「産経新聞 15年12月1日掲載」書評より転載します。

【書評】「不況克服の経済学」 丹羽春喜著 志と気品あふれる「政策論」

 政治の基本は、民の安全を守り、民を食わせることである。それを担う「経世(国)済民」の学問が、本来の経済学(政治経済学)である。その士大夫(したいふ)としての著者の志・気品が、本書にはあふれている。

 丹羽教授によると、日本経済には八百兆円から九百兆円の国内総生産を生み出せる総供給能力(生産設備・人材)が、「既に」備わっている。しかし、実際の総需要は最近でも五百五十兆円程度のままに放置されている。総供給能力と総需要の差、すなわち遊休化している供給能力は二百五十兆円から三百五十兆円。いわゆるデフレ・ギャップである。

 総供給能力の30%から40%に相応する生産設備・人材が遊休化したまま放置されてきた結果が、景気面では物価下落(デフレーション)をともなう長期低迷・不況問題、企業には大量倒産問題、金融界には大規模な不良債権問題、勤労者には大量かつ深刻な失業問題をもたらしてきたとの的確な視点が、本書には貫かれている。これらの諸問題は、デフレ・ギャップが放置された結果であって、原因ではない。

 デフレ・ギャップの「規模」と、デフレ・ギャップと前記の経済諸問題との因果関係の方向の的確な把握が、丹羽教授の『不況克服の経済学』の見事さである。この認識を抜きにした数多の日本経済論・政策論はまったくの絵空事と言っても過言ではない。

 丹羽教授の認識からは、民間の自助努力による現今の経済緒問題の短期的解決はあり得ず、デフレ・ギャップが埋まるまで、政府貨幣発行など、政府主導の総需要拡大策を取る以外にないとの明確な政策論が出て来る。デフレ・ギャップが解消されれば、現今の経済諸問題は自然に解決する性格のものである。

 デフレ・ギャップの量的な把握を無視し、原因と結果を取り違えた与野党の数多の諸政策論議、その結果である経済的困難に翻弄(ほんろう)されてきた多くの日本国民には、政治的指針・政策的なバイブルともなる一書である。

(同文館出版・三五〇〇円)三極経済研究所代表取締役 齋藤進