ドラム道場/明日のためのその@

<きっかけと前書き>
 紆余紆余曲折シリーズにて、能率が悪く、効率が悪く、頭が悪く、手首、五指が動かずに、しかもカネも無く、苦労に苦労を重ねた挙句にも、成果上がらずという青春時代、といいつつも現在に至るわけであるが、今日U-tubeにてバデー・リッチのスネアー・ワクを見て、驚嘆し呆れ、ふてくされ、失望と絶望をしたわけであるが、こんなことじゃイカンと思い直し、これからドラマーを目指す若者たちの参考になればと、オイラの踏んだ二の轍(てつ)を踏まないために、オイラのアイデアを記す。


<己は駄馬か駿馬か?早く悟るべし>
 オリンピックの100メートル競走で、決勝に残るのは、決まって黒人。競馬でレースに出るのは決まってサラブレッド。両方とも間違っても黄色人種の日本人や、道産子の馬は出て来やしない、

 なーんでか?
そりゃオメエ人種が違う、馬の種類が違うでよ。
然り!じゃ。そこが肝心じゃ!

 かつてオリンピックの800(400)メートル?で高野選手がベスト8に入った。黄色人種がオリンピックで決勝に初めて入ったという、記録的な快挙だった。だが・・・結果は8位。ま、ビリだった。けど懸命に走っていたよな。ワシャ泣いた。
 奥さんが言ってたぜ。
『私が金メダルをあげます』って。

 最近じゃ中国人が110メートルハードルで金メーダルを取り。世界記録を持っちゃいるが、仮に彼が単純に100メートルを走ってもメダルは無理だろう。
★マラソンは同じ運動能力でも、持久走(持久力の占める割合が多い)だから運動神経とはまた別物。

 そう、やっぱり結論は、人種、馬種に帰結するのだ。
ワシはよく言う。
『怠惰なサラブレッドは、勤勉な駄馬(ブタでもいい)に勝る』
勤勉な駄馬やブタが、死ぬほど練習したとしても、怠け者のサラブレッドとレースをしても決して勝てない、ということじゃ。



ドラム道場/明日のためのそのA
<駄馬は駄馬なりの下克上必殺練習法を考えるべし>
 で、最初に戻る。
五指、手首が動かず、何年もハノンでピアノの指を鍛え、何年もドラムの練習台でメトロノームの一番早い208に速度を合わせ、懸命に16分音符で動かそうと努力した。

 がー−−−、正確には何十秒も出来なかった。
が、それでも駄馬ほど夢を見る。ワシは何年経っても、克服できなかった(それどころか練習を怠けると、余計に動かなくなるから困る)。それこそその努力を持ってすれば、英単語の辞書一冊をも記憶できたかも知れぬのに・・・・。

 それをだ。
ウチの嫁さんはハノンを200でバリバリ弾ける。
ドラムなどやったこと無くても、208で片手で8音符で叩ける。これは明らかに個人の運動能力の差。悔しいがしょーがない。

 上京してドラムのルーディメントを初めて習う時、先生に
『タカタカタカって言ってごらん』
と言われた。どういう理由か尋ねたら、
『速く言える者ほど、末端神経が発達してるんだよ。だから手も速く動くんだよね。』と言われたことがある。

 そういう意味じゃウチのカミさんは、『タカタカタカタカ』と、昆虫のように(チョット大袈裟か?)言える。
 諸君も友人たちを思い出してごらん。カツゼツの早い者は、総じて運動神経もいいはずだ。

 ま、いずれにせよ、オイラが100メートルを死ぬほど、死ぬまで練習したとしても10秒を切れないのと同じじゃ。やって得られる結果と、やっても無駄な努力があるのだ。それに速く気付くべきだった・・・。そこでだ。

<基礎は出来ることが前提>
 あっそうそう、言い忘れだがドラム道場/明日のためのシリーズを読むに当たって、遅くてもいいから、ルーディメントの基礎(ダブルドラグ、トリプルラタマキュー、レッスン25、フラム・パラディドゥル、ラフ・パラディドゥル等々)は出来ることを前提とする。
 
 もちろん腕のアクション等も、力学の理に叶って出来ること。それと音のヌケに関しても理解し、出来ることを前提とする。ただし自己流じゃダメ。ちゃーんと月謝を払って、1年くらい習わなきゃあ、ムダになるよ。

 これはイロハのイだから。
基礎のルーディメントが出来て、初めてアイウエオが書ける状態になったわけだ。そこから初めて作文、文学、ドラムセットに移るワケだが、クラッシックをやる人は別。クラッシックから見ると、もしかすると邪道になるかも知れないしね。



ドラム道場/明日のためのそのB

<練習に近道はあるのか?>
 そりゃあんべ。
そのために「近道」ってんだからさ。

 英語だって6.3.3制で12年間も勉強しても、ロクに喋れない。これは片手落ちの教育。
 頭の悪そうなプロレスラーでさえ、海外武者修行をして帰国すると、英語喋ってるべ。卓球の愛ちゃんは中国語喋るし、スケートの真央ちゃんはコーチと英語喋ってる。あれがいい例。習うより慣れろってコト。


<で?ゴールはどっち?>
 運動会で徒競走がある。
みんなは一線に並んで、グランドのコースを走る。左カーブがある。押し合い、へし合い走る。

 が、ちょっと待てよ?
ドラム(音楽)の場合、みーんな同じ方向へ走る必要はあらへんで。グラウンドを反対に回ってゴールに行ってもいいワケさ。その方が近いわナ。
 けどな。
ちゃーんと走れる基礎が出来て無いと、ゴールはしてもすぐにメッキが剥がれるからね。笑われちゃうよ。ご用心。いやいや、ワシのことじゃあらへんで。


