡大政策」を実施すれば、この「生産能力の余裕」を経済成長のための生産力として活用することができるわけであり、それができさえすれば、必ず、わが国の経済は再び飛躍しうることになるのである。 「民間投資支出」(企業設備、住宅、民間在庫への投資支出の合計)に一般政府ベースでの「公的需要」(「公共投資」および社会保障給付や公務員人件費をも含む「政府最終消費」ならびに「公的在庫投資」への支出の合計)を加え、さらに、財貨・サービスの「純輸出」(すなわち貿易収支黒字)をも加えた合計額を、「自生的(じせいてき)な最終・有効需要支出」の額であると見ることができるが、上記の内閣府の速報値によれば、昨年度は、GDP勘定に計上されたこの「自生的な最終・有効需要支出」が、名目値で215兆3000億円、実質値で238兆9000億円であった。GDPの額は、同じく内閣府速報値では、名目値で505兆5000億円、実質値で543兆3000億円と推計されているから、昨年度のわが国のGDP額は、名目値ベースにおいても実質値ベースにおいても、「自生的な最終・有効需要支出」の額の約2.3 倍となっていたわけである。実は、この場合、年額約50兆円の社会保障給付額を政府消費支出額から控除して、それを、民間消費支出額に算入するという計算も行なうべきであるので、とりあえずそれを概算したうえで、この倍率を計算してみると、約3.0倍ぐらいになる。 この2.3 ないし3.0という倍率は、この「自生的な最終・有効需要支出」からの波及効果――すなわち「乗数効果」――によって民間消費支出(すなわち家計消費支出)が誘発され、それをも算入して形成されたGDPが、「自生的な最終・有効需要支出」よりも、どれだけ増加した額になったかということが、GDP勘定のなかに事後的かつインプリシットに(暗黙のうちに) 内含された倍率の形で示されたものである。事実上、この倍率は、いわゆる「ケインズ乗数値」に、ほぼ該当する。わが国の場合、この「インプリシット乗数」の値が、このように、けっこう大きく、現在までの過去四半世紀、きわめて安定している。ということは、わが国の経済では、ケインズ理論的な「乗数効果」ならびに「有効需要の原理」が、近年(現在も)においても、ゆるぎなく、しっかりと作用して、GDPを形成し続けているということを意味しているのである(前掲、丹羽著『新正統派ケインズ政策論の基礎』を参照)。 以上のような分析で明らかになることは、民間企業の設備投資の伸び率に比べて国内総需要やGDPの伸び率が大幅に低いという跛行現象は、商品需給のミス・マッチングや生産能力の不足によって生じたのではなく、必ずしも輸出の不振によるものでもなく、また、「乗数効果」の全般的な低下によるものでもないということである。このような跛行現象は、ひとえに、財政支出などの「公的需要」の低迷によって生じている現象なのである。 すなわち、上述のごとく、わが国の経済では、巨大なデフレ・ギャップという「生産能力の余裕」が膨大に存在していて、インフレ・ギャップ発生の心配が皆無なのであるから、財政政策の大規模発動などによって「適切かつ十分な有効要拡大政策」を断行し、上記の「自生的な最終・有効需要支出」の額を大々的に増やしさえすれば、いくらでも経済を成長・発展させることが可能だということなのである。 しかし、まことに残念なことに、「平成不況」が発生してから現在まで、わが政府の奇妙な情報操作によって、「現在のわが国経済では、乗数効果の作用はきわめて微弱である!」とする誤った見解が、ひろく信じられており、多くのエコノミストたちもそれに追随し、財政政策無効論がまかり通っている。そして、とりわけ小泉内閣のもとにおいては、わが政府の政策スタンスは「適切かつ十分な有効需要拡大政策」とはまったくし正反対の、過度に消極的・緊縮主義的なものであった(昨年度の公共投資額の実質額は、対前年度比1.4パーセントのマイナスで、10年前の平成7年度の該当値に比べると4割減であった)。個々の民間企業には、マクロのGDPや「国内総需要」を左右する力は無いから、政府の政策スタンスがそのように消極的であれば、企業は、低迷する需要に諸商品の生産・供給量を無理にでも合わせていくという苦しい努力を続けていかざるをえないわけである。 