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「フォーカス 高校社会科教科書 FOKUS Samfunnsfag」2009年版
(メッテ・ハラルドセンMette Haraldsen、ヨスタイン・リュッセヴィークJostein Ryssevik著、Aschehoug社、2008年)
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●「生き抜く力」満載の教科書
高校を卒業して○十年。
まさかノルウェーでこんな夢中になれる社会科の教科書に出会えるとは思っていませんでした。
今年の5月。ノルウェーの本屋で何気なく手に取った高校の社会科教科書には、1ページ目に「あなたはユニークです。他の誰もあなたと似ていないことを意味します。」と書いてありました。え?これって社会科の教科書だよね?っと思わず引き込まれる導入部。速攻、購入しました。
それから夢中になって内容を読んだのですが、なんで教科書がこんなに面白いか、というのは幾つかの理由かあるかと思います。
理由をあげてみましょう。
- 読者層を「若い大人へ」としていること・・・子ども相手に上から目線で書いているのではなく、著者と読者の立場は対等です。
- 「地に足がついた知識」・・・親が離婚した場合の子どもの権利、アルバイトするときの規則・権利、消費者としての権利など記載。
- 社会のダークな面にも言及・・・犯罪を犯した場合の罰則、人はなぜ犯罪者になるのか、といった大きな社会問題である「犯罪」にも言及。
- 「無知から身を守る」・・・労働法の解説がきちんとされ、社会に出た場合、自分を守るための権利を知ることができます。
他にもたくさん特筆すべき点はあるのですが、本書で何と言っても目を引いたのは、シビアな「おカネの話」にまるまる何十ページも割いていることです。
まず「どんな理由からにしても、子どもが大人になって最も大事な挑戦-経済的自立を得ること-の準備をするのは、大人の責任である」と高らかに宣言しています。そのためには、本当に「ぶっちゃけた」くらい、お金のことを知ってもらう必要があるでしょう。
まだ高校生の生徒が、自分の「予算」を決めてバランスシートをつける練習は、まだ家計簿なるものを一度もつけたことがない私には、「目が痛い」ページでした(だから、ダメな大人なんです)。
また情報公開が大好きな国ならではのページとして、職種別の平均月収額が掲載されています。これを見て、将来、どんな仕事に就きたいか、ひいてはどんな教育を受ければいいのか、を決める指標となるでしょう。
男女の賃金格差もあわせて掲載されているのは(ちなみに女性のほうが5000クローネくらい少ない)、女性という存在が常に可視化される努力がされているノルウェーならではでしょう。
そして「失業」にも、言及しています。失業者になった場合の権利(失業者手当てなど)が記載されていると同時に、どんな職業が将来性があるか紹介されています。暗くなりがちなテーマですが、読むのは高校生。これからの将来が楽しみでもありますよね。
日本でも流行っている(?)「起業」についても章が割かれています。
ここでもシビア路線が引かれていて、バランスシートがたくさん載っています。もはや「数字に弱い」なんて言い訳は通用しません!
現実の数字を見ることによって、その起業が存続できるかどうか、生徒たちが学べる内容はさすが、だと思いました。夢+現実のセットですね。
これは私だけかもしれませんが、自分が社会で生きていく上で大事な問題や権利、義務に無知で、例えば会社を辞めるとか離婚とかそういう現実に直面して、あわてて関連法を読んだり、人に聞いたりの繰り返しです。大事な年金の問題や医療問題も無知です。はっきり言って、無知であることが恥ずかしいです。
学校でもっと実際的な問題を勉強できたら、どんなに良かっただろう・・・って人に責任転嫁する訳ではありませんが、「こんな教科書で勉強したかった」と強く思った次第です。
→本書の目次(PDFファイル)をご覧いただけます。
→「ノルウェーについて学ぶサロン」でご紹介しました。レポートはこちらから。
(2009年8月25日更新)
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「Soin(ソワン) Vol.1」
(パッチワーク通信社)
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●細分化される女性誌、「生き方探し」としてのノルウェー
