激闘!バイトの神様 のなか悟空
これは以前、デイリー・アンに連載されたものだ。一昔前を思い浮かべて読むと懐かしさがこみ上げてきます。イラストは週刊少年ジャンプで今はすっかり大先生になってしまった田口雅之氏です。彼もビンボーでした・・・。
♪ホームページの容量が一杯なので、イラストを1枚しか貼り付けられない。残念!
<タイトル>
激闘!バイトの神様
ドラム人生バイト行脚
<趣旨>
これまで体験した様々なアルバイトを面白可笑しく書き綴る。
<プロフィール>
年齢不詳。短気で乱暴者のフリージャズ・ドラマー。ドラムを担いでアジア・アフリカ・中南米に出かけて演奏することを生業としているが、最近ではほとばしる創作意欲を執筆業に注いでいる。国内では「人間国宝」というバンドを率い、日和ったジャズファンを恐怖のどん底に叩き落している。がー−−、それを恐れて客がいなくなってしまったとか・・・。
<スタンス>
夢を見続けるドラマーが、よりよりドラムライフを求めて、バイトからバイトへと渡り歩く。人呼んでバイトの渡り鳥ドラマー。
<目次>
[T]関東版のデイリー・アンに連載されていたぶん
なんせデイリー・アンは毎日の発行だから、ひとつのネタが一週間継続して載っているということになる。それにしてもこれだけ連載をしていながら、オイラがなぜ現在もビンボーでマイナーなのか我ながら不思議である。これはもう日本の資本主義システムに問題があるか、それとも神様がオイラの存在をうっかり忘れちまったからとしか考えられない。
@悟空、馬になる――の巻 1992/4/6
A悟空、チャップリンーになになる――の巻 1992/4/6
B悟空、科学する――の巻1992/5/12
C悟空、寒風にさらされる――の巻 1992/5/12
D悟空、背広姿の渡り鳥。――の巻 1992/6/15
E悟空、古館伊知郎になる−−の巻 1992/6/29
F悟空、風餐露食に耐える−−の巻 1992/6/29
G悟空、生の無常を感じる−−の巻 1992/7/7
H悟空、経済学を考える−−の巻 1992/7/17
I悟空、大志を抱く−−の巻 1992/7/28
J悟空、ケーキまみれ−−の巻 1992/7/28
K悟空、警備する−−の巻 1992/8/3
L悟空、恋をする−−の巻 1992/8/3
。
[T]関東版のデイリー・アンに連載されていたぶん
@悟空、馬になる――の巻 1992/4/6
オイラはジャズ界日本一を目指した。ところがジャズという世界、音楽以前の煩雑な問題が多く、思いのほか険しいものだということが分かった。
そこで、元来垂直単細胞思考のオイラは、富士のお山のてっぺんでドラムを叩き、我こそは日本一と唯我独尊の世界を築いた。その後、チョモランマの5350メートルの峠、アフリカのキリマンジャロのとっぺん5685メートルにもドラムを担いでいき演奏した。これで日本一はおろか、世界一のドラマーになってしまったのである。
まぁ、「日本一」や「世界一」もいいけれど、我が家ではお腹を空かせた小さなヒヨコが二人いる。この子たちの胃袋を満たしてあげられないことには、日本一も世界一も無意味になってしまう。気宇壮大な夢を抱きつつも現実はヒジョーにキビシイのである。したがってパンのためにオイラがこれまで経験したバイトは優に100は越えている。オイラはバイトという世界に於ても世界一なのである。
オートレース場で救護班をやったことがある―――。
シースのオートバイやレーサーに事故があった場合、迅速に救護措置をするのが仕事である。レースは一日に11レースある。そのたびにコースの内側に立ち、滅多に起きない事故に備えて待機するのだ。1レースは僅か数分で終わってしまうので、残りの時間は詰所で雑誌を読んだりコ゜ロ寝をしたりと自由である。日当も割と高額。レースの開催日以外は仕事が無いことを除けば、オススメの仕事ではある。
ただしこの仕事には条件があった。
「健康な若者」というのが絶対条件なのである。いざ救護となると体力勝負なので、若者でなければ対応できないからだ。だが、オイラは健康ではあるが、決して若者の部類ではない。それでも体力だけは自信があるオイラは、何食わぬ顔で応募したが問題なく合格したのだ。
レース直前になると我々救護班は、コース内の所定の場所に駆け足で向かうことになっているのだが、どういうわけだか全員が全力疾走になってしまうから不思議だ。群集心理のためか、レース場という場所柄がそうさせるのか。
我々の遠い祖先がサルであり、馬であったことはダーウィンも言っている。夢野久作も「ドグラマグラ」で書いている。
そうか・・・オイラは馬だったのか・・・じゃあさしずめ力はあるが走るのは遅い農耕場かぁ・・・などという考えが脳裏をかすめるが、所定の位置に着いた時はゼーゼーと息を切らし、軽いめまいさえおぼえてしまう。これもそれも全てドラムと女房子供のためだ。全力疾走はパワフルドラミングのためのいいトレーニングになるし、高給で女房子供の口に糊することもできる。
オイラはへとへとになりながらもグランドからアルプス・スタンドの大観衆を睨んで握りこぶしに力を込めた。
「きっといつかはこのオイラだって、自分のドラムでこれだけの客を呼んでみせる!」
と、誓うのであった。だってオイラ、「世界一のドラマー」なんだぁぁぁ!
A悟空、チャップリンーになにる――の巻 1992/4/6
そもそもオイラが世界的ドラマーとなったのは、幼少の頃に端を発する。
それというのも我が家は、縄文時代から先祖代々からのウォーター・ドリンク・ファーマー(水飲み百姓)なのである。オイラの肉体のDNAに組み込まれた農作業の作業中に、事件が起きたのだ。
まだ紅顔の美少年だったオイラは、拙い手つきでクワを振るっていた。すると、「ガチッ!」とクワの歯に当たるものがあった。何かと思って取り出してみると、半ば化石化した太鼓のバチで、それには縄文文字で『のなかドンドコ佐衛門悟郎光(ゴロピカ)』と刻まれてあった。そのバチを手に取った時が、オイラのドラマーとしての出発点であり、人生を棒に振った始まりでもあるのだ。
以来、艱難辛苦から塩・砂糖・キャラメル・ドロップ、果ては他人に言えないところまで舐めつくし、日本ジャズ界ナンバーワンのドラマー、人呼んで「カミナリ・ドラマー」としての地位に上り詰めたのである。とはいえ赤貧洗うが如しの生活はままならず、明けても暮れてもバイトバイトの毎日。経験したバイトは数え上げてもキリがない。
以前、川崎の超大手家電メーカーで働いたことがある−−−。
大工場でのベルトコンベアーでの流れ作業は、チャップリンの「モダンタイムス」を髣髴とさせるものがあった。電化製品の複写機はベルトコンベアーの上流から下流に流れていくにしたがって、作業員たちの手によって製品としての体裁を整えていくのだが、いかんせん機械は非情だ。こちらが二日酔いであろうが生理痛であろうが、ニンゲン様のコンディションには一切関知しない。
オイラたちアルバイターはベルトコンベアーのスピードに遅れをとるまいと、必死になって複写機の部品を取り付ける。出物腫れ物のさいはタイヘンだ。ダッシュで用を足してきても、戻って来た頃にはオイラのやりかけの場所は遥か下流に流れてしまっている。ビデオの早回しのように半狂乱になってネジを取り付けるのだが、それは並大抵のパニックではない。
そんな作業にもオイラは唯一の楽しみを見つけ出した。
ネジを締めるドライバーが丁度ドラムのスティックと同じ長さなのに気が付いた。これをうまく利用しない手はない。かつてジーン・クルーパーやジョージ川口がやったように、指先でスティックをクルクル回す練習をすることにした。右手で出来るようになると次は左手。以来、ドライバー回しが、作業のひとつになってしまった。
かくして我がドラムテクニックの中に、この両手スティック回しが加わることになったのだから、世の中わからないものだ。
B悟空、科学する――の巻1992/5/12
オイラは一般大衆にこそ無名とはいえ、自称世界的プロフェッショナル・ドラマーである。その文化的名誉を担うには、なにより経済的な基盤が必要なのだ。そのためには両手両足の指を数えても余りあるほどのバイトを体験し、今もなお現在進行形なのである。
これら幾多のエクスピリエンスで培われたど根性と叡智を、読者諸君にお知らせし、それが読者諸氏のバイトの起爆剤たらんことを願って登場させていただいたのである。
つい先日の話だ―――。
オイラは地元大宮の駅前でテレクラのビラ配りをしていた。子のバイトは出勤が自由なうえに、時給が高く、日払いなので、オイラのような貧乏アーティーストにはうってつけなのだ。
類は友を呼ぶというが、そのせいかバイト仲間も髪を染め、歌舞伎役者のようないでたちをした者が多い。他では使ってもらえないようなハミダシ者集団である。
これが地方都市の駅前に立っているだけでも異様なのか、一般ピープルは逃げるように早足で通り過ぎてしまう。そういった人々にいかにしてビラを受け取らせるかが、アルバイトのプロとしての手腕の見せ所なのである。
これには要領がある―――。
これは学問的基盤に裏づけされたものだが、人間の習慣と条件反射を利用するのだ。
まず、女性の場合。
これはオバサン派とOL女子学生派に大別される。オバサンたちはタダなら何でもという感じ。後者は硬い表情をして視線を合わせることさえも避けて通り過ぎようとする。だが、心配無用。これには後で述べる奥の手がある。
さて、男性はどうか?
