
|
あれはいつの日のことだっただろうか。 青葉と小町は二人で手をつなぎ、川原を歩いていた。 『なあなあ、青葉』 『ん?』 『あたしが引っ越したら、青葉はあたしを忘れる?』 問われ、青葉は戸惑って首を傾げる。 『忘れんよ? 小町は?』 『あたしも忘れん。約束しよな。いつまでも、お互い覚えてるって』 指先に約束を絡める。 夏の太陽だけが、その小さな約束を知っていた。 縁側でぼんやりしていると、ひょっこり穂波とすりーぷが現れた。 「おう、青葉! 久しぶり〜」 『ごきげんよう〜』 「穂波。いきなりやな」 「三連休やから、こまっちゃんの様子見に来たで」 穂波は片目をつむってみせる。 「寒っ! さすが田舎。まだ十月やのに、寒すぎやろ」 「文句言いな」 青葉は呆れたように笑った。 『ほんまじゃあ』 『んだんだ』 双つ神も賛同する。 「で? 肝心のこまっちゃんは?」 「さっきまで、おってんけど」 立ち上がった瞬間後ろから突き飛ばされ、青葉は前につんのめった。 「やいやーい」 おかしそうに笑って飛び跳ねるのは、小町だった。 「おうおう。心が子供に戻ったとは聞いたけど、こんな悪戯っ子やとは」 穂波は笑った。 「でも、元気になって良かったわ」 穂波が大阪に帰るまでは、小町は始終ぼんやりとして口も聞けない状態だったのだ。 ちなみに小町の中に居た胎児は跡形もなく消え失せ、医者はしきりに首を傾げていた。 「お兄ちゃん、誰?」 「俺は、双神穂波やで〜。青葉のイトコや」 「いとこ?」 小町は首をひねっている。 「ま、ええわ。神さん遊ぼー」 『はいはい』 『んだんだ』 双つ神を引き連れ、小町は家の奥へ走って行った。 『ぼくも、付いて行こっと〜』 面白そうだと思ったのか、すりーぷも行ってしまった。 「あれ、何歳くらいなんや?」 「精神は六歳くらいって、医者は言っとる。徐々に、姿に合わせて年相応に戻って行くやろ…ってのは神さんの見解」 「へええ」 青葉の説明に、穂波は素直に感心した。 「記憶は、あるんか?」 「幼児期の記憶が、少し残っとるらしい。上手くいけば、他の記憶も戻るかもって」 「良かったなあ!」 穂波は万歳した。 「でも、そいなたくさんやないって。"知識"は戻っても、"思い出"が戻らんそうや。特にここに帰って来てからのは、まず戻らんらしい」 「何でや?」 「神とのつながりが深かった時期やけん、そこは修復不可能なくらい砕けてもうたんやと」 青葉も双つ神から聞いた話なので、抽象的な説明しか出来なかった。 「ほんなら、お前との思い出ほとんどないってことか」 「ん。でも、ええんよ。俺は覚えとるし。思い出はこれからでも、作れるやろ」 青葉は朗らかに笑った。 「せや、穂波。もうすぐ花火があるんよ」 「花火ぃ!? 時期外れすぎるやろ!」 「何かな、村人達が小町を村八分みたいにしたこと、反省したらしくて。小町のために何かしてやりたい言うけん」 青葉は発案者の顔を思い出す。素直な言い方ではなかったが、それも彼らしかった。 「小町は、花火見たい言うてな。幸い花火職人もおるしな」 「へーっ。いつなんや?」 「来週」 「せやったら、それまで俺もおろっと。少しくらい学校休んだって構わへんやろ」 穂波は決めたらしく、荷物を乱暴に家の中に放った。音を聞き付けたのか、小町が出て来て縁側に置いてあった草履を履く。 「穂波兄ちゃん、遊んでー」 「任せいっ! 俺は遊びにかけては銀河一やで!」 『ほんまかいな』 『んだんだ』 『あはは〜』 じゃれる二人と神たちを見て、青葉は穏やかに微笑んだ。 青葉は夜空を見上げて、ほうっとため息をついた。 「花火が映えそうやなあ」 『楽しみじゃのう』 『んだ』 神たちも、楽しみにしているようだ。 