言うまでもなく、企業が設備投資を増やしたにもかかわらずGDPや国内総需要が低迷を脱ししえず、その伸びが不十分といった状態が続けば、その必然的な帰結として、国内投資の「投資効率」の低下現象が生じ、企業の国内投資意欲の冷却化、ひいては、企業の国外脱出=産業空洞化の激化が不可避となる。しかも、平成15年度から16年度にかけてのわが政府の大規模な「ドル買い支え」による「円高の防止」という、それなりに、かなり有効であった輸出振興型の景気政策も、いまでは行なわれなくなってしまっており、外需もしだいに不安定になってきているのであるから、なおさらのことである。 現在、わが国においては、中央政府および地方自治体による社会保障関連支出をも含めた財政支出の削減が、相当な規模で行なわれつつあり、また、大幅な増税も断行され始めている(たとえば、市県民税の大幅な増税や介護・医療社会保険における保険料や患者本人負担率の高率な引き上げが、本年度よりすでに実施されており、消費税の大幅引き上げも近い)。したがって、今後、わが国の経済では、国内総需要やGDPが全般的に低迷状況となることが不可避であろう。だとすれば、過去3年間にようやく息をふき返した企業設備投資も、間もなく失速状態に陥る危険性がきわめて濃い。そうなってしまえば、いまマスコミがはやしたてている「新たな黄金の十年」の到来などということは、はかない一場の夢に終わることになろう。 財政破綻の実情は深刻 ━━支出削減や増税では、財政再建は不可能!━━ このような危険にみちた「一般政府」(中央政府および地方自治体)の財政支出削減や増税が、なぜ、行なわれつつあり、今後、それが、いっそう大規模かつ過酷に断行されるものと予測されざるをえないかといえば、言うまでもなく、現在、中央政府も地方自治体の多くも、はなはだしい財政の破綻状態にあり、官僚や政治家など政策担当者たちが、「財政再建」のためには、財政支出の削減と増税を大規模に実施するほかはないとする誤った(・・・)思い込み(・・・・)に立脚しているからである。マスコミもそのような誤ったスタンスを共有している。 このことに関して見逃してはならないことは、現在、「財政再建のために、政府支出の削減と増税を!」と叫ばれている場合の「財政再建」とは、とりわけ国家財政(中央政府財政)の場合には、ただ単に、政府の一般会計における「プライマリー・バランス」(「国債費」を除いて算定)の赤字を是正しようという意味しか持っていないということである。 本年度(平成18年度)国家予算を例にとってみると、一般会計歳出総額が79兆7000億円、そのうちの、政府債務の償還(返済)や利子の支払いの額である「国債費」が18兆8000億円と見積もられているから、それを差し引くと60兆9000億円である。これが、「プライマリー・バランス」を考える場合の歳出予算額である。他方、租税および印紙による歳入にその他の雑収入(料金収入など)を合算した合計額が49兆7000億円(1990年度の該当値にくらべて約2割減)で、これが「プライマリー・バランス」をうんぬんする場合の歳入予算額である(国債の発行などによる歳入である「公債金収入」は借金であるから含めない)。したがって、60兆9000億円と49兆7000億円の差額である11兆2000億円が、平成18年度国家財政(中央政府財政)の「プライマリー・バランス」の予定赤字額である。そして、この11兆2000億円と上記の「国債費」(債務の償還額・利子支払額)18兆8000億円の合計である約30兆円が本年度一般会計赤字の見積り額であるわけで、この額に相当する公債(国債など)の新規発行が本年度もなされる予定になっている。 実は、いまでは、既発国債の償還ということは、実際上は、ほとんど行なわれなくなってしまっており、期日の来た国債の大部分は「借り換え国債」の発行による借り換えによって済まされている。現在、この「借り換え国債」の発行額は年額100兆円を超えるにいたっている。つまり、いまや、年々の国債発行額は、この「借り換え国債」の発行額100兆円あまりに上記の新規国債の発行額30兆円あまりを合算した130〜140兆円に達しているのである。