これは年齢に関わらず、ネクタイ派とノーネクタイ派に分かれる。ネクタイは派は殆ど受け取らないが、後者はすぐに受け取る。オイラの仕事といえば、これら売れ取らない人々にどうやってビラを受け取らせるかがプロの技なのである。
まず、こちらがビラ配りであることを悟らせてはいけない。知らんぷりをして近付いて、とっさに目の前にビラを差し出す。当然相手は驚く。悲しいかな、人間はいきなり何かを突きつけられると、保身のためか無条件に手で身を庇うクセがある。オイラはこれを「パブロフの手」と呼んでいるのだが、その手にサッ!とチラシを挟むのだ。これでビラは向こうの手に渡った。後はオイラの知るところではない。
バカバカしいと笑うなかれ。アルバイトは精神と肉体をタフにするのだよ。これもひたすら、いいドラムを叩くための修業の一環なのだよ。
C悟空、寒風にさらされる――の巻1992/5/12
それはある真冬の事―――。
オイラは護岸工事の車両の警備で、荒川の堤防で寒風に吹きさらされていた。オイラに与えられた任務だが、『工事現場へ乗り入れるダンプカーのナンバーを控え、一般道路へ出入りする際の安全かつ円滑な誘導を行うこと』である。朝の8時から夕方の5時まで、いつ現れるとも知れないトラックを待つのがオイラの仕事だ。
厳冬期の河川敷の寒はただものではない。普通の警備員のスタイルと違って、オイラは耐寒使用工事現場ガードマンスタイルで、寒さを迎え撃った。
毛糸のモモヒキは当然で、スキー用靴下に裏ボアの長靴。上下のガードマンの制服の上には防寒ジャンパー、さらにその上から上下とも白い雨具を羽織る。仕上げには毛糸の目出し帽を被りフルフェイスのヘルメット、とくるから仮装行列で北極の白熊かダルマさんを演じているようなものである。それでもまだ寒いので、飛んだり跳ねたりしているものだから、傍目にはどう映ったことか・・・?
そんなオイラにも密かな恋が芽生え始めた―――。
いつもの場所で、いつもの時刻にバスを待つ乙女。寒風の下で椿姫の君を見出した。そんな彼女にオイラは目出し帽の奥から熱い視線を投げかけたのだった。
ある朝、意を決して声をかけた。
「はぁ〜い、彼女ぅ。毎日寒いねぇ。こんどオイラが車で送ってあげるょ。明日どぅ?」
と、かる〜いノリで調子よく約束にこぎつけた。
翌朝、わざわざバイトを休み、定刻どおりいつもの場所に自慢の悟空号を乗りつけた。ギョーカイではちょっとばかし有名なこの車、トリコロールカラーにふんだんにアニマル模様を自作で描き、天井は3畳ほどのスペースでドラムをセットして演奏できるほどの特設ステージまで付いている。しかも右翼の宣伝カーなみに大型スピーカーも4つ取り付けてあるというゴキゲンな代物だ。
だが・・・寒椿の君は目出し帽を取ったヒゲ面のオイラと、この愛車に怪訝な顔。それでも約束は約束と仕方なさそうに乗り込んだ彼女に、オイラはサービス精神宜しく弁舌も軽く四方山話を一方的にしゃべくりまくって、彼女の職場のある川越の某デパートに送り届けた。
「よかったら明日もどう?」
と誘ってみたが寒椿の君は黙秘。
「今日の昼飯一緒にどう?お好み焼きなんていいかも?」
「ダメよ。制服に臭いが移っちゃうもん」
彼女はそう言い残すと、辺りの目を憚るように走り去っていってしまった。この日以来、寒椿の君は翌日からバス停に姿を見せなくなってしまった・・・。
いったいオイラのどこが悪いとゆーのだ!と怒りつつも、やはり目出し帽は被ったまんまの方が良かったのかも・・・と反省しつつ、寂しく春まで寒風にさらされながら河岸に立ち続けたのであった。
これも修行。あれも修行。全ては日本一のドラマーになるための修行なのである。
D悟空、背広姿の渡り鳥。――の巻1992/6/15
ネクタイの締めかたもよく知らなかった頃のオイラが、背広姿でバイトをしたことがあった―――。
たまにはおスマシのスタイルで仕事をしてみたかったのだ。とはいえスーツは一着っきり。内容は学習図書と百科事典のセールスマンだ。
横浜のその営業所はオイラ以外は全員が正社員。しかもベテラン揃いだった。事務所の壁には売上成績がグラフで貼られ、オイラの名前もその末席に加えられた。
セールスの訪問先は前もって割り当てられていて、○○町の○丁目○番地の○○××さんの子供は○○ちゃん、○○歳とまでリストアップされている。アトランダムに飛び込みをしないぶん、売れる可能性は僅かだがある、はずだった。
指導員がついたのは初日の午前中だけ。所長自らセールスの極意を教えてくれた。要はネコなで声で頭をさかんに下げろ、といういうことだった。初日はその通りに生態をネコ化させて歩き回ったのだが、収穫はゼロ。帰社してグラフを見ると、先輩たちの棒は朝より少し成長している。
オイラは4畳半1間のアパートへ帰って考えた。どうすれば売れるか―――?
