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あらみたま

中編


 穂波と蘇芳は空気の変化を感じ、青葉を見下ろした。眠っているはずの青葉の唇が、微かに動いて言霊を紡ぐ。
「このわれと つながれや ふたつがみ われともに ちをまもれ」
 轟音が起こり、突然カザヒとミナツチが現れた。
『あー、びっくりした』
『んだんだあ』
 呑気な会話を交わす双つ神を見て、穂波はぽかんと口を開けた。
「神さんー! 一体、どこ行っとったんやあ!」
『ちょいとばかし、自然に溶け込んどってな』
『んだ』
『何せ、一旦契約解かれたけん』
 カザヒとミナツチは、ふよふよ穂波に近付いて来た。
「どういうことな?」
 総一郎は不思議そうに首を傾げる。
『青葉の霊力が、吸い取られてしもてのう。青葉の霊力と、わしらの霊力はつながっとる。青葉を通じたら、わしらの霊力も吸い取れるんよ。青葉はそれを阻止するために一旦、契約解除の詠唱したんじゃ。一時的な解除しか出来んけどな』
『そいで、今の詠唱で契約が復活したんじゃ』
「へー」
 穂波と総一郎は同時に、納得の声をあげた。
『解除のはかなり荒っぽい詠唱じゃけん、巫女にめっちゃ負担が掛かるんよ』
『んだあ。しかも、魂を追い出されたみたいでな。だけん、青葉はちょっと危ない状態やったん』
 双つ神が説明してから青葉を見やると、青葉の目がゆっくり開いた。
「青葉!」
 穂波が慌てて青葉の顔を覗き込む。
「無事か!」
「…ん」
 青葉は起き上がり、ぼんやりとして虚空を見つめた。
「ばあちゃんに、会ったよ」
 どうしようもなく優しくて懐かしい気持ちになって、青葉は微笑む。その微笑が祖母に酷似していることを、彼は知らない。
『大丈夫かいな』
『んだ』
 双つ神が青葉に近付き、驚いたように顔を見合わせる。
『…ミツの力じゃ』
『んだ』
「ばあちゃんが、少しくれたんよ」
 青葉はさっきのことを、詳しく話した。
 話を聞き終えた総一郎は感極まったように、目を潤ませていた。
『ほうな…死に掛けたけん、ミツに会えたんじゃな』
『んだあ』
 カザヒとミナツチも先代の巫女を思い出し、優しい表情を浮かべる。
『ほんまにお前は、危ない状態だったんじゃ。死ぬ時は、最後にまっさらの状態になるって言うけん。魂が赤子に戻るんじゃと』
『んだ。ミツが助けてくれんかったら、どうなっとったやろな』
「…ほんまな」
 祖母が助けてくれなかったら、あのままどんどん魂は逆に成長して死んでしまったのだろうか。
 青葉は自分の手を見下ろす。祖母がここから、力を注ぎ込んでくれた。
『龍神は、お前を殺す気だったんじゃ。あやつを止めれるとしたら、お前だけじゃけん』
『霊力を吸い取ると共に、体から魂を追い出したんな』
 それで、自分の魂は迷っていたのか。
「――小町は、どこな?」
 青葉は辺りを見回した。
「わからん。今、捜してもらっとるけど。行方不明や」
 穂波はうんざりした表情で答えた。
「みんな聞いてな。小町を助けるには、内の神を消すしかあらへん」
 青葉は決然として言った。
「そのせいで小町の心は壊れてしまうけど…心が戻るように、俺が小町をずっと見守る。だけん、小町の中の神を消す」
 凛とした台詞はまるで、祈りのように響く。
「協力してくれるえ…?」
 問えば、双つ神は何のためらいもなく頷いた。
『せやけど、お前大丈夫な? まだ霊力回復しとらんじゃろ』
『んだ』
 青葉の霊力と双つ神の霊力はつながっている。双つ神の霊力に損傷がないならば、いずれ青葉の霊力も戻るはず。しかし、悠長に回復を待っていられなかった。
「穂波。蘇芳」
 青葉に名を呼ばれ、二人は戸惑ったように眉をひそめた。
「ちょっとだけでええ。霊力、貸してくれるえ?」
「俺の霊力は、濁っとるけんいかんのちゃうんか?」
 蘇芳は肩をすくめたが、青葉は首を振る。
「大丈夫や。俺の中で混じって何とかなると思う。嫌なら、しゃあないけど…」
「別に嫌なんて言うとらへん」
 蘇芳は手を差し出し、青葉はその手を握る。
「俺はいつでも大歓迎! せやけど倍返しやで?」
 穂波がふざけたように言って差し出した手を、青葉はもう片方の手で握った。
 今から自分は、神殺しという恐ろしいことをする。小町の心ごと、神を殺すのだ。
 二人の霊力が、青葉の内に満ちる。これは一時的なもの。自分の霊力にはならない、他人のものだ。
 祖母の霊力は魂の状態で受け取ったものだから、彼女の霊力は自分のものになるだろう。だけど光枝の霊力ではなく、青葉の霊力へといずれ変化するはずだ。
「ありがと。じゃあ、行くえ…」
 青葉がベッドから降りようとすると、総一郎は心配そうに息子を見やった。
「小町ちゃんがどこにおるんか、わかるんな? 今、みんな捜してくれとるけど一向に見付からんのやぞ?」
「……多分、あそこや。村人は、あそこには勝手に入らんけん」
 その一言で、皆は青葉がどこのことを言っているのかわかった。
 神の森だ。
「一旦、家帰って支度する」
 青葉は有無を言わせぬ口調で告げた。

