歪んだフィルターの向こうとこちら |
(4) カムデン・タウンの大家さん |
(この文章は,1995年11月に自主制作で発行された「イギリスのこと。」第1号の文章を元に,2001年3月に大幅にリライトしたものです。)
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フーゾク,耐える女性,高品質のステレオやテレビ,Mishima,フージョン・バンドの『スクエア』……また,「映画『鉄男』を生んだ国」,「『ブレードランナー』のイメージの源」,「繊細な工芸品」,「寿司や天丼」,「アニメやマンガ」,などなど。 そういった日本に関する情報の絶対的な多寡にかかわらず,人によって,というか,その人の興味のあり方や経験によって,『日本』の受け取り方は様々である。 そして,文字情報や映像情報で得た知識より,実際の経験の方が比重が重くなる。まさに「百聞は一見に如かず」。 以下はロンドンに住んでいた日本人の友人から聞いた話である。 以前,カムデン・タウンにフラットを持っている若いイギリス人がこうこぼしていた。 「僕のフラットに日本人が数人いるけど,誰も話をしようとしないから,どんな人をうちのフラットに入れたんだか,よくわからない。」 彼は親の所有するフラットで家主として生活しつつ,音楽スタジオも経営してたりする。かつて彼のフラットは自称アーティスト等の彼の友人たちの巣で,毎日毎晩居間で集まって話とかもしてたし,住人の誰かの部屋でレコード聴きながらみんながだべっている,という感じだった。 彼と入居者との関係は,家主と借り手の関係というよりもむしろ,一緒に酒も飲みに行けるしよた話もできる友人との関係という色が濃かった。そして彼はそういう日常生活の刺激を愛していた。 フラットの住人の何人かがロンドンを去り,空いた部屋に入居したのが,カムデン・タウンという立地条件と,小うるさくなさそうな家主という好条件に引かれた(らしい)日本人だった。 「その人たち,英語があんまりできなかったようなんだけど」 「僕がこのフラットに他人にも住んでもらってるのは,誰かいないと退屈で死んじゃうから。なのにさあ……あー,退屈させられるのは耐えられない。まあ,静かだし,家賃は払ってくれるから,そういう点では確かに文句はないんだけど……。」 実は彼には日本人の友人が何人かいた。言葉は充分ではなくても積極的にしゃべろうとするその友人たちを通じて,彼は日本人に対して「『シャイだ』と言われるけど,実際はそれとは違って,一緒にいて退屈しない人たち」というイメージを期待していた。だからこそ,退去していった友人たちの後に日本人を入れた。 しかし,「やけに静かな」入居者によって,彼は「やっぱり日本人って退屈?」と思い始めていた。―― 友人の話をそこまで聞いて,私は「そういう判断はできないんじゃないかなあ」と感じた。 若き家主の積極的な友人は「日本人だから」積極的だったわけではないし,やけに静かな入居者は「日本人だから」静かだったわけではない。たまたまそういう性質を持ったその人たちが日本人だっただけ。 だけど,個人の直接体験というものは,そういう冷静な判断よりもっと上の階層で,フィルタを形成する。しかもかなり分厚いのを。 ほんとは,日本人の中に積極的な人もいれば静かな人もいる,というだけのことだ。 「それは○○ちゃんだからだよ。日本人だからじゃなくて。」
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(c) no frills, 1999, 2001