20XX年、世界は度重なった世界大戦のせいで、ほとんどの土地が焦土となった。
   緑は枯れ、空気は吸えなくなった。
   空気は今や、売り物である。
   僅かながら生息している緑を集め、そこから空気を得てそれを人々に売るのだ。
   そして、それの製造・販売は“サルス社”に独占されていた…。


 ハリエットは図書館で、目的もなく本棚の間を歩いていた。
 いきなり誰かに真正面からぶつかられて、彼女はふらつく。
 ぶつかって来た幼い少年は、後ろに転んでいる。
「ごめんごめん…大丈夫? 怪我は?」
 金髪碧眼の女性の口から、自然な日本語が出て来たのが意外だったのか、少年はハリエットの顔を凝視した。
 そして、ハリエットの着る制服に気付く。
「グリーン・ハンター…?」
「うん? そう。私は、日本担当のグリーン・ハンターなんだ」
 “グリーン・ハンター”は、サルス社に仕える。その名の通り、サルス社のために植物を集めて来るのが、目的だ。
「へっ、へえ」
 少年はいきなりおどおどして、立ち上がった。
「さささ、さよなら!」
 慌てて去って行く少年の後ろ姿を、ハリエットは呆然として見送る。
 何だか、怪しいな…。
 ハリエットは、後を追うため走り出した。
 素早く空気タンク付きマスクを被り、図書館から出ようとした時、司書が叫んだ。
「空気代、200円です!」
 図書館でさえ、空気代を取るとはせちがらい…。まあそのおかげで、サルス社がもうかってるんだろうけど。
 ハリエットは百円玉を二枚司書に投げつつ、苦笑した。

 少年はスーパーマーケットでミネラルウォーターを買い、郊外に向かっていた。
 一体、何をしたいんだ…?
 ハリエットは、静かに後をつけることに成功していた。
 少年がやっと立ち止まったのは、何もない砂地だった。
 町から随分離れているので、他に誰もいない。
 あるのは、伏せられた青いバケツだけだった。
「お待たせ。あのね、図書館で正しい育て方の本でも借りようと思ったんだけど…あそこに、 グリーン・ハンターがいてさ。ばれたら横取りされちゃうから、慌てて逃げて来ちゃった」
 少年は話しかけ、青いバケツを持ち上げる。
 そこに在ったのは、小さな芽だった。
「あ…ちょっと!」
 思わず駆け寄るハリエットを見て、少年はもう一度バケツを芽に被せた。
「ここには、何にもないよ!」
「…横取り、しないから。見せてくれないか?」
 ハリエットは、優しい笑顔を浮かべた。
「嘘だあ…」
「嘘じゃない。お前が見つけたなら、それはお前のものだ」
 実はグリーン・ハンターは横取りも仕事の内だったりもするのだが、こんな小さな子に対してそれ をする気にはなれなかった。
「本当?」
「ああ。これは、何の植物だ? …ちょっと元気がないな。水、持ってるか?」
「う、うん」
 少年はミネラルウォーターの入った、ペットボトルを渡した。
 こいつのために、わざわざ買ったのか…。
 何故か、心が痛んだ。
「これは、植木鉢に植え替えた方がいいかもしれないな…。この土は、栄養がなさすぎる。ここまで 育ったのが、奇跡だ」
「そうなの? 育て方、知ってるの?」
「ああ、少しは。教えてやろう」
 ハリエットは笑い、少年の頭を撫でた。

 ハリエットが報告書を書いているところに、仲間のグリーン・ハンターが話し掛けて来た。
「ハリエット。このところ、いつもどこに行っているんだ?」
 サルス社は多国籍企業と言われるほど、たくさんの国の者が働いているが、日本人は比較的少な かった。
 彼はそんな数少ない日本人の一人で、ハリエットは彼から日本語を習った。
「…植物を探しに行っているのさ。それ以外、何が?」
「いつも同じ時刻に出かけているの、知っているんだ。部長に気付かれる前に、不審な行動は止めて おけ」
「そうか…。忠告、ありがとう」
 感謝を述べただけで止めるとは言わなかったハリエットを見て、彼は肩をすくめた。

 午後三時に、ハリエットはいつもあの場所に行っていた。
 小さな芽が、芽吹く場所に。
「やあ」
 いつものように声を掛けると、少年は振り向いて微笑んだ。
「見て! 大分大きくなったよ!」
 植木鉢に、ちょこんと生えている芽は確かに育っている。
「良かったな! もっと安定したら、持って帰って家に置くといい。空気を買わなくて良くなるかも しれない」
「ええ? そんなことしたら、草原にならないじゃん」
「…草原?」
「そう! この草が、新しい種を作ってまた草が生える。それを続ければ、草原出来るでしょ?」
 純粋無垢な少年の言葉に、ハリエットは胸を突かれた。
「僕ね、信じてるんだ。いつか、写真集にあるような森や草原が復活するって」
 恥ずかしくなった。サルス社のような、緑を独占する企業に仕えていることが。
「僕、たくさんの種を見つけるんだ。それで、蒔くんだ」
 神秘の森、清涼の草原を蘇らせること夢見て。
「endeavor…」
「え?」
 ハリエットの母国語で放たれた呟きに、少年は首を傾げる。
「えっと、日本語ではどう言ったっけな…ああ、努力だ。そう、努力しなくてはならないんだ…ならなかったんだ」
 自分達は何としても、世界中に緑が戻るようにしなければならなかったのだ。
 ほろほろと涙が流れる。
「もう私は、サルス社は辞める」
 サルス社にではなく、夢に仕えるグリーン・ハンターとなろう。
 誓いを胸に、ハリエットは唇を噛み締めた。

 倉庫から盗んで来たどんぐりを、土に埋める。
「ねえ。これが、大きな木になるの?」
「ああ。樫の木になる。種も、たくさん付けるぞ。大切に、育ててくれ…途方もない時間が掛かる けど」
「うん、任せて! 僕、これもここまで育てたんだよ?」
 少年は大分育った、名もなき草が植わった植木鉢を見せた。
「頼もしい…じゃあな」
「行くの?」
「うん。お前に習って、私も出来る限りの努力をしようと思うんだ」
 種を集め、同士を集めて…蒔こう。
 いつかその努力、報われるようにと祈って。
「じゃあ、お互い頑張ろうな」
「うん!」
 二人は握手し、微笑み合った。
 お互い、祈りを込めて。



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