本屋の女性誌コーナー、そして新聞の広告を見るたびに「百花繚乱」という言葉が浮かびます。
ターゲットとされる女性読者はその年齢層、また仕事をしているかしていないか等など様々に分類され、雑誌の誌面はどんどん細分化されています。最近、老舗女性誌の「主婦の友」が廃刊決定になった、というニュースも象徴的です。もはや「主婦」という分類だけでは、読者の細かいニーズに応えらないのでしょう。
その一方、新しい雑誌は日々生まれています。今回ご紹介する雑誌「soinソワン」も、2月26日に創刊されたばかりの女性誌です。
ターゲットは40代女性、ということで冒頭には、生き方モデルになるような40代女優のインタビューが掲載されています。
もちろん女優に自分を重ねることも良いと思いますが、「ノルウェー人女性」の生き方も覗いてみよう、という試みが本誌ではなされています。
創刊号の特集の一つに「ノルウェーに見るゆとりある暮らし」があります。この記事には、ノルウェー夢ネット(つまり私たち)が編集協力をいたしました。担当の編集の方と長時間お話し合いをしました。その際、これは避けたいですね、と言っていたのが、「ノルウェー女性の生き方は確かにすばらしい、でも私には無理」と読者に諦めさせてしまう内容でした。
憧れは大事です。でもそれがあまりに自分の生活とかけ離れてると、「絵空事」に終わってしまいます。
社会のシステムが大きく異なるノルウェーと日本。いきなり「ノルウェー人のようなライフスタイルを目指す」といっても、残業は減らないし、通勤時間は長いし・・・と壁が立ちはだかるでしょう。
ということで、今回の特集記事には最低限の統計資料と、ノルウェー人の「住環境」およびライフスタイルの一端を、私と管理人のコメントおよび本文記事に紹介しています。
何かできることから、ちょっとした心の持ち方で、生活を見直すきっかけにつながれば、取材協力をした私たちも嬉しいです。
さらに本文には、私と管理人が撮影したノルウェーの風景・人々の写真が掲載されています。
こちらもご覧になり、撮影場所を想像していただくのも、一興かと存じます。
もっとたくさんのメディアで、ノルウェーについて取上げてもらえるよう、できるだけ協力したい気持ちになりました☆
(2008年2月28日更新)
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「ノルウェーのデザイン 美しい風土と優れた家具・インテリア・グラフィックデザイン」
(島崎信著、誠文堂新光社、2007年)
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●従来の「北欧デザイン本」とは一線を画す充実の1冊
丁寧に作られた本は、読んでいて幸福感をもたらしてくれます。
そして本書は、幸いにもそうした本の1冊です。
「北欧デザイン・インテリア」関連の本は、ここ数年のうち、雨後のタケノコのように発売されてきました。IKEAの日本出店も、そうしたブームに一役買っているのでしょう。ただ残念ながら、この手の本ではノルウェーについて取上げてもらえる機会が少なかったことも事実です。
では、ノルウェーにはMade in Norwayのデザインやインテリアは存在しないのでしょうか?・・・という疑問に答えてくれるのに十分なのが本書です。
ノルウェーへの現地取材を通じて、現在活躍しているデザイン集団やデザイナーの紹介は、非常に充実しています。特に若手デザイナーの紹介は数多く、「こんなにいたのね!」と驚くほどです。彼ら・彼女らはノルウェーの美大出身生が多いのですが、教育の変革にも興味深い記述がありました。大学の先生でさえ契約制になり、厳しい評価制のもと、「先生になれば安泰」という訳ではなくなったそうです。
またところどころ、ノルウェー人らしさに触れる記述が散見され、面白かったです。
例えば、「バーレ ムーブレル」というデザイナーユニットを紹介した箇所にこんな一文がありました。「日本からの問い合わせに関しても迅速かつ積極的で、今までのノルウェー人にはないものを感じました。」(P.27)
他のデザイナーたちは、やっぱりレスポンスが遅くて消極的だったのでしょうか・・・。編集の方のご苦労が垣間見られた一瞬でした。
さて第2章では、「デザインの背景にあるモノ」と題し、一見デザインとは無関係のような、でも実はデザインとつながっているテーマが多数取上げられています。例えば、歴史やEU非加盟の事情、エネルギー政策、男女平等などなど。勉強になります!