ドラム道場/明日のためのそのC

<誰を目指すのか?>
@インテリのマックス・ローチ=教授
Aフィーリング最高のジャック・ディジョネット=神様
Bメチャ手が動くバディー・リッチ=白人
Cうねるリズムのエルビン・ジョーンズ
Dアフリカンなアート・ブレイキー
Eフリーの孤高サニー・マレー
Fほんま連打が速い、ビリー・コブハム
Gパラディドゥルのアイデア、スティーブ・ガッド=白人
Hどマイナー、のなか悟空=赤貧
他はよう知らんワイ。

 誰を目指すのかで、相当に変わってくる。
@はバカはダメ。インテリじゃなきゃあ。
Aこれは感覚、感性、センス、フィーリングの賜物。
Bは、とにかく基礎をやり、ひたすら手が動くように努めるべし。これは手首が(指も含む)超人的に動くのが条件。動かない人は諦めるべし。
Cはご存知の通り。リズムうねっちゃって。一回アフリカに行くべし。
Dこれも一回アフリカに行くべし。
E仙人的で超孤高の不可解ドラム。
F連打の移動は、粒が揃っていて超高速。
G基礎のアイデア応用なので、誰もが真似できる伴奏ドラマー。
H速くはないが、誰も真似できない生き方とドラミング。

 以上であるが、ここで感覚的なものは真似できないので除外。
となると、後は速く叩くために精進するか、速く叩くのをチョットだけ諦めて、合理的に効率的な練習方法を取り入れるか、である。



ドラム道場/明日のためのそのD
<速く動かすには?>
 ワシのように何年やっても手が動かないのに、それでも『努力さえすればいつかは速く動く』と、勘違いして精進したが、結果的には何年、何十年やっても動かなかった。

 ある時のライブで気が付いたが、ワシは興奮すると自分でも驚くほど速く動くことを発見した。よく言われることだが、『犬に追っかけられると速く走れる。』、これだ!
 そこで、オイラは速く動かすための努力は無駄なことだと悟り、むしろライブで興奮することに重きを置いている。

 それはさて置き、冷静で速く動かすには?
結論としては−−−−冷酷なようだが、凡人で並みの運動神経の持ち主にゃ無理。

 じゃ、どーするの?
さてさて、ここから事実上のドラム道場、明日のためのシリーズが始まるのである。



ドラム道場/明日のためのそのE

<バディー・リッチの手抜き奏法>
 ドラマーの殆どは、バディー・リッチをスゲエ!と思うだろう。実際スゴイ。手もよく動く。いや、動き過ぎる。これは凡人には無理。だが、バディー・リッチより、ディジョネットがカッコイイのはなーんでか?

 バディー・リッチは完成された(ルーディメントによる)マーチングの延長だからさ。マーチングのリズムは次の音符や次の小節の音符が予測できる安定した音符の網羅=ということはスリリングじゃないし、リスク度も低いし、危機感に乏しい。
 なんだか、すっげぇサーカス曲芸を見せられちゃいるが、妙に安定しちゃって、安心&安定感がある。
『バディーさんのドラム、すっごいッスねぇ!曲芸っすかぁ!』
ってカンジ。

  その部分の逆?というか、最も危機感とスリリングに富んだのがディジョメットというワケ。だが、彼のドラミングは超スマート感覚(フィーリング)なので、真似できない。だからせめてバディー・リッチの奏法を手抜きにして、スリリングにしていこうと考えたワケだ。


<手抜き=頭を抜くとスリリング>
★16分音符の「タカタカ」は頭を抜き、「ンカタカ」と叩け。
そうすれば手を休められ、カッコイイ。でもテンポが速くなると難しい。

*手順は幾つもある。
RRR、RRL、RLL、RLR、
LLL、LLR、LRR、LRL、

★もっと楽をしたかったら「タカタカ」を「ンカンカ」にする。
でももっと難しい。でも、もっとカッコイイ。
*手順は幾つもある。
RR.RL.
LL.LR.


<手順は好き勝手>
 手順はいろいろ考えられるし、いろいろある。
がー−−、果して苦手な手順にメリットはあるのか?

 昔・・・ドラムの先生に言われて、左手で何でもやった。
尻を拭くのも左手。喫茶店のバイトの洗い場も左手。箸を持つのも左手。字を書くのも左手。結果・・・今じゃ右手で尻を拭けなくなった。洗い物はどっちでもいい。箸は右手を骨折した時、左手が役立った。字は・・・何年も左手で書いたが、遅い上に元々下手な字がもっと下手。

 果して効果のほどは−−−結論として、右利きが右手と左手を同レベルにしようと訓練するのは、トコトン時間の無駄じゃ。
 今でも左手でレガートはロクに出来ないし、左手からの「タンタカ」や、「タタタン」などは、さんざん練習したし、当然出来る。だが、何十年もドラムを叩いてきたが、演奏の本番ではあんまり使わない。使ったかもしれないが、記憶に無い。やっぱり右手からの「タンタカ」とは微妙にニュアンスが違うのだ。


<奇妙な呼吸法?>
 マーチングのようなドラミングは流れるため、息が詰まったり、止まったりする事は無いが、頭ヌキ音符やウラ打ち音符を多用すると、『うっ』と気張ってしまうので、息が詰まる。当然聴いてる側も息がつまることだろうから、文字通り『息詰まる演奏』になるワケだ。
 音符も人生も、コロコロ転がったら面白くない。デコボコで転びながら進んだ方が、スリリングで次の展開に血湧き、肉踊るのだ。