そうだ!この仕事は学習教材の販売である。然るに日本の教育への貢献である。よって、卑屈なネコなで声でへいこら頭を下げているだけでは、ダメなのである。堂々と自信を持って望めばいいのだ―――と、得意の悟空式三段論法で納得し、それからの仕事の仕方を変えることにした。
朝礼が終わるとまずトイレに行き、無念無想となって両手を合わせる。『オイラは私利私欲で仕事をするのではない。教育の貢献のために誠心誠意奉仕するのだ』と、自己暗示をかける。それからとにかくリストアップされた家を、何が何でも100軒は訪問することにした。
目当ての家を見つけると、ブザーを押す前に、(この家はオイラを待っている。待っている。待っている。この家の子に百科事典を売ることが、オイラが大宇宙から与えられた使命なのだ!そーれ!)、「こんちわーっ!」
それ見たことか!オイラの訪問を待ちかねたかのように御茶やお菓子の大盤振る舞い。契約の取れない日は無く、みるみるうちにオイラはベテラン勢を追い越しトップの座に踊り出た。
だが―――、それも束の間。ギャラは安いがジャズのドラマーとしての仕事が舞い込んだのだ。いくらセールスの仕事で稼げたとしても、オイラは所詮ドラマー。たとえ僅かでもドラムを叩いて得る金がいちばん尊いのだ。
止める所長を振り切って、オイラはまた放浪の旅に出た。こんな歌を唄いながら。
♪オイラはドラマー
赤貧ドラマー
オイラが怒れば 嵐を呼ぶぜ
ドラムの代わりに バイトをすれば
プロのセールスも ぶっ飛ぶぜぇ♪
E悟空、古館伊知郎になる−−の巻 1992/6/29
世界にはばたく愛のドラムサンタクロース。ドラムを担いで世界を放浪し、聴きたい人にも聴きたくない人にも、愛の爆風ドラムを配達して回る好漢、と言えばオイラのことである。
配達といえば、これまで新聞配達、セメント袋の配達、宅急便の下請け、砂利の配達、ピアノの配達、保育園児の送迎、ケーキの配達、通信添削の配達など、何種類ものバイトで経験してきた。さて、その中でも今回は埼玉の某食品会社のバイトにチャレンジした時の話をしよう。
その仕事は人々の寝静まった深夜に始まる−−−。
2トン車のパネルバンに、首都圏のチェーンストアーへ配達するパンやサンドイッチの類を満載する。数ある配達コースのうち、オイラのコースは川口、浦和、朝霞を抜けて、荻窪や吉祥寺、東村山までも回って、朝のラッシュが始まるまでに帰社しなければならない。
給料は時給ではなく、一回幾らとコースによって決められているため、超特急で仕事を終えるほどトクである。とはいえコースを普通に走っているだけでも3、4時間はラクにかかってしまう。荷物の上げ下ろしはさほど辛くはないけれど、第一の難関はコースを覚え、さらに近道を覚えることだ。
オイラは持ち前の方向音痴だから、会社のゲートから先は右も左も真っ暗闇。深夜だから闇なのは仕方ないが、これではバイト代は貰えそうにない。そこでオイラが考えたのがテープレコーダー作戦。先輩の運転する助手席に座り、窓からの景色を見ながら実況中継をする。後でこれを聞きながら運転すればバッチリというわけだ。
「おーっと!次の交差点を右側に曲がると警察署だぁ!あーっ!見えてきました掟破りのピンクのネオン。ついフラフラと立ち寄りたくなるところを己の心に卍固めぇ!わき目もふらずに一直線を突っ走れぇーっ!」
といった具合である。
あとは自分の運転の時、このテープを再生しながら運転すれば、景色を実況放送してくれるので無事に目的地に辿り着けるというわけだ。
この画期的なアイデアで正規のバイトに採用されたのも束の間、キャバレーのバンドの仕事と掛け持ちしたのが幸いしたのか、ある夜睡魔にスリーカウントを奪われ朝霞の田んぼにドボン。車で田植えをする積りはなかったのだが、会社からはブルーザー・ブロディーばりのギロチン・ドロップで首をバッサリ。トホホな幕切れでありましたぁ・・・。
F悟空、風餐露食に耐える−−の巻 1992/6/29
ハイライトが80円、セブンスターが100円の時代だった。まだマイルド・セブンは発売されていない。
1ヶ月3万円のアルバイト収入のうち、家賃と食費がそれぞれ1万円ずつ。残りの1万円が音楽学校の学費、そしてドラム教室の月謝が1万円だった。合計4万円で収入の3万円を毎月1万円ずつ足りなくなってしまう。これでは月謝も家賃も滞るのが当たり前。食事はバイト先や友人宅でするように心がけた。
もちろん煙草などは吸うカネはないし、喫茶店などは夢のまた夢。紅茶の出がらしパックに砂糖をたっぷり入れて飲むのが唯一の
贅沢だった。銭湯は月に1回っきり。仲間に付けられたあだ名は「おもらい君」。なんでもかんでも他人の喜捨に甘んじていたからだ。
ドラムの練習をすればバイトの時間が減る。バイトに専念すればドラムの練習が出来ない。まるでシーソーのようにカネと練習時間は反比例した。ドラムはギターやベースのように狭いアパートでは練習ができない。練習台に雑巾を被せて叩いたりはするものの、しょせん板っ切れ。本物のドラムを叩かないことには、生のニュアンスは掴めやしない。考えに考えたオイラは廃品回収のおっちゃんから中古のリヤカーを3000円で購入。いらいリヤカーにドラムを積んで、近所の公園に出没した。
夏は夜−−−公園には愛を語らうアベックが多い。だけ構っちゃいられない。オイラはさっさとセットをするとバカバカ叩く。たいがいのアベックはこれで逃げちまう。
ある夜、チンピラどもに「うるせえ!」と絡まれたこともある。その時はこう言って追っ払った。
「オイラは命賭けで日本一を目指してんだよぉ!おめぇさんらもシロウトを構う暇があったら、一家を構える男になったらどうなんだ!」
冬はバイトの時間の関係で昼間の暖かいうちに練習できるとは限らない。寒くても防寒着や余分の靴下を買えないないオイラは、練習の前に全力疾走や腕立てをして身体を暖める。練習に夢中になり気が付くと、ドラムセットの上に真っ白な霜が降りていたこともある。かじかむ両手を擦り合わせ、息を吹きかけて暖をとる。まるでマッチ売りの少女である。そんな時、練習を終えて安アパートですする30円のインスタントラーメンの美味かったこと美味かったこと・・・。
読者の中にも夢を持ってバイト暮らしを続けている奴はいるだろう。きっといつかはオイラだって、エルビンジョーンズやバディー・リッチとドラム・バトルを演じてみたい。お互いに頑張ろうぜ゛!
G悟空、生の無常を感じる−−の巻1992/7/7
インドのベナレス−−−。
かの地を現地人はバラナシと呼ぶ。 ガンジス川はガンガーと呼ぶ。ガンガーにはガート(沐浴場)がある。ここでバラナシの人々は、朝な夕な聖なる流れに身を浸して、ヒンドゥーの神に敬虔な祈りを捧げるのだ。ガートに降りる階段には、子供の頃に見た地獄絵の鬼に追い回される罪人を連想させる物乞い(ハリジャン)の列があった。彼等は少しばかりのバクシーシ(喜捨)を受けて、日々生きている。
異臭の漂う川辺を歩いた。
川の中央には子供の死体をくるんだ白い塊が浮かんで流れている。プカプカと浮かぶウシの腐乱死体には、鳥が2-3羽止って肉をついばんでいる。ホラー映画のワンシーンのようにウシの目玉は飛び出し、アバラ骨はその破れた皮膚から飛び出して、まるで壊れた傘のようだ。そのすぐ傍で人々は沐浴をしているのだ。川辺には大小便の痕があって、それがそのままガンガーに流れ込んでいる。鳥がいた。ヤギがいた。ウシもいた。それらの糞尿も全てガンガーに流れ込む。
少し歩くと岸辺に流れ着いたニンゲンの死体があった。
頭部は水没して定かではないが、粗末な衣服を着けた男性だ。硬直して折れ曲がった彼の脚の部分に二頭の野良犬が喰らいついていた。白い膝頭の骨が覗いていた。ここでは死体遺棄などという罪は存在しない。生と死が同一線上の世界なのだ。気温はゆうに40度を越えていただろうが、オイラは頭髪が逆立ち、寒ささえ覚えた。
オイラは観光に行ったのではない。自らのドラムを見つめ直す旅で、このガンガに辿り着いたのだ。
ガンガーはその流れもディープである。醜悪な人間の妬みも嫉みも恨みも虚栄心も、そして生や死さえも包み込んでも、何事もないかのようにとうとうと流れていた。
人の生命も動物の生命も最終的には、その大きな流れの中に飲み込まれて無に帰していく。ガートに佇むオイラも、沐浴をしている人々も、いつの日か大海の塩水になってしまうのだ。