その中で特に興味深かったのは、「薪ストーブ」について取上げた箇所です。確かにノルウェーのお宅には、暖炉や薪ストーブの普及率が日本よりはるかに高い、という印象はありましたが、ノルウェー政府が積極的に薪ストーブの利用を推進し、かつ補助金まで捻出しているという事実は、本書で初めて知りました。その理由は、ぜひ本書を読んで「あ、そういうことね」と納得して下さい。
さらに同章では、「ノルウェーは世界一インテリアにお金を使う国民」(P.72)というキャッチーな一文を発見!水戸黄門の印籠のように、これから使っていきたいと思います。
充実した文章もさることながら、たくさんの写真が彩りを添えています。
北欧・ノルウェーのデザインに興味がある方はもちろん、ノルウェーという国に興味がある方も、ぜひ本書を手にとって中身を共有できれば・・・と願うばかりです。
(2007.11.28更新)
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「ノルゲ Norge」
(佐伯一麦著、講談社、2007年) |

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●6年もの連載を経て、単行本化へ
本欄でも何度か取上げている佐伯一麦さんの著書「ノルゲ Norge」が遂に刊行されました。
文芸誌に6年間も連載・・・。本編中に、「うん、この土地の人(=ノルウェー人)の辛抱強さは、つくづく桁外れっていう感じ」というセリフがありますが、そのままそっくり、佐伯さんにお返ししたいと思います。
90年代末、染色作家の妻がノルウェーへ留学をすることをきっかけに、自身も1年間のノルウェー生活を体験する私小説作家。
英語もノルウェー語も得意でない彼は、人々とのコミュニケーションや持病に悩みながら、「鳥」(Fuglane)というノルウェーの小説と出会います。作中、「鳥」の英語版からの翻訳が挿入されていますが、現在の主人公の心情と「鳥」の主人公マティスに似たものを感じ、どんどん物語に引き込まれていきます。
佐伯さんは、私がこのサイトで「鳥」について取上げた講演録を「ノルゲ」で参考にして下さったようです。
改めてその講演録を読み直し、自分自身もノルウェー留学当初、マティスと同じように「大きな子ども」のような、よるべのない気持ちになっていた感情を思い出してきました。
ノルウェー滞在当初の様々な悪戦苦闘も詳細に描かれています。
原稿を日本へ送らなくてはいけな主人公にとって、通信は生命線ですが、なかなか原稿が送れない経緯の描写が、ノルウェー暮らしを経験された人ならば、臨場感を持って「わかる!」とうなずけるシーンとなっています。
それぞれ生活した人の数だけ、ノルウェーの物語が描けます。
私は留学生という立場で滞在したので、残念ながら勉強ばかりでしたので、学校に縛られていない本編の主人公がちょっと羨ましかったりして。
素晴らしい作品がそうであるように、様々な読み方・自由な空間が広がる作品となっています。
(2007.7.23更新)
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「ブタに真珠 Perler for svin」
(テキスト:ヘレーネ・ウーリ Helene Uri、イラスト:ラグナル・オールブーRagnar Aalbu、Mangschou、2006年)
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●言葉にあふれるイメージを忠実にイラストにしてみると・・・
「”絵”は壁にかかっているだけではありません。言葉にも"絵”があふれています」と宣言された本書の試みは、表紙とタイトルを見れば一目瞭然。
ブタの足元に点々と白い玉が・・・。そう、「ブタ」と「真珠」が、「ブタに真珠」ということわざ通り忠実に描かれています。
普段、何気なく使っている表現やことわざって、そのまま絵にしてみると、あら、不思議!時に「不条理」で「あり得ない」絵が続々、登場していきます。
例えば、「フットボール」という単語のイラストを見ると、足がいっぱい張り付いたボールです。その通りなんですけど、単語の意味とは違っていますよね。「バラのような頬」には、女の子のほっぺたにバラの花が描かれています。かわいい、けどちょっと怖い・・・。
なお本書は「子ども向け」の本です。楽しいイラストを見ながら、言葉のもつ不思議さ、面白さに触れて、言葉の世界に親しめる内容になっています。
外国語を学ぶ大人も、「子ども目線」の持ち主と言えます。
直訳すれば、「きゅうりの時間」を意味するagurktidという単語。最初に聞いた時には、??と思いました。意味は、「夏枯れ」。つまり、夏休みでニュース不足状態を指す、というのは後で知りましたが、その由来は「ほとんど水分でできたきゅうりのように、中身がないってことね」と一人で納得していました・・・。
本書に、「きゅうりの時間」は、文字通り「きゅうり」に「時計」が描かれてました。
巻末には、それぞれの単語・イディオムの意味と簡単な由来が載っています。ドリルの答え合わせみたいで面白いのですが、それによるとagurktidの由来は「夏休みでネタの少ない新聞が、きゅうりの長さはどれくらいか(といった瑣末なこと)を書かざると得ない状態」とありました。
まさに「目からウロコ」!(これも、イラストにできますね)長年の「誤解」が氷解した感動的な一瞬でした。
自分の母国語とノルウェー語のイディオム表現の比較も楽しいです。
「ニシンのような死」død som en sild、ってミステリー小説のタイトルにもなり得ないような・・・。意味は、「完全に死んでいる状態」だそうです。これに相当する日本語って何だろう?「マグロ」じゃ違うよね~、なんて考えながら読むのも一興です。
ノルウェーの本にしては珍しく、日本人受けするイラストだと思います。ここではご紹介できませんが、タイトル名のリンクをクリックすると、本書からのイラストが少し覗けます。Klikk!
