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穂波は看護婦の叱責も物ともせず、病院の廊下を走って病室に辿り着いた。 ばんっとドアを開けると、総一郎が振り返る。 「穂波」 「おっちゃん! 青葉が倒れたって、ほんまかいな!?」 怒鳴るように尋ね、穂波はベッドに横たわる青葉を発見して青ざめた。 「青葉――」 青葉の腕には点滴が付けられており、その目は頑なに閉じられていた。 穂波は大阪に帰る途中だったのだが、途中で電話をもらって慌てて引き返して来たのだ。 「いつ、倒れたんや?」 「夜中に、物音がしてな。二階上がってみたら、青葉が倒れとった…」 総一郎はゆううつそうに、ため息をついた。 「原因はわからんけど、意識が戻らんのや」 「神さんは?」 穂波は周りを見回した。 「わからん。神さんも、見当たらへん。俺は霊力ないけん、お前にならわかるんちゃうかと思ってんけど…」 「すりーぷ、感じるか」 穂波はすりーぷに尋ねたが、すりーぷは首をひねっただけだった。 『どこに行ったんだろ〜』 「こまっちゃんは、まだ病院におるんか?」 「それがなあ…」 総一郎は渋面を作った。 「行方不明なんや」 「何やって!?」 穂波は益々青ざめ、すりーぷと顔を見合わせた。 嫌な想像が、頭の中を駆け巡る。 「村のみんなが捜してくれとるけど、まだ見付からん。もう、どうなっとるんやろな」 眠っていないのか、総一郎の顔には疲労の色が濃かった。 二人共押し黙った時、病室の扉が開いて派手な青年が入って来た。 「蘇芳やん」 穂波は驚いたように、蘇芳を見やった。 「何や、穂波か」 「何やって何や。お前こそ何や」 昔から、あまり相性の良くない二人であった。 「青葉が倒れたって聞いたけん、見舞いに来た。何があったんや」 「俺もさっぱりやねん。いきなり、倒れたらしくて。しかも神さんも行方不明。お前、何か知っとったりせんか?」 「知らん。まあ、あの女のせいやとは思うけど」 蘇芳の一言に、穂波は眉をひそめた。 「あの女?」 「佐倉小町やったっけ? だけん、あいつを村に置くな言うたのに」 蘇芳は舌打ちした。 「何でそんなこと言うねん」 「悪いもん、持ってるってわかったけん」 蘇芳は肩をすくめてから、青葉を見下ろした。 「ほんまアホやな、青葉は」 言葉とは裏腹に、声には心配そうな響きが宿っていた。 「霊力が、なくなっとるな」 「…お前も、わかるんか。蘇芳」 穂波が確認すると、蘇芳は小さく頷いた。 『多分、吸い取られたんだね〜』 すりーぷが、推測を口にした。 「穂波。ところでそれ、何や」 蘇芳はすりーぷが気になったらしく、指差して尋ねた。 「ん? すりーぷっていう、眠り神。俺、巫女やってるねん」 「へえ…」 『くすぐった〜い』 気になるのか、蘇芳はすりーぷを突き始めた。 「止めんかい」 穂波が止めると、蘇芳はあっさり手を引っ込めた。すりーぷは、まだくすぐったそうにしている。 「双神の末裔が、集まったな」 総一郎は三人を見比べて、苦笑した。 「ほんまやなあ。これで、おとんがおったら勢揃いやけど」 穂波も少しだけ笑った。けれども、気分は浮かない。双神の中心を為す存在である巫女が倒れ、双つ神は行方知れず。大きなものが欠けている状態だ。 「穂波。何でこいなことなってるか、わかるんか」 総一郎は表情を引き締め、問うた。 「…多分やけどな。こまっちゃんの中におる神さんがこまっちゃんを乗っ取って、青葉の霊力吸い取ったんやと思う」 穂波の推理に、すりーぷが賛同するように頷いた。 