重大なことは、このように政府負債の償還ということをほとんど行なわないことにすることによって、一般会計の「国債費」の内容を、その大部分が政府債務への利子の支払額で占められているにすぎないようにしているにもかかわらず、現在のわが政府財政には、税収等でそれを支払いうるだけの余裕がまったく無く、新規国債の発行による「公債金収入」によって、それを支払っているという状態だということである。つまり、いまや、わが政府は、溜まりに溜まった借金の返済などということは思いもよらず、その借金の利息を支払うだけの収入も無く、結局、年々、借金をさらに新しく増やしていくことによって、辛うじて利息だけを支払っているような惨たんたる状況にあるわけである。今後、日銀の「ゼロ金利政策」放棄によって、全般的に金利が上昇することになれば、政府の「国債費」支出も増加せざるをえなくなり、政府財政の苦境はますます激化しよう。 要するに、現在、わが国の中央政府一般会計の赤字額は、「プライマリー・バランス」の赤字の3倍に近い額に達しているわけで、かりに今後の数年間に、なんとか「プライマリー・バランス」の均衡が達成されるところまで漕ぎ着けえたとしても、そうだからといって、政府財政の破綻状況が解消に向かうといったことには、まったくなりはしない。しかも、上述のごとく、政府支出の大幅な削減と増税が断行されればされるほど、総需要の低迷による経済不況が深刻化し、その結果として、増税を実施したにもかかわらず政府税収が伸び悩むといった悪循環が発生することも不可避である。また、中央政府から地方自治体に与えられてきた「地方交付税交付金」が削られるなど、地方自治体の財政困窮もますます深刻化するので、総じて、地方も財政支出の切り詰めと増税に走らざるをえなくなり、そのことが、ますます、わが国の経済を痛めつけ、結局は、どのような意味にしろ、中央および地方の「財政再建」なるものが、いっそう至難なものとならざるをえないであろう。 言うまでもなく、政府債務への利子支払額とその償還額(いまでは、この償還額は、ごく僅かにとどめられているが)を内容とする「国債費」が、上述のように巨額に達しているのは、既発国債の累積残高を主とする政府債務の額がきわめて膨大なものとなっているからである。 本年度末(平成19年3月末)現在での長期政府債務残高は、「国」(つまり中央政府)の債務額が605兆円程度 、「地方」(つまり地方自治体)の債務額が204兆円程度になると見積もられている(財務省のホーム・ページに示されている数字)。合計809兆円というわけであるが、両者のあいだには若干の重複があるので、その重複分を差し引いて合算すると、775兆円程度ということになる。しかし、このほか、「財政融資資金特別会計」に計上されている国債残高が141兆円ほど有るので(同じく本年度末の見込み額)、「一般政府」(中央政府と地方自治体)ベースでの長期政府債務残高は、本年度末現在で916兆円に達することになると予測されていることになる。しかし、これは、あくまでも長期(・・)債務残高についての数字であって、このほかに、短期(・・)の債務額が、中央政府ぶんと地方自治体ぶんとで、少なくとも150〜200兆円程度は有るはずである。要するに、わが国の「一般政府」ベースでの政府債務残高は、すでに1000兆円をかなり超えてしまっている――すなわちGDP額の約2倍を超えている――と見なければならないわけである。 もちろん、他方で、わが国の中央政府と地方自治体は、それぞれ、膨大な「資産」も保有している。しかし、だからといって、上記のような巨額の政府負債を心配しなくてもよいということにはならない。なぜならば、中央政府についても地方自治体についても、その「資産」は(後述の「国の貨幣発行特権」を無限の「無形金融資産」として計上することを避け続けるものとすれば)、簡単には換金できないようなものであるか、あるいは、本質的に売却してはならないものも多いからである。また、「国」(中央政府)や地方自治体の債権(・・) とされている資産でも、不良債権となって焦げ付いているものが多額にのぼっているのが現状である。 ただし、政府負債の全てを日銀に買い取らせて、政府の借金が「日銀に対する借金だけである」といった状況となるようにすれば、危機的苦境を凌ぎうると思われるのであるが、不可解なことに、現在のわが政府(とくに財務省)のスタンスは、それとは正反対である。いま、わが政府は、新規発行国債を民間の資本・金融市場で消化させようと懸命になっている。