(2007.2.27更新)
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「北欧デザインのある暮らし」
(別冊 夢の丸太小屋に暮らす、地球丸刊) |

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●ノルウェーが仲間外れになっていない貴重な北欧インテリア本
ここ数年、本書と同じようなコンセプトの本が増えているとお感じでしょうか?
北欧インテリア、北欧デザイン、北欧ライフスタイルなどと銘打ったおしゃれな雑誌を立ち読みすると、「ノルウェー載ってない!」と怒ってばかり。
おしゃれな都市として、ストックホルム、コペンハーゲン、ヘルシンキは紹介されますが、オスロはスルー。。。そんな体験ありませんか?
そんな被害妄想にとらわれたノルウェー好きの皆さまにも、本書はご満足いただけると思います。
各国別のインテリア紹介で珍しくノルウェーにもページが割かれ、キャサリンホルムやフィジオ、そして(トイレの便器でおなじみ)陶磁器メーカーのポッシュグルンなどが紹介されています。
ただやはり、ノルウェーのデザインを取り上げるのは難しいのでしょうか。冒頭、「他の3国の陰に隠れて、今ひとつイメージがつかみにくい国」と紹介されてました。書いた方の苦労がしのばれます....。
そのほか、子供用椅子の「トリップトラップ」の特集が組まれ、オスロの幼稚園で実際に使用されているレポートが載っています。(成長すると変わっちゃうけど)子供の姿は、とても可愛い!
またオスロ在住の日本人デザイナーによる、「スーパーマーケット探検」では「KIWI」とか「MENY」といった店舗のレアなレポートが楽しめます。Toroのスープ、Jordanのつまようじの写真が見られますよ。
そして大変ありがたいことに、拙著「わたしのノルウェー留学」を小さなスペースですが、ご紹介していただきました。おしゃれな雰囲気の本書の中で、そこだけ浮いていました....。
(2006.2.18更新)
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「われら北欧人」 (W.ブラインホルスト著、矢野創&服部誠訳、東海大学出版会、1986年)
「静かなるノルウェー」 (中村都史子著、三修社、1986年) |


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●初恋の来た道
私がノルウェー語を始めた94年頃は、まだ今のようにインターネットが普及しておらず、ノルウェーや北欧に関してとても情報に飢えていました。
テレビや雑誌、書店で「ノルウェー」などという文字を見つけたら、反射神経で飛びついていた記憶があります(今はむかし。。。)。
今日ご紹介する二冊は、そんな「ノルウェー」というものに恋をしていた頃の、いわば「初恋本」と言えるかもしれません。
「われら北欧人」の著者はデンマーク人で、デンマーク人お得意の「ダニッシュ・ジョーク」(ユダヤ人ジョークほど認知されていない)で、北欧人気質を語ります。ちょっと引用してみましょう。それぞれの北欧人は、何と言われたらショックを受けるかというお題目に対して
「デンマーク人は、自分たちにユーモアのセンスがまるでないと言われると、致命的な打撃をうける。」
「ノルウェー人は、国民的プライドを持ちすぎていると批判されると、致命的な打撃をうける。」
「フィンランド人は、スウェーデン人に似ていると言われると、致命的な打撃をうける。」
「スウェーデン人には、大酒飲みと口を滑らせると、怒り心頭する。」
「アイスランド人は、不毛の島国に住む無口極まりない人間であるといわれると、致命的な打撃をうける。」
と、内容は他愛もないものです。ですが、本書を初めて読んだ時に、何というかすごく嬉しかったんですよね。北欧人をネタにしてもらった、いじってもらった、という喜びでしょうか。クラスで一番目立たなかった子が、初めてからかってもらえて味わう喜び。
本書は、80年代初めに書かれたもので、内容は若干古くなったかな~と思いますが、日本語で読める「お笑い 北欧人」ジャンルとして希少価値があります。
「静かなるノルウェー」は、82年~83年にかけてオスロ大学に留学された著者がつづる留学記、そして異文化体験の貴重な1冊です。
オスロ到着から、寮生活、ほの暗い照明、自炊する男子学生、お行儀のいい犬たち、とまだ到着間もない著者にとって、印象的な出来事が静かに淡々と描写されています。
といっても単なる生活雑記だけでなく、女性問題、移民問題、失業問題など当時のノルウェーで問題になっていたテーマを取り上げています。また、お店で「ゲイシャ」チョコを目にし、ネーミングに憤慨した著者は、製造会社に抗議の手紙を送ったエピソードも語られています(代わりにたくさんのチョコが送られて来たそうです。。。)
