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いきなり現実に引き戻され、青葉は驚いたように目を見開いた。 「おかえり、青葉」 穂波が少し哀しげな表情で、笑ってみせた。 「穂波――」 「こまっちゃんは、予想以上にえらいもん背負ってしもとるんや」 「そいなこと…」 青葉は、唇を噛み締める。 「立川って、調べてみたんや。神を封じたとか言うてたから巫女筋なんやと思うけど、そういった家の話がなかなか出て来んくてな。秘密主義やからか、滅びてもうたからか…」 「滅びた、やて?」 青葉は掠れた声で、聞き返した。 「つまり、こまっちゃんが最後の末裔って場合やな。せやったら、調べてもわからん理由になる。本家が、滅びてもうてるんやったら」 「せやったら、最悪な…」 小町に封じられたものを知るのが、小町の母だけになってしまう。 「引き続き立川のことについて調べるつもりやけど、一度こまっちゃんの両親に聞いた方がええかもしれんな」 「せやな。小町が嫌なんやったら、俺が聞いて来てもええし」 「ただ、答えてくれるかがなあ…。脅してまで、封印させたってよっぽどやで。あー、こまっちゃんの両親は何考えとるんや!」 穂波は舌打ちして、残った缶ビールをあおった。 「何としても、解決せないかんな」 決意を胸に、青葉は拳を握り締めた。 「ん? 電話鳴っとるな」 「ほんま。ちょっと、出て来る」 穂波の指摘で気付き、青葉は腰を上げた。 受話器を耳に当てると、奇怪な音が聞こえて来た。 「もしもし?」 『――青葉…助けて…』 ぶつりと、何の前置きもなく電話が切れる。 「小町…?」 音が悪かったので確かではないが、おそらく小町の声だった。 『どしたんじゃ、青葉』 『んだ』 カザヒとミナツチが、心配そうに青葉の顔を覗き込む。 「変な音と一緒に、"助けて"って小町の声で。小町に、何かあったんやろか」 『ふむ?』 『んだ?』 二人は受話器に近付き、首をひねる。 「封印がまた、解けたんかな」 『有り得るぞ。青葉、こまっちゃんが行った島の場所わかっとるんな?』 カザヒの質問に頷き、青葉は受話器を置いて部屋に戻る。 「あの声の様子は、只事やあらへん。行ったらな。――穂波、一緒に来てくれるえ!」 「え?」 勝手にスイカを食べようとしていた穂波は、きょとんとして静止した。 小町は変貌した巫女を前に、膝を震わせていた。 「巫女さん…」 白髪の巫女は、小町の首を絞めようとした。 「お前が――お前がやったんかあ!」 「何の話、なんですか…?」 小町は泣きそうな表情で、問う。 巫女の話を聞けるという場所に、巫女がいつまでもやって来なかったので小町が社まで呼びに来たのだが、その途端にこんな反応をされたのだ。 「お前じゃ! お前しかおらん!」 恐ろしい形相に、小町は震える。勇気を振り絞って巫女を突き飛ばすと、巫女はあっさりと後方に倒れた。 今の隙に、と小町は一目散に社から駆け出す。後ろから、巫女が追って来る音がする。それも恐ろしかったが、もっと恐ろしい光景が目の前に広がっていた。 風も無いのに、風車が凄まじい早さで回っていたのだ。突如、空が一気に曇り出す。 怖い――! ――小町。何かあったら、ためらわんと俺に電話せえよ。 青葉に言われたことを思い出し、小町は携帯電話を取り出して掛けた。呼び出し音が鳴ってから応答の声がするまでを、永遠に続くかと思うほど長く感じた。 『もしもし?』 「――青葉…助けて…!」 小町は転倒した。振り向くと、巫女が小町の足首を掴んでいた。 「放して下さい」 「はよ、これを戻せ!」 「何を言ってるか、わかりません!」 「ようも、わしの霊力を吸い取ったな! この小娘――恐ろしいことになるぞ! しゃあない…お前を封じるわい!」 首を掴んで引き起こされ、小町は苦しさに喘いだ。 「止めて――」 老婆とは思えぬ力の強さで引きずられ、小町は暗い蔵の中に閉じ込められてしまったのだった。 青葉と穂波が島に上がった時にはもう、とっぷり日が暮れていた。 「おっちゃん、ありがとな。無理言ってすまんかった」 青葉は深々と、頭を下げる。 「ええよええよ。巫女さんのためなら、何でもするけん」 知り合いの漁師に無理を言って、船を出してもらったのだった。 「ほんま、ありがとさん。あー、疲れた。で、この島か。めっちゃ、空暗ないか?」 穂波も礼を述べてから、空を仰ぐ。どす黒い雲が、何とも不吉であった。 『最悪じゃのう』 『んだ』 カザヒとミナツチは身震いして、顔を見合わせた。 「何があったんか、神さんわかるんな?」 青葉の問い掛けると、二人は遠くを見つめた。 『詳しくはわからん。でも、異常が起こっとる』 『んだ』 『封じられとったもんが、解かれたんかもしれんのう』 「封印?」 青葉は思わず口を覆ったが、カザヒはゆっくりとかぶりを振った。 