「諸君!」平成14年10月号での対談をHPに掲載するについて上記の皆様と「諸君!」の快諾を得ましたことを、ここに記載して感謝致したいと存じます。なお、本文はそのままですが、「小見出し」は、読みやすくするため藤本龍夫が少し書き加えさせて頂きましたことを、あらかじめお詫び致します。

「諸君!」平成14年10月号 対談

日米「抱き合い心中」への道行
    ドルに振り回される円


さかきばらえいすけ
榊原英資 慶応義塾大学教授

にわはるき
丹羽 春喜大阪学院大学教授

もとやまよしひこ 
本山 美彦 京都大学教授


はまだかずゆき
浜田和幸 国際未来科学研究所代表



アメリカ一極支配の終わりの始まり

榊原
 現在の世界経済の状況を、私は「アメリカ一極支配の終わりの始まり」と表現しています。
 ここのところ相次いだマイナス要因、たとえばエンロンやワールドコムといったアメリカ屈指の大企業が突然破綻するといったニュースにもかかわらずアメリカ経済はまだ相当強いといえるし、大国としてのパワーが一挙に衰えていくわけではない。
 しかし九五年以降いわれてきたようなアメリカの「一人勝ち」という構図については「終わりの始まり」であり、歴史的な長いスパンでいえば、「パクス・アメリカーナの終わりの始まり」だと考えているわけです。

 というのも、私はいま世界で進行しているグローバリゼーションの本質をアメリカ的な価値観が世界中を席巻していく過程だとはとらえていないからです。むしろグローバリゼーションの顕著な特徴とは中国やインド、またはロシアといった、冷戦期、九〇年代まではグローバル経済に参加していなかったところがかなりの勢いで力をもつようになってきたことです。
 十九世紀の末、それまでヨーロッパだけを中心にまわっていた世界経済にアメリカやアルゼンチン、オーストラリアなどが参入してきたときと状況は似ています。これらの新しい地域がグローバル経済へ及ぼす力というものが非常に大きくなっている。

 もうひとつ、EUはジグザグ・コースをたどってはいるものの、ヨーロッパの統合は着実に進んでいることがあります。私はこの六月に東欧、バルト三国をみてきました。ベルリンの壁が崩壊し、ソ連が分裂した直後、これらの国々は市場経済化への転換においてアメリカ・モデルを導入したため、アメリカの影響力というものが非常に強かった。ところが一定の期間を経てある程度安定したら、これらの国々はEU参加を目指したわけです。たとえば二00四年にはバルト三国をふくむ十カ国が新たにEUに参加します。そのようにして東欧のEU化が確実に進行しているし、これはいずれロシアのヨーロッパ化にまでいたると私はみています。
 これはアメリカに対するカウンター・バランスとしてヨーロッパが着実に力を伸ばしていることを示しています。新規参入組の存在とEUの発展の結果、アメリカの力は相対的に減少し、一極支配が崩れる可能性がある。                 

グリーンスパンFRB議長がいうところの「根拠なき熱狂」が冷めてきた

 九〇年代の後半から二〇〇〇年という時期は、グリーンスパンFRB議長がいうところの「根拠なき熱狂」がアメリカ経済を支えてきました。それはアメリカが世界に喧伝したニュー・エコノミー論などの経済システムに対する熱狂であり、それを体現していると考えられたアメリカ企業に対する熱狂でもあった。
 ところが二十一世紀に入ったとたんウォール街の株価は乱高下し、企業スキャンダルも続発するといった事態に陥り、熱狂はすっかり冷めてしまった。あるアメリカの友人は、「われわれアメり力の投資家やアナリストは、これまでアメリカが天国で日本は地獄だと思ってぎた。しかし、いまになってみると両方とも煉獄にいることがわかった」といっていました(笑)。     
 またEU統合の初期的インパクトとしてヨーロッパ企業はさかんにアメリカ企業のM&A(合併・買収)をおこないました。たとえばダイムラーがクライスラーを買収し、ドイチェ・バンクはバンカーズ・トラストを買った。これは通貨統合にともない、投資を分散する意味からも資産をドル化しておく必要があったからです。この特殊な要因が三年ぐらいで消えてしまった。
 これらのことから、アメリカ経済も構造的な問題を抱えているということに対して、みんな冷静な判断をするようになった。 

 ただ注意しなくてはならないのは、そうであってもアメリカ企業、アメリカ経済というものは、いまだにそれなりの強いファンダメンタルズをもっているし、アメリカは超大国ではなくなるかもしれませんが、大国であることには変わりがないことです。私は将来的な多極化を想定していますが、そのなかの有力な一極がアメリカであることには変わりがない。
 現在の世界経済の動向を単純化すると、九五年以降、世界経済のエンジンであったアメリカ経済が「調整」局面に入りつつあり、それにともなって世界経済全体も調整を余儀なくされているというのが私の認識です。

浜田
 ブッシュ大統領も同じ趣旨のことを繰り返し発言していますが、実は一九二九年十月、大恐慌のおきる直前にも当時のフーバー大統領がまったく同じことをいっていたのです。すなわち「アメリカの経済ファンダメンタルズは健全であり、繁栄の基盤はゆるぎない」と。大統領がことさらそういうことをいうと、かえって危ないのではと心配になります。

行き過ぎたグローバリゼーションの是正がこの数年のうちにおこる

本山
 グローバリゼーションには、ほとんど金融を中心に進行してきたという特徴もありますね。
戦後最初にあった国際的金融システムはブレトン=ウッズ体制で、これはむしろ資金の自由な流れにタガをはめようとする制度でした。それが七〇年代以降、どんどん自由化され今日にいたるわけですが、とくに九〇年代以降は自由化が行き過ぎてしまいました。