それどころか、外国の市場でもわが国の国債をできるだけ多く消化させようと努めはじめている。わが国では、外貨の不足で困るといった事態の発生は、まず、考えられないことであるのに…‥、である。ということは、わが政府にとっては、今後、国内および国外の投資家に対する国債利子の支払い義務の重圧がどんどん大きくなるということであり、そして、どのように不利な状況の事態となっても、その重圧から逃れることができなくなるということである。このことは、現在すでに、はなはだしい破綻状態にあるわが政府財政のことを考えれば、ずいぶん危険なことであると言わねばなるまい。 以上、詳細に分析し、るると述べてきたことを、現実主義的な見地に立って振り返ってみると、一つの重要な結論を導出せざるをえない。すなわち、現在、わが政策当局が行なおうとしているような財政(・・)支出(・・)の(・)削減(・・)や増税(・・)といった方策では、たとえ、それにともなう多大の犠牲をも省みずにそれを強行するといった形で、どんなに努力してみたところで、膨大な累積政府債務の存在から悪循環的に生じているわが国の「一般政府」(中央政府および地方自治体)の財政破綻を解決し、「財政再建」をはたすといったことは、とうてい(・・・・)不可能(・・・・)で(・)ある(・・)ということである。そして、そのような犠牲のみが多く効果が乏しいといった空しい政策運営のもとでは、わが国の経済も停滞を脱しえないであろう。 だとすれば、そのように目的の達成が不可能に終わるということが明らかな旧来の政策立案パターンから脱却して、オーソドックスな経済学理論を踏まえた新しい視角からする政策の立案によって、わが国の財政と経済の再建・再生を迅速かつ100パーセント確実に達成するという政策運営が必要となろう。 本稿が本誌に掲載される本年の9月は、時あたかも、小泉内閣に替わる新内閣の登場のころにあたる。そのことを踏まえ、本稿では、以下、新政権の政策担当者諸氏のために、そのような、わが国の「財政と経済の再建・再生を迅速かつ100パーセント確実に達成する」ための新しい視角による政策案マニフェストを、簡明に提示しておきたい。 [U] 簡潔・明瞭でインパクトのある政策案マニフェストの提案! 拝啓、新内閣の経済政策担当マシーン各位殿 今まさに、各位におかれましては、新内閣の発足をむかえ、政策案の立案と、それについての有権者へのアピールに、鋭意、ご努力のことと存じます。ただ、各位も、実際にはご理解くださっているところだと存じますが、昨年、わが国論を二分したかの感がありました郵政改革の賛否といったことは、実のところ、現下のわが国にとっての最重要問題であったとはとうてい言えませんし、わが国民の大多数もそのように感じていたようです。 なんといっても、現在のわが国にとっての最も差し迫って重大な課題は、膨大な政府負債の累積で破綻しきっている国家財政を、国民に負担をかけることなしに再建し、経済を不況・停滞の状況から脱却させてわが国をたくましい興隆軌道に乗せ、年金制度などを中心とする社会保障システムを充実・整備し、そして、防衛力を拡充して外国からのあなどりをうけることのないようにするということであるはずです。国民(庶民)も、それを強く望んでいます。 もちろん、各位のお手元には、各方面より、様々な政策提案が寄せられてきていることと存じます。しかし、総じて言いますと、あまりにも多項目におよぶ総花的な政策案は、いずれの政党の党員・党友たちにも、一般の国民にも、まったくアピールしえなくなってしまっているのが、現状です。 したがって、各位におかれましては、今後の政策運営について、上記のような現在のわが国にとっての「最も重大な課題」の達成のための現実的に可能な方策ということに焦点をしぼって、下記の「600兆円計画」のような簡潔・明瞭でインパクトのある基本政策のマニフェストを、各党の党員・党友ならびに全国民に、声を大にしてアピールしていただかねばならないと存じます。いまや、わが全国民が、そして、全世界が、それを熱望しているのです。 ――――――――――――――――――――――――――――――― 600兆円計画マニフェスト ━━財政再建と「右肩上がり」高度成長経済および防衛力整備の実現へ!