<注意>
*この練習の時、HHとBDも踏むともっと練習になるし、四肢のコンビーヘネーションに役立つ。テンポが速いと難しい。ワシもちゃんと出来ないけどさ。

*音符が非常にデリケートなため、左右の粒のバランス分かりやすいので、練習台ではなくスネアの上でPPでやること。


ドラム道場/明日のためのそのF
<1拍の幅とウラ拍>
 1拍は幅広い。
1拍を100メートルとすれば、裏拍は50メートルくらい広い。
正確にはオモテ拍から、ジャスト50メートルのところがジャストのウラ拍だが、それが30メートルだって、60メートルだって、80メートルだって、90.3メートルだって、99.99メートルだって、ウラ拍の領域である(オモテ拍もほぼ同様のことが言える)。

 ウラ拍は正確にはオモテ拍から、ジャスト50メートル時点ではあるが、「ここじゃなきゃあダメ!」という定義はなく、指揮者やバンドのノリによって異なる。
 それがオモテ拍から30メートル、40メートルくらいのところでウラ拍を取れば、前ノリということになるし(オモテ拍も同様)、75メートルくらいのところなら後ろノリ、99.99メートルなら超遅ノリということになる。

 これらは間違いじゃない。
ジャズの裏拍は突っ込み気味なのが多いが(例=アート・ブレイキーのハイハットなど)、クルセイダースの(古いバンドしか知らないのでゴメン!)シンコペーションなどは、『おいおい、そりゃあ無いだろう!』と、それこそツッコミを入れたくもなってくる。


<音符と方言>
 もしかするとクルセイダースのシンコペは、突っ込み過ぎて音譜が縮まってる可能性がある。が−−−、『それがワシらの音楽なのさ』といわれれば、何も言えないのだ。
 同様にスティーブ・ガッドをコンサートで聴いたことがあるが、2拍4拍が重過ぎるので肩が凝った。だが、『ガットさん、アンタの2拍(4拍)目は、3拍目に入ってるんじゃないの?』とは言えないのである。それが彼のノリなのである。

 したがってバンド(演奏者)の数だけノリがあり、バンドの数だけ拍の長さの方言がある。
 ブッシュが南部訛りだろうと英語だし、吉幾三が青森弁で訛っていても、具志堅用高が沖縄弁で訛っていても日本語なのだ。

 これならまだいい。曲がりなりにも理解の範疇にある。
これがザイールのジャングルの民(ピグミー)たちが叩くリズムや、メキシコの奇妙な3拍子などは、それこそツッコミを入れる以前に理解不能な音符として、オイラのような普通のドラマーの常識を破壊してしまう。


<リズム方言を理解するためには>
 他人のリズム方言を理解するためには、『ここのポイントが絶対!』という拍の瞬間はなく、極めていい加減でルーズなものだと理解したうえで、『1泊は幅広い。ウラ拍も幅広い。もしかすると次の拍までずれ込んじまう』というくらいの覚悟が必要だし、自分からそのいい加減さを理解した上で、アピール、発信することも必要だ。

 そうすることで、たまには下手なドラマーだと陰口を叩かれることがあるやも知れぬが、『どっこい自分の音符(方言)を理解する脳細胞感覚のキャパシティーは、極めて広いのじゃ!』と、密かにほくそえむのもテかも知れない・・・ぞ。


ドラム道場/明日のためのそのG
<ヘソはトコトン曲げるべし>
*他人が四角い音符の4分音符や8分を音符を叩く時は、3連符をイジった物を多様すべし。

・例えば、ロックのリズムにはBDやスネア、シンバルなどに、たまに「ンダダ」などと、3連(またはそれをイジったもの)を入れる。

*逆もそう。他人が三連系を奏する時は、4角い音符をイジったものを。

*さらに4分の4拍子の進行には、付点4分音符や付点8分音符で進行し、4分の3拍子や8分の3拍子(をイジったもの)の進行を用いて、トリックの拍子を絡ませるべし。これはアフリカの音楽では一般的なこと。

これらは難しいけど、楽しいよ。けど狂っちまったら元も子もないけどね。



ドラム道場/明日のためのそのH

<チンドン屋の足運び>
*ちんどん屋さんは、その演奏しているのとは違うテンポで足を運ぶ?かどうかは定かではないが、そうなんじゃないの?と思う。

*普通にドラムを叩きながら日常会話をできる?
オイラは出来る。最初は叩いているテンポに拘束されがちだったが、慣れてくると普通に8ビートを刻みながら、『ヘェーソうなんだぁ、フーン、だからさぁ』と、喋れるよ=これは深夜のバンドをやってて、退屈しのぎに喋っていたら、出来るようになった。


<然るに体の一部がリズムと解離?>
 上記2つの理由から、手足で動いているリズムとは別の動きを、口と脳の動きが出来る、ということじゃ。

 とゆーことは???
脳のテンポキープの動きが一定で、手足が解離した動きも出来るかも知れないし、体の一部だけを一定の動きをキープさせ、その他の3本を解離させて(いい加減に=デタラメに)動かせないか考えてみた。

 そこでオイラの試行したこと。
段階@
HHだけを一定に動かし、他の3本を随意に(デタラメに)、好き勝手に動かしてみる。これってマックス・ローチの『永遠のドラム』に通じる部分があるぜ。
 結果−−−ある程度までは可能だという結論だ。

段階A
じゃあ、頭の中だけ、呼吸だけでテンポーをキープし、四肢は随意にデタラメにバタバタ叩いてみる。
 結果−−−これもある程度のテンポなら可能、という結論。

結論−−−!
 テンポを頭の中だけでキープし、四肢はデタラメを叩いたとしても、4小節ソロ(4バース)は(ほぼ)可能−−−となれば、10分でも1時間でも、頭の中だけでカウントを取り、手足はテンポにとらわれず、随意に動かすことが可能。


<惑星の周期が1テンポ?>
 もしかするとフリードラムの巨星、あのサニー・マレーなどはそうなのかもしれない。
 しかも、だ。MM=120だとか、160だとかいったセコイ感覚じゃなく、人間のテンポだとか、ネズミ、象、などのテンポといった矮小なものじゃなく命、生命そのものがひとつのテンポになるっちゅー事も考えられる。
 
 さらに、だ。
地球の自転や公転、土星の自転や公転、へてからさらにさらに、恒星であり、銀河系の太陽の周期が1テンポかも知れんぞ。
 そうなると、じゃ、ドラミングちゅーもんが、宇宙の意思だとか、神の意思、周期、テンポになっちまう。 ドラムちゅーのは、まっこと奥が深いのじゃ。

 こんなコトを考えるオイラって、マジ『猿の惑星』?それともニンニク食べ過ぎで、『サルのは臭ぇ』?