98年にはLTCM(ロングターム・キャピタル・マネジメント)が「突然死」した。最近、全米第七位のエンロン、さらには全米第二位のワールド・コムという巨大企業が一朝にして破綻したのも、不正会計があったとはいえ、やはり乱暴な金融の動きに振り回された結果とみるべきでしょう。
 八0年代の南米金融危機、九〇年代のアジア金融危機、そして二十一世紀になるとアルゼンチンが国家としてデフォルト(債務不履行)に追い込まれ、ウルグアイも破綻寸前です。毎年地球上のどこかで金融絡みのパニックがおきている。
 こういう金融の動きはいずれどこかで制御されなくてはなりませんーー行き過ぎたグローバリゼーションの是正というものがこの数年のうちにおこるだろうと私は予測しています。それが榊原さんのいわれるアメリカ一極支配の終わりと同じ事態をもたらすのではないでしょうか。

近々、1930年代のような世界大不況が発生する恐れがある

丹羽
 
アメリカ一極支配構造が崩れていくという長いスパンの話の前に、近々、一九三〇年代のような世界大不況が発生する恐れがあることを私は指摘したい。

 しかも残念なことにその責任の相当部分は日本にある。日本はいまコントロール不能の底なし不況に落ち込んでいます。経済成長率が落ち込むことで政府の財政収入が減り、そのため翌年度の財政支出が削られ、そのことがまた経済成長を圧迫するという悪循環に陥っている。日本経済がこれだけ悪くなると、当然アジア全体の経済が落ち込み、そのことがアメリカ、ヨーロッパ経済の足を引っ張る結果になります。
 アメリカはグリーンスパンFRB議長を中心に金融政策ではそれなりの成果をあげていますが、財政政策については財政均衡法という枠がはめられていますから、思うような財政支出ができない構造になっています。

 それからEUは経済統合によっていい方向に向かうというふうにみんな楽観的ですが、私は必ずしもそうではありません。というのも、EUの通貨統合は為替レートの機能をあまりにも軽視していると思うからです。ユーロをつくるとき、域内各国は当時の為替レートを凍結するかたちで通貨統合に参加しました。それが三年たち、だんだんと域内国家間の経済格差が広がりはじめています。これからは、域内で為替レートが機能しないということは、大問題です。
 九〇年に東西ドイツが統合しましたが、このとき東西のマルクはブラック・マーケットで十対一程度のレートで交換されていました。つまり東ドイツ・マルクは西ドイツ・マルクの十分の一程度の強さしかなかったのです。為替レートというのはゴルフのハンディキャッブのようなもので、これがあるからコンペでは強いプレイヤーも弱いプレイヤーも対等に勝負を楽しむことができます。品質もデザインも悪い東ドイツ製品がそれなりの国際競争力をもつことができたのは、西ドイツに較べて十分の一の価格で輸出できたからで、そこに為替レートの機能があります。

 ところが西ドイツのコール首相は東西ドイツ・マルクを一対一のレートで交換した。そのため東ドイツの産業は全面的に壊滅したのです。
 ある国で生産性が落ちたとすると、普通なら為替レートが下落して競争力が回復しますが、通貨統合をおこなって為替レートそのものをなくしてしまったEUの域内では、そのような国の産業の競争力は落ちるばかりで、いずれ経済統合から脱落せざるをえない状況になる。新たに参入する東欧圏や中欧圏の国々にとって重大な問題です。
 こうしてみると日本がダメ、アメリカも打つ手がない、EUも不安定、中国も成長率はかなりスローダウンしているというわけで、世界大不況が心配な状況というのが私の見方です。                                   

7兆ドルを失ったアメリカの株式市場(2〇〇2年3月から今日までの間に)

 
浜田
 つい先日までアメリカ各地をまわってきたのですが、アメリカ国内は景気回復に対する期待感は高いものの、実感としてまだまだ底は打っていないと強く感じました。   たとえば車や住宅といった消費財は低金利政策の影響でかなり売れてはいますが、経済全体でみると、エンロン事件など大企業による不正経理の発覚などから、これまでアメリカが世界に対し、「グローバル・スタンダード」だといって押し付けてきた経済の価値観、アメリカ型資本主義の普遍性に対する不信の念が生まれています。
 
九〇年代、株式市場が右肩上がりだった時代、労働者の老後の蓄えにと普及した401k(確定拠出型年金)ですが、組み込まれていた株式が下落し、もらえる年金が減少したとあって、ある種の社会不安も醸成されています。二〇〇二年三月から今日までの間にアメリカの株式市場は七兆ドルを失いました。一方、一部の経営者だけは膨大なストック・オプション(将来のある時期、決められた価格で自社の株式を購入できる権利。株価上昇局面では巨大な利益を生む)を行使して破格の収入を得ている。いうならば従業員や株主の犠牲のうえに、一部の経営者がいい思いをしているということが、マーケット全体に対する不信感を高めているのです。エンロンやワールドコムなど倒産した会社の株を推奨してきたウォールストリートのアナリストたちは責任を問われて辞任していますが、数億円単位の退職金を手にしています。一般投資家には納得できないでしょう。ドルの下落、雇用不安と相俟って、消費者の市場への不信はかつてないレベルにまで達しています。七月の新規雇用はあの広いアメリカでたったの六千人、政府の予想の十分の1以下という厳しい数字です。昨年三月からすでに150万人が職を失っています。
 これは床の上にガソリンをばらまいたような状態で、なにかのきっかけで火がつくとアメリカ全体が大火事に包まれかねない。それをブッシュ政権がなんとか押さえ込もうとしている。