この旅でオイラの人生観は変わった。人の運命はザイール川やアマゾン川に浮かぶ、ホテイアオイの水草のような物ではないか。どうせ行く先は大海の塩水の中だ。
オイラはいま、ある外国人に死体洗浄と補修のアルバイトを紹介したところだ。3Kの極みのようなこの仕事には、さらに気味悪いのKが付く。だが、所詮ニンゲンは塩水なんだ、と悟らなければ出来ないアルバイトではある。
H悟空、経済学を考える−−の巻 1992/7/17
「エンゲル係数」 −−−家計に占める食費の割合。
これが高いほど生活水準は高い、と中学3年の時、当時社会科の後藤先生から習った記憶がある。
エンゲル係数を下げるには大きく分けて二つの方法がある。ひとつは家計の全収入を増やし、食費を現状維持する方法。もうひとつは収入は現状維持でも、食費をトコトン切り詰める方法である。さらに後者にも二通りある。家族全員がダイエットもしくは絶食をして食費を切り詰める方法。または食品関係の市場でバイトするか、レストランか弁当屋か、食堂でバイトして残り物を持って帰る方法である。まぁ、多少の侘しさは漂うものの、これを機に日本的なワビ・サビ・を再認識してみるのもいい。
御存知の通り、オイラはヒゲ面に長髪である。初対面の人にはいつもプロレスラーのマサ斉藤や鶴見五郎、それに佐藤蛾十郎に似ていると言われてしまう。そのルックスでは食堂やレストランなどの客席から厨房の見える場所では働けない。雇って貰えないのである。
何かいいバイトはないかと繁華街を徘徊しているうちに、『厨房急募』と貼り紙をしている高級サパークラブを見つけた。店長サンはオイラのルックスに一瞬たじろいだが、一応経験を問われた。
「はい。喫茶店とかぁ・・・。あっ、それと昔自衛隊でメシを炊事をしたことがあります」
「それと趣味とか特技とかは?」
「はい。趣味なんていう軟弱なものはしませんが、特技はドラム。いまは実践空手の修行中です!」
店長さんは有事の際には用心棒にでも使えると思ったのか、二つ返事でOKしてくれた。
翌日からオイラは食べ物に囲まれたハーレムの主役になった。美味しそうな料理を斜に構えてツバを飲み込むことも無く、食べたい時にポイと口に放り込むことが出来たのである。献立に多少の技術や難儀があったが、それも持ち前の不屈の精神で数日間でクリアー。面倒なメニューはデパートの地下街でそれなりの料理を買って来ればいい。
フルーツの盛り合わせは、スイカにメロン、イチゴにバナナ、マンゴーにパパイヤなどなど・・・。高価で季節はずれの果物を適当に口に入れられるので大助かり。これで仕事中に一食分は助かる計算になる。子供たちには残った料理や果物を土産に持って帰ってあげられるし、厨房で覚えた新しい料理も作って食べさせてあげられる。これには女房子供も大喜び。
オイラの出勤率に店長サンも大喜び。我が家の家計は大助かり。オイラの胃袋も順風満タンである。もちろんエンゲル係数は下がった−−−はずだ。
I悟空、大志を抱く−−の巻1992/7/28
オイラはジャズ・ドラマーであり、且つ冒険家である。そしてさらにノンフィクション・ライターである。
なーんてのたまえばカッコいいが、実はライブの観客動員は殆ど一桁だし、発売するCDや著書の類も芳しくはない。そのため生活の手段として、ひたすらアルバイトに精を出し続けているのだ。
それも生半可なアルバイトではない。しかもフリーターなどという耳に心地いい仕事ではなく、肉体労働とガップリ四つに取り組んでいる。人呼んで『3K何するものぞ、怒涛のがぶり寄りプロフェッショナルちからこぶアルバイター』なのである。これまでにこなした仕事の数は、オイラのシンプルヘッドのコンピューターの容量には収まりきれないほど職種に及ぶ。
ガードマン、工事現場の作業員、ピンクチラシ撒き、ポスター貼り、宅配便、八百屋、ウエイター、漬物の訪問販売、ケーキの配達、ジャリトラの運転、セメント袋の配送、地図の測量、保育園のバス運転手、スーパーマーケットの店員、ピアノの配送、ピアノの弾き語り、厨房、飲み屋の呼び込み、などなどなど・・・。
なのにオイラの生活はちっとも向上しないのか?ある日、ふとそういった疑問が湧きおこった。『働けど働けど我が暮らし楽にならざるなり』と歌ったのは石川啄木だ。オイラも彼に習って自分の手をじっと見るが、金運も運命線もそう悪い方ではない。運命線にいたっては、かの徳川家康のように中指までも伸びている。それなのになぜ・・・?
だが、ある時、ふと天恵のようにヒラメキがあった。「そうだ!熟練だ!」。
アルバイトのプロとは、あらゆる職種に柔軟に対応できるということも必要不可欠ではあるが、ひとつの職種において仕事師たることも大切なのだ。
そうだ。アルバイトは熟練なのだ。そしてさらに資格である。医者や弁護士は無理だとしても、ガソリンスタンドで働くなら運転免許に危険物取り扱い主任免許、工事現場なら測量士や測量士補、レストランなら調理師に栄養士、事務関係なら簿記。その他にも取れそうな資格は山ほど転がっている。
将来を見詰めた上でプラスになる資格なら、脳細胞の少なくならないうちにじゃんじゃん挑戦しておこう。資格によっては海外青年協力隊などにも参加出来るものもある。
そういう結論に達し、オイラは今のアルバイトの金を貯めて、近々ある免許に挑戦することにした。大型免許と大型特殊免許だ。これでアルバイトの芸域をさらに拡大するのだ!
J悟空、ケーキまみれ−−の巻 1992/7/28
ずーっと昔むかしのこと。「ケーキ屋けんちゃん」という番組があった−−−。子供心にもケーキ屋けんちゃんは、ケーキを腹いっぱい食べられるんだろうなぁ、と思いつつ腹を空かして見ていたものだ。それは我が家の保育園の子供も同じなのだろう。
「大きくなったらなんになる?」の問に、
「ケーキ屋さん!」
と、ヨダレを垂らしながら答る。しょせん下賎な者の子は下賎なのかと、オイラは落胆する。
ところでオイラは下戸である。
といっても酒は飲めるし強い。だが、アルコールの味覚を体が受け付けない。しかもアルコールの助けを借りずとも、いつもエンジン全開でハイ・テンションだから、アルコールは全く必要ない。だから飲まない。ヘンな下戸なのである。
だが、甘いものには目がない。
ケーキは言わずもがな。饅頭にようかん、アイスクリームにチョコレートの和洋折衷を、怒涛の寄り身で食べてしまう。そう言う意味ではオイラもトレンディーなギャルたちと同じなのである。
オイラは浦和にあるケーキ屋に籍を置いた。その真意は腹いっぱいケーキを食べられるかも?という期待に満ち満ちていたものだった。朝は9時からで店のライトバンにケーキや和菓子などの商品を積み込み、埼玉圏内にある幾つかの販売店に置いて回る。それは交通事情にもよるが早くて3時間、遅くても4時間もあれば仕事は終わる。帰社すれば社員のための手作りの昼飯が待っているし、マンネリ化したオイラの食生活にはこの昼食はこたえられなかった。お代わりはいつも3杯。胃袋を満タンにした後は、バイク帰宅してこれまた腹いっぱいドラムの練習をするのである。
ところで舌の上でとろけるような甘ーい生クリームを使ったケーキ類は、傷みやすいために2日とは店頭に置かない。その日に売れ残ったケーキ類は全て返品するのである。返品されたケーキは煮ようが食おうがオイラの勝手だ。おかげでオイラの子供たちは連日ケーキまみれで大喜びである。オイラはといえはダイエットのことは多少気にかかってはいたものの、イチゴやメロンの乗っかったショート・ケーキを見ていると、ついつい出てしまう食指を引っ込めることは出来なかった。以来、片手でケーキをパクつきながらハンドルを握る日々が続いた。
だがある日の配達で、車のトラブルから会社の専務自らオイラの車の牽引に来てくれた。数メートルの長さのロープに赤い布切れを付けて、オイラの車は専務の車に牽引されて帰社することになったのだが・・・こともあろうにそれまで連日のライブで披露困憊していたオイラは、ケーキで満腹になっていたのも手伝って、ついつい居眠りを始めてしまったのである。信号待ちをして発進するたびにロープで引かれる衝撃がオイラを揺り起こしたのだが、とうとう睡魔には勝てず引かれながら電柱に激突して車の前部を大破させてしまったのである。
ごめんなさい!浦和のケーキ屋さん!