<音符に書けないリズムは無い>
 どんなデタラメのリズムでも、音符に書ける。
複付点8分音符、複複付点32音符、複複複付点64音符、などなど・・・。

 それはまるで競馬のゴールの写真判定のように、無数の細かい縦線で表わせば、それらはぜーんぶ長さの音符に書くのは、そう難しいことではない。だが・・・その音符を見て叩け、と言われると、そりゃあかなり困難である。

 オイラやチンパンジーが、デタラメにドラムを叩いたとしても、それを忠実に再現するのは、N響の打楽器奏者でも難しい。第一、デタラメに叩いた本人やチンパン君だって同じことが2度とは出来ないんだから。

 そう考えれば、デタラメとはいえ、難易度は高いからバカには出来ない。まさにその瞬間瞬間の刹那的なプレイだから、極めてジャズの精神に則っていると言えよう。

 ならば−−−オイラの半分デタラメもどきのソロや、チンパン君のドラミングを侮るなかれ、ということになる。が−−−、後はその音を出すまでのワシの人生のプロセスと、その音に対する感情移入の度合いとで、ひとつひとつの音の重きが違う。だからオイラのソロはチンパン君なんかよりは、ずーっとスゴイんじゃ。

 なっ、そうだろ?
と同意を求めてみたところで、30年もライブやって客が数人じゃ、ワシの思い入れはあんまり伝わっちゃおらんとゆーコトか?むしろチンパン君がドラムを叩いた方が、客を動員できたりして。とほほ。



ドラム道場/明日のためのそのI

2372.2バスでのロール/1
日付:11月22日(土) 7時13分

 ずっと昔、手で2つ打ち(ロール)が出来るんだから、足で出来ないはずがない、とトライしてみたことがある。だがそうしながらもバスドラの連打に何の意味があるのか?との疑問とその時間の徒労に似たトレーニングに価値を見出せなかった。
 
 現在、youtubeでバスドラのロールを見れるが、パワーがあまり無いため、シングルのキックの連打の大きさや、粒の揃い方には叶わない。これは手の2つ打ちロールがシングルの超高速(出来る人は極僅か=100メートルを10-11秒台で走れるくらい少ない)の粒の細かさに叶わないのと同じだ。

 だが、このところ足での2つ打ちをボチボチ練習している。それにいったい何の意味があるのかは、分からない。単に左足のトレーニングにしかならないみたい。万一、右足を無くしたら役立つかも?くらいの次元に近いものである。

 もし・・・両足で2つ打ちロールが出来たら、ライブの客が増えるだろうか?いや、増えないと断言できる。もし両手でのシングルストロークが♪=200での16分♪なんかじゃなく、♪=300で出来たら客は増員できるだろうか?否、である。
 じゃあ昆虫が羽をすり合わせて音を出すくらい、「ぶぅ〜〜ん」と高速で、バチが焦げてしまうほどだったら・・・・客は増えるだろうよ!音楽性じゃなくて、「見世物」としてね。

*間話−−−−ちなみにウチのカミサンは、♪=208でハノンがバリバリ弾けたというし、いまでも弾いているが、フツーのオバサンである。筋肉マンじゃないが、速くたって「屁のツッパリにもならん」のである。

 手足を速く動かす努力っつたって、それが音楽性と一体じゃないと、どうにもならんのだよね。トニーだって、エルビンだって、ジャックだって、ことにジャック・ディテジョネットくらい素晴らしいドラミンオグなら、速さなんてカンケーないもんね。

■ドラマーの仕事の半分は、周りの音を『聴く』こと、なんだよね。


先天的な優劣/2

ピアノ弾きに手の大きさが有利なように、バスドラのペダルを踏むのにも足のサイズが大きいニンゲン方が有利だといえる。なんせ外国製のペダルは外国人の平均サイズがプレイできるように、力学的に計算されて設計されている。なのに殆どの日本人ドラマーたちも外国製を使っているし、そうでなくい日本製でも踏むステップの部分は外国製とサイズに大きな差異は無い。

 ためしに・・・キミが足の小さい子供だとしよう。
ペダルを踏んでみな?きっと踏みにくいはずだ。なぜって上記のような理由だからさ。それに気付いて国産のメーカーには、早く子供用や女性用を作って欲しいと思っている。

 オイラなどは男にしては「間抜けの」小足。
ペダルの支点の部分にカカトを付けて踏むと、ビータがヒットするのが作用点だとすると、作用点を操作するつま先部分が遠すぎて、踏む微妙なニュアンスが出しにくい。そういったハンディキャップがある。

 じゃあカカトを上げて踏めばいいじゃん!
ということになるが、微妙な音はカカトを付けた方が出しやすし、ベテランのドラマーたちは、カカト付けもカカト上げも、本人も知らぬ間にその両方で演奏しているから、やはりハンディーは無いに越したことは無いのだ。

 1バスならまだしも、カカト上げ奏法でツーバスで演奏しようとしたとき、両足の太ももを持ち上げて演奏してしまっては体が不安定になり、リズムも不安定になってしまう。そうなるとバカデカイ音でドタバタと踏むしかないという、ワシのような演奏になってしまう危険性があるのだ。

