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暑い日の昼下がり。 気持ち良くまどろんでいた青葉は、インターホンの音で目を覚ました。しつこく、何回も鳴っている。 「ふあい。今行くけん…」 返事をしてから、渋々起き上がる。 『誰か、来たようじゃな』 『んだあ』 一緒に眠っていたカザヒとミナツチも、目を覚まして玄関に向かう青葉に付いて行く。 がらりと戸を開けて、青葉と双つ神はあんぐり口を開けた。 「よう青葉、神さん! 久しぶりやな!」 『ごきげんよう〜』 「…穂波?」 疑問形なのは、一瞬穂波だとわからなかったからだ。 特徴的だった長い髪が、ばっさり切られている。 『穂波、いつ髪切ったんじゃ!』 『んだあ!』 カザヒとミナツチは物珍しげに、穂波の周りを飛び回る。 「すっきりしたなあ」 「止めて! 恥ずかしいから、見んといて!」 穂波は、新しい髪型を気に入っていないようだ。 「嫌なんやったら、何で切ったんな」 「俺かて、切りたくてきったわけちゃうねん。もう立ち話はええから、家入れてくれへん? 暑うてしゃあないわ」 穂波は大袈裟に、手で自分を煽いだ。 「冷たい烏龍茶、用意してな」 「相も変わらず、図々しい奴な」 青葉は呆れたように、笑った。 穂波はお茶を飲んでから、まくしたてるように喋り出した。 「いやー、友達で美容師の卵がおってな。練習台になってくれいうて、しつこかってん。じゃあ、ちょっとだけやったら切ってええで、って言ったら――こんなバッサリ切りおったんや!」 穂波は悔しそうに、畳を叩く。 「別にええんちゃう? すっきりしたし」 『そうじゃそうじゃ』 『んだんだ』 青葉と双つ神は気楽に言ったが、当人は納得していない。 「ようない! 霊力下がってもたやん」 「髪伸ばしたら霊力上がるってのは、迷信やろ」 「迷信やなかったらどうすんねん! もう俺、お嫁に行けへんやん。青葉、もらって?」 「断る」 青葉は、冷たく拒否した。 『一気に、家の中がうるそうなったのう』 『んだんだ』 カザヒとミナツチは、呆れたように顔を見合わせた。 「えー、それ遠まわしに俺が来て嬉しいって言っとる?」 『言っとらん!』 『んだ!』 「そんな照れんでもええやん。なー、すりーぷ」 『ね〜』 穂波は双つ神の猛抗議も気にせず、すりーぷと頷き合っていた。 「でも穂波。何で、電話して来んかったんな? いきなり来たけん、びっくりした」 「たまにはサプライズ、思て。ほんまはもうちょっと経ってから帰ろかと思てんけど…早めにしてん」 穂波が複雑そうに笑うのを見て、青葉は勘付いた。 「――小町のことな?」 「せや。何とか、突き止められてんで。霊能力者ネットワーク使って、話聞いて来た。そういえば、こまっちゃんは?」 今更、穂波は辺りを見回す。 「小町は実地研究の授業で、泊まりでおらん。今朝、出発しよった」 「うわー、めっちゃタイミング悪っ! 実地研究って、どこ行ったんや?」 「そいな離れたとこちゃうよ。小さな島やって」 「へー、お前も実地研究あったんか?」 穂波は青葉の分のお茶にも手を伸ばそうとしたので、青葉に手をはたかれた。 「あったよ。でも、俺の時はここやったけん」 青葉は、おかしそうに笑う。 「ほんま? めっちゃ楽やん! ていうか、他の生徒もええなあ。ほんまの巫女さんが、同級生やもんな。質問し放題やないか」 「その代り、俺が大変やけん」 「それもそうや」 穂波が懲りずに手を出そうとしたので、青葉はまたも穂波の手をはね退けた。 「何、意地汚いことしよら?」 「ええやん。お前飲んでへんやーん」 「欲しいんやったら、自分で淹れ。