なのですが、本書を通じて漂う雰囲気は、「静寂感」。著者自身、ノルウェーについて「この静けさということも、人が大勢いるのに少しも騒がしくないということも、この社会の特徴のひとつである。」と語っています。80年代オスロの貴重な証言ですね。
初恋が終わった後でも、倦怠期に入ってからでも、「ふむふむ」と楽しめる2冊です。
(2006.2.18更新)
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「サーカス団長の娘」
(ヨースタイン・ゴルデル著、猪苗代英徳訳、NHK出版、2005年) |

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書店や図書館で「その他の外国語」に分類されるノルウェー翻訳本。
全体の出版数は少ないですが、その中でコンスタントに翻訳本が出版されているのは、「ソフィーの世界」でおなじみのヨースタイン・ゴルデルJostein Gaarderです。
「オレンジガール」よりも前にノルウェーでは出版された「サーカス団長の娘」(Sirkusdirektørens datter)が、2005年2月に日本で発売されました。
主人公ペッテルは、幼い頃から「頭の中はぐつぐつ煮えたぎっている。ぼくは何百何千という新奇なアイデアを孕んでいる」状態が続いている不思議な少年。
小さな頃は、その類まれな創造力と頭脳を活かし、同級生たちの宿題を(お菓子や小銭と引き換えに)手伝ってあげ、成人してからは、アイデア不足やスランプに陥っている作家たちに、物語のアイデアを売るという危険な商売を始めた。
順調だったペッテルの商売が、徐々に彼を追い詰め、南イタリアへ逃亡。
実の父と娘の悲しい運命をうたった「サーカス団長の娘」という自作の物語が、皮肉にも彼の運命を予言していく。
ペッテルの想像力豊かな頭脳を反映してか、本編の語り口は「饒舌」に尽きます。次々と語られる物語、そしてペッテルの意識の流れ。
物語を生み出すのに何の苦労もないペッテルは、自分が「支援」する作家たちを皮肉ります。少し長いですが、以下引用。
「私がいっしょに飲む相手がだれであれ、その口から、いま作品を「書いている」とか「書きたいと思っている」とかいうことばが出てきたときには、私はすかさず詰問したものだった。あなたは何について書きたいのかと。すると、ほとんどの場合、答えることができないのだった。」
「現代社会がうじゃうじゃ産み落としている、才気と意欲だけが先走りして、真に提供すべきものを何ひとつもっていない作家たち」。
ペッテルは、たくさんの語るべき物語を持ちながら、自分では作家になろうとせず、黒子役に徹します。そんな彼の存在自体が、「ただたんに作家としての生活をしたいがため」の作家志望者たちの批判そのものに映ります
本編は300ページを超えますが、全編を通して、「饒舌」ぶり、「語り好きぶり」に圧倒される読書体験でした。
ベッテルの語るたくさんの物語を堪能するもよし、時折、見られる社会批判・芸術批判に、膝を打つもよし、楽しみ方が多様な1冊です。
(2005.8.19更新)
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「言葉とは何か Hva er språk」
(ヘレーネ・ウーリ Helene Uri著、Universitetsforlaget、2004年)
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「~とは何か」シリーズの1冊。ポケットブックサイズで、約150ページ。コンパクトで持ち運びやすく、値段もノルウェーの本にしては手ごろ(149クローネ)。
著者のヘレーネ・ウーリは、「金曜日のアンナ」(福井信子訳、大修館書店)が邦訳されているオスロ大学・言語学科の先生兼作家である。
言語学者とは思えない可愛らしいルックスが、表紙写真。「天がニ物も三物も与えた例」、と言えよう。
本書は、以下の3部構成である。
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「昨日」….言葉の成り立ち、語系、言葉の変化について
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「今日」….どうやって子供は、話せるようになるか?言語間の違い、新しい言葉を学ぶ方法
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「明日」….外国語からノルウェー語への影響、方言・ブークモール/ニーノシュク、スカンジナビア諸国間のコミュニケーション、ノルウェー語の未来
「昨日」と「今日」については、ノルウェー語のみならず、他言語についても引用が多くなされている。
だが本書で一番面白いのは、ノルウェー語および他の北欧語についての言及が多い「明日」だろう。