『こまっちゃんの封印やない。ここ古来のもんじゃ。厄介じゃのう。ここはわしらの土地ちゃうけん、いつもより力出せんぞ』 『んだあ…』 不安そうな双つ神を見て、青葉は頭を抱えそうになった。 「困ったなあ。よりによってこまっちゃんがおる時に、こんなこと起こって」 『ですね〜』 穂波とすりーぷは心配そうに、表情を曇らせた。 『こまっちゃんが、この事態を引き起こした可能性もあるぞ』 「つまり、小町が封印を解いたって可能性かいな」 『んだ』 「困ったなあ…ともかく、小町のとこ行こ。穂波、まだ小町とつながらんのな?」 青葉は不安を押し込めるかのように、勢いよく穂波を振り返る。 「…つながらへんわ」 先ほどから何回も小町の携帯電話に掛けているのだが、一向につながらないのだ。 「おっちゃん、ほんまありがとな」 「構んよ。気を付けてな!」 漁師に手を振り、青葉と穂波そして神たちは不吉な空気に満ちた島へと入って行った。 青葉は必死に何かを探している様子の女に、声を掛けた。暗がりでよく顔が見えないが、若い女であることはわかった。 「あの、すいません」 「はい?」 「もしかして、大学の学生さんですか?」 「はい…」 そこで女は、青葉の顔をまじまじと見た。 「あ、青葉先輩」 「――和歌山な?」 二人は驚いたように、互いを指差し合った。 「面識、あるんかい」 青葉の後ろから、ひょっこり穂波が現れる。 「小町の友達やけん、会ったことあるんよ。これ、俺のイトコ」 「これって何や! どうもー。青葉の最愛のイトコ、双神穂波でーす」 「変な言い方すな!」 青葉と穂波のやりとりを見て、真紀は少し笑った。 「和歌山真紀です。あの、先輩どうしてここにおるんです?」 「小町から、助けていうて電話あってな。心配なって来てもた。小町、どこな?」 青葉の言葉に、真紀は青ざめる。 「小町、おらんのです。巫女さん呼びに行ったっきり、おらんようになってしもたんです。それで今、みんなで探し回っとったんですけど」 真紀は、今にも泣き出しそうだった。 「何やて? せやったら、先生はどこな?」 「こっちです。付いて来て下さい」 真紀の先導に従い、青葉と穂波は歩き出した。 真紀が辿り着いた先では、教授が心配そうな顔で民宿の前に立っていた。 「――双神くんじゃないか」 青葉の顔を見て、驚いている。 「財前先生。小町がおらんようになったって、ほんまですか」 「ああ。巫女さんも居なくなってしまってな」 教授は大きなため息をついた。まだ壮年であるにも関わらず、今は老人のように老いて見えた。 「君なら、彼女の行方を突き止めることが出来るのかい? 正直言って、私には見当も付かないようなことが起こっているんだ」 財前教授は双神の村で実地研究を行ったこともあり、青葉を巫女だと知っている。しかし彼は学者肌で超常現象には懐疑的なので、神を見ることは出来ない。 「詳しい状況、教えてもらえますか」 「佐倉さんと巫女さんが居なくなった後、風が突然絶えた。なのに、社の風車が凄まじい勢いで回っているのだ。正直言って、恐ろしいね」 「風車…ここは確か、水子信仰があるところですね」 「ああ。ある母親と水子が神格化されたのが始まりらしい。それ以来、たくさんの人が水子供養にやって来るんだ」 「詳しいこと、教えて下さい。それが、手掛かりになるかもしれんのです」 青葉は真剣な面持ちで、財前教授を見据えた。 「ああ、もちろんだ…」 小町は爪の剥がれた指を、見下ろした。 蔵の扉を叩いて叩いて、引っ掻いて叫んでも誰も来なかった。 「気が狂いそう…」 涙が、落ちる。 携帯電話は蔵の中では、圏外になってしまっている。 私が、霊力を吸い取った? 巫女さんは一体、何を言ってるの? その時、小町は急に眠気を覚えた。 もう、良いわよね。眠っても――。 小町の目蓋が降りた瞬間、胸の奥で何かがゆっくりと起き上がった…。 財前教授はゆっくりと、この島のことを語り始めた。 「言い伝えでは、こうだ。昔々、この近くに女が一人居た。体質なのか、子供を身ごもる度に流してしまっていた。しかもその女は、村長の妻だったんだよ。どういう扱いをされたか、わかるだろう」 「正妻の座を、奪われた?」 青葉が口を挟むと、教授は目を伏せて頷いた。 「そう。女は哀しみと流した子の供養をするため、この島に渡ったんだ。この島はかつて聖域で、無人だったらしい。巫女すら居なくて、社だけが在った」 教授は真っ黒な空を見上げた。 「ある時、女の弟が女を訪ねた。しかし――女は鬼になっていたのだ」 「え?」 穂波が驚いたように、口を開ける。 「哀しみが強すぎたんだな。結局村長の新しい妻も、子供を授かることはなかった。村中で、子供を産めない女が急に増えた。女が、呪ったんだよ…。これに、一人の女が立ち上がった」 「その人が、現在の巫女の祖先なんですね?」 青葉の確認に、教授は微笑んで