「青葉、何でお前巫女装束やねん」 庭に出て来た穂波が、不思議そうに青葉を見やる。 「小町が、着ろ着ろってしつこかったけん。そういうお前こそ、何で和服なん?」 「え? 気分かな?」 『気紛れ気紛れ〜』 穂波とすりーぷは、モデル立ちのような妙なポーズを取っている。 「なーんちゃって。こまっちゃんが、薦めて来たんや。お揃いにしたかったんやろなあ」 「お揃い?」 青葉は首を傾げたが、走り寄って来た小町と母親を見て納得が行った。 「似合うー?」 小町は着物を着せられていた。 「どうしても着たいって言ってねえ。しかも、青葉には内緒にしといて言うけん」 祥子はにやにや笑っている。ついでに後ろの総一郎(いつ現れたのかわからないが)も、にやにやしている。 「似合っとるよ。別嬪さん」 青葉が屈んでそう言うと、小町は顔を赤くした。 「年の差…いや、ほんまは同い年か。何はともあれ、早く精神的に成長してもらいたいもんやな」 『だね〜』 穂波とすりーぷも、にやにや笑い始めた。 そこへ足音がして、皆は一様にやって来た人物を見やった。 「蘇芳」 青葉が目を丸くする。 「おう。もうすぐ始まるらしいぞ」 「ほうな。小町、蘇芳やよ。この人が、花火の発案してくれたんやよ」 青葉に後ろから肩を叩かれ、小町ははにかみながらも蘇芳に向き合った。 「怖い顔のお兄ちゃん、ありがとう」 「あーっはっは!」 思わず手を叩いて大笑いした穂波だったが、蘇芳に睨まれたので顔を背けて咳払いしていた。 「すまんな、蘇芳」 青葉が苦笑して謝る。 「別にええけど」 とは言ったものの、蘇芳は面白くなさそうな顔をしていた。 「じゃ、俺は帰るけん」 「お前も、ここで見てったら?」 「…やることもあるし、遠慮しとくわ。じゃな」 青葉は首を傾げて誘ったが、蘇芳は手を振って行ってしまった。 花火が始まり、各々縁側に腰掛けたが、小町は何と青葉の膝の上に座ろうとした。 「こ、小町」 「いかんの?」 「……ええよ」 青葉がため息をつくと、小町は嬉しそうに腰掛けてしまった。 「あ、二階の方がよく見えそうやな!」 『だね〜』 「そうやな!」 「そうやね!」 穂波とすりーぷと青葉の両親はわざとらしくそう言って、さっさとその場から居なくなってしまった。 『わしらも』 『んだんだ』 「いかんいかん。神さん、ここにおらな。小町は神さん大好きなんやけん、おらんくなったら拗ねる」 青葉に引き止められ、カザヒとミナツチはその場に留まった。 当の小町は、呆けたように花火を見つめている。 「小町?」 小町の目から、涙がこぼれていた。 「あたし、何か忘れてるんかな…」 突然の呟きに、青葉と双つ神は顔を見合わせる。 「思い出さないかんのに。頑張らないかんのに」 しばらく、沈黙が落ちた。彼女の持っていた強迫観念めいた考えは、幼児期に根ざしていたものだったのだろう。 「小町、そうやないよ」 青葉が小町を抱く腕に力をこめると、小町は涙に濡れた顔で青葉を振り向いた。 「頑張らないかん、のやない。頑張りたい時は頑張ったらええ。でも、いつもそうやったら疲れてまうやろ? 休みたい時は休まな。な?」 「…うん」 小町は、微笑を浮かべる。 「今、小町はゆっくり休んで心を作る時なんやけん。ゆっくり進んでったらええよ。焦らんと」 「うん!」 「俺らと一緒に、な」 青葉が指で涙を拭ってやると、小町は安心したように微笑んだ。 彼らを優しく見ながら 『――二人を見守ったろな、ミナツチ』 『んだ、カザヒ』 少し離れた場所で双つ神は呟いたのだった。 日本のどこかに、あるのだという。 巫女が血と神を守り、神が地と人を守る――そんな村が。 神が今も生きる美しい村を見て、誰かが言った言葉が語り継がれている。 ![]() |