━━ (1) 税金でも国債でもなく、また紙幣を刷りまくるわけでもなく、国民にはまったく負担をかけない方式で、600兆円の新規の追加的な国家財政財源を確保して、わが国の財政を再建し、景気を回復させて経済を逞しい「右肩上がり」の成長軌道に乗せることを、政策の基本とするべきである。 〔注1〕 600兆円の新規財源の調達方式について質問を受けたときには、国(政府)がきわめて巨額(事実上は無限)に所有している「無形金融資産」のうちの650兆円ぶんを、50兆円値引きし、600兆円の代価で政府が日銀に売ることによって調達することにするが、そうすることによって、日銀の資産内容もいちじるしく改善され、わが国の金融システムや信用秩序を確固としたものとすることにも役立つと、答えればよいであろう。その「無形金融資産」とは何かと尋ねられた場合には、日銀券とは別個の「政府貨幣」(政府紙幣および記念貨幣をも含む)についての「国(政府)の貨幣発行特権」(seigniorage、セイニアーリッジ権限)であると答えればよい。法的根拠を問われた場合は、基本的には「通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律」(昭和62年、法律第42号)第4条、および、「日銀法」第38条であると答えればよい。なお、マクロ的に生産能力の余裕がある場合には、総需要政策としての財政政策のためのマネタリーな財源調達には、「国(政府)の貨幣発行特権」の発動に依拠すべきだとする政策提言は、20世紀の半ばごろより現在まで、ラーナー(A. P. Lerner)、ディラード(D. Dillard)、ブキャナン(J. M. Buchanan)、スティグリッツ(J. E. Stiglitz)といったノーベル賞受賞者級の巨匠経済学者たちからも繰り返しなされてきており、経済学的にはきわめてオーソドックスな政策案であるということを、銘記するべきである。 (2) 現在、わが国の経済では、生産能力の余裕は十二分にあり、企業は需要に応じてきわめて敏速・的確に商品を供給しうる能力を持っている。にもかかわらず、総需要の不足のゆえに、せっかくの生産能力の余裕を生かしえず、膨大なデフレ・ギャップの発生という形で、年々、400兆円もの潜在実質GDPが実現されえずに空しく失われている。 過去四半世紀のあいだに、このようにして、実に総額5000兆円(1990年価格評価の実質値)もの潜在実質GDPが失われてしまったのである。これこそが、わが国の経済の弱体化と国民の経済的苦しみ、ならびに、国威の衰退の根本原因である。したがって、上記の600兆円の追加的な新規財政財源のうちの250兆円程度を3 〜 5年間に投入して、大々的な総需要拡大政策を実施し、わが国の経済を一挙に再生・再興させることが必要である。このことは、「乗数効果」が健在で、「有効需要の原理」がゆるぎなく作用しているわが国の経済では、きわめて簡単・確実、かつ、安全・容易に達成しうることである。生産能力の余裕が十二分にあるのであるから、物価安定下での高度経済成長の実現という、理想的な状況をわが国民は享受しうるはずである。 〔注2〕 このような高度経済成長政策の実施にともなって、きわめて過大な量の「紙幣が刷りまくられる」ことになるのではないかと危惧するむきもあるかもしれないが、その心配は無用である。エコノミストたちにはよく知られているように、GDPの増加額に「マーシャルのk」(マクロ・ベースでの現金通貨流通速度の逆数)と呼ばれる係数を乗じた額として、現金通貨量の増加額は決まる。この「マーシャルのk」の値は、だいたい0.08 〜 0.15 くらいのものである。つまり、かりにGDPの水準が100兆円上昇したとしても、それにともなう現金通貨量の増加額は8 〜 15兆円程度ですみ、心配するほど過大な量にはならない。 (3) 上記の新規財源の残余350兆円を用いて、 現在の国の長期債務残高746兆円(財務省推計による平成18年度末の国家長期債務残高見込み額605兆円に、「財政融資資金特別会計」に計上見込みの国債残高141兆円を加算)のうちの半分に近い350兆円を、ここ1〜2年のあいだに償還し、経済成長の回復にともなう財政収入の大幅な増加ともあいまって、わが国家財政を根本的に再建する。 