『自由』誌平成16年8月号掲載予定

             最近のわが国GDP推計値に潜む危険要因

                           大阪学院大学教授・経済学博士 丹羽春喜

 名目ベースでは、まだ日本経済は低迷

 本年69日、内閣府は、昨年4月より本年3月までの平成15年度(2003年度)のGDPの第2次推計速報値を発表した。それによると、平成15年度のわが国のGDP実質成長率は、3パーセントの大台を超えて3.2パーセントとなり、四半期ベースでは8期連続のプラス成長、そして、本年13月期の実質成長率を年率に換算すると6.1パーセントにも達することになる。このような第2次推計の数値は、すでに、その3週間前の518日に同じく内閣府から発表されて日本経済の景気回復ぶりを強調するものとなっていた昨年度GDPの第1次推計値を、さらに、僅かながらも、上向きに改訂したものとなったのであった。かくて、マスコミは、「わが国の経済は顕著な回復を遂げた! いまや、日本経済は、好況に沸き立っている!」と(はや)し立てて止むことをしらないような状況である。

  しかし、この内閣府のGDP推計値をすこし仔細に観察してみると、幾つかの非常に不安な要因が内含されていることがわかる。とくに以下の三点は要注意である。


第一に、成長率の名目ベースの値と実質ベースの値との食い違いが、あまりにも大幅であって異常


第一に、成長率の名目ベースの値と実質ベースの値との食い違いが、あまりにも大幅であって異常であるということが、指摘されねばなるまい。この内閣府の推計では、平成15年度のGDP成長率の名目ベースの値は、わずかに0.7パーセントでしかない。つまり、名目ベースで見れば、日本経済は、まだ低迷状態を脱してはいないのである。したがって、3.2パーセントというかなり高い実質成長率の数字が算定されるためには、「GDPデフレーター」(名目GDPを実質GDPに換算するための総合物価指数)が平成15年度には対前年度比で2.5パーセントも低下したものとされている。石油など輸入原燃料の価格が高騰してきたにもかかわらず、そうだというのであるから驚きである。本当にそうであったとすれば、わが国の企業は、昨年度を通じて相当な安売りを余儀なくされたということになろう。

 しかも、この「GDPデフレーター」の指数値の推移を見ると、平成15年度においては、年度の前半よりも、むしろ後半のほうが、その低下率が大きくなっているのである。すなわち、「GDPデフレーター」の各四半期の指数値を対前期比で見てみると、平成15年度の第1四半期(平成1546月期)がその前の期である平成14年度の第4四半期(すなわち平成1513月期)に比べて0.38パーセントのマイナス(すなわち低下)、平成15年度の第2四半期(平成15年の79月期)が同年度の第1四半期(平成15年の46月期)の該当値に比べて0.48パーセントのマイナス(低下)であったが、同年度の第3四半期(同年1012月期)になると、その前の期である第2四半期(同年79月期)の該当値に比べて1.1パーセントのマイナス(低下)となって、その低下率がぐんと大幅になり、その次の期である同年度の第4四半期(平成1613月期)でも、第3四半期(平成151012月期)の該当値に比べて、いぜん0.47パーセントのマイナス(低下)となっていて、その低下趨勢が続いてきているのである。そして、このような推移を総合して、上記のごとく、平成15年度の「GDPデフレーター」の年度ベースの指数値は、前年度である平成14年度の該当値よりも2.5パーセントという大幅な低下となったと、内閣府は算定しているわけである。

  「景気が顕著に回復してきている!」と喧伝されているにもかかわらず、「GDPデフレーター」――すなわち総合物価指数――の指数値が、昨年度の前半よりも、かえって後半になって、むしろ、いっそう大幅な率で低下となったのは、まことに異常で、心配な状況である。この点を捉えてみただけでも、現在マスコミが囃し立てているわが国の経済の「景気回復」なるものが、かなり不安定で、基盤の脆弱なものにすぎないのではないかという疑念を、持たざるをえないのである。



 

 第二に異常に微弱になっている乗数効果


 第二に指摘されるべきことは、上記のごとき名目成長率の低さは、それ自体、非常に不自然なことであり、それは、昨年度のわが国経済における「乗数効果」が、なんらかの特殊な事情で、異常に微弱にしか働かなかったという結果になってしまったということを、物語っているということである。