ブッシュ政権の経済収拾策

 その方策として、ひとつは「腐ったりンゴ」論が喧伝されています。アメリカ経済のファンダメンタルズはまだまだ健全であるのに、一握りの悪い連中ーー「願ったりンゴ」がある。早い段階でそれを取り除けば、まだまだ回復できる可能性は多分にあるという理屈です。もうひとつが、昨年おきた同時多発テロに対する戦いと経済の回復とはコインの表と裏であり、アメリカは危機のときこそ大きな回復力を発揮することができる、というかたちで国民を団結させようとしていることです。
 ともにキーワードは愛国心。テロに対してもアメリカはリーダーシップを発揮し、ロシアや中国さえも味方につけてハイテク戦争を実行していく。経済でもあらゆる政策オプションを駆使して大恐慌を避け、早急に回復軌道に乗せていく。そのためには企業の不正に対する罰則規定を強化し、さまざまな予防措置も講じる。八月にはSEC(証券監視委員会)が大企業一千社の財務担当責任者から「今後は粉飾決算を一切おこないません」という個人的な誓約書をとりつけました。
 そういう軍事、経済両面の方向性を示すことで、アメリカは、超大国ではないにせよ世界第一の大国として少なくともこの先二、三十年はリーダーシップを発揮できる状況をつくろうとしています。


アメリカ経済の急激な落ち込みは、やはりバブル崩壊

榊原
 いま現在のアメリカ経済の急激な落ち込みは、やはりバブル崩壊であるという見方でいいと思います。
 私は、情報通信革命そのものは実体があったと考えていますが、それとのかねあいで異常な期待が膨らんだこともまた事実です。それはITバブルと呼ばれていますが、情報通信産業だけでなく、オールド・エコノミーにも波及した。


NASDAQの株価は600%も膨張(1995年から2000年)

浜田
 一九九五年から二〇〇〇年の間にIT企業の多いNASDAQの株価は六〇〇%も膨らみました。一九二〇年代の後半のダウ平均の膨脹をはるかに上回るもので、ITバブルの崩壊は避けられなかったといえるでしょう。
 とはいえ、IT革命のプラスの遺産も忘れてはなりません。過去三カ月のデータをみても、オンラインを利用した企業の資材調達が急増しています。いまや六五%の企業が「eーマーケット」や「プライベートハブ」を使っていわゆる「eビジネスによる業態転換」を模索中です。アメリカのオールド・エコノミーが生まれ変わるチャンスかもしれません。

榊原
 エンロン事件などで「腐ったりンゴ」、つまり一部の経営者が粉飾決算などで利益を過大にみせる不正を働いたというイメージが強くなっていますが、バブルのときは合法的な範囲において、みんな利益を過大にみせる操作をするものです。たとえば日本企業は決算期になると有価証券の売買などでなんとか赤字を回避しようとしますが、それが合法なのと同じで、リーガルな範囲でできるだけ収益を大きくみせることが許容されるのがバブルです。
 ところがバブルの熱狂が冷め、各企業がコンサーバティブな会計をしだすと、どうしても収益は落ち込まざるをえない。バブル崩壊とその清算のプロセスがまだ終わっていないということは確実にいえると思います。

アメリカの経常収支の赤字はだいたいGDPの5%

 
それからもうひとつ、アメリカの経常収支の赤字はだいたいGDPの五%近くまできています。それから貯蓄率が一%ぐらい。これらはこの十年で大きく進行した事態です。たとえば七〇年代、八〇年代の貯蓄率の平均は七%ぐらいありました。それが九五年あたりから急速に落ち込んでいる。以前から指摘されてきたことですが、経常赤字が膨らみ、貯蓄率が落ちるとドルに対する信任が落ち、アメリカ経済を支えてきた海外からの投資が逃げることでアメリカ経済は失速する可能性がある。そこにマーケットの目が向いてきた。ですからアメリカ経済はどうしてもこのあたりでなんらかの調整をせざるをえない状況になっていたのです

世界恐慌の可能性はある

 
丹羽さんが指摘されたような世界恐慌の可能性はあるかどうかといえば、それはあると思います。ただ、われわれは資本主義システム、市場主義経済のなかにいるわけですから、調整は必然で、政策によって調整を遅らせることはむしろマイナスになる可能性もある。もちろん悪いスパイラルに落ち込まないように政策を打たなくてはならないにしても、調整そのものを止めてはいけないというのが資本主義の原則だと思います。

日本で十年以上も不況がつづいているということは、逆にいえば調整がおこなわれなかったということで、マクロ経済政策によって調整を先延ばしにしたことがかえって不況を長期化、深刻化させたのではありませんか。


財政政策によって有効需要を増やしてやればGDPも増え、経済成長率は上がる

丹羽
 そこは榊原さんに異論があります。

 財政政策によって有効需要(現実の需要)を増やしてやればGDPも増え、経済成長率は上がるというケインズの有効需要の原理が、いまでは働かなくなったとする論者ーーとくにいま支配的地位を占めている新古典派経済学者ーーが多いのですが、そんなことはありません。
 私は最近、独立変数としてGDPを決める力をもっている「自生的有効需要支出」(民間投資十純輸出十政府支出)とGDPの相関図をつくってみて自分でも驚いたのですが、たとえば1980年から95年まで自生的有効需要支出は1.60倍になっていて、GDPも1.60倍。95年から2000年まででも自生的有効需要支出は1.04倍で、GDPも1.04倍。ぴったりと合っています。そうなるように家計消費も誘発されています。つまり有効需要の原理はものの見事に働いているんです。しかも実は政府支出の伸びは低く、肥大化などしていない。
 ですからケインズ的なマクロ経済政策が不況を長期化、深刻化させたという意見には賛成できない。むしろマクロ政策が不徹底だったからこそ、日本は不況から脱することができなかったのだと結論づけたい。

