A Mathematics Girl




 誰にだって、理解出来ない世界というものが存在する。

 夕焼けに染められた教室の中、チョークの音がカツカツと響いていた。
「…よって解なし。わかったか?」
 傲慢な表情で、少女は振り向いた。
「サッパリです」
 情けなく、少年は白状する。
「何でわからないんだ」
「何でわかるんだ」
 二人の声が重なり、それに機嫌を悪くした少女は舌打ちした。
「耕哉。お前は馬鹿なのか」
「数学ばかりはね…。そんなのわかる、瑞(みず)の方がおかしい」
 耕哉は、黒板にずらずら書かれた数式を指差した。
「私がおかしいとは失礼な。お前が教えてくれと頼んで来たから、教えてやったのに」
 明らかに、瑞は立腹し始めていた。
「瑞はさあ、みんな自分と同じ見方をしていると思っているだろ? そのせいで、わかりにくいんだよ」
「同じ見方…? みんな一緒じゃないのか」
「普通の人はね、花を見る時に計算して感動したりしないんだよ」
 二人は幼馴染で、高校までクラスもずっと一緒だった。要するに腐れ縁。
 そのため、耕哉は瑞がどんな変わり者かを熟知していた。
 花を見れば「この角度は○○度だから美しい。しかし、○○度ならもっと美しい」などと言い、 泣いている人を見ては「あの涙は約○○秒で落ちる」などと言うのだ。
 数字や数学が、三度の飯よりも好きな天才少女。
 きっと彼女には世の中を構成している数字が全て、透けて見えているに違いない。
 数学教師は、彼女の顔を見れば逃げ出す。
 難解な問題を作って来ては、「これどう思います?」と絡んで来るからだ。
「…はあ。もういいや、ありがとう。帰ろう」
 諦めた耕哉を、瑞は不満そうに見やる。
「ふん。そうだ、耕哉。こんなものが来たんだが」
 瑞は、一通の手紙を取り出した。
「何それ。……ハーバードぉ!?」
 差出人の所に、“ハーバード大学”と書いてあった。
「どっからか知らんが、私の噂を聞いたらしくてな。一度、ここの数学博士達が私に会いたいと言って、アメリカへの航空券を送って来た」
「凄い! 世界的な数学者になれるかもよ!」
 今の内サインもらっとこうか、と耕哉はベタなことを思った。
「行くべきか?」
 瑞の質問に、耕哉はコケそうになった。
「チャンスだし、行った方が良いんじゃないか?」
「ふうむ、そうか。23%ほど、不安があるのだが」
 彼女は顔をしかめた。
「23%なら大丈夫大丈夫」
 耕哉は無責任なことを言ってしまった。

 そして出立の日――…
 瑞は両親と共に、空港のロビーに佇んでいた。
「瑞ちゃーん!」
 と、耕哉の母が叫びながら彼らに近付く。
 耕哉と瑞の両親同士も、仲が良いのだ。
 今回仕事で父は来れなかったが、耕哉とその母は見送りに来た。
 一週間ほどしかアメリカに滞在しないが、これで瑞の将来が決定されるかもしれないと思うとこの旅はとても重要なものに見え、見送りに来てしまったのだった。
「瑞。良かったね。おじさんおばさんと一緒に行けて」
「ああ。見送りご苦労」
 瑞は、ちっとも動揺していなかった。
「正直、不安ですの。話が大事でしょう?」
「わかりますわ」
 母親同士が喋っている内容も気にせず、瑞は広い窓を見ていた。
 ちょっとは、心配なのか? あ、そういや23%って…。
 耕哉は、少々嬉しかった。
 瑞が感傷的に、飛行機や大空を見ているのかと思うと。
「耕哉」
「何?」
「あの飛行機、翼が他のより2度ほど内にずれている」
 彼女はこんな調子で、これからもやっていくのだろう…。




あとがき

この話を思いついたキッカケは、パソコンを使う授業で先生がプログラムの数字を見て言った 「先生は昔数学の先生だったので、つい『これは〜〜で、よって解なし』なんて考えてしまうんです がね」という台詞でした。
私は数学アレルギーあるんじゃないか、ってくらい数学嫌いですが好きな人はとことん好きらしい ですね。
私のおじいちゃんも数学の先生だったんですが、今でも暇があれば問題解いてたりするらしいです。

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