 上記の本年69日発表の内閣府によるGDP推計値を平成14年度の該当値と比べてみると、平成15年度において、民間投資額(企業設備投資、住宅投資、および、在庫投資)は、名目ベースでは、対前年度比5.36兆円の増加であった。また、財貨・サービスの「純輸出額」(すなわち輸出超過額)という形で示された「外需」も、同じく名目ベースでは、対前年度比2.98兆円の増加であった。

 この両者を合算すると、8.34兆円のプラスであったわけである。他方、同じく平成15年度において、公共投資や政府消費などの「公的需要」(中央と地方合計)は、名目ベースでは、対前年度比4.54兆円のマイナスであった。しかし、この公的需要のマイナスを差し引いたネットの額で見てみても、なお、3.8兆円(=8.34-4.54)のプラスであったわけであるから、本来ならば、この自生的な有効需要の増加3.8兆円から生じる「乗数効果」(つまり波及効果)によって、名目ベースで4兆円ないし4.5兆円程度の家計消費支出の増加が誘発され、合わせて、8兆円前後にも達する名目GDPの増加がもたらされてしかるべきであった。

 ところが、まことにがっかりせざるをえないことに、この内閣府のGDP推計では、平成15年度の家計消費支出額は、名目ベースで、 対前年度比0.5パーセントのマイナス、すなわち、約1 兆円の減少(ただし、持ち家の「帰属家賃」を「家計支出」には含めないままの算定)であったと示されたのである(本稿の後段で考察するように、実態はもっと悪いかもしれない)。持ち家の「帰属家賃」を「家計支出」に含めるものとして計算した場合でも、平成15年度の家計消費支出額は、0.1パーセントのマイナス(同じく名目ベース)であった。したがって、上記のごとく、GDP総額もわずかに0.7パーセント(3.7兆円)の伸びにとどまってしまったのである。 「乗数効果」は、ほとんど作動しなかったような結果となってしまっているわけである。

 しかしながら、本来的には、「乗数効果」は、必ず作動するはずの経済の基本メカニズムであるから、それが働いていなかったなどということは、ありえないはずのことである。したがって、昨年度のわが国の経済においては、「乗数効果」は確かに働いてはいたものの、なんらかの「下向きの(マイナスの)乗数効果」が作用して、「上向きの(プラスの)乗数効果」を相殺してしまったのにちがいないと、考えねばならないわけである。



 

 第三番目「雇用者報酬」減少の悪影響は深刻


 もうひとつ、第三番目に指摘しておかねばならないことは、このような「乗数効果」の微弱さをもたらしたものが、「雇用者報酬」(つまり「雇われている勤め人」が受け取った報酬額)の減少という要因であったと思われるということである。

 ここで、先ず、この「雇用者報酬額」(名目ベース)の推移を、結果的にはそのピークとなった平成9年度(1997年度)から、平成15年度(2003年度)までを、以下のごとく、ここに掲げて観察してみることにする(内閣府のホーム・ページに示されているGDPデータによった)。

 

             雇用者報酬額(兆円) 対前年度比変化率(

 平成 9年度(1997年度)   281.4                 + 1.85

    10年度(1998年度)   276.7                 1.67

        11年度(1999年度        273.0                 1.34

       12年度(2000年度)   275.4                 + 0.88

       13年度(2001年度)   271.9                 1.27

       14年度(2002年度)   264.7                  2.65

       15年度(2003年度)   262.0                 1.02

 

  すなわち、「雇用者報酬額」(名目額ベース)は、平成9年度(1997年度)から平成15年度(2003年度)までに19.4兆円も減ってしまっているのである。 その間、平成12年度(2000年度)に僅かに増えただけで(0.88パーセントのプラス)、その他の各年度は、いずれも減少を記録している。とくに、平成14年度(2002年度)の減りかたが大幅である(2.65パーセントのマイナス)。