「霊力を吸い取られたんやったら、青葉はどうなるんや」 「わからん…」 穂波は椅子に腰掛け、うなだれた。 青葉の霊力がなくなったのだったら、双つ神はどうなってしまったのだろうか。 「青葉が起きるの、待つしかあらへん」 穂波は心を痛めたように、眠り続ける従兄弟を見やった。 ここは、どこやろ。 青葉は空を仰いだ。 真っ青な空。青々とした草原。さらさら流れる、清流。美しいところだった。 妙に目線が低いと思って川の水面に自分の姿を映すと、子供が映った。 艶々とした黒髪に縁取られた顔は、双神らしくきりりとして。だけど、とてもあどけなくて。 「俺、子供やったっけ…?」 青葉は手で顔を押さえる。 ああ、せやせや。まだ俺、六歳や。僕、六歳なんや。 段々と口調も思考も記憶も、子供に戻る。 「父ちゃん…? お母さん…?」 急に心細くなって、青葉は辺りを見回して家族を呼ぶ。 「おばあちゃん…?」 すると、横に誰かが現れた。 「お姉ちゃん、誰?」 「お前こそ誰じゃ」 その少女は凛として、揺るぎ無い瞳を持っていた。誰かに似ているような気がする。 艶やかで長い黒髪を翻し、少女は歩き出す。 「待って。なあ、ここどこな? 僕のお母さんと父ちゃん、どこな?」 「私は知らんぞ」 少女は呆れたように肩をすくめ、木の根元に座った。 「お姉ちゃん、何しとるんな?」 「修行じゃ。私は巫女じゃけん」 ようやっと、少女は顔を綻ばせる。途端に優しそうになり、青葉は彼女に親近感を覚えた。 「僕のおばあちゃんも巫女なんやよ」 「ほうな。お前は?」 問われ、青葉は何かを思い出しそうになる。 「僕は…次の巫女…」 「ちゃうやろ」 「え?」 何が違うのだろうか。祖母が今の巫女で、自分は次の巫女のはず…。 「呼ぶ声が、聞こえんな?」 「呼ぶ…声?」 青葉はそっと耳をすませる。 『青葉ー!』 『んだー!』 あの声は… 「死に掛けて迷って、こいなとこ来てしもたんじゃな」 「こいな、とこ…?」 青葉は改めて、周りの景色を見る。誰かが向こうに立っていた。赤茶色の髪をした、青年が。 「もう、迎えに来たのう。青葉、戻るんよ。みんなが待っとる」 「みんな?」 「青葉。巫女は辛いか」 かつて、誰かに同じことを聞かれた覚えがある。 「わからへん…」 「教えといたる。たまに、辛いぞ。神と人をつなぐ巫女は、とても哀しい事態の解決も迫られることがある。その時はな」 少女はそっと、青葉の手を握る。 「一人やないって、思い出し。周りの人々や祖先が…みんなお前を、見守ってくれとるよ」 少女は、優しく笑った。愛しい子供を見守るような、優しさが滲んでいる。 「そのこと忘れんと、立ち向かい。ほら、わしの力を少しやる」 体に、力が注ぎ込まれるのを覚える。それと共に、一気に少女が老いた。 「立派になったな、青葉」 「ばあちゃん…」 見なくてもわかる。自分が元の姿に戻ったのだと。 「わしは、もう行く。ここは生者の国と死者の国の狭間。わしがここに来れたんは、お前がここで迷とったけんじゃ。さあ、もう道はわかるんな」 「うん。ばあちゃん、あのな」 言いたいことがたくさんあった。なのに、それから先が言えない。 「もう時間がないぞ、青葉。もう一度、契約をするんじゃ」 青葉は少し迷ったが、詠唱を紡いだ。 「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」 祖母は笑顔を浮かべ、こちらに背を向け歩き出した。髪の赤い青年が、もう一度若返った彼女を待っている。 そういや、じいちゃんは穂波みたいな赤茶色の髪してたって親父が言っとった…。 後ろに引き込まれそうになった青葉を光枝は振り返り、微笑んだ。 |