レモンをがりりとかじり、少女は満足そうに微笑んだ。
「リルの昼食って、いつもレモン三個よねえ。…信じられない」
 友人のイリーナが、目を丸くしてその光景を見ている。
「へ? 何を今更。ああ、このレモン甘いねえ」
「レモンって全部、酸っぱいんじゃないの?」
「微妙な違いがあるんだって」
 リルとイリーナが教室中に響く声で談義していると、誰かが飛び込んできた。
「おーい! ニュースニュース!」
 見れば、同じクラスの男子生徒。
 小さな村であるが故に、新聞よりもこういう“耳ざとい奴”が提供するニュースの方が断然早かったりする。
「昨晩、シドニーさんのレモン農園のレモンが何十個と盗まれたらしい!」
 その情報を受けて、皆がリルに視線を注ぐ。
 リルのレモン狂ぶりは、有名なのだ(何せ昼食はいつもレモンだけ)
「嫌だ。私、そんなことしないもの」
「あんたじゃなきゃ、あんたのおばあちゃんかしら…」
 リルの否定に、イリーナは疑わしそうに推測を口にした。

 リルのレモン好きは、祖母に似た。
『リル、この世で一番美味しいものをあげようか』
 そう言って祖母は、レモンをリルに渡した。
 それをきっかけとして、リルのレモン狂は始まったのだった。
 始まりは三歳の時だったから、現在十三歳のリルはレモン狂歴十年となる。
「ただいま」
 帰宅して待っていたのは、祖母。
「リル、あんたまさか」
「言っとくけど、レモン泥棒は私じゃないから。おばあちゃんこそ、まさか」
「違うよ!」
 お互いにお互いを疑っていたことがわかり、リルは苦笑した。
「でも他の人は、私達を疑ってるよ」
「そうだろうね。まあ無実なら、堂々としていようじゃないか」
 しかし、甘かった。

 その夜。
 それぞれの仕事先から帰って来た父と母は、深刻な顔をしていた。
「リル…母さん。まさか」
 母が、リルと祖母に向かって問う。
「あんたもあたしらを、レモン泥棒だと思っているのかい!?」
「お、落ち着いて。でもねえ、あなた」
 母は祖母の剣幕に負け、夫を肘で小突いた。
「もちろん私は、お義母さんとリルを信じてますよ。けどね、目撃情報によるとその盗人は老人らしく」
「つまりあんたは、このあたしを犯人だと思ってるわけだ! 冗談じゃないよ! こんな家出て行ってやる!」
 憤った祖母は、制止の声にも耳を貸さずに出て行こうと玄関の扉を開けた。すると…
「レモン!?」
 レモンが大量に詰められた、ダンボール箱がちょこんと外に置いてあった。
 三人の視線が祖母に向けられる…。
「あたしじゃないってのに!」
 喚く祖母も、今度ばかりは本気で取り乱していた。
「じゃあ、おばあちゃん…誰かの恨みでも買ったんじゃない? これがおばあちゃんの仕業じゃないのなら、おばあちゃんを犯人に仕立てようとしている人がいるんだよ」
 リルの冷静な推理を聞いて、祖母は我に返った。
「なるほどね。畜生、それだったらただじゃおかないよ…」
 祖母は冷たい怒りをこめて、呟いたのだった。

 その晩またレモン泥棒が出たという知らせが、翌日の朝に入った。
「今度は、レイモンドさんの農園だってさ!」
 朝食の用意をしながら息切らして言う母を、冷たい目で見る祖母。
「あんた、あたしが犯人だと思ってるだろ」
「そんなこと…なくもないけど。だって、また玄関の外に置いてあったのよ」
「何だって!? いいよ、あたしが真犯人を見付けてやる! リル!」
 祖母に呼ばれ、まだ寝惚けまなこだったリルは一気に目を覚ました。
「あんた、今日は学校休みだろう? 付き合いな!」
「…今日はイリーナと遊ぶ約束が…」
「何だって!?」
 何でもありません、とリルは小さく答えた。

 夕方からずっと、リルと祖母はジョーンズ家のレモン農園で張り込んでいた。
 何故ここにしたかというと、シドニー家とレイモンド家を除くと残るレモン農園がここしかないからだ。
 一日目二日目と狙うレモン農園が違ったのだから、今度も違う所を狙うだろうという祖母の単純な推理である。
 ちなみに村の保安官も一緒に張り込んでいたが、頼りにならないことで有名な保安官なので、リルも祖母も自分達で捕まえる気満々だった。
「まだ…来ませんねえ。おやおや、もう午前二時」
 事実、保安官はさっきから欠伸を連発している。
「そうですねえ」
 リルが答えた時だった。怪しい人影が、農園に侵入したのは。
 三人は木の陰に隠れつつ、会話を交わす。
「あ! 出ましたよ!」
「大声出すんじゃないよ大馬鹿者。逃げちゃうじゃないか…」
「大丈夫、おばあちゃん。こっちに気付いてないみたい」
 相当耳が遠いのだろう。
 怪しい人物はあるレモンの木の前に立ち、ナイフを取り出した。
「ん? あの後ろ姿、見覚えがあるような…」
 祖母は木の陰から出て、人影に近付いて行った。
「おばあちゃん! あわわ。保安官さん、お願い!」
「怖いので御免こうむる」
「こらーっっ!」
 騒がしい会話にも気付かず、一心にレモンを取る人物…の背を、祖母は蹴っ飛ばした。
「うわっっ!」
 そして振り向いた老人の顔に、リルも見覚えがあった。
「おじいちゃん! ほら保安官さん。あれ、おばあちゃんと離婚したばっかりの…」
「本当だ! 確か、一ヶ月前に離婚して」
「そう。それでおばあちゃんは家に身を寄せて、おじいちゃんは隣村に住んでる叔父さんのところに行ったんだよ。うーん、おじいちゃんが犯人とは」
 リルは唸り、立ち上がって喚き合っている祖父母のところへ向かった。
「ちょっとリル、聞いてくれよ! こいつ、あたしともう一度やり直そうと思って、レモンをプレゼントしたかったらしいよ。冗談じゃないよ! 盗品もらったって嬉しいもんか!」
「いや…その…レモンをあげれば、考え直してくれるかと」
 頭を掻く元夫に、祖母は怒鳴る。
「この馬鹿野郎! そういうところが嫌で、離婚したんだよ!」
「おばあちゃん、落ち着いてよ」
 リルがなだめるも、祖母は一向に腹立ちが収まらない様子だ。
「まあ確かに、別に盗まなくても良い話ですよね。レモンなんて、どこにでも売っている」
 いきなり話に入って来た保安官に、祖父は得意気に説明した。
「そのレモンを、わざわざ盗むという危険を犯してまで…と思わせるのが目的だったんだ」
「思うか!」
 祖母とリルが、同時に突っ込む。
「では一応、連行しますよ。いいですね?」
 保安官が尋ねると祖父は首を振ったが、祖母とリルは力強く頷いた。
「少しはかばってくれ!」
 叫びながら、祖父は保安官に引っ張られて行った。

 幸い、どの被害者も大して怒っていなかったので、祖父はレモン代を弁償するだけでいいことになった。
 しかし、新聞は大いにその記事を書き立てた。
 一面に踊った“レモン泥棒、捕まる! 動機は、レモンのごとく甘酸っぱいシルバーロマンス!”の文字に祖母が激怒したことは言うまでもない。


戻る