Date: Sat, 11 Dec 1999

 

11月末に東京にもどってきました。帰国してみると今年前半に録音した作品「CATHODE」がとどいていました。邦楽器とエレクトロニクスに焦点をあてた私名義のアルバムとしては、初の作曲作品です。京都のFMNから発売になったソロのミニCD「DEGITAL TRANQUILIZAR」の2作品と、これからレコーディングに入るNEW JAZZ QUINTETでの音楽が、今現在私がもっともやりたいことです。来年はこの「CATHODE」と「NEW JAZZ QUINTET」という2つのプロジェクトをより充実させるべく、今着々と構想を練ったり、それに必要な楽器の製作にとりかかったりしているところです。久々にはんだごてを手にし、悪戦苦闘しています。

 

JAMJAM日記

 

@月@日 モスクワ。新しくできた「ダム」というライブスペースでソロをやる。モスクワは96年以来3度目になる。来る度ごとにお客さんがファッショナブルになっていく。ひどい状態の経済とはいえ、物が手にはいるようになってきたのだ。いつもならコミュニズムっぽい融通のきかないホールでやることがロシアでは多かったんだけれど、このスペースはいい。「これは私たちの場所よ」と得意げに若い客が言うのも分かる。さて、オレのほうは例によってターンテーブルの上にチャイナシンバルをのせ、強烈な低音と高音でフィードバックだけの演奏。先々週、運の悪いことにオーストリアでレコードを盗まれた上に、CD-Jまで壊れてしまった。ちょうどサンプリングはもうやめどき・・・って予感がしていた時の出来事だった。だったらちょうどいい。レコードもCDも使わずに、DJセットだけで演奏してやれ。今のオレにはこれしか出来ないし、フィードバックの音が気にいってるんだ。演奏終了。すごい拍手。どうやら、オレは受け入れられたみたいだ。客席にはツアー中のNYのミュージシャン、ネッド・ローゼンバーグがいる。「クリスチャン・マークレイはもうどこにもいないね」 彼とは、オレがまだ元祖ターンテーブル奏者クリスチャンの面影を強く漂わせていたころからの仲だ。粋なこといいやがる。

 

@月@日 海賊盤の巨大なブラックマーケットがあるというので行ってみる。タクシーで30分。ここはモスクワのどの辺なんだろう。井の頭公園ほどもある敷地にぎっしりと小さな屋台がならんでる。何百軒、いや千軒はあるかもしれない。その間を、ものすごい数のロシアの男どもがうろうろしている。気温は氷点下10度。みんな強力な防寒着を着ているせいか、なんだか異様な光景だ。無論売られてるブツの99%が不法コピー。一枚約200円。ポップス、テクノ、ロック、ヒップホップ、ボサノバにジャズからエスニックに至るまで、種類が豊富という訳ではないが、それでもありとあらゆる海賊盤がある。メジャーのヒットものならだいたいは手に入る。ただし、ほとんどは正規盤をそのままコピーしただけのもので、海賊盤ならではの面白みを期待するむきには、薦められないな。ちょっといいのはコンピュータのソフト屋で、数万円はする音楽ソフトがいくつも入ったCD-Rがわずか1000円だったり、バカ安でゲームソフトを売ってたりする。うろうろしてたらなんとオレのCDもあった。でもこの店だけは正規のレア盤を日本よりも高い値をつけて売っている。品ぞろえもなかなかで、渋谷タワーの5階を見ているようだ。どうやら店主は名の通った評論家らしい。さすがに万引きされないようにここのCD棚には鎖の網が掛けてあった。ちなみに日本のCDで海賊版になっていたのは御太鼓座と尺八の山本邦山。同行したアメリカ人の友だちは海賊盤なんてけしからんと怒りながら、何枚もCDを買っていた。

 

@月@日 モスクワから数時間のところでコンサートがあるはずだったが、数日前から主催者と連絡がつかなくなったらしい。モスクワで窓口になってくれているオーガナイザーは、一応行くだけ行くか、なんてのんびりしたことをいってる。でも、もうあまりにも寒くって、外に出るのさえおっくうなので、予定より早めに帰国することにする。連日氷点下10度以下には、さすがにまいったし、日本を出て7週間、だしと醤油の味が恋しくなってきた。舌は保守的に出来ている。