勝手知っとるやろ」 「ケチ」 穂波は面倒臭そうに立ち上がって、台所に向かった。 冷蔵庫を開けると、後ろのすりーぷも覗き込んで来た。 『スイカだ〜』 「ほんまや! 酒もあるやん。青葉、何でも飲んでええかー?」 「ええよー」 声を張り上げると、許しの返事が返って来た。 「ほな、ビールでももらうか」 缶を二本抱え、穂波は青葉の元に帰った。 「あれ、穂波。二本も飲むんな?」 「アホ。一個は、お前の分や。正直――素面で話すのも聞くのも辛い話やから」 「…ほうな」 「まあお前は酒強いから、こんなんで酔えへんやろけど」 穂波はさっさと缶を開け、中身をあおった。 「そいな…えらい話な?」 「せや。正直、なめとったわ。本人がここにおらんで、正解やったかもしれんな」 『で、何が封じられとったんじゃ』 『んだ』 我慢出来なくなったのか、カザヒとミナツチが穂波を問い質す。 「――神さんや」 穂波の放った答えに、しばらく誰も何も言えなかったのだった。 小町は誰かに呼ばれた気がして、振り向いた。 気のせいかしら…。 「小町、どうかした?」 今度は本当に、友人が小町に呼び掛ける。 「いえ…何でもないわ」 首を振り、小町は目の前に並ぶ風車を眺める。 水子に捧げた、風車たち。 この島では水子霊が神格化されていることで有名で、子を流してしまった女たちがよく参りに来る。 「哀しいところね」 ぽつりと呟くと、友人の真紀は深く頷いた。 「せやね。――巫女さんの話聞くのって、夕方やったやんな?」 「ええ。まだ少し、時間はあるけど」 「お腹空いたなあ。何かないんかな。先生に聞いてみよっと」 真紀は元気よく、教授の元に走って行ってしまった。 小町は風でからから回る風車たちをそれ以上見ている気がせず、背を向けた。 すると、また呼ばれた心地がして身震いしてしまった。 ここに来た時から、変な感じがする――。 どうしようもなくなったら青葉に電話してみようと思い、小町は携帯電話を握り締めた。 青葉はぬるくなったお茶を飲み干してから、口を開いた。 「神さんやて?」 「せや。でも、あんまり詳しいことは聞けんかってん。何せ、それを封印したんは今99歳の婆さんやってな。もう、ボケてもうとって」 穂波は深々と、ため息をついた。 「聞き出すの、めっちゃ苦労してん…」 「…ご苦労さん」 何か言って欲しそうに見て来たので、青葉は穂波をねぎらった。 「ほな、すりーぷの記憶見てみて。実際に聞いた方がええやろ。神さんも、お前を通して見れるから」 そう言って穂波は、すりーぷに頷き掛ける。すりーぷは、ふよふよ飛んで青葉の額に手を当てた。 『あなたは段々眠くな〜る』 「記憶の再生が終わったら目が覚めるから、すりーぷに任し」 青葉の戸惑いを見抜いたかのように穂波が助言したので、青葉は素直に目を閉じた。 ぼんやりとした視界が、段々色味を増して行く。質素で古い、小さな部屋。昔ながらの日本らしい住居で、囲炉裏(いろり)がしつらえられていた。 正面にはかなり高齢と思われる老婆が座していて、斜め下には穂波が座っている。 ほうな、これはすりーぷの視線な…。 青葉がそれを悟った時、穂波が怒鳴った。 「ばーあーちゃん! 聞こえるかー!?」 穂波の声にも反応せず、老婆は膝の上の猫を撫ぜている。 「かわええ猫やねえ」 「猫のこと、言っとらんよー!」 「かわええと思うやろ?」 「あかんわこら!」 穂波はがっくり、肩を落とした。 老婆の優しげな表情を、囲炉裏の火が照らす。見ただけで、相当な霊力の持ち主だとわかった。 「すみませんねえ」 障子を開けて、女が入って来た。 「おばあちゃん、この頃すっかりぼけてしもて。耳も、遠うてね」 「えーと」 穂波は彼女に見覚えがなかったらしく、首を傾げた。 