 上記本年69日発表の内閣府のGDP推計では、ここに掲げてあるように、平成15年度の「雇用者報酬額」は262兆円であったとされている。ところが、実は、同じく内閣府の、昨年1114日発表のGDP推計では、一昨年度(平成14年度)の「雇用者報酬額」が269.9兆円であったと示されていたのである。その数字を用いて計算するとすれば、平成15年度の「雇用者報酬額」は、対前年度比7.9兆円もの減少、つまり2.9パーセントという大幅なマイナスであったことになったはずである。ところが、その後、内閣府は、一昨年度の「雇用者報酬額」の数字を5.2兆円も減額修正し(昨年129日および本年128日の内閣府の発表)、上表のごとく264.7兆円に改訂したので、上記の本年69日の内閣府の公表では、平成15年度の「雇用者報酬額」は対前年度比1.02パーセントのマイナスの2.7兆円の減少であったとされているわけである。

 とくに注目すべきことは、同じく本年69日の内閣府のGDP推計の発表では、平成15年度の第4四半期である本年(平成16年、2004)の13 月期における「雇用者報酬額」が、対前年同期比で3.0パーセントもの非常に大幅な減少となったと見積もられていることである。このことは、昨年度を通じて、そして、現在においても、わが国の経済の「景気回復」や「好況」が声高に囃されてきているにもかかわらず、リストラによる企業の人件費削減の努力が、いぜんとして厳しく大規模に行なわれ続けているということを、物語っている。

  いずれにせよ、平成14年度から平成15年度にかけては、企業のリストラ努力が続いたことによってマクロ的には「雇用者報酬」の額がかなり大幅に落ち込み、そのことから「下向きの(マイナスの)乗数効果」が生じて家計消費が伸びず、「上向きの(プラスの)乗数効果」が微弱な結果となってしまったのであろうということは、ほとんど疑いを入れる余地のないところであろう。これは、まさに、個々の企業にとっては合理的な処置であるミクロ的なリストラ努力が、マクロ的に集計・合成されると、家計消費の不振と総需要の伸び悩みという「誤った結果」をもたらしてしまうことになってしまったという意味で、いわゆる「合成の誤謬」現象の典型的な発現であったと言わねばならない。このことを裏書きするように、最近も、小売商業の売り上げ額は、対前年同期比でマイナスが続いている。90年代の終わりごろと比べると、小売販売額は、名目ベースの数字では、一割以上も減ってしまっているのである。乗用車の国内販売も、最近では不振となってきている。

 

 巨額の「統計的不突合」が物語るものは何か?

 このことに関連して、実は、近年のわが国のGDP勘定には、一つの不気味な特徴が含まれるようになってきている。それは、「統計的不突合」(すなわち、「統計上の食い違い」)の数字の異常な動きと増え方である。

 よく知られているように、「GDP勘定」は複式簿記の形式に則って作表されており、生産面、分配面、そして、支出面の三つの側面から推計されたGDP額の数字が相互にぴったりと一致するはずであり、また、一致するように算定されなければならないことになっている。しかしながら、実際の推計作業の結果としては、これが、厳密にぴったりと一致するといった算定結果になることは、むしろ、まれであって、若干の「統計的不突合」が生じることは、やむをえないものとされている。わが国のGDP勘定の実際の作表手順においては、当該年度においてわが国の経済社会が財貨やサービスを生産したことに伴って稼ぎ出された「雇用者報酬額」および「企業の営業余剰額および減価償却額」、ならびに、「生産と輸入に課せられた税による政府税収額(補助金を控除)」を合計した額が (グロス)国民所得額(ただし外国から稼得した要素所得額を除く)=(グロス )付加価値総額=GDP となるので、これが、支出面から推計されたGDP額=GDE額(すなわち「国内総支出額」)と一致するはずなのであるが、それが、実際には、なかなか一致するようにはならないので、その食い違いの額を「統計的不突合」の額として計上して、帳尻を合わせているわけである。

 ところが、近年(とくに98年度以降)においては、「雇用者報酬額」が減ってくるにつれて、このような 粗国民所得=粗付加価値 = GDP として算定された額が、支出面から推計されたGDP GDEの額よりもかなり下回るような算定結果となってきているのである。やむなく、帳尻を合わせるための「統計的不突合」の額がかなり大きくなってきている。とくに、上記で指摘したように「雇用者報酬額」がきわだって大幅に減少した平成14年度(2002年度)においては、このようなGDP勘定における「統計的不突合」の額が大きくなるという現象が、とりわけ顕著であった。すなわち、その平成14年度におけるこの「統計的不突合」の額は、名目ベースでは、対前年度比で67パーセントも増え、7.6兆円に達するにいたったのである(内閣府平成16419日公表)。本来は「ちょっとした食い違い額」という程度のものであるはずの「統計的不突合」の額としては、この7.6兆円という額は、びっくりするほどの大きな額である。

