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野田事件・私の問題意識(20)

野田事件とコトバ

濱中泰弘(事務局)

 「それは違うなあ、いいかい、たとえばね、ここに死体が転がっているとする。でもだれもみつけなかったり無視したらまだ死体じゃないんだ、物なんだよ。だれかがみつけて『あっ、人が死んでるらしい』と言って110番する。医者がとんできて心臓が止まっていると断定して、はじめて物から死体になる。刑事さんが来て、背中に出刃が刺さっている、これは自分で死んだんじゃない、殺されたんだと言ってはじめて事件になる。この時点でも、もう君一人の事件じゃないんだよ。110番した人のものであり、刑事さんのものでもあるんだよ。裁判になれば裁判官のものであり、弁護士のものであり、傍聴人のものでもある、みんなのものになる。…」(『熱海殺人事件』 つかこうへい)

 「何言ってるんだよ。いいかげんに大人になってよ。いいか、一つの事件が解決するということは、みんなの事件が解決するということなんだよ。そうじゃなきゃ、意味がないよ。みんなで幸せになろうよ」(『熱海殺人事件』 同)

 野田事件は誰の事件なのだろうか?

 その時その場所で野田事件に出会っていなくても私たちは何度か野田事件に出会い、そして野田事件は私たちの事件になる。

 例えば野田事件という事件との出会い。また例えば青山正さんとの出会い。

 私は1972年に生まれた。1979年、野田事件が起きた年に私は小学校1年生だった。つまり被害者の女の子と私は同い年ということになる。

 私にとって野田事件は、この時間の流れのことでもある。野田事件の時間の長さは私の成長にかかる長さのことであるという気がするのだ。キャンディキャンディはカバンの表面ではなく、母といったお好み焼き屋さんのテレビの画面のなかにあった。

 野田事件のことを知った時、私はまだ「障害」者問題にしっかり関わっていなかった。それでも時間という符号が野田事件を私の事件にした。もちろん「障害」者問題に取り組むようになってから、ますます私の事件となるわけだが、ひとまずそれが私の最初の記憶である。

 青山正さんは、自分が好意を持っている人をからかう時によく、「エッチ」というコトバを使う。

 駅の待合所で青山さんは座っていた。人ごみに中を歩いていた私を見つけた青山さんは大きな声で雑踏の中の私に向かって叫んだ。
「あっ、エッチな人だ!」
私が慌てて青山さんに駆け寄ったのはいうまでもない。

 だが、もし、青山さんにそう呼ばれた私が雑踏の中から青山さんに向かって、
「青山さんこそエッチでしょ」
と叫び返していたらどうなっていただろうか。

 ひょっとしたらその一言で、青山さんが再び警察に捕まってしまうのかもしれない。「健全」者同士がやりとりをするようにはいかない問題がそこにはある。青山さんの使う「エッチ」というコトバ、周囲の人が使う「エッチ」というコトバ、その両方を知っている私。
青山さんと出会ってまさに野田事件は野田事件として私の目の前にある。

 「エッチ」というコトバで青山さんの身が危険にさらされる原因の一つに中田修の精神鑑定がある。

 被害者が小学校1年生の女の子ということもあり、警察は、事件に味付けをせざるを得なかった。シャワーの新聞広告の切り抜きを青山さんがもっていたことに意味を持たせ、広告に写っていた幼児をことさらに強調する。事件に特異性をもたせようとしたのだ。

 中田修は青山さんに4枚の写真から1枚を選ばせ、幼児の写真を選んだという理由で、青山さんを児性愛的傾向が強いとし、犯人と決めつける精神鑑定を書いた。

 そのズサンな精神鑑定から青山さんを児性愛的傾向と決めつけることに対する批判は多い。

 私は永らく、児性愛的傾向というコトバに引っかかっている。

 専門の書面に「児性愛的傾向」と専門家の手によって書き込まれていると、確かにおどろおどろしく、何だか危なっかしい印象がある。

 だが、ひと昔前で言えば、それってロリコンということなのだろう。

 今で言えばさしずめ「萌え」とでも言うのだろうか。

 もし、精神鑑定の中に「青山正は『萌え』であり、云々…」と書かれていたらどうだろう。

 私の中では、青山さんを鑑定するということ以前にコトバの恐さがある。

 私にとって野田事件とはコトバの問題でもある。