ノルウェーの複雑な言語事情、公用語ブークモール(使用率90%)とニーノシュク(使用率10%)の関係性については、今まで数え切れない討論、論文、政治的議論がなされてきた。
外国人にはややこしいこと、この上ない。
ウーリの文章は明快だ。「ニーノシュクのための闘ったり、またニーノシュクに反対するため闘う人はいる。だが、ブークモール賛成・または反対の闘いは存在しない。ブークモールの地位は確固として安定している。ブークモールを守るための闘いは必要ではないのだ」
「ノルウェー人、デンマーク人、スウェーデン人の相互コミュニケーション」について著者は、やや悲観的だ。従来言われてきたような、それぞれの母国語を使った意思疎通が当然と思われていた時代から、英語を介在する傾向が強まっているという指摘である。
ウーリ一家のデンマーク旅行での体験、「Sorry, we don’t speak Swedish」とデンマーク人に何度か言われてしまったエピソードが引用されている。
漠然と「言葉」に興味のある方、ノルウェー語を学習されたばかりの方にも、お勧めの1冊です。
蛇足ですが、本書の謝辞を読んで、ヘレーネ・ウーリが新井素子または「コバルト系」に近いのかな、と感じました。
「~に感謝しています」と感謝を捧げている人物名が、延々と続くから(最後は、自分の子供です)。
NB!
アフテンポステン紙(05.07.09)にウーリさんのインタビュー記事がありました。それによると、彼女はオスロ大学の職を辞したそうですね。明言はしていませんが、学内の争いごとに疲れたことが原因のようです。そして小説家として来年ごろ、「大学を舞台にした小説」」を執筆予定とか。今までの「かわいらしい」作風とは打って変り、学内の権力闘争、同僚たちの嫉妬心や羨望心などを描くそうです。
ノルウェー版「文学部 唯野教授」に期待しま~す。
(2005.8.1更新)
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「11月4日の夜 Natt til fjerde november」
(カーリン・フォッスムKarin Fossum著、Cappelen、2003年)
「いとしのプーナ Elskede Poona」 (Cappelen、2000年) |


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ノルウェーの書店に行くと、大きなスペースを占めているミステリー・コーナー。ベストセラーのリストを見ても、ミステリー小説は常連。人気のある分野といえよう。
邦訳もされているアンネ・ホルト Anne Holtや、最近、「作家協会」脱会が大きな話題になったウンニ・リンデル Unni Lindellと並び、カーリン・フォッスムは「ミステリーの女王様」のポジションを維持している。
とはいっても、カーリン・フォッスムはミステリーの枠を超え、普通の小説も手がける作家だ。
「11月4日の夜」は、17歳の女の子ヨンナが突然、失踪する話だが、作品で重きを置かれているのは、「失踪→発見」の探索過程ではなく、残された両親、とりわけ父親の苦悩だ。
失踪した娘が、今、どのような状況にあるのか、想像はしばし妄想の域に達し、次第にグロテスクな様相を増してくる。そして、娘の失踪という悲劇を分かち合い、向かい合うこともできず、会話が消えてしまった夫婦。
果たして娘は帰ってくるのか?それとも死んでしまったのか?もはや、「死体が発見される方が楽になれる」と考えるさまはリアルだ。
「いとしのプーナ」は、ジャンルとしてミステリーになるらしい。殺人と刑事が揃っているから。
ノルウェーの田舎町に住む50代のおとなしい男性が、インドから妻を迎えようとしたところから悲劇は始まる。彼は別にインドに詳しいわけではない。ただ「写真や本で見て、インドの女性が美しい」と憧れ、姉の心配をよそにインドへ旅立つ。
意外にも短期間で、「運命の女性」プーナに出逢い、すぐに結婚。先にノルウェーに戻った彼が、妻を空港に迎えにしようとしたその日、姉が交通事故で病院に搬送され、空港に行けなくなった。プーナの消息が分からぬまま焦りは募るが、やがて近所で、外国人女性の惨殺死体が発見。遺留品などから、死体はプーナと判明。インドの貧しい暮らしから抜け出して、豊かなノルウェーに希望を抱いてやってきたプーナ。
なぜ、誰によって、彼女は殺されたのか?警察の調査は、村人たちの関係に微妙な影を落としていく。
フォッスムの特徴として、「シンプルな言葉づかい」がある。淡々とした描写の積み重ねが、読者の想像力や共感を呼ぶ。
そして、ノルウェー社会とそこに生きる人々の鋭い洞察。小説の登場人物は、超人や変人ではない。ごく普通の人たち。
去年と今年、ノルウェーからの帰国便の中で、それぞれの本を読んだ。エコノミー席の窮屈さ、退屈さから救ってくれた「救いの書」である。
最後になりましたが、「いとしのプーナは面白い」と教えてくれた、在オスロのNさんへ感謝します!