K悟空、警備する−−の巻 1992/8/3
ガードマンのバイトにはデパート等の常駐警備や、イベント会場の警備、スーパーの駐車場の車の誘導、片側通行の車の誘導、ギャンブル場の場内・場外警備等があるが、忘れてならないのがビルの建設やなどに常時詰めている常駐警備である。
勤務時間は基本的に午前8時から午後5時まで。ただし出入りの業者よりは早めに行って現場のゲートのカギを開けたりするために、午前7時30分出勤が多く、仕事の流れによっては1-2時間の残業はいた仕方ない。時間通りいかないのはデパートやギャンブル場と異なる点だが、それなりのメリットはある。さらにまた路上の工事現場での交通誘導は、夕方までの工事の予定が午前中で終わったり、雨のために中止になったりしても羨むなかれ。ビル建設工事現場の常駐警備のメリットは、それ以上のものがあるのだ。
常駐となればその基礎工事から始まってビルの完成までは、1-2年はかかってしまう。そのため建設会社のオエラ方から監督、下請けの業者に至るまで全員が顔見知りになってしまう。そこで人間関係さえ上手くいけば、この仕事もナカナカもって住めば都の感を呈してくるのである。
<ビル建設の初期段階。土掘りの行程>
ある晴れた日、雑木林を切り開いたばかりの公害の現場はまだまだ閑散としている。そんなところへユンボがポツンと1台放っぽっていたりする。整地のための余分な土はダンプの運ちゃんが自分でユンボの操作をして車に積み込み、それが終わるとまた何処かへ運び去る。次に来るのは何時間後の事やら・・・。
あたりは暖かい日差しがあふれ、小鳥のさえずりさえも聞こえて来る。オイラはガードマンの制服を着たまま辺りを散策する。近くの小川では子供たちがザリガニ釣に興じている。散策に飽きると、乗って来たトレール・バイクを駆って、未整地でモトクロスの真似事をして汗をかく。またまたそれに飽きると、キーを付けっ放しにしたユンボに乗り込んで、イグニッション・キーを回し、前進、後退から回転、腕の上げ下げから、土すくいなどの微妙な操作を練習する。おかげで何日か通った後は、オイラの運転でダンプの荷台に土を乗っけられるようにまで熟練してしまった。
この調子なら近いうちに大型特殊免許でも取得して、ユンボの運転でもやるかなぁ・・・などと、運転席で鼻クソをほじりながら、日なたぼっこをしているオイラであった・・・。重機の運転だって、ドラムの肥やしになる。そうだ!ユンボの免許を取ろう!
L悟空、恋をする−−の巻 1992/8/3
常駐警備のバイトも1週間ほど経った頃、工事現場のすぐ近くに美容室があるのに気が付いた。−−−というか、その美容室に背が高くてスマートな藤原紀香タイプの女性がいることに気が付いた。目ざといオイラの視力はこういったことになると、空高く舞う猛禽類ほどの視力をもっている。伺い見るに年の頃は24-25歳、出勤時間は朝の9時ちょっと前である。
それまで畳半畳ほどのガードマン・ボックスの主のように中に入り浸っていたオイラだが、紀香ちゃんの存在に気付いてからという9時少し前になるとイソイソとガードマン・ボックスを這い出して、胸をときめかして彼女を待つようになってしまったのである。今日の髪型はどんなだろう?今日のファッションはどんなだろう?今日のスカートはヒザうえ何センチあるのだろう・・・?わくわく♪
毎日毎日飽かずに紀香ちゃんを見ていたオイラだが、ある日とうとう意を決して話しかけてみることにした。それにはオイラが知恵を絞りに絞った作戦がある−−−工事車両のダンプやミキサー車が路面を汚す。その痕跡は僅かだが、紀香ちゃんの勤める美容室の前まで続いている。これはイケルかも?
オイラは紀香ちゃんの出勤時間を逆算し、工事現場のゲート前から美容院へ向けて竹箒を持って路面の清掃を始めた。(普段は滅多に掃除などせず、言われた時だけしぶしぶやっていただけなのだが・・・)。案の定、紀香ちゃんは定刻通りに小走りでやってきた。ミニスカートだって気のせいかいつもより短く見える。そこですかさず声を掛けた。
「おはようございます。いつも工事の車がお店の前を汚してすみません」
オイラは精一杯明るくにこやかに、そしてすことでもイイ男に見えるように、得意の斜め45度の角度でちょっとだけ渋く迫った。
「いいえぇ。どぅいたしまして!こちらこそすみませんねぇ、店の前まで掃除してもらっちゃってぇ」
紀香ちゃんはちょっと戸惑いながらも、満面に笑みを湛えて答えてくれた。
(お゛お゛ーっ!近くで見るとまた笑顔がチョー可愛いじゃん!でもこの笑顔って客商売のなせる技だよなぁ。でも・・・もしかして紀香ちゃんって、オイラのタイプが好みなのかも?)・・・などと手前味噌な解釈をした。
以来---オイラは毎朝9時前になると、それこそ
雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ
冬ニモ 夏ノ暑サニモ負ケズ
竹箒を持ったまま。まるでお松くんの「アレレェ」のおじさんのように、美容室の君と朝の挨拶を続けたのであった。
工事現場のガードマンと美容室の美人美容師。この何ら関連性の無いふたつを、オイラは毎週調髪に通うことで無理矢理結びつけてしまったのである。おかげで彼女の本名も知り、何度か一緒に食事もすることが出来たのである。だが、世の中そうは問屋が卸さない。何度目かの食事の時、紀香ちゃんは申し訳なさそうにオイラに打ち明けた。
「わたし、実は結婚しているんです」
「ゲッ!」
この麗しき紀香ちゃんに亭主がいるだなんて!彼女は更に続けた。
「主人、○×警備会社の幹部なの・・・」
事実は小説より奇なり。その○×警備会社とは、オイラが勤めていた警備会社なのであった・・・。
[2]関西のデイリー・アンに連載されたぶん
★関東版と重複する部分有り。
@悟空、若貴を吊り出しで破る腰だぜ!−−の巻 1993/6/23
A悟空、打倒前田アキラ−−の巻 1993/7/14
B悟空、配達は己の心に卍固めぇ〜!−−−の巻 1993/8/18 *関東版と重複しているが、内容を若干変更
C悟空、チャップリンになる−−の巻 1993/9/14 *関東版と重複しているが、内容を若干変更
D短気ドラマー花屋になる−−の巻 1993/10/13
E悟空、一粒の麦になる−−の巻 1993/11/17
F悟空、留守番警備はトレンディー?!の巻 1993/12/15
Gいつか来るキミの春のために・・・−−−の巻 1993/1/20 最終回
@悟空、若貴を吊り出しで破る腰だぜ!−−の巻 1993/6/23
オイラのグループ「人間国宝」のジャズは、過激な格闘技である。それは鮮血をしたたらせる生肉のように新鮮で血生臭く。猛獣のように聴衆を食い気迫に溢れている。
きょうび見てくれだけの浅はかなファッションを追うクローン人間たちが跋扈する中、時代の要求するジャズはただのBGM(バカで我慢なら無いミュージック)に堕落してしまった。
「これじゃいかんぜよ!(龍馬風に)」。オイラはジャズの何たるかの原点を探求するために、力コブを入れて世界を放浪し(小々短絡的ではあるが・・・)フルコンタクト空手を始めた。連日、拳立て(ゲンコツで腕立てすること)、スクワット、腹筋等のトレーニングを欠かさない。
ジャズは知力であると同時に暴力でなければならぬ−−−これがオイラの持論である。
死んでしまったジャズを甦生しようとは思わない。だが、せめてジャズでなければ生きられないほんの僅かな人たちに、強烈な愛のアッパーカットを見舞ってあげられるよう、オイラは肉体の鍛錬に余念が無いのだ。
格闘技は腰が命である。オイラの喧嘩ドラムも腰が命だ。そして今回のピアノ運送も腰が全てなのだ。
ピアノは重い−−−大関の小錦とほぼ同じ重量なのである。しかもグランドピアノに至っては300キロほどもある。オイラのバイト先にはクレーン車もパワーゲート車も無い。そのため何が何でも人間の手で運搬するしかない。しかも作業員は2人だけなのである。
広くて平坦な場所を運ぶだけなら何とかなるが、現在の住宅事情ではピアノを出し入れするのは極めて困難な場合が多い。まず玄関が狭いうえに、すぐに上がりがまちがある。そして急角度で右か左に居間があるがのだが、出入り口の鴨居が低い。そのため玄関では横にして入れたピアノを上がりがまちでは立て、さらに方向転換をすると再び横に倒すのだ。
階段を運び上げる時などは、下で支える者はまさに命がけだ。斜めにして一段づつずりあげたところで踊りばて立てて方向転換、そして再び寝かして運び上げるのだ。
ここで注意!!