〔注3〕 国債の大量償還は、過剰流動性現象を惹起するおそれがあるが、それを回避するためには、政府が、円高の防止・是正をもかねて、あらかじめ、米国など外国の公債を大量に購入しておき、その外国公債との等価交換で、国内の投資家から日本政府発行の国債を政府の手元に回収する(国内投資家には代償として外国公債を渡す)という方式を、適宜、併用すればよいであろう。わが国の経済が、上述のような政策の断行によって急速に回復し、高度成長軌道に乗りはじめれば、外国の投資家は競ってわが国に投資しようとし、海外から、きわめて大量の資金がわが国に流入しはじめ、そのことが非常に大きな円高要因になる惧れがあるが、わが政府が上記のような国債償還方式を実施すれば、外国資金の大量流入による円高圧力に打ち勝って、むしろ、かなりの円安をもたらすことが可能となり、そのことによって、わが国は「産業空洞化」の悪夢から解放されうることになろう。 (4) 言うまでもなく、上記(2)の総需要拡大政策は、確実に「有効需要」(生産されたモノやサービスを実際に買う需要)を増加させることになりうるか、それとも、同じく確実に国民の「所得」を増やすことになるような財政政策支出として実施されるべきである。この意味で、自然環境の改善のための公共投資や防衛力整備のための支出といった有効需要支出を増やすとともに、国民への給付政策、年金など社会保障の充実・確保、といった政策に力点が置かれるべきである。したがって、このような政策運営が行なわれるようになれば、国民は年金システムの将来などを心配しなくてもよくなる。当然、わが国の人口は増加傾向を回復しうるであろう。 (5) 上記のような経済の回復によって、いわゆる不良債権・不良資産の大部分は、優良債権・優良資産に一変しうる。 (6) 過去四半世紀、わが国の総需要政策はきわめて不十分──というよりは、マイナス方向への暴走──であった。その結果、上述のごとく、国民も政党も国会議員も知らないあいだに、わが国は、5000兆円という超膨大な潜在実質GDPを空しく失ってしまったのである。この苦い経験を反省するならば、どうしても、総需要政策(上記で提言したような政策をも含 めて)の不十分や、上方あるいは下方への暴走を防止するための「歯止め」が要る。この「歯止め」は、デフレ・ギャップやインフレ・ギャップを常にモニターしつつ(これまで、わが政府はそれを怠ってきた)、それに立脚して年々の総需要政策を合理的に国会で審議・決定するという制度、すなわち、いわゆる「国民経済予算」の制度を確立することによって行なわれるべきである。「市場経済」にこの「国民経済予算」の方式を結び合わせた制度こそが、人智のおよぶかぎり、最善の経済システムなのである。 ――――――――――――――――――――――――――――――――― 要するに、今日のわが国の経済についての、上述のような政策提言マニフェストは、政策担当者に対する 1. デフレ・ギャップの巨大さと、その意味を知れ! 2. 乗数効果ならびに有効需要の原理が健在であることを認識せよ! 3.「国の貨幣発行特権」の大規模発動で財政財源を確保せよ! 4. 国民経済予算の制度を確立せよ! という相互に密接に関連し合った4項目の要請に集約されるわけである。 この4項目こそが、急所である。実は、これまで、私が、本誌に掲載された旧稿をも含め数多くの論作において、幾度も指摘してきたように、わが国では、奇怪な社会的マインド・コントロール状況が作り出されていて、この4つのポイントは巧妙に隠蔽され、わが国民は(政党や政治家諸氏も)、これに気付くことができないようにされてきた。まさに、このことによってこそ、わが国の経済は、衰亡への道に陥れられてきたのである。しかし、この4項目を認識・確認することによる理論武装をはたせば、そのような社会的マインド・コントロール状況を形成させてきた思想謀略を破砕することが可能となるであろう。 一般庶民に対する経済政策的アピールとしては、簡潔に、 @ 国民にまったく負担をかけない新規財政財源を数百兆円確保! A 国の負債の大量償還! 国の負債を半減! B 3 ~ 5年間250兆円を投入、年率5パーセント以上の経済成長率を10年! C 年金アップ! 社会保障の画期的充実! 防衛力も整備! D デフレやインフレを防ぐ真の「歯止め」の確立! といったことをうたっておけばよいであろう。 以上 日本経済・税制・財政協議会 |