(2005.8.1更新)
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「評伝 エレン・グルブランソン Boken om Ellen Gulbranson」
(ファニー・エルスタ著、田村哲雄訳、新評論社、2005年)
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最近の新聞記事によると、ノルウェーで毎年オペラに出かける人は、国民の5パーセントに過ぎないそうです(「アフテンポステン紙 Aftenposten、2005年6月25日」。
その割に、人々の会話で「オペラ」が話題に上る機会が多いような….。
それは現在、オスロに建設中の「新オペラ座」のせいでしょう。90年代から、この「新オペラ座」は大きな政治的問題でした。どこの場所に建設するべきか、侃々諤々。「オペラ座なんて、いらないよ」という意見もありました。場所が決まったのはいいのですが、高速道路沿いという、あまりオペラ的でない立地です。2008年オープニング予定ですが、近くのホテル・オペラはとっくに開業を始めましたとさ。
閑話休題。
エレン・グルブランソン(1863年~1947年)について知っている人は、ノルウェーでも少ないと思う。彼女は、ストックホルム出身のオペラ歌手であり、とりわけワーグナーの作品において評価が高い。本書は彼女の伝記であり、1950年にオスロで出版された。作者のファニー・エルスタは、ノルウェーのオペラ歌手である。
内容は、エレン・グルブランソンの子供時代から始まり、たくさんのコンサートやツアーの様子、当時の評価がわかる新聞記事の引用、また各国の王族をはじめ、グリーグ夫妻やワーグナー夫妻との華やかな交際、ノルウェー軍人の夫との結婚生活などがつづられている。
オペラ歌手として、たくさんのエピソードが紹介されているが、とりわけ興味深いのは、有名なバイロイト音楽祭に向けての厳しいトレーニングだ。歌唱力のみならず、彼女はすごくタフな人だったことがうかがえる。
オペラについて詳しくないので、本書を読んで初めて、「スカンジナビア系超ドラマティック・ソプラノ歌手」というカテゴリーがあることを知った。ワーグナー・ファンの方々は、よくご存知だと思う。
エレン・グルブランソンは、この「スカンジナビア系超ドラマティック・ソプラノ歌手たちの祖」と称されているらしい(「訳者まえがき」より)。あまりよく分からないけど、その言葉を聞くだけで、エレン・グルブランソンの歌声を聴いてみたくなる!
さて、本書はいろいろな意味で貴重だが、翻訳者の努力と熱意という点においても傑出している。
出版にこぎつけるまでのご苦労は、「訳者まえがき」に詳しい。ワーグナーのオペラファンの田村氏は、本書を読みたいがためにノルウェー語を勉強された。何年か前のノルウェー語初級クラスで、田村氏は、本書のコピーを持参し、ノルウェー語に悪戦苦闘されていた。そして全文翻訳と出版。田村氏は、エレン・グルブランソン氏と並ぶ、タフな方ですね。
内容もなることながら、本書の出版自体が感動的です。
(2005.8.1更新)
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「マクミラン版 世界女性人名大辞典」
(編纂ジェニファー・アグロウ、日本語版監修 竹村和子、国書刊行会、2005年) |
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普通の歴史や辞典では、埋もれてしまう女性たち。本辞典では、古今東西約2000人の女性が収録されている。そのうち、ノルウェー人女性は11人が登場。
作家(カミッラ・コレットCamilla Collett、シグリ・ウンセットSigrid Undset、政治家(インゲル・ヴァッレ Ingel
Valle、エヴァ・コルスタ Eva Kolstad、グロー・ハーレム・ブルントラン Gro Harlem Brundtland)、スポーツ選手(イングリッド・クリスチャンセン
Ingrid Kristiansen、グレーテ・ワイツ Grete Waitz)、芸術家(ヒシュタイン・フラグスタ Kirstein Flagstad)などなど。
私的には、自然主義文学の小説家アマリエ・スクラム(Amalie Skram)が含まれていて、満足です(生前、不当に評価が低い人だったので)。
(2005.8.1更新)
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ミステリー専門誌「Giallo ジャーロ」
(光文社、2004年秋号)
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「ジャロって何じゃろ?」と、死に絶えた駄洒落がつい頭をよぎる雑誌名。
本号には、珍しく日本の作家による、ノルウェーを舞台にしたミステリー短編が掲載されている。
「光る棺の中の白骨」(柄刀一著)がそれだ。
カメラマンの南美希風(みなみ・みきかぜ)が、探偵役として活躍するシリーズものの第2話。