 

@月@日 帰国。両替したらあまりの円高にがっくりくる。予定より20%以上目減りしてしまった。これで、仕事のほとんどない冬を乗り切らなくてはならない。また今年もCDと楽器を売らなくちゃ。誰か買いませんか。

 

コンサート情報

1/18 西荻窪ビンスパーク 大友良英ソロ、大島輝之(G)+松原幸子(SAMPLER)DUO

1/28 高円寺UFOクラブ 杉本拓+大友良英 GUITAR DUO 他多数

1/29 つくばAKUAKU [CATHODE]CD発売記念

大友良英+松原幸子+パクジェチュン(PERC from KOREA)

2/4 大泉学園 IN F  [CATHODE]CD発売記念

大友良英+西陽子(箏)+松原幸子+パクジェチュン(PERC from KOREA)

2/13 新宿 PIT INN OTOMO YOSHIHIDE'S NEW JAZZ QUINTET

菊地成孔SAX 津上研太SAX 大友良英G 水谷浩章B 芳垣安洋DS

 

その他コンサート、CDの情報はJAPANESE IMPROVISER WEBの中の私の日本語ページを参照してください。

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Date: Mon, 15 Nov 1999

  

今雪のモスクワからメールしてます、昨日はできたばかりのスペース「ドーム」でソロをやりましたほとんどレコードをつかわないターンテーブルの演奏がどこまで理解されるか不安でしたが、すごくいい感触でした。ペリメニ(ロシアのギョウザ)やボルシチもおいしいし女性もとても美しい。 とはいえツアーも6週間目で、さすがにもう東京にもどりたくなっています。

 

JAM JAM日記

 

@月@日 欧州ツアー初日、ドイツのシュトゥッツガルト。世界各国から集まった演奏家とダンサーが3日間即興のイベントを繰り広げる小さなフェスだ。最終日のラスト、ギターのフィードバックだけで10分以上のソロをやる。すごくうまくいった。満足して顔をあげたら満員だった会場から半分くらい人がいなくなっている。がっくりこなかった、といえばウソになる。その話をきいた東京の吉田アミからメールがとどく。「もしかしたら会場のたったひとりの人生が私の音楽で変わらないともかぎらない、だから私は、どんなに皆に理解されなくても、絶対に自分の音楽をまげない・・」その通りだよな。オレはついつい、その日の客の嗜好を考慮した演奏をするくせが染み付いているような気がしてならない。知らず知らずのうちに手垢がついちゃうんだなあ。その辺から考え直さなくちゃ駄目だ。自分が納得行く演奏が出来たんだから、それでよしとする肝っ玉がオレには必要だ。やはり、客がどう思おうが自分の演奏をすべきだ。

@月@日 ふと気づくと、会場にも街中にも「OTOMO」の巨大な文字のポスターがそこいら中にはってある。他の共演者達もいぶかしそうな顔をしながらオレをからかう。いち出演者にすぎないのに、これはいくらなんでもまずいんじゃ・・。なんて思っていたらなんと「OTOMO」という名のアフリカ人がドイツで起こした悲劇をあつかった社会派映画のポスターだった。アフリカにもおんなじ名前の人がいたんですねえ。

@月@日 ドイツ、ブッパタールでペーター・コバルトのユニット、グローバルヴィレッジのGIGに客演。スタジオでレコーディングもする。街をあるいていたら地元のペーター・ブロッツマンにばったり。夜は御近所のハンス・ライヒェルとバーへ。楽しい時間だった。