巨大なデフレ・ギャップ(生産能力の余裕)が生じている

 
いま日本で巨大なデフレ・ギャップ(生産能力の余裕)が生じていることは異論のないところだと思います。私の推計では2000年に完全雇用、完全操業がおこなわれたとすると日本は878兆円のGDPを生み出すことができた。それが実際には486兆円(90年価格評価の実質値)ですから40%ものデフレ・ギャップが生じています。このような傾向が生じた70年代半ばから2000年までを累計すると、なんと四千兆円もの潜在GDPが虚しく失われたことになります。これは、わが国民が怠けて働かなかったからではけっしてありません。有効需要の原理をもはや作動しないものとしてそれを軽視してきた政策担当者の失策です。

ケインズのマクロ経済学が有効であるか疑問

榊原
 そこはお互い相容れないところで(笑)、私はケインズが打ち立てたマクロ経済学のフレームワークが今日有効であるかどうかについて相当の疑問をもっています。
 さらに根源的なことをいうと、政策によって経済をほんとうにコントロールできるかといえば、私はできないと思っています。
日米のエコノミストたちには政策によってそれが可能だと考えている人が多いのですが、市場メカニズムを中心とした経済であるかぎりそれはできない。いや、計画経済でも不可能でしょう。
 私はレッセフェールを信奉しているわけではありませんし、市場万能主義者でもありませんが、シュンぺーターのいった「創造的破壊」は必ずあり、それを政策によって避けることはできないという基本的な認識に立っています。もちろん調整のスピードを緩めたり、コストを小さくしたりするくらいのことはできますが、循環そのものを止めることはできない。アメリカのバブルも、ニュー・エコノミー論で、アメリカ経済は景気循環から解放され、永遠の繁栄を手に入れたといったところからはじまったわけです。しかし、やはりそんなことはなくて、上がったものはいつか下がる。現在アメリカは五十年単位、百年単位の大きな循環の局面にきている。それはケインズ型政策によっても防ぐことはできません。政策によって経済をコントロールできるというのはエコノミストの驕りですよ(笑)。


構造改革政策ではマクロ的に有効需要が増えるわけではない

丹羽
 それはある意味、ニヒリズムではないですか。
竹中平蔵経済財政相も、財政政策で需要を増やしたところで生産は増えず商品は供給されないといっていますが、そんなことはない。需要さえ増えれば企業は大喜びで商品を供給するはずです。
 日本のGDP勘定をみると、在庫変動額はGDPに対してわずか0.1〜0.4%しかありません。これはものの見事に需給が均衡していることで、需要が増えたら企業は敏速、的確に商品を供給しているということです。やはり政策的に有効需要をつくりだすことがもっとも重要だと思います。構造改革政策ではダメですよ。構造改革政策ではマクロ的に有効需要が増えるわけではないからです。


資源の制約などがあるなかで、日本が成長政策をとることは疑問

榊原
 そこにはもうひとつ問題があって、資源の制約などがあるなかで、日本のような成熟社会がこのまま成長政策をとっていていいのか、ということがあります。日本のような豊かな国でこれ以上モノの生産を増やすことがいいことなのか、五%、六%の成長が必要なのか。そこは景気のメカニカルな面だけでみるのではなく、歴史のエボリューションのようなものを考えていかなくてはならないと思います。             私は、二十一世紀は文明的な転換点だと考えています。二十世紀、世界は異常な成長をしました。それがここにきてやっと転換しようとしているのに、それを政策的に止めて、これまでと同じような異常な成長を求めつづけることがはたしていいことなのかどうか。

日本が十分に豊かだというのは間違い                      

丹羽
 日本が十分に豊かだなんて、場所によったら袋叩きにあうかもしれませんよ(笑)。日本の労働人口の9割は中小企業で働いていて、その人たちがいまどれだけ貧乏をしているか。ホームレスもあれだけいるのですよ。これはまさにケインズがいった「豊饒のなかの貧困」です。

榊原
 ケインズの言を認めたとしても、それはやはり豊饒なんです。


浜田
 私はアメリカと日本のホームレスの比較調査をしたことがありますが、日本のほうが所有している日用品の質、量ともにはるかに充実していました。ワシントンのホームレスに日本の上野公園のビデオを見せたら、みんな、「日本に行きたい」と羨ましがっていました(笑い)。


丹羽
もし豊かさを強調するならば、4千兆円もの潜在GDPをムダにしないでいたら、日本国民の生活だけでなく、グローバルな人類文明のためにどれだけ立派な貢献ができたか分からないということを考えるべきです。ユーラシア大陸の砂漠化を治山治水工事で食い止めることだってできたかもしれない。日本の潜在GDPの活用で全世界の共存共栄を確固としたものにする、それも文明の転換点にふさわしいことではありませんか。



アメリカへの熱狂「アメリカン・ユーフォリア」が冷めたという重要性

本山
丹羽さんが言われた世界恐慌の可能性をもう少し考えてみたいのですが、アメリカへの熱狂「アメリカン・ユーフォリア」が冷めたことは、バブル崩壊以上のアメリカ経済の構造変化を示していると思います。
 これまでアメリカはGDPの4〜5%に匹敵する巨額の貿易赤字を外国からの資金流入でファイナンスすることで未曾有の繁栄を手に入れてきました。なぜそんなことが可能であったのか。つまるところアメリカ最大の商品は企業だったのです。含み益を認めずそのときどきの株価が業績に反映する時価会計制度、ストック・オプション制度など、グローバル・スタンダードとしてアメリカが世界に押し付けた制度は、企業買収を最大限魅力的にみせる制度でした。海外の投資家は競ってアメリカ企業を買い、結果として膨大な資金がアメリカに流れ込んだ。

第二四半期だけでアメリカの株式市場から8千億ドルもの資金が外国に逃げた

 
こんどのスキャンダルでこれらの資金がアメリカの外に逃げはじめたのは決定的に重要なことです。それが一時的な逃避か、それとも構造的なものか、判断のわかれるところですが、この第二四半期だけでアメリカの株式市場から8千億ドルもの資金が引き揚げられ、現金化されています。そのうち六百億ドルがヨーロッパに、五百億ドルが日本へと流出した。