  本年(平成16)の6月中旬という本稿執筆の時点では、平成15年度のGDP勘定における「統計的不突合」の額は、まだ、公表されてはいないようであるが、おそらく、それも、不可避的に、平成14年度の該当値と同様に、7兆円ないし8兆円、あるいは、それ以上にもおよぶ大きな額として算定されることにならざるをえないであろう。

 このように、GDP勘定において、「雇用者報酬額」が減少するにつれて「統計的不突合」の額が膨れ上がってきてしまったということは、そのような「雇用者報酬額」の減少額に見合うだけの額の増加が企業の「営業余剰」には生じえなかったことを意味している。すなわち、このことは、マクロ的に見ると、企業のリストラ努力による人件費削減額うち、その一部分の額しか、企業の「営業余剰」(すなわち利潤)を増やすのには役立たなかったということを物語っている。言うまでもなく、これは、人件費削減などの企業のリストラ処置から「下向きの(マイナスの)乗数効果」が発生し、マクロ的に「合成の誤謬」の現象が発現してしまったことによるものであろう。

 上述の分析のごとく、「雇用者報酬額」の減少ということが疑いえないことであり、それが近年のわが国のGDP勘定における「統計的不突合」の額のふくれ上がりの主要な原因の一つであるということも否定しえないことであるとすれば、そして、また、その「雇用者報酬額」の減少が家計消費の不振を通じて小売商業販売額の低下をもたらしているということも厳然たる客観的事実であると考えねばならない以上は、この7兆円ないし8兆円という「統計的不突合」の額は、とりもなおさず、これまで内閣府が主として支出面からの推計として示すのを常とし、マスコミもそれに基づいてわが国の経済についての楽観論を囃してきたところの、近年のわが国のGDP推定額が、それだけ、過大推計されてきている可能性が濃いということを示唆しているものとも言えよう。

 具体的に言えば、内閣府の推計による近年のわが国GDPの数字に含まれている「家計消費額」ならびに「民間最終消費額」(その大部分が「家計消費額」)の数字は、「雇用者報酬額」の減少による家計消費の不振ということを、近年の趨勢としては、不十分にしか反映してきていないという疑いが濃いということである。そのことを裏書きしているのが、上述の「統計的不突合」の額の近年における異常な膨れ上がりということなのである。

 

   やはり、大規模な総需要拡大政策が必要だ!

  言うまでもなく、景気回復期で、投資や輸出が大幅に伸ばされているようなときには、「雇用者報酬」の額も増えるのが通例である。ところが、本稿で詳細に分析したように、昨年度(平成15年度)はその逆であったのである。すなわち、昨年度においては、そして、現在も、わが国の企業は、景気回復が喧伝されるなかで、リストラの手を緩めないできたということである。しかし、その結果として、「マイナスの乗数効果」が生じて「プラスの乗数効果」を打ち消し、マクロ的には家計消費需要が伸びず、全般的な需要不振となって、企業はかなりの安売りを余儀なくされたのであろう。上記でも指摘した「GDPデフレーター」の大幅低下は、そのことを物語っている。上記でも触れたように、昨年度(および現在)のわが国の経済においては、「合成の誤謬」の矛盾が、まさに、典型的な形で発現してきているわけである。

 本稿でつぶさに分析・指摘してきたような諸矛盾は、財貨・サービスの輸出・入における「貿易収支の黒字」(すなわち「純輸出額」)という「外需」が順調に伸びているあいだは、まだ、なんとか凌ぎうるであろう。しかし、今後、円高の進行や、中国の経済政策の引き締め政策への転換といったことが契機となって「外需」が伸びられなくなってくれば、「合成の誤謬」現象の発現によって「内需」の停滞を打開しえないままに推移してきたわが国の経済は、全面的な失速状況に陥る危険性が濃い。 やはり、そういった「合成の誤謬」による「マイナスの乗数効果」を打ち消して総需要の持続的で力強い増大を確実にもたらすために、政府が「総需要拡大政策」の大規模な断行に踏み切ることを、待望せざるをえない所以である。