ピアノの1ミリのキズでさえ付けてはいけないし、建物の壁や柱にも決してキズを付けてはならない。新築の家屋では尚更だ。それでピアノにカバーを被せたり毛布を掛けたりして、まるで愛撫でもするかのように至れり尽せりの世話の焼きようである。
素人から見て一見不可能に見えることをやるのがプロ。これをたったの2人でやり遂げてしまうのだからスゴイ。
「スゴイですねぇ!」。「上手いですねぇ」
という聞きなれたセリフを聞きながらも、まんざらでもない表情で出されたお茶をすする。
翌日、腰に多少の痛みを覚えながらもオイラは思う−−−この腰はそんじょそこいらのドラマーの腰とはワケが違うぜぃ!若貴兄弟を吊り出しで破るほどの腰だぜ!
今に若いドラマーたちがオイラに挑戦状を叩きつけてくる時が来るだろう。だが、この腰がある限り、喧嘩ドラムに引退は無いのだ。
A悟空、打倒前田アキラ−−の巻 1993/7/14
現在、アバラが1本折れている−−−。
オイラはこれまでアバラにヒビが3回、右足の親指に1回、それと右足首、右足のスネ、左腕の骨を1回ずつ折っている。
切り傷の数では大仁田厚には及ばないが、骨折の数ではオイラも引けは取るまい−−というのもオイラは現在フルコンタクト空手をやっているのだが、この流派はニッコリ笑って相手を蹴り飛ばすのだ。
つい最近だがナント!前田アキラ(同姓同名の本名)なる新人が入門してきた。年齢は20歳、身長は193センチもある。マエダ君は股関節がおそろしく柔軟で、ハイキックをしたままその向こう脛で、オイラのホッペをナデナデするといった芸当も朝飯前で出来てしまう。
先週のスパーリングでのことだ。
前田アキラより身長で25センチも劣るオイラも、一応は先輩である。
「どんと来い!遠慮するな!」
先輩風を吹かせるオイラの左側頭部を、長い足を利用した高速の回し蹴りがオイラを捉え、さらにもう1本の脚でオイラの横っ腹にミドルキックを叩き込んだ。オイラは目から火は出るし、息は止まるしで、もんどりうって板床に叩きつけられてしまった。
「こりゃダメだ!」
その場にダウンを喫してしまったオイラだが、前田アキラの回し蹴りの後遺症でその後1週間ほどは焦点が定まらず、見る物の全てが二重に見えて不自由をした。それどころかアバラを蹴られてしまったおかげで、骨にヒビが入ってしまったのだ。
さて−−そのオイラが現在、連日セメントマッチを演じている。
実は近所の建材店で工事現場に砂利やセメント袋を配達するアルバイトをやっているのだ。新聞や宅急便など、配達のアルバイトは色々と経験があるが、敢えて力仕事を選んだのには訳がある。
1袋40キログラムもあるセメント袋を何十袋と運んで、アルバイトと筋力トレーニングを同時にやっとしまおうという二兎追い作戦なのである。さらにこれで肥満気味の肉体を改造出来れば、三兎追い作戦となる。いやそれよりなにより、空手と肉体労働はパワフルドラムによく効くのだ。
2トン車の荷台は高い。チビのオイラがセメント袋をいくつも運び上げるのは、文字通り骨が折れる。砂利とセメント袋を積み込んで工事現場へ配達するのだが、勝手に好きな場所に下して向かえって来るというわけにはいかない。業者に指定された場所まで車をバックさせるのだが、工事中の現場には様々な重機や穴ぼこがあってなかなか困難を極める。更に困ったことにはバックしながら振り向いて後方確認するということが出来ない。アバラにヒビが入っているため、身体のねじりが利かないのだ。現場のおっさんには、オイラは首が短いから広報確認が出来ないのだなどと言い訳をして、後方確認と誘導をしてもらうのだが、セメント袋下しまでは手伝ってはくれない。
オイラはアバラ骨の激痛に耐えながら、黙々とひとりでセメント袋を持ち上げては運びまた積み上げる。
「くそーっ、前田アキラめ、次はセメントマッチだぜ!」
打倒、前田アキラを目指して、今日もオイラはセメント袋を運ぶ。
B悟空、配達は己の心に卍固めぇ〜!−−−の巻 1993/8/18
"世界を羽ばたく愛の押し売りボランティアドラム"、ドラムを担いでフジフ・アフリカ・中南米を放浪し、聞きたい人にも聞きたくない人にも愛の爆風ドラムを配達して回る−−−世界のドラム・サンタクロースとはオイラのことだ。
ところで配達といえば、これまで宅急便をはじめ新聞配達、ケーキの配達、通信添削指導の配達等々、何種類ものバイトを経験した事がある。だが方向感覚と記憶装置が破壊されているオイラには、随分とキビシイ試練ではあった。
さて、その中でも今回は地元の某食品会社のバイトにチャレンジした時の話をしよう。その仕事は人々の寝静まった深夜から始まる−−−。
2トン車のパネルバンに、首都圏のチェーンストアーに配達するパン、サンドイッチの類を満載する。数ある配達コースのうちオイラのコースは、川口〜浦和〜朝霞を抜けて、荻窪や吉祥寺、東村山までも回って、朝のラッシュが始まるまでに帰社しなければならない。
給料は配達の仕事に多い時給計算ではなく、1回が幾らとそのコースによって定められているため、迅速に仕事を終えた方がトクである。とはいえ、そのコースをただ走り回って帰るだけでも優に3-4時間はかかってしまう。荷物の積み下ろしはさほどキツくはないけれど、第一関門はコースを覚えること−−−これが問題だ。
首都圏の地理を丸っきり知らない上に、持ち前の方向オンチに記憶バカ。見習い期間は3日だけだというのに、4日めにハンドルを握ったら会社のゲートから出たら右も左もチンプンカンプンの真っ暗ヤミ。夜中だからヤミでもしょーがないが、これではバイト代ももらえない。そこでオイラが考え出したのがテープレコーダー作戦。見も習い期間をもう1-2日延長してもらい、助手席で道路と景色を見ながら古館伊知郎ばりの実況放送を試みた。
「おーっと、次の○×交差点を右に曲がりますと、左手に○○警察が見えてきましたぁ。それを通り過ぎて暫く爆走いたしますと、あ゛ーっ、見えてきました掟破りのピンクに輝くあのネオン、ついフラフラと立ち止りたくなる衝動にかられるところ、己の心に卍固めぇ〜っ!わき目もふらずに○×交差点にさしかかりましたぁ〜!」ってな具合である。
このグッドなアイデアで正規のバイトに取り立てられたのも束の間、キャバレーのバンドマンの仕事とかけもちでやっていたのがたたったのか、ある夜睡魔に襲われて電柱へドカーン!車を大破させてしまったため、会社からはスタンハンセンばりのウエスタン・ラリアートで首をバッサリ!−−−でしたぁ・・・。
C悟空、チャップリンになる−−の巻 1993/9/14
これは企業秘密だが、オイラのドラミングの秘儀には、「千手観音奏法」、「ツバメ返し奏法」、「つるはし土方奏法」、「ラリアット頭突き奏法」、「クルクル奏法」 など、およそドラミングとはかけ離れたネーミングの多彩な技がある。今回、中でもこの「クルクル奏法」について、その生い立ちを述べて見ようと思う。
以前大手電機メーカーで働いたことがあるのだが、大工場での流れ作業はチャップリンの「モダンタイムス」を髣髴とさせるものがあった。
電化製品はベルトコンベアーの上流から下流に流れていくにしたがって、作業員の手によって、段々と商品としての体裁を整えられていくのだが、いかんせんベルトコンベアーは非情だ。こちとらが二日酔いであろうが、生理痛であろうが、妊娠中であろうが、人間様のコンディションにし一切関係がない。オイラたちアルバイターがベルトコンベアーのペースに遅れまいと必死になって部品を取り付けるのだが、コンベアーは我関せずで流れて行く。だから出物腫れ物のさいにはタイヘンだ。ダッシュで用を足しても、戻って来た頃にはオイラのやりかけたところは、遥か彼方の下流に流されてしまっている。
オイラはビデオの早送りの如く、半狂乱になってネジを締めながら上流に戻って行くのだが、それは並大抵のパニックではない。それでも住めば都。オイラはそんな仕事にもある楽しみを見つけ出したのだ。
ある時、オイラは部品を締め付けるドライバーの長さがドラムのスティックと丁度同じ位の長さなのに気が付いた。これを上手く利用しない手はない。かつてジーン・クルーパーやジョージ川口がやっていたように、指先でスティックをくるくる回す練習をすることにしたのだ。
右手で出来るようになると次は左手。さらにポンと投げ上げて1回まわしに2回まわし。これを一瞬を争う作業行程の中でやってしまうのだから、見に付かないわけがない。
あらよ、そらよで、クールクルのクールクル♪あの染の助・染太郎でさえ仰天してしまうほどのドライバー回しの軽業師になってしまったのである。
だが、オイラの存在と仕事振りは職場を預かる班長にとっては、目の上のタンコブのような存在に映ったらしい。無理もない。作業用の制服制帽を着用しないどころか、カラフルなステージ衣装の類を身にまとい、レギエ帽を被ってドライバー回しに興じているのだもの。
(コヤツ狂人か?)