アメリカからの資金引き揚げのトレンドが長期化した場合、世界恐慌突入は避けがたい

 世界恐慌のときも、世界中の投資家が資金をアメリカから本国へと引き揚げたため、アメリカで資金ショートがおきました。経済の先行きが不透明になると、みんな情報がもっともよく入手できる本国へと資金を引き揚げようとするからです。ですからアメリカからの資金引き揚げのトレンドが長期化した場合、世界恐慌突入は避けがたいのではないかという気がしています。

500倍もの報酬格差はアメリカ型資本主義の普遍性に対する不信の念を醸成する

 
また先ほど浜田さんは、アメリカ型資本主義の普遍性に対する不信の念が生れているといわれましたが、あれだけの報酬格差があればそれは当然という気がします。「ビジネス・ウィーク」によると、プラトンは庶民の平均所得とトップの所得の差が五倍を越えると共同体は維持していけないといったそうです。P・ドラッカーは、1980年代で二十倍が危険ラインといいました。ところがいまのアメリカは五百倍もの格差がある。しかも重役の報酬は7、8割がストック・オプションであり、倒産間際にインサイダー取引で売り抜けて巨万の富を手に入れたことがいま大スキャンダルになっているわけです。
労働のモラルもなにもあったものではないありさまに、一般のアメリカ人もすっかりシラケはじめた。経済においてこういう心理的効果は大きいので、将来に対するよほどしっかりした設計図を示さないかぎり、アメリカの混乱はつづき、世界の混乱もつづくと思います。ところが、それが「世界に冠たるアメリカ」というような対テロ、対イラク戦争でしか発揮できないとしたら、世界の将来はあまり明るくはない。


アメリカが世界に誇れる製造業は航空、宇宙、軍事産業

浜田
 しかしブッシュ政権がいちばん力を入れているのはやはりテロとの戦いです。
 アメリカはレーガノミクス時代のドル高政策で国内の製造業はすっかり空洞化してしまいましたが、唯一残った世界に誇れる製造業が航空、宇宙、軍事産業です。それをフルにいかすためにも、アフガニスタン、グルジア、イエメン、フィリピン、インドネシアなど世界六十カ国にちらばっているアルカイダ・ネットワークをつぶすことに精力を傾けています。チェイニー副大統領もラムズフェルド国防長官も口をそろえて、「今後二十年から三十年はテロとの本格的戦争をつづける」と宣言しました。アフガニスタンだけで七千人の米兵が派遣され、イラクとの戦争には二十五万人の兵力投入計画が練られているほどです。
 しかも湾岸戦争、アフガン戦争でかなりの兵器を消耗したので、いまイラク戦に向けてミサイル、無人偵察機、無人攻撃機などの大増産をやっています。それが戦争特需的なかたちで景気を下支えしている。

戦争特需で景気を下支えするアメリカ

 
同時に、これまでそれほど真剣に考えていなかったホームランド・ディフェンス(国土防衛)の必要に目覚めたことから、国土防衛庁という各省庁の横断ネットワーク的な新しい役所をつくり、ペンタゴン(国防総省)に匹敵するような予算と人員を配置しました。これは、これまでバラバラであったFBI、CIA、軍などのデータベースを一本化することでもあり、五百億ドルもの国家予算が投じられ、IT産業界にも特需の効果がおよんでいます。
 ワシントンの目抜き通りは、これまでIT関連産業のコンサルティング会社が幅をきかせていたのですが、いまやペンタゴン関連企業がそれにとってかわり、それらの企業の出入りのおかげでワシントンはちょっとした不動産バブルになっているくらいです。ですからアメリカという国はいまだに軍事的な超大国というポジションを政策的にうまくつかって自国の経済の立て直しをはかるという、いうならば戦争ビジネスの部分が多分に強い国家経済であると思います。

アメリカから逃げた資金は日本にきていない

榊原
 たしかにいまアメリカはある種の軍事政権化しています。ワシントンだけでなく、カリフォルニアのシリコン・バレーでも防衛関連企業が非常に強くなっている。
 ただし、ほとんどの産業技術は軍事技術と関連があるわけで、軍事技術において圧倒的な力をもつアメリカがそれを活用して経済の立て直しをはかるということは、いずれ一般の産業技術においてもほかを圧倒する力をもつことでもあります。アメリカ経済を戦争ビジネスということは一面の真理ですが、それは一般的なビジネスとも深くリンクしていることを忘れてはなりません。
 それから、いま本山さんはアメリカから資金がどんどん逃げているといわれましたが、それが日本にきているという状態ではなく、たとえばこの一力月でみると外国人投資家の日本株に対する動きは五千億円もの売り越しです。六月あたりまでは買い越していたのですが、それが売り越しに転じたということは、相対的にみてアメリカの状況はそれほどひどいわけではないということがいえると思います。

本山
 しかしアメリカの株式市場から逃げた資金は、またぞろヘッジファンドに流れ込んでいるという話もあります。一時鳴りを潜めていたヘッジファンドがまた暗躍をはじめると、アメリカ型資本主義、金融資本主義に対する反感がさらに世界中に浸透するかもしれません。榊原さんがいわれるように、アメリカはそれほど弱くなったわけではない。しかし基本的なところでわれわれの心理に変化がおきていることは重要だと思います。


「この数年でドルは三分の一の価値を失うだろう。」(ジョージ・ソロス氏)