@月@日 昨夜は緊張のあまりねれなかった。ロンドンでAMMのキース・ロウ、杉本拓とオレのギタートリオ。このふたりとギターで音楽を共有できる力が自分にあるのだろうか? なんて考えだしたら寝れなくなったのだ。で、なやんだ末、ふたりの胸を借りたつもりで、のびのびやりゃいいか、なんて思った途端眠りに落ちた。さて当日。客席にはクリス・カトラー、チャールス・ヘイワード、スティーブ・ベレスフォードやロル・コックスヒルの顔も。ふだんざわざわしているクラブが水を打ったように静まりかえっている。見た目はかなりきている感じの若い客達がたじろぎもぜず耳をそばだててくれている。なにしろ僕らの音ときたら客のざわめきよりはるかに静かなのだ。すごい緊張感。自分の耳がどこまでも開いていくのが分かる。ほとんど動かなかったのにびっしょり汗をかいた。こんな共演が出来てオレはとても幸せだ。終演後デビッド・カニングハムがやってきて「今日は客がもう一人の共演者だったね」とひとこと。深い言葉だ。

@月@日 ロンドンからオーストリアのウェルスに飛ぶ。老舗のフェスMUSIC UNLIMITEDの今年の特集はオレ。オレ自身がリスペクトしてたり、注目する音楽家が3日間にわたり次々出演する。その数総勢24セット。日本からも沢山のミュージシャンが来て、楽屋はさながら高円寺あたりの居酒屋のよう。会場にもいろいろな国から音楽ファンやジャーナリスト、音楽家が集まってきて、いい雰囲気だった。しかもみんなすごくいい演奏をしてくれた。こんな贅沢な思いをさせてもらって、このまま死んでもいいとすら思った。始まるまでは、なんで自分がこの音楽を選んだのか、好きだって以外の明確な理由がわからなかったのだけれど、3日目になるとまったく表面上は違う音楽家達の共通点がみえてきたような気がする。こまかいことをここに書くスペースがないが、ものすごくインスパイアされた3日間だった。オレだけじゃなく、確実に何人もの人間の音楽観が変化したんじゃなかろうか。

@月@日 このフェスでOTOMO YOSHIHIDE'S NEW JAZZ QUINTETも欧州デビュー、その足で、短い欧州ツアーに出る。オレが正面からノンエフェクトのジャズギターを弾くだけでもこっちでは相当の話題になっているのだけれど、そんな話題だけでバンドを売るようなまねはしたくない。どうせやるなら、正面から誰のまねでもない一流の音楽をやらなくてはわざわざオレがジャズをやる意味がない。各地で名うてのオーガナイザー達が偵察にきてやがる。GROUND-ZEROのジャズ版を期待してるんだったらとっとと帰りやがれ。なんて思いつつも、まだまだ変化しきれずにいる自分が、客の盛り上がりとともにでてくるのが分かる。でもオレが行くべき方向はそっちじゃないってことも重々承知しているつもりだ。ツアーの最終日。マリファナで集中力をうしなってざわざわしているいるオランダの客。こんな時は以前だったら大音量で強引にだまらせていた。でも今それをやったら、客にこびるのと変わらない。ラストの20分を越える静かな曲の中盤、客のざわめきの中に消え入りそうな音量で、それでも堂々と演奏できた瞬間、やっと最初のステップをクリアした気がした。真剣に見ていてくれた何人かには、僕らがやりたいことが伝わったはずだ。

PS MUSIC UNLIMITEDの詳細な報告は後日JAPANESE IMPROVOSERS WEBSITEの中の私の日本語のページに書く予定です。

 ではではまた来月

      大友良英

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Date: Sun, 17 Oct 1999

 

JAMJAM日記10月

 

こんにちは

お元気ですか?私は左手を痛めて、ずっとしびれがとれないままツアーにでています。う〜ん、なれないギターを弾きすぎたせいか??今はドイツのシュツッツガルトでこれを書いています。ここでは数名のダンサーと即興演奏家が3日間にわたり、即興のセッションをしています。リラックスした雰囲気で久々に体験する本場の伝統的な即興演奏をすごく楽しんでいます。ひろい空間で音がキラキラしているかんじです。このあとはソロでフランス公演ののちイギリスでキースロウ、杉本拓とのギタートリオをやってオーストリアでは久々に「ミイラになるまで」のリニューアルのドイツ語版をデレクベイリーやギュンターミュラーをゲストにやったりやはり久々のNOVOTONOの最始動の最初のライブをやったりNEW JAZZ QUINTETのショート欧州ツアーをしたのちロシアでソロをやって11/20に帰国します。もどったら冬の間はじっくり東京で作品つくりや、録音にあけくれたいとおもってます。