と思いながらも仕事のペースは順調なので、頭ごなしに怒鳴りつけることも出来ない。しかも昼休みともなれば韋駄天の如く屋上に駆け上がり、寸暇を惜しんでドラムのトレーニングに励んでいる。社員食堂での昼メシも、昼休みの5分前に掻き込んでしまう。
(コヤツいったい何しに会社に来とんのや。もしかしたらホンマのドラム馬鹿やろか?)
職場での奇異なる存在も1年も続けば当たり前になってしまった頃、オイラもやっとプロのドラマーとして巣立つことになった。
「班長、長いことお世話になりました」
「そうか・・・のなか君、ドラムをやる以上は骨になっても叩き続けるんだぞ」
そう言った班長の両方の瞼からは大粒の涙がポロリと落ちた。
かくして、我がドラムテクニックの中に、この両手スティック回しが取り入れられたのである。ひとつのテクニックの中にも、えも言われぬ人生の悲喜交々がてんこ盛りなのである。
D短気ドラマー花屋になる−−の巻 1993/10/13
オイラはプロレスラーの鶴見五郎にウリふたつである。マサ・斉藤にも似てると言われるし、佐藤蛾次郎にもソックリだと言われる。林家ペーに似ているとも言われるし、オーム教の麻原彰光にも似ていると言われる。オイラは自他ともに認めるプロレスお宅で、「プロレスファンに非らずは、人にあたわず」、とキッパリと断言できるほどの確信を抱いている。
いやむしろ身長があと20センチ高かったなら、オイラはプロレスラーとして、前田日明や長州力、天龍源一郎らとバリバリのガチンコ試合を演じていることだろう。そういったオーラが自然に横溢しているためか、目を血走らせてプロレス会場に足を運ぶと、インディーズのレスラーと勘違いされてしまうこともしばしばだ。
そんなオイラが可愛い可愛いミッキー・マウスのエプロンを付けちゃいましたぁ〜♪
場所は埼玉の某デパートの前。百花繚乱、千紫万紅、色とりどりの華やかな花々の咲き乱れる中、オイラはミッキーマウスのエプロンを付けて、花の中に立っていた。もちろん顔は御存知、鶴見五郎のまーんま。
買い物帰りの主婦やギャルが、「なんの花にしょうかなぁ〜ルンルン♪」と、一通り花を見渡した後、オイラに気付いて一瞬ギクッ!となるのを見逃さない。がー−−、オイラがいるから花が引き立つのである。枯れ際の花でも、散り際の花でも、オイラがいるからこそ美しく見えるのである。そういった意味でオイラは自らの顔を呈してひたすら販売努力に勤めているのである。
このバイト、金は安いがメリットは多い。なぜなら客の殆どが女性だから、嫌が応でも(嫌なわけない。それが目的なんだから・・・)話をせざるを得ない。とくに美人にはトコトン弱い。
「すみませーん。この花なんという花なんですかぁ〜?」
「は、はい。それはえーと、ええーと・・・ボクもわ、わかんなぁ〜い♪」
オイラはついついドモリがちになりながら、ついついへつらってしまう。もう自称・日本一のドラマーとしてのプライドも屁ったくれもない。美人の前ではトコトン奴隷になり下がってしまう悲しい性の持ち主なのである。
何週間かやっていれば当然お得意様も出来る。中には音楽好きの女性がいて、ついつい真面目にジャズ談義などをすることもあるが、そんな時のオイラはついついドラマーの顔になってしまう。
そんな時、オイラの前に現れたのが、某短大の保育科に通う女子大生であった。花のあるところには華のあるロマンスが芽生える。オイラがピアノも弾けると知った彼女が、必須科目であるピアノを是非教えて欲しいと哀願してきたのである。
(ううーっ、ヤッター!)
心の中は欣喜雀躍していたが、オイラは林家ペー顔をことさら険しくして言った。
「音楽は中途半端な気持ちでは出来ないょ」
「はいっ!悟空センセイ!」
−−−このオイラの渋さに惹かれたのか、彼女は毎週、いや週に何度も我が安アパートにピアノのレッスンに通って来ることになったのである。後は?ナ〜イショ!へへ。
E悟空、一粒の麦になる−−の巻 1993/11/17
アルバイトの鬼、アルバイトのスーパースター、アルバイトの神様・・・と称されるこのオイラはピアノ演奏や調理関係のソフト面から、大型トラックやブルドーザーなどの運転などハード面をもこなす、バイトの超スペシャリストである。
だが、困ったことがひとつある。ライブ活動のためにどうしてもバイトの出勤が疎かになってしまうことだ。いくら仕事は真面目にやったとしても、出勤率の低さは大きなマイナスになる。そこでオイラの天職を生かさない手はない、一度ドラム教室を開いたことがある。
「悟空流パワードラム道場生徒募集!」と手書きのビラを作って、あっちこっちに貼って歩くことにした。深夜の街をハケとノリのバケツを持って、体力増強のために走り回っていると、ある時は犬に、ある時は警察に職務質問を受けたりとさんざんだったが、その甲斐あって数人の門下生が集まってくれた。
ドラム道場とはいっても、道場なんて物は持ち合わせちゃいない。まるでヤドカリのように保育園の一室を借りたり、取り壊し前の住宅や、選挙事務所を借りて教えていた。ところが保育園は近所から苦情が出るわ、取り壊しが決まっていた家はあっという間に取り壊されてしまうわ、選挙事務所は占拠が終わったとたん急に冷たくなるわで、結局落ち着いたところが、近所の田畑に囲まれた通行の少ない農道だ。
ヒバリがさえずりキジも鳴く。たまにイタチが畑を駆け抜けて行く。気候のいい春や秋なら青空教室も楽しい。ところが問題は冬だ。オイラの門下生は小5の少年1人と、女子高生が数人。どうひいきめに見ても、寒風の下でレッスンをするには、心もとない連中ばかりだ。
だが、オイラは心を鬼にした−−−。
木枯らしが耳たぶを引きちぎるほど吹きすさび、うら若き乙女が鼻水を垂らしても、オイラは容赦しなかった。暖房トレーニングと称して、かじかむ指を暖めるための握力トレーニング。腕力を鍛えるための腕立て伏せ。キック力を養うヒンズー・スクワット。瞬発力を養うための全力疾走の田んぼ一周。どれをとっても悟空流ドラム道場に必要不可欠な要素である。ドラムは1にもパワー、2もパワー、3,4が力コブで、5が根性。センスやフィーリングはオマケのそのまたオマケだ。
オイラはその過酷なトレーニングのためには、ある時は「巨人の星」の「星一徹」に、またある時は「明日のジョー」の「丹下段平」、又ある時は「戸塚ヨットスクール」の戸塚校長などと称されもした。だが−−−、それにしても門下生たちは誰ひとりとして落伍者を出すこともなくよく付いて来てくれた。彼等の異常なまでの情熱がさらにオイラを熱くし、我々はともに頂点を目指して駆け上がったのであった。
ひとつだけ困ったことがあった−−−。
女子高生たちはバイトの時間も惜しんで練習に熱中し過ぎたため、月謝が滞りがちになってしまい、しまいには全く払えなくなってしまったのである。それも止むなし。オイラは門下生たちが上達するのが嬉しくて、しまいにはボランティアのドラム道場になってしまった。