浜田
 折しも「ヘッジフフンドの帝王」といわれたジョージ・ソロス氏がロンドンで衝撃的な演説をおこないました。日く「この数年でドルは三分の一の価値を失うだろう。その責任はすべてブッシュ大統領にある」。これまで「グローバル資本主義」の行き過ぎに警鐘を鳴らしてきたソロス氏とすれば、投資家の信頼を失った企業、市場そして通貨は生き残れないというわけです。
 ソロス氏とすれば、世界恐慌になる前にブッシュ政権が最悪の事態を回避する手だてを講じることを期待しているようです。天才相場師は言葉巧みに「マーケットにバランス機能を期待しても裏切られるのがオチだ。マーケットという化け物はつねに極端から極端に動くもの。取り返しがつかなくなる前に政治の介入が必要だ」と囁いています。この甘い囁きは効果的で、ウォールストリート・ジャーナルやモルガン・スタンレーはあとを追うように「今後ドルは二五%近く値下がりする」との見通しを発表しました。
 このままでは一層のドル安になりそうです。その流れを逆転させるには対イラク開戦というシナリオになるだろう。そう読んだ戦争特需への期待感を背景に、すでに金やプラチナなどレアメタルへの投機が過熱しています。ソロス氏の狙いもそのあたりにあるのではないでしょうか。いずれにしてもアメリカ経済の綻びや新たな戦争への動きを独自のビジネス・チャンスにしようとするヘッジファンドの情報戦略が働いていることは間違いないと思います。


多極化は進行し、中国は成長する

 
その意味でも多極化というのはどんどん進行するでしょうね。
イスラム原理主義だけでなく、アメリカ的価値観にノーを突きつけ、独自の道を歩んでいる世界はたくさんあります。
 いまのところ対テロ戦争ではロシアも中国もアメリカに協力していますが、そういう足枷がなくなったとき、それぞれアメリカとはちがった価値観、あるいは倫理観というもので経済や政治を立て直さなくてはならない局面がきます。場合によってはアメリカと対峙するような状況もでてくる。
 いちばん極端な可能性を秘めているのは中国です。いま中国はアメリカをはじめ海外からの資本、技術をどんどん招き入れることで成長を加速させていますが、本質的なところでは中華思想の国。二〇二五年までにアメリカ経済を追い抜き、経済的にも軍事的にもアメリカに負けない大国になるということを、江沢民はさかんに国内でアピールしています。

榊原
 ただ中国もいまでは市場主義経済ですね。それに中国人というのはもともとは商人で、たいへんな現実主義者ですから、イスラム圏とはちがって、どこかアメリカのキャピタリズムと呼応するところがある。大切なのはアメリカにしても中国にしても、一面だけをみてはいけないということでしょう。



アメリカの世界経済政策がスティグリッツ的なら対決がマイルドになる

丹羽
私は新古典派には批判的ですが(笑)、アメリカにはつねにいろんな意見があるという、多様性については認めています。たとえば最近、スティグリッツが『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』という本を書きましたが、これは非常に高く評価できる内容のものです。この本でスティグリッツは、IMFが新古典派に乗っ取られ、発展途上国でいかにメチャクチャをやったかを痛烈に批判しています。インドネシアやタイ、韓国の通貨危機でIMFがやったことは間違いだったと。
 アメリカの世界経済政策がスティグリッツ的な視点で舵を取り直してくれたら、たとえばイスラム原理主義とアメリカニズムとの対決というのも少しはマイルドになるのではないですか。アメリカをそういう方向にもっていくために、日本は努力すべきだと思う。


アメリカのメディア、アカデミズムはかなり健全

榊原
 たしかにアメリカには日本以上に言論の自由がありますね。日本はいちど大きな流れができるとメディアやアカデミズムをはじめ国中がその方向に流されてしまいます。スティグリッツはこの本でワシントン・コンセンサスに反旗を翻し、政府当局者からは虐待されているのですが、メディアやアカデミズムはそれを受け入れている。そういう意味でアメリカのメディア、アカデミズムはかなり健全。たとえばウォール・ストリートでもモルガン・スタンレーのチーフエコノミスト、ステファン・ローチなどはアメリカン・ユーフォリアに対してずっと警告を発してきました。
 そのことをIMFにあてはめると、IMFが新古典派に乗っ取られたというより、当時の経済学界の大勢が新古典派だったと解釈すべきだと思いますが。


新古典派経済学をふくむアメリカン・スタンダードは崩壊した

本山
 ただ、われわれはこれまで新古典派経済学をふくむいわゆるアメリカン・スタンダードを一生懸命取り込むことでイノベイティヴであろうとしてきたわけですが、それがいま崩れたということをさちんと把握する必要があります。われわれが信じてきたアメリカン・スタンダードはけっしてきれいなプリンシプルではなく、つぎはぎだらけのものであったことを。
 たとえばIMFはアジア通貨危機のとき、アジアはクローニー・キャピタリズム(仲間内資本主義)であると痛烈に批判しました。ところがエンロン事件でもわかるように、実はアメリカ社会こそがインナーサークルで取り仕切られていた。アメリカの社会はたしかに多様であり修正能力も高いことを認めたうえで、それでもわれわれが受け取ってきたアメリカ観は、それほど立派なものではなかったことを肝に銘じておかなくては、喉もと過ぎれば熱さ忘れるということになりかねない。

アメリカはインナーサークルの社会

 
アメリカがインナーサークルの社会であることは、たとえば外交問題評議会をみればわかります。歴代の権力者はみんなここでトレーニングを受け、そのうえで政府機関などへとリクルートされています。シンクタンクなどにしてもホワイトハウスを頂点にしたピラミッドがきれいにできあがっている。ですから、政策担当者が交代しても、一貫したアメリカの政策というものは揺るがないようになっているわけです。私たちはそういうシステムをつくりあげたアメリカの「設計能力」を学ぶ必要がある。