 大まかな演奏があって、繊細な演奏が生きる。
繊細な音が出せてこそ、大まかな音が生きる。大きな音に小さな音。緻密なリズムにアバウトなリズム。両者は常に表裏一体でひとつの音楽となっているのだ。

 うう・・・ん、それにしても左足は動きにくいなぁ・・・。





左手と右手
<利き手のこと>
 いきなり尾篭な話で恐縮だが、昔、ドラムを習い始めた頃、芸大の先生に『尻拭きから、字を書くのから、包丁まで、何でも左手でやれ』と言われ、その通りにした。が・・・包丁はすぐギブアップしたが、字は1年ほどでギブアップ、尻拭きは現在では逆に右手で出来なくなってしまった。それほど右手と左手の使い方は、ドラマーにとって左右のハンディーがあってはならないものだ−−−と、思い続けた時期もあった。

 たかだか4分音符ひとつ、ハイハットでもシンバルでもカウベルでも、それを一流のバンドに合わせて叩くとなれば、何十年もドラムを叩き続けたオイラでさえ、到底利き腕でなければ叩けるものではない。それほど利き腕の感触は微妙でデリケートなものなのだ。


<左手でHHを刻む>
 昔々、ビリー・コブハムが左右を持ち替えできる器用なドラマーだというので、自分も練習してみたことがある。結果−−−、そんな事を練習する時間があったら、利き腕で出来るテクニックを磨いた方が合理的だと気が付いて中止したことがある。

 されど・・・最近時間が出来てきて色々と試してみるに・・・8ビートだって、16ビートだって、左手で刻んだ方が右手でリズムを入れ易いし、タム類に移動が容易だということにやっとこさ気付いた。が、リズムを音楽に合わせて刻むということが、そうそう容易では無いことは、音楽がデリケートなものであればあるほど、容易で無いことは最低でも数年はかかるだろう。

 それでももし・・・数年かけて左手でリズムを刻めたとしても、所詮は同じ人間のやること。目先の奏法は変えたとしても、結果として出てくるリズムやノリは同じだろうから、それをトレーニングすることには大した意味はなさない−−−と、ワシは思う。が・・・右手を自由に遊ばせられるのは捨てがたい。よって、ボチボチと練習はしているのだ。


<再び利き手のこと>
 人間には利き手があるから、リズムが生まれる−−−う〜ん、我ながら名言である。利き手があるからリズムに強弱が生じ、そこにノリと流れが生じる。これがメトロノームのような平坦なリズムの流れであれば、それはリズムであってリズムでは無い。楽音という、音楽の範疇に入らないのだ。音にデコボコがあって初めて聞いている者の身体が動く−−−、車輪の転回には身体が動かないが、三角形や四角形が転がれば身体が動き、さらにその三角形や四角形の一辺がチョット長かったり短かったり、重かったり軽かったりすれば、さらに身体が動いて音楽的に近づく。

 ならば−−−、無理に右利き左利きを平易にすることなく、敢えて右利き左利きの利点を生かして(というか人間はどっちかだが)、そのまんま練習した方が、より音楽的、だ。ということになる。
 だが利き手じゃ無い方の手で、16文音符の頭にアクセントを付けて、両手を交互に叩くとしよう−−−その場合、音符的には頭にアクセントを付けたとしても、厳密に音楽的に言って「ノリ」は出てますか?聞いている人をノセられますか?ってことになるだろう。テストで100点取っても社会じゃちーっとも役立たないでしょ、ってのと似ている。


<たかが4分音符されど・・・>
 <たかが4分音符されど・・・>
 4分音符ひとつ叩くにしたって、ドラムってのは本当に奥が深い。他の楽器は音が延びる為に、音の芯がドラムほど明瞭じゃないから、簡単な4分音符にそこまで固執しなくてもいいが、ドラマーはそうはいかんからタイヘンなんだわサ。
 ハイハットやスネアーの場合、音は瞬間のタイミングだ。その4分音符ってーのは幅が広く、実践的には32-64連符ほどの幅がある。その中での刹那のタイミング、そう、カミソリの刃ほどの幅しかないのだ。
 そういう意味で、4分音符だけを叩いてノセられたら、そりゃあもう一人前のドラマーですワイ。





<不器用なドラマー>2009/3/1
 不器用なヤツはソンだ。
■例えばサランラップ−−−ワシはこれを未だにうまく使えず、ぐちゃぐちゃになる。
■郵便の封筒−−−これも上手く開けられず、ぐちゃぐちゃに破く。
■キーボード−−−間違い打ちが多い。昨日、『入金を確認しました』というメールを『入金を堪忍しました』と、送ってしまった。

 バチを持った事の無いヤツでも、手首の振動でわしより速く動く奴がいる。運動能力は先天的なこととはいえ、ツライ。嫁さんはワシより速く動く。憎い!


<左利きと右利き>
 このところ左利きでの16ビートをネチネチと練習している。左手で16ビートを刻むと右手がすこぶる自由になる分、いろんなリズムパターンが可能になる−−−と、思うだろ??