 

では今月の日記です

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JAM JAM日記

@月@日 北京から帰国早々、横浜と埼玉で2日つづけて、韓国のサックス奏者カンテーファンと数年ぶりの共演。即興のデュオ。サックスというジャズの伝統が隅々までこびりついた楽器をつかっていながら、どの先人にも似ていないその独特の音楽は、確かに「孤高のインプロバイザー」の呼び名に相応しい。ゆったりと流れる大河のような演奏を前に、かつてはうろたえたりしたのだけれど、今回の共演は驚くほどうまくいった。彼は彼の演奏をし、私も私の演奏をし、別に反応をしあうでもなく、でも互いの音に最大限自分の耳が開いているような状態、こんなことはめったにない。いい演奏だった。「即興」とか「共演」することの意味が自分のなかで、大きく変わってきていることを実感するのはこういう時だ。

@月@日 オーストリア・リンツでARS ELECTRONICA最終日のイベント「オーディオトラフィックコントロール」に駆けつける。99年9月9日の夜9時から9時間に渡り一人9分間世界中のアーティストが様々なパフォーマンスをやるという、とんでもない贅沢なイベントだ。企画はアスフォデルのナット・ヒューマン。お芸術畑の音楽家が独占してきたこのフェスにナットやジム・オルーク、メゴの連中が入ってきたもんで、アカデミックの世界から商業主義に身を売ったって文句がでてスキャンダルになったらしい。オレ等が商業主義っていわれるとは思ってもいなかった。どうせ文句をいわれるなら大金かせだ上でいわれたいもんだ。大学の金を使って音楽を作ってる芸術先生も、僕らみたいに、自分の作品を商品として流通するのも、それで生活してるって点じゃ同じだと思うけどねえ。税金で食ってるよりは、責任もって自分の作品を売るほうがオレは好きだけどね。音楽を作って生活している以上、それをなんらかの手段で金にかえて何が悪いのかオレにはまったくわからない。そんなことが非難の理由になるなら、そうした企画には、お金に不自由しないブルジョアさんか、他に仕事をしながら時間を捻出して音楽をやっている人しかでれないことになる。そんなことより音楽を聴いた上で議論してほしいもんだ。アカデミックな連中が自分の権威と生活費をかせぐ場所を荒らされたくないために、芸術を印籠にして商業主義批判をするって構図は世界中にあるってことらしい。

@月@日 東京でクリスチャン・マークレイと共演。オレにとっては兄貴のような存在の、本物の元祖ターンテーブル奏者だ。彼からどれだけ影響を受けたことかはかりしれない。が、だからといって共演がうまくいくとはかぎらない。カンテーフェアンとの共演とはうってかわって、正直内容はかなりぎくしゃくしたものになってしまった。それはまるで、自分がこの何年か切り捨ててきた自分の過去の本物をまのあたりにしてしまった戸惑いとでもいうべきか。クリスチャンはいつもの彼の演奏をしているのだから、やはりぎくしゃくの原因はオレ自身にあるような気がする。本当に難しかった。「共演する」「セッションをする」ってどういうことなんだろう。「即興」で音楽を創ることがあたりまえの世界に十年以上もいると、誰かと即興でいきなり共演することも、人と会ったら挨拶するのと同じくらいあたりまえのことになってしまう。私の場合はむしろ積極的にあたりまえであろうとしていた節すらある、というほうが正確だろう。もう狂ったように、出会った人と即興のセッションをしつづけた10年だった。でもこの日は自分の中でそうした時期がはっきりと終わりを告げていることを実感した瞬間だった。時として、うまくいった共演より、うまくいかなかったものの中に重要なヒントが隠れていることがある。カンテーファンとクリスチャン、2つの共演のことを考えながらドイツに向かう便に乗った。

大友良英

 

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