インナーサークル社会の制度設計効果
 
 
アカデミズムではそれが顕著で、下手をすると京都大学などはスタンフォード大学やハーバード大学の予備校のような位置付けになってしまって、とにかくアメリカの有名大学大学院に何人の学生を送り込むことができたかで大学のステイタスが決まるような状況になりつつあります。アメリカが多様である反面、アメリカ以外の国では「アメリカ帰り」が唯一の価値観になるような悲劇がおこりつつある。
 プロ野球のイチローのように、一生懸命日本で育てた選手がアメリカ大リーグにとられ、ボロボロになったらまた日本で引き取るというような連鎖から抜け出すためには、アメリカン・スタンダードへの妄信を捨てるところからはじめなくてはなりません。

日本社会の閉鎖性そのものを変えていくべき

榊原
 たしかになんでもかんでもアメリカに追随するということに対する批判を私も共有しています。だからといってアメリカン・モデルからわれわれが学ぶべきことがないかといえば、そんなこともない。アメリカン・モデルを理想化するのは間違いでも、いいところはどんどん学ぶべきです。
 イチローにしても大リーグにいったほうがよかった。それは日本のプロ野球があまりにも閉鎖的であり、これに関してはジャパニーズ・スタンダードのほうがどこかおかしいのですから。サッカーをみているとそのことはよくわかります。サッカー選手はイタリアをはじめ世界中にでていって、ワールドカッブのときには戻ってきて日本のために大活躍したじゃないですか(笑)。
 大学やプロ野球だけではなく、日本社会の閉鎖性そのものを変えていかなくては、アメリカ批判も実のないものになってしまう危険がある。

日本は国自体をオープンにしていかないと21世紀、生き残っていけない

浜田
 少子化や産業空洞化が進行する現状を考えても、日本はなんらかのかたちで国自体をもっとオープンにしていかないと二十一世紀、生き残っていけない状況に追い込まれていくでしょうね。
 アメリカはいろんな意味で流動的な社会です。それは職業だけでなく、旦那さんや奥さんを替えることもふくめて(笑)、つねに高いところをめざして変化していくことをよしとする社会です。
 シティ・グループのジョン・リードにCE0(最高経営責任者)を辞める直前にインタビューしたことがあります。彼は四十五歳で世界一の銀行のCEOに就任しましたが、もともと五十歳になったら銀行家をやめて、J・F・ケネディのような政治家になりたかったんだと話していました。五年間は会社と自分のためにがむしゃらに働いて、そのあとは公的なものに尽くすというふうに人生設計を考えていたそうです。実際は南米への投資の失敗の後始末などでその機会を失ったのですが。
 たしかにアメリカには経済一筋三十年という人は少なくて、大学、企業、政府の間をいったりきたりして、人生経験の間ロが広いほうが高く評価される社会です。大学でも、失敗してもいいからとにかく新しいアイディア、理論をつくることが重要と考えられて、子どものときから、人と違ったことをしなさいと教育されている。そういうものの集大成がアメリカン・ドリームのようなかたちで世界中から才能ある人材をひきつける魅力になっているのです。それは目に見えないアメリカという国家の意図といってもいい。世界中から人が集まることが大国のバロメーターだとしたら、アメリカはまだまだ健在です。

 近場の中南米にとどまらず、中国やロシアからも合法、非合法の移民、難民が押し寄せています。傑作な話ですが、最近プーチン大統領はブッシュ大統領に対して、「アメリカに住むロシア人が急増している。ロシア語をアメリカの公用語にしてはどうか」と熱心に語りかけたそうです。米ロの一体化を象徴する提案だとプラウダが大きく報じていました。
 ロシアはアメリカに石油を輸出するなど、テロとの共同戦線をきっかけにした関係強化が目立ちます。私の知り合いのチェース銀行の副頭取はロシア人の奥さんと結婚したばかりです。


世界大不況を食い止める政策−政府紙幣発行案

 
丹羽
 アメリカの心棒となるシステムが健在であっても、世界大不況がきてしまったらなんにもなりません(笑)。
しかも、先ほどいいましたように、アメリカは財政均衡法のおかげで、いまそこにある危機に対してはなんら手を打つことができない。そこで日本がなんらかの手を打たなくてはならないわけです。
 私は四年前、『諸君!』で「カネがなければ刷りなさい」という論文を書いて、政府紙幣の発行ーー無尽蔵である「国の通貨発行特権」の発動という財源を用いることを提案しました。私は日本および世界大不況を防ぐ百パーセント確実で安全な方法はこれしかないと考えています。


日本が滅びる三つの政策

 
先年、京都大学の吉田和男教授が講演で、いま日本が抱える公的債務を解消するには、これまでの国債が全部紙くずになるようなハイパー・インフレをおこすか、国がデフォルトして全部踏み倒すか、それとも終戦直後の財産税のようなとんでもない苛斂誅求をするか、この三つしかないといっておられるのを私は聴きました。最近は東大の井堀利宏教授もこれを提言しています。このうちどれをやられてもわが国の社会は阿鼻叫喚でしょう。そんなことをすれば日本は滅びるしかない。ですからこれ以上国債は発行できない。
 ところが幸いなことに現行法の下でも政府には通貨発行特権というものがあり、「政府貨幣」としての政府紙幣を発行してもそれは国債のような政府の負債にはならず、利息の支払いも償還も不要、担保も不要で、造幣益という利益は一般会計に入るーー打ち出の小槌のような話ですが、これは財務省(旧大蔵省)がだしている国家財政の解説書にもぎちんと書いてある事実です。ならばそれをつかわない手はない。


日本が救われる400兆円分の政府紙幣発行権の日銀への販売

 政府紙幣といっても、いま流通している日本銀行券とべつの紙幣をつくれば、キャッシュ・ディスペンサーや自動販売機などで無用の混乱がおきますから、「政府貨幣」発行の権利を日本銀行に売るというかたちをとればいい。たとえば四百兆円分の発行権を三百五十兆円にディスカウントして日銀に売れば、日銀は濡れ手で粟で五十兆円儲かり財務内容がよくなるし、政府は三百五十兆円のフリーな財政資金を手に入れることができます。それをつかって財政再建もできるし総需要拡大のための財政支出もできる。