 ところが−−−、しょせん同じ人間のやること。同じ人間の中枢神経?が命令して四肢に伝えること。ちがったリズムパターんをやっていると悦にいって叩いていたが・・・(なぁーんだ、コレじゃあ右手のときと同じじゃん)という結論に達する−−−ということは、左手での16ビート練習は無駄っちゅーコトになる。

 この論理は左足でのバスドラのペダルにも通じる。
しょせんリズムはワシの脳が命令するものを叩くに過ぎない。ということは、四肢の枝葉末節が叩き出すリズムは、しょせん同じようなノリの同じようなリズムを演ずるしかない、という事になるし、実際そうだ。

 左手と左足は、無限に右手・右足の円滑さに近づくことは出来るが、けっして利き腕・聞き足を超えることは無い。うう・・・ん、ワシの努力は無駄だったのか・・・。一番いいのは、頭の中のプログラムが全く違うものを、フロッピーのように入れ替え可能になること。ま、生まれ変わるしかねぇってコトか。





<片手ロール>2009-5-2
 19の時には片手(左手)でロールが出来た−−−と思い込んでいた。が−−−上京して音楽学校へ行き、塚田靖先生から本当のロールを見せられて、凹んだ。自分がコレまで片手ロールだと思っていたのは、ロールじゃなかった。単なる井の中の蛙の勘違い、思い込みに過ぎなかった。

 以来、人間が空を飛べないように、鳥が片方の翼で空を飛べないように、片手ではロールは出来るワケない、と思い込んだ。
 が−−−、最近のyoutubeかなにかで、片手ロールを幾つか目にしたら、(あれっ?もしかして可能かも?)という思いが30年ぶりに頭をもたげ、実は先週から密かに練習をしていた。


<片手ロールが出来る!>
 動画のサイトを参考にして、室内でコツコツやったら、なんとかロールの体裁を整った。だが・・・両手に比べればしょせん片手落ちの片手ロール。不完全で音の濃縮度は薄い。

 で−−−だ。
室内じゃなく、本日、大空の下で試しに片手ロール!?
(なんじゃ?こりゃ?)
(ダメじゃん!!)
で、結局、動画サイトでみた片手ロールはぜーんぶスタジオ内の密室。屋外でバカスカドラムを叩いていて、片手ロールに持ってったら、なんのこたぁねえ。空でさえずってるヒバリの声の方が大きいぜよ。そんなモン、ロールやアラヘンわ。

 ロールってなぁ、アートブレイキーじゃないが、『ナイアガラの瀑布』みたいに出来て、初めてロールっちゅーの!セコセコ、コソコソ、密室でやったって、単なる小手先のまやかし。よーく分かったっちゅーの。




<昔、見た片手のロール>
 まだ音楽学校の生徒だった頃、学校とは別にドラムセットを習っていた。その時の先生が猪瀬先生で、当時27歳。
「タムでならロールがせ出来るんだよ」
そう言ってタムを片手でロールをして見せてくれた。PPでの左手ロール。
「スネアーだと未完成なんだよ」
そう言った。


<遅咲きドラマー>
・・・あれから36年。
ワシはyoutubeに影響を受けて先週から特訓を開始。で、今日ためしに片手でタムをロールしてみた。もちろんPP。
(あれっ?出来るじゃん!)
そう、あのとき猪瀬先生教わったことを、36年して自分の腕で確認した。当時の先生が27歳だということを思えば、オイラはまっこと遅咲きの(咲かなかったけど)ドラマーなのである。実際、タムだとロールになるが、スネアだと若干ムラがあるので、やっぱり未完成。





2632.グレッチの12&13タムと 返信 引用

名前:のなか悟空 日付:2009-5月4日(月) 14時18分

<ひさびさの天日干し>
 実はコレまでグレッチのセトは2つ買った。
■ひとつは35年前に買ったもので、18バスドラ、14バスタム、12タム。14のバスタムと12のタムはあんまり鳴らなかったので売った。今持っているのは良く鳴る18のバスドラのみ。

■もうひとつはも30年ほど前、22のバスドラ、12&13のタム、そして16のバスタム。バスドラは鳴らなかったので売り、16のバスタムはバスドラに改造しアフリカに持っていった。現在はナイロビの神戸さんの所蔵だ。

 で、12&13のタム。
これはホルダーにタマを取り付けて改造。でもこの12&13が鳴らない。売ろうにも相当使ったし改造してあるので売れるはず無い。で、ずーっと押入れに。

 本日、久々に12&13を大空の下で叩いたが、やっぱりピンとこない。なんだか音が抜けずに、湿気ってるカンジ。まだタマの11インチの方が、うるさいほどカンカンに鳴る。

 で、だ。
練習しているあいだじゅう、2‐3時間、天日干ししていたら、多少なる感じになった。
(こりゃあイケル!)
と思って、TAMAの11インチと叩き比べたら?あれっ?やっぱりタマの方が鳴る。そいで自作のウガンダ製とたたき比べたら、当然自作の方がタブントツに鳴る。


<神話はしょせん神話>
 やっぱ、グレッチ神話に奉りあげられた12&13タムだが、これまで12のタムや14のバスタムや22のバスドラが鳴らなかったように、グレッチタだから全てが鳴る、とは限らないのである。

 ここでいわゆる『鳴る』ことについてのオイラの独断と偏見の定義は
■閉ざされた空間での音ではなく、青空の下でのノーマイク、ノーPAで生音でのこと。
■叩いている自分が気持ちいい音のことで、ドラムの前面にいる人の感想ではない。






2682.明日のための−−そのX(幾つか忘れちまった) 返信 引用

名前:のなか悟空 日付:6月12日(金) 7時58分

■フリー・ドラマーの頭ん中
 実はオイラの頭の中は、めっちゃくちゃにクソっ早いリズムが流れて刻まれている。それが時には黒雲ように団子になって固まったり、それが雲散霧消してスッカスカになったりしている。だが、それを客観的に見たら、ワケワカランということになってしまう。

 そういうメチャ速いリズムの渦はサニー・マレーのドラミングにも感じるし、豊住さんのドラミングにも感じる。彼らほど有名になってしまえば、それも可。一般的には不可解でも希少価値があり、芸術性の高いピカソの絵みたいなもんである。
 

■『永遠のドラム』は漢字とひらがなの混じった文章?
 なら、オイラのようなハンパなドラマーはどすりゃいいの?ってことになる。で、オイラは考えた。

 パンピー(むかし流行った言葉=一般人のこと)に分かりやすいように、体の特定部位を使ってリズムを分かりやすく叩いてやって、且つ別の部位でフリーに叩く−−−というふうにすりゃいいじゃん!ってことになる。