 巫女装束に身を包み、青葉は神の森を進む。
 湖の向こう岸に、小町が横たわっていた。苦しそうに眉をひそめ、腹を押さえている。
「小町」
 名前を呼ぶと、ぎくりとして彼女は起き上がる。
「青葉…」
 泣きそうな顔を見て、青葉は哀しそうに微笑む。
「小町。今から言うこと、よう聞きな。俺は、お前の中におる神を消す。せやないと、死んでまうけん」
「ええ」
「でもな、それと同時にお前の心も壊れてしまうんよ」
 しばし、沈黙が降りる。
「そう、なの」
 小町は何かを覚悟していたのか、思ったより落ち着いた反応を示した。
「心が壊れた私は、どうなるの?」
「正直、わからん。だけどな、約束するけん。俺がお前をずっと見守って、また心が戻るようにするけん」
 青葉がきっぱり告げると、小町は微笑んだ。
「そう…。なら、私は生まれ変わるようなものなのね」
「…せやな」
「だったら怖くないわ」
 小町はゆっくりと立ち上がった。 
「きっと私、戻って来るわ。青葉に会いに」
「うん」
 二人は、やわらかに笑う。思い出すのは幼き日。
『小町、また会おな。ここで僕、待っとるけん』
『もちろんや。きっと戻って来る。青葉に会いに』
 小町が引っ越してしまう時に、二人で約束し合った。
 急に小町の顔が歪み、彼女は呻き声をあげる。
「小町!」
「大丈夫…。私だって、このくらい抑えられるわ」
 小町は涙を零しながらも、笑った。
「この神さまも、哀しいのね。私にとても、似てるわ」
 はらはら落ちる涙が、大地に染みる。
「一旦、神さまと一緒に行くわ。そうして、戻って来る」
「――小町は、強いな。俺が今まで会った巫女の中でも、とびきり強い」
 青葉の褒め言葉に、小町は照れ臭そうに笑った。
「いいえ。一番強い巫女はあなたよ。いつでも一生懸命で…いつでも信じられるもの」
 小町は本当に綺麗に笑った。
 青葉は自分が痛いほど小町のことが好きだったのだと、今更実感した。
「信じているから、任せるわ。青葉、やってちょうだい。早く! これ以上、抑える自信はないわ!」
 小町の周りに、攻撃的な蒼い光が溢れる。神が抵抗しているのだ。
 青葉は傍らの双つ神に頷き掛け、少し腰を落として手を交差させる。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」
 これが青葉の知る、最強で最短の詠唱であった。
「あらぶれや」
 これで双つ神の荒御霊を解放する。
「ふたつがみ!」
 カザヒとミナツチは光の玉に姿を変え、小町へと向かった。
「青葉、またね」
 それが最後の言葉だった。
 神がぶつかる反動が、大地と大気を震わせる。辺りは光に包まれて何も見えず、頼れるのは感覚だけだ。
「しずまれや ふたつがみ!」
 力をこめて唱えると、カザヒとミナツチが元へ戻った。
 光が収まり、向こう岸に倒れる少女が見える。
『青葉、水面を渡り』
 ミナツチが力を貸してくれて、青葉は水面を走って彼女のところまで行くことが出来た。
「小町」
 傍らに跪き、彼女の頬に触れる。胸が上下しているのを確認して、青葉は心底安心した。
「小町」
 もう一度名を呼び、青葉は彼女を抱き締める。
 涙が、止まらなかった。

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