物価の上昇なしに所得も生産も増える

いま公共投資はもういらないという人が増えていますから、いっそのこと国民全員に何年かつづけてボーナスを支給してもいい(国民一人あたり年額四十万円程度を国民の預金口座に振り込む)。もちろん防衛力の整備や自然環境の保護など、いくらでも使いみちはあるのです。そのようにやりさえすれば、いま、わが国のデフレ・ギャップは超巨大ですから、物価の上昇なしに所得も生産もどんどん増えるという理想的な経済状態になります。だから通貨の信任がゆらぐような心配もありません。不良債権、不良資産も優良なものに一変するでしょう。

 そのときのポイントは、アメリカに思い切り甘い汁を吸わせてやることです。どうせ元手はただみたいな通貨発行特権ですから、アメリカ経済が回復軌道に乗るのを助けてあげるようなかたちでつかえばいい。ある程度は円安になるでしょうが、それでわが国は産業空洞化の恐れから脱却できる。



政府紙幣発行というのはひとつのアイディア

本山
 戦後インフレがおきたとき、京都大学の谷口吉彦先生がネオ・インフレーション論というものを唱えました。これは国民にボーナスを配ることで下からのインフレーションをおこせば購買力が移転して、かえってインフレを克服できるという議論で、丹羽さんの政府紙幣発行論と相通じる面白い議論だと思います。
 というのも、いま日本でなにが問題かといえば、おカネが死んでいることなんです。膨大な預貯金の行きどころがなくて死蔵されている。いくら生産的投資にまわせと叫んでも動きようがない。やはり政府が旗振りをして資金が流動する大勢をつくらなくてはなりません。そのための呼び水として、政府紙幣発行というのはひとつのアイディアです。その資金で電柱を全部地中に埋める都市再改造をやるなどの大プロジェクトをおこす。
 丹羽さんはその資金でアメリカに甘い汁を吸わせるといわれましたが、私は反対で、むしろ膨大に買わされたアメリカ国債の一部を売ってプロジェクト資金の足しにしてはどうかと考えています。日本のアメリカに対するスタンスを高めていくという戦略を織り込みながらでなければ、国民の支持は集まらない。いまいちばん必要なのは国民の元気なんです。


メタン・ハイドレード(氷状メタン)でエネルギーを確保する

浜田
 都市再改造というのもひとつのアイディアですが、そういうプロジェクトにおいて、日本の役所はこれまでなにが国益に資し、そのなかでどれの優先順位が高いのかということをきちんと定義したり公表したりしてぎませんでした。
 私が最近、『日本にとって「国益」とは何か』という本をだしたのも、いま国益上の観点から日本にとってもっとも必要なことはなにかをきちんと考えるべきだと痛感したからです。
 日本人はたいへん真面目に働いて、世界の預貯金の四割近くを溜め込んでいるという状況にありながら、自分たちのおカネが日本国内の経済活性化のためにどのように役に立っているのかまるで実感できていません。少子高齢化の時代を迎え、国民が生きがいを感じることのできる社会に変えていくためには、われわれのおカネがなににつかわれているのかという道筋を明らかにしてもらわなくては困る。

 そういう社会の変革を安定的に営むためには、やはりエネルギー需要を日本が独自に管理できるような努力が欠かせないと思います。この十年、湾岸でつづいている紛争は、結局のところアメリカの石油独占資本が将来にわたってその体制を維持するためのものという側面がある。それに日本が巻き込まれていく状況がほんとうに望ましいのか。やはり日本は自前の技術をいかして独立したエネルギーを確保する必要があります。

 そこで考えられるのが日本周辺の海底地下資源としてのメタン・ハイドレード(氷状メタン)です。これは中国もロシアもアメリカも関心をもっているエネルギー資源ですが、技術開発能力という点で日本にいちばん蓄積があります。ところがその技術の蓄積の中心である石油公団が、特殊法人廃止の最大のターゲットにされている。しかも技術のバトンタッチの体制は、必ずしもうまくいっていない。

 メタン・ハイドレードだけでなく、バイオにしても超伝導にしても、日本は素晴らしい技術の蓄積、国際貢献に転換できる素材があります。それに優先順位をつけ、そこにうまくおカネを流していくシステムをつくらなくてはいけません。


政府紙幣の発行で不良債権問題に決着をつけるのが有効

榊原
 いまみなさんがさまざまなアイディアをだされましたが、結局のところ、奇策はないというのが私の実感です。
 明治維新以来の日本の近代システムそのものが崩壊を迎えているなか、もっとも必要なのは広義の構造改革、国家のもつシステムのすみずみにわたる抜本的な変革です。たとえば外交にしても、戦後日本はアメリカを窓にして世界と外交をおこなってきましたが、それを多極化していく。それは経済も政治も同じことです。そういうものを大きく変える時期に入ってきたにもかかわらず、それを変えていないことが閉塞感を生みだしている。


政府紙幣を発行してもその効果は一時的なものにとどまる

 経済での第一ステップは、やはり不良債権問題を完全に決着することです。しかしこれには膨大なコストがかかる。そこで丹羽さんのいわれる政府紙幣の発行でそれを補うというのは非常に有効な手段であると考えています。これは何十兆円でもやっていい。
 ただし政府紙幣の発行は一回限り。なんどもつづけると必ずモラルハザードをおこします。また構造改革がおこなわれないかぎり、いくら政府紙幣を発行してもその効果は一時的なものにとどまる。ですから有効需要をつけるために継続的に政府がおカネをばらまくことには賛成できません。
 丹羽さんのアイディアが秀逸なことは認めますが、やはりただでおカネをあげてはダメなんですよ(笑)。

丹羽
 そこは最後まで相容れないところでした(笑)。判断は読者に任せしましょう。