 思い出して欲しい、マックス・ローチ師匠のあの『永遠のドラム』を。足では一定のリズムを、そして両手は勝手奔放・自由奔放に叩きまくる。

 フリージャズが漢字ばっかしの文章だとしたら、永遠のドラムは漢字とひらがなが混じったぶんしょうといったところか?一般人にも理解でき多くの支持を得た。


■アンタはアンタ、ワシはワシ論理
 そこでオイラは考えた−−−名付けて、『アンタはアンタ、ワシはワシ論理ドラミング』。足は足で一定のリズムを刻むから、聞いている者たちには分かりやすい。手は手で勝手にリズムを叩くまくる。これで噛み砕いたひらがな交じりの漢字文章状態になる。

 ふふふ。そう企んで、最近は密かにマックス・ローチ師匠の『永遠のドラムパクリ奏法』をトレーニングしている。が、サスガにマックス・ローチ師匠、カンタンなようだがイザやってみるとナカナカ難しいのである。


■もっと、アンタはアンタ、ワシはワシ論理
 一定のリズムを刻む下半身、もしくは両手だが、これを上下に2分割するには勿体無い。なーんせ手足は4本もあるのだ。よっていずれか1本のみをリズムキープ隊なして、後はぜーんぶ気まま勝手に叩く奏法。コレ、難しそうだけど出来ない事はない・・・こともない・・・こともない・・・。正直、ちょっと複雑になるとリズムキープが揺れることもある。だよね。やってみな。

 ということで、還暦近くなっても、マイナーなドラマー親父にはやらねばならぬ課題が、どーっさりあるのであるのであるのである。





2683.明日のための−−そのX(幾つか忘れちまった) 返信 引用

名前:のなか悟空 日付:6月12日(金) 8時18分

■youtubeを見て驚く!
 ネット時代は出不精のオイラには都合がいい。ネットで素晴らしいドラミングをタダで見れるからだ。ことにyoutubeでは、腰を抜かすほどのテクニックで、ルーディメント(基本演奏?)を披露しているドラマーがいる。


■で?素朴な疑問
 こーんなに素晴らしいテクニックを持ってんのに、なんで?アンタは有名じゃないの?っていうか、一線で活躍している現役のドラマーじゃないワケ?しかもまだまだ若いのに、ガンガン一線で叩いたらいいじゃん!なんで?やってないワケ?

 それをクラッシックを定年まで続けた先輩ドラマーに尋ねた。
『野中クン、それはね。相撲に例えれば現役時代に横綱には成れなかった、それどころか役力士にも成れなかった親方でも、横綱を育て上げたりする、指導者として素晴らしい人もいるでしょ。それと同じで、指導することが得意な人もいるワケよ』
『なーるほど・・・』

 そっかぁ・・・。並外れたテクニックを持っているドラマーだって、現場でガンガン叩くことに生きがいを感じているギラギラ野心的ドラマーもいるが、後進を育てることに生きがいを持っている静謐的ドラマーもいるってことなのだ。それは言える。オイラだって後者のタイプの塚田先生に習ったし、この話を相談した先輩だって後者のタイプだもんねぇ・・・。ドラマーっていったって、いろんなタイプがいるもんだ。還暦近くなって初めて知ったぜ。





2701.明日のための−−そのX(幾つか忘れちまった)
秘密の技
名前:のなか悟空 日付:6月26日(金) 15時37分
○秘−−A

秘密の技に磨きをかけていたら−−−偶然の産物だが、自分でも『げえ゛〜っっっ!!!』というくらい凄い技が出来た!
ほんまか!!

youtubeにアップすれば、アクセス急激アップ間違いなし!
もちろん世界中、だーれもやってない超スゴ技、超ギガテク!
でも勿体無いからアップしないもんね〜っ!1円にもならんしさ。
自分で密かに喜んでいる。へへ。


折りしもマイケル・ジャクソンが亡くなってしまったが、新技をダンスに例えるなら・・・
■youtubeでやっている片手ロールの奏法は、ブレイクダンスの出現時のように新らしいアイデアである。真似をして根を詰めて練習すれば、不可能なことではない。現にオイラは習得してしまった。問題は誰が先に考案したかということである。

■オイラの新技は、ドラマーにとってマイケル・ジャクソンのムーン・ウォークに相当するほどの画期的なものだとオイラは自負する。真似をして根を詰めて練習すれば、習得は出来る−−−ただしカッコ悪い(涙)。でも音だけを聴けば、そりゃあもう!2人のドラマーが叩いているか、手が5-6本あるかのように聞こえるのだ。

この技を先週夭折した弟子のブルに贈る。
よってこの技の名を『ブルブル2009』と名付けることにした。





2756.明日のための・・・そのX/片手ロール 返信 引用

名前:のなか悟空 日付:8月2日(日) 22時56分

@片手ロール

 このところ片手でのロールを密かに練習していたが、やっぱり出来なんもんは出来ないという結論に達しつつある。出来ない事は無いが、それが果たしてロールと呼べるものなのか?pp〜ffまでスムーズに出来るのか?といわれればノー。pp〜pまで細々と出来るだけだから、ライブの本番用としては役に立たない。


A50年ドラムを叩いている先輩でさえ・・・
 音楽学校時代のM先輩が遊びに来た−−−。
彼は10歳でドラムを始め、10代の末には既にドラム教室で教えていたほどの人だ。我々はたまたま同じ音楽学校で、芸大の塚田先生に師事していた。当時の塚田先生の弟子たちはそれぞれが音楽畑に進み、それ相当の社会的地位についている人も多い(その中でも最も劣等性がオイラだと思うが、ま、それはここでは置いとく)。