日本で息苦しさを感じた日本人カップルが、海外へ移住。なぜか、ノルウェーのリレハンメルに腰を落ち着ける。男(高部)は家具職人として生活を確立するが、静かな暮らしに耐えられない女(アヤ)は、彼の前から姿を消す。もう一度、高部の前にアヤが戻ってくるが、ささいな喧嘩から彼をナイフで刺し、再び失踪。
消えたアヤを求め、わずかな手がかりを頼りに北ノルウェーの街・アルタへ向かう高部と美希風。
そこで待っていたのは、鉄と石で固められた密室の白骨死体―。
「そんなに簡単に、ノルウェーでビザが取れるわけないだろう?」などと、現実的なツッコミはやめましょう。
それよりもむしろ、フィヨルドや白夜の神秘的な描写、ノルウェー人の登場人物(老人)を「労働者を装っている巨漢・水戸黄門のよう」と、随所に見受けられるユニークな描写に注目したい。
今まで、日本人作家によるノルウェーを舞台にしたミステリーって書かれていたのだろうか?
稀少価値のある1篇。乞 2時間ドラマ化。
(2005.8.1更新)
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かもがわブックレット150「女たちのパワーブック」
(ノルウェー労働党女性局編、三井マリ子・山中紀代子訳、かもがわ出版、2004年)
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2年ほど前、ノルウェーの生涯学習機関AOF(労働党系)を視察で訪れた際、1冊の冊子を渡された。タイトルは、「KK」。
まるでノルウェーの女性雑誌「KK」(Kvinner og klær 女性と洋服)のようだが、こちらの意味はKvinner kan (女性はできる)だった。
この「KK」は、AOFが主催する学習コースの一つで、女性のエンパワーが大きな目的である。
本書「女たちのパワーブック」は、「KK」の英語訳「Women can do it!」からの翻訳。女性が意思決定プロセスに参加するための具体的なテクニックが、わかりやすく紹介されている。グループ・組織の作り方、対話・スピーチの方法、原稿の作り方、ディベートのテクニックなどなど。
とりわけ本書で、貴重なのは、「支配のテクニック Hersketeknikker」が紹介されている点だろう。
SV(左派社会党)の初代党首および政治学者ベリット・オース(Berit Ås)が、強者が弱者を支配する方法を明確に定義した。
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無視(司会者はあなたの存在を無視する、あなたの発言に誰もコメントしない、など)
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嘲笑(しょせん、おばさんのたわごと扱い)
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矮小化(「君は怒っているとき、きれいだよ」)
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情報から遠ざけられる(大事な情報はまわってこない、常にかやの外)
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罪の意識、良心の呵責をもたらされる(「夫に子供の世話を頼んでまでして、あなたは会合に行きたいか?」)
本書では、5つのテクニックにもう2つ追加され(妨害される、提案を横取りされる)、わかりやすい例が多数紹介されている。
政治的な活動をしていなくても、例えば、職場で思い当たる「支配のテクニック」がありませんか?
さまざまな、「気づき」が得られる1冊です。
(2005.8.1更新)
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「旅の指さし会話帳 ノルウェー」
(若林博子著、情報センター出版局、2004年) |
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軽く無視されることが多い「ノルウェー」。
だから、人気の「指さしシリーズ」にノルウェー語がなくても、ノルウェー好きの人たちは、半ば諦めたように、「所詮、そんなもんさ」と、やさぐれていたような気がする。
2004年7月、ついに他のシリーズと差別されることなく、かわいらしい(お金のかかった)イラスト満載で発売!
このカラフルなイラストのおかげで、気軽にページをパラパラとめくるが、本の作りが無理のない・自然な構成になっており、著者・若林さんの力量を感じる。
簡単に内容を紹介しよう。
第一部は、下に注釈が着いているので、情報量はとても多い。個人的に「恋愛・結婚」、「パーティ」のページが興味深かった(このように美しい会話を交わしている人たちが周りにいなかったので)。
ノルウェー旅行を計画中の人、ちょっとノルウェーについて興味がある人、異文化理解に興味のある人に貴重な1冊。
ノルウェーまで行かなくても、日本の通勤電車内でも十分楽しめます。
(2005.8.1更新)
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