結局・・・、当初もくろんだドラムで収入を、との夢はもろくも破れさり、以前よりよけいにバイトに行くハメになってしまった。だが、僅かでもいい。オイラのパワードラムを受け継いでくれるものがあれば、オイラは協力を惜しまない。そのためには喜んで一粒の麦となろう。
F悟空、留守番警備はトレンディー?!の巻 1993/12/15
4輪駆動車にマウンテンバイク、アウトドアウェアにアウトドアグッズ−−−。
環境問題が取り沙汰されている昨今、道路整備がなされ環境の破壊が進めば進むほど、皮肉にも自然への回帰を謳う人々が増えている。だが、オイラのようにアフリカやアマゾン、インドやチベットを放浪してきた男には、こんなエセブームは笑止千万、片腹が痛い。
それはさて置き、こんなブームに無縁なレッドプアー(赤貧)アルバイターのために、耳寄りな話がある−−−というのも、アウトドアの気分を味わいながら、且つアルバイト料をせしめることが出来るという、一石二鳥のオイシイ話なのだ。
留守番警備−−−というのがある。
これはデパートの警備や建設現場のガードマンとは趣を異にする。このバイトは日本全国の機能が停止する、盆や正月の長期休暇に、工事現場の機材や資材、車両等が盗難に遭わないために、見張り役として常駐するのである。とうぜん現場監督も居なければ作業員も居ない。オイラはだだっ広い工事現場の孤高の独裁者になれるのである。
このバイトは行きつけの警備会社で個人交渉を行う。1日24時間(8×3勤務)を連休の間ずーっと泊り込みで留守番をする。その間の日当に特別休日出勤手当てを要求するのだ。その金額は警備会社との駆け引きにもよるが、人手不足の昨今のこと交渉次第では割にいいギャランティーをせしめることが出来る。
昨年の年末年始、オイラは悟空号(楽器車)に、寝袋、コッヘル、キャンピングガス、食料、テレビ、キーボード、ドラムセット、原稿用紙などを積み込むと現場の人となった。ドロボウだけを監視する個人契約のガードマンにとって制服は必要ない。好きな格好をして現場の事務所に住み着いているだけでいいのだ。
ドラムをセットする。テレビとキーボードをコンセントに繋ぐ。机の上には原稿用紙。もちろん電話は掛け放題。ただし風呂は無い。さてオイラが大音量でドラムを叩こうと、キーボードを練習しようと、だれも文句を言う奴はいない。腹が減ったらインスタント・ラーメンを作り、気が向けばノートパソコンに向かう。そうして数日間、世間から隔絶して自由気侭に過ごすのだ。
オイラが原稿用紙に向かって原稿を書いていると、テレビでは「今年も後何時間余り・・・」と、のたまっていた。そのころから現場の柵の外では、初詣の人々がカラコロと足を急がせる軽快なゲタの音が聞こえてきた。「ヤダー!ウッソー!」だとか言う声や、「キャーッ!」だとかいったギャルたちの嬌声が混じっている。その声に孤独感を募らせたオイラはペンをスティックに持ち替えた。
(・・・寂しくなんかないやい!サミシクなんかあるもんかい!)
゛♪ドコバリバヒャバリドホコドコドド〜ン♪゛
「ええ〜い!見さらせぃ!これがこれが悟空の新年八当たりドラムじゃ〜い!」
−−−オイラは悟空号の中で寝袋にくる真冬の夜は思いのほか底冷えがキビシイ。
(あ、アウトドアはト、トレンディー。う〜っさぶっ!)
車中で震えるオイラを尻目に、ギャルたちの嬌声は一晩中ひきもきらなかった。
Gいつか来るキミの春のために・・・−−−の巻 1994/1/20 最終回
ジャズドラマーの生活は厳しい−−−。
スタジオドラマーになったり、下手クソな歌手の伴奏をすることで生活を支えたりすることも出来るが、己の信念を曲げずに自己の音楽を追求するオイラにとって、音楽上の妥協は何よりも耐え難いものがある。これはオイラに限らずさまざまな様々なジャンルで活躍するアーティストに共通することだが、己の信念を売ることは魂を売ることにつながる。即ち−−−自己の存在をも否定することになるのである。
かつてオイラの先達、二天一流の宮元武蔵先生は日本一との誉れが高かったにも拘わらず、いずれの大名に仕官することもなく、一生二本の刀を振り回しておられた。そこで現在の「現在の二刀流」、「慟哭のバチ当たり」と言われているオイラも「逞しき清貧」を余儀なくされているのだ。
それでも好きで清貧に甘んじているわけではない。それを脱するためにこれまでガードマンは元より、花屋、ビラ配り、ケーキ屋、ウエイター、パチンコ屋、八百屋、肉屋、飲み屋の店長、飲み屋の呼び込み、などのソフト面から、解体屋、土木作業員、ピアノ運送、セメント運び、鉄筋屋、等々のハード面、はたまたストリップ小屋の布団敷きからAV男優もどきまで(ウソ)、ありとあらゆるバイトを経験してきたのだ。
だが−−−ライブ活動を頻繁に行い、たびたび諸外国に出かけるオイラにとって、同一業種でバイト料をアップするのは極めて困難なことである。そこで思いついたのが各種自動車免許の取得だ。同じドライバーでも2トン車よりは4トン車、4トン車よりは大型車の方が日当は高い。工事現場でバイトをするにもスコップを持って走り回るよりも、ブルドーザーやショベルカーのオペレーター(運転手)の方が日当も高いし仕事も面白い。
当然、免許はタダでは貰えない。普通免許で20万円、大型、大型特殊、牽引でそれぞれ15万円、車両系で10万円弱、クレーン免許で15万円、普通二種免許で20万円はかかる。しかも教習所へ通う間はアルバイトもままならない。したがって免許を取得するためには、教習に通うための金額を一気に貯めてから免許を取るか、バイトの傍らに数ヶ月かけて教習所に通って免許を取るのかのどちらかに限られる。いずれにせよ免許取得の暁には、バイトの日当が2-3000円は軽くハネ上がるという寸法だ。
オイラはこれまで自動二輪限定解除、普通自動車免許を持っていたが、昨年の春待望の大型免許と車両系建設機械の免許を取った。バイトやライブの間に教習所に通うのは大変な労力だったが、おかげで今は毎月5万円は貯金できるようになった。それを次の移動式クレーンと普通自動車2種免許の取得のための費用としいて準備している。これも全ては来たるべきオイラの夢−−−耕運機にドラムを乗っけてサハラ砂漠を越えて、中央アフリカから南アフリカに至る、「アフリカ縦断by耕運機」に備えるための試金石なのだ。
その日が一日でも早く来るよう、オイラは今日もダンプのハンドルを握る。運転席の傍らには常に2本のバチが置かれている。信号待ちの度にそれを打ち振り、遠い目をして夕日を眺める。いつか再びかつて見たアフリカの大きな太陽の下に立つことが出来るようにと・・・・。
全国のフリーター諸君!
いつか来るキミの春のため
口をへの字に曲げて耐え
魂の起き上がり小法師(こぼし)となれ!