 M先輩は神奈川県・東京都の音楽隊のドラム&パーカッション奏者として勤める傍ら、猪俣さんのドラム教室でも教えていたこともあるから、直接教わった人も多いだろう。
 彼は音楽隊を定年まで勤め上げたが、その間ずっとドラムテクニックの精進を怠らなかった。そのテクニックの中のひとつに、「片手ロール」があった。

 小4からのドラム暦を考え合わせれば、都合50年、半世紀にも及ぶドラム人生だったが、そのM先輩の50年の努力をもってしても、失礼ながら未だに片手ロールは「完成」とは言い難い。


B片足走法は両足走法より遅い
 両足で走れば速いが、片足で走っても両足よりは遅い−−−これは人類60億人の全員がそうだろう。したがって両手で粒が細かかったり、ピアニシモからフォッテッシモに移行したりとは出来るが、同じ事は片手では困難である。もし同じ人間が両手でロールが出来るのなら、わざわざ片手で困難なロールをやる必要性がないのである。

 どれくらい困難かは、あの天才、バディー・リッチでさえも、片手で早いひとつ打ちはやっているが、片手のロールは見ることが出来ない。出来たのなら披露していてもいいはず。

 したがって片手のロールはドラマーの夢。バディー・リッチでさえも出来なかったであろう、片手ロールに挑戦するのだから−−−それを我がM先輩が半世紀を掛けて挑戦し続けているのだ。


C夢は潔く諦めるべし
 オイラの座右の銘?「怠惰なサラブレットは、勤勉な駄馬に勝る」−−−、才能の無いやつは死ぬほど頑張っても、才能のあるヤツには叶わない。ワシが死ぬほど、死ぬほどし〜ぬほど、努力しても100メートルを10秒以内で走れないだろうし、増してやサンダー・ボルトには叶わんだろう、ということ。所詮、人間には生まれもって持っている運動能力というものがあるのだ。

 今やyoutubeで世界レベルのドラム・テクニックを見ることが出来るが、それらはたまたま運動能力に秀でた少数の人たちの努力の成果であって、人並みの運動能力の者が何十年切磋琢磨しようと出来ないものは出来ないのである。

 だから−−−オリンピックでは金・銀・銅のメダルがあるのであって、皆が皆おなじ結果を出せたとしたら、皆が金メダルになっちまう。だろっ??


Dでも諦めるのは早い
 かといって努力はしないというのではなく、普通の努力をしないヤツはその時点でドラムをやめたほうがヨロシイ。せめて人並みよりチョットは努力をすべし。それでも出来ないものは出来ないのだったら、出来ることの範囲で精度を高めればいいのだ。

 エルビンだって、トニーだって、ディジョネットだって、ものすごく手足が速く動くとは思えない。むしろ普通の部類に入ると思う。それでもなぜ世界的に有名になったのかは、彼らの運と音楽性によるものなのである。

 −−−したがって、手足が速く動くということは、最低限必要なことではあるが、必ずしもメチャクチャ速く動かなかったって。ま、いいか!ってことになるのである。

凡才よ!大志を抱け!



Re: 明日のための・・・その○○/片手ロール
名前:のなか悟空 日付:8月2日(日) 23時33分

■上記B片足走法は両足走法より遅いについて
 人は2本足で走るのが普通である−−−、途中で突然止まったり、横っ飛びしたり、小幅になったり、大幅になったりもできる。だからわざわざ片足でそれをやる必要はないのである。

 もしも、もしも、である。
突然変異で手の長さが足の長さとほほ同じ人間が誕生したとしよう。そして陸上の短距離走をトコトコン練習させたとしよう・・・もしかすると2本足で走るよりも速いかもしれない。いや、速いだろう。


2009-8■50年ドラムを叩いているM先輩を驚かせた秘密奏法とは?
「Mさん、ちょっと後ろを見ていてください」
そう言って密かに練習した秘密奏法をやって聞かせた。
「え〜っ、なにぃ〜?いったいどぅやってんのぉ〜?」
と、ギャルギャル状態のM先輩。

「はい、こっち見てぇ〜、驚かないでくださいよ〜!ダダダダ〜♪」
とやったら
「す、すごいよ〜野中く〜ん!」
と、またしてもギャルギャル状態で、オイラの秘密奏法に驚いてくれた。もしかしたら笑われちまうんじゃないかと思ったが、純粋に驚いてくれたからオイラとしても密かに技を磨いた甲斐があるというものだ。

 だって純粋に「出てくる音」だけを捕らえて耳で聞く分には、エルビンだって、トニーだって、ジャックのレコードにだって出てこない音。それこそN響の奏者だって、オイラの出している音に驚くことは間違いない。もちろん一切の電気は使ってなく、人力のみの演奏である。

 今やyoutubeの次世代だから、全ての演奏が映像でDVD化されるが、レコードだけの時代で、音の合成がいっさいなされないと断ってあったなら、オイラの出す音は1人のドラマーに手が3本あるとしか思えないであろう。

時代が時代なら、オイラは伝説のドラマーになっていたのである。残念!




2009-8■片足ロール⇒世界で自分しか出来ない・・・っていうか誰も考えつかんだろう。

極めて革新的であり、既存のドラミングを打破できる強力な技なのだが・・・『なぁ〜んだ』と、誰でもすぐ出来ちまうところがカナシイ。この新技を取り入れるか取り入れないかは本人次第。既存の殻を破りたいドラマーはやってみるのもいい。
近日youtubeにてアップ予定!

★ヒント⇒指の間が痛くなるので、ふだん草履やビーサンを履いて鍛えること。メトロノームの140-160で16分音符のシングルが打てるぞ。しかも両手は新聞読みながらじゃ!これで世界一じゃ!がはははは!!!