「孫娘です。兄さんから、話聞きました。双神穂波さん、お茶どうぞ」 「あ、どうも」 穂波は前に置かれた茶菓子とお茶に恐縮して、頭を下げる。 「いきなり来てもて、すみません」 「いえ、大丈夫ですよ。私、昔からよくおばあちゃんの傍におったんで、何かお役に立てるか思たんですけど」 「ありがとうございます。あのですね、佐倉って姓に覚えはありますか?」 穂波は遠慮がちに尋ねた。彼女は見たところ20代なので、覚えている可能性はかなり低いだろう。 「すみません…」 案の定の答えが返って来た。 「おばあちゃん、たまにしっかりしはるんで、もうちょっと待ってもらえますか?」 「はあ」 「おばあちゃん!」 孫娘は、祖母を優しく呼ぶ。 「何ね、洋子」 「清子やで? …洋子は、母の名前なんです」 苦笑して、清子というらしい女性は穂波の方を向く。 「ばあちゃん! 佐倉って名前、覚えとるかー!?」 穂波がもう一度叫ぶと、老婆は嬉しそうに頷いた。 「猫はええよ」 「だから、猫やなくて!」 穂波は苛立ったように、頭を掻きむしった。 「ちょっと前まではしっかりしとって、色んな心霊関係の相談に乗っとったんですけどね」 「そうですやろなあ。封印も出来るなんて、すごすぎるでばあちゃん」 褒めてみたらどうかと思ったが、老婆は返事もせずに猫を撫でるだけだ。 「佐倉小町、覚えないかなあ…」 すると、さして大声を出したとも思えないのに、老婆は反応した。 「…こまち…」 「え? ばあちゃん、思いだしたんか?」 穂波も清子も、身を乗り出す。 「かわいそうに…かわいそうになあ…」 老婆の頬には、透明な涙が伝っていた。 「ばあちゃん?」 穂波は眉をひそめ、老婆に近付いて肩を掴む。 「何が、あったんや?」 「かわいそうな子や」 老婆の瞳に、知性が宿っていた。何と凛々しい表情なのだろうかと、周りの者は息を呑む。 「あたしが封じたんや。あの子の中におった、神を。反対したのに、両親はしつこく願ってなあ…。封印しても、ええこと一つもあらへん言うたのに…。せんかったら、育てられへん言うてなあ」 まるで自分のことのように哀しげに、老婆は涙を流し続けた。 「何も、ええことないのになあ…かわいそうになあ…。あたしを脅してまで、両親は封印させたんや」 「な、何やて――? 神を封じたやって? 脅した、やって?」 矢継ぎ早に問いを口にしたが、老婆の目はまた虚ろになっていた。ただ、涙だけが依然として流れている。 「猫はかわええなあ…」 穂波はがっかりする余り、横に倒れてしまった。 「ドンマイ、俺…」 「大丈夫ですか?」 清子が、穂波の顔を覗き込む。 「大丈夫です。あー、もうちょっとやったのに! でも、結構大事なこと聞けたな」 一人でぶつぶつ呟いていると、清子が口を開いた。 「あの…今ので、思い当たることがあったんですけど」 「へ?」 「おばあちゃん、ぼける前まで思い出したように時々"かわいそうに"って言っとったんです。したらあかんこと、してしもた言うて。そのこと、ちゃいますやろか?」 「したら、あかんこと…」 確かに今の口ぶりでは、封印してはいけなかったものを封印したように思える。 「脅されて、言うてたな。うん、それや思います」 「だけどおばあちゃんが言ってた名前は、立川(たつかわ)だったんです。"立つ"と書く、立川です」 「立川やって? 佐倉やないんか…あ、でも」 穂波は指を鳴らした。 「それ、母方の苗字かもしれんな! ありがとさん!」 穂波は清子に礼を述べてから、老婆と目を合わせた。 「おばあちゃん、ありがとな。こまっちゃんのことは、任してええから」 また老婆の目に知性の光が戻ったと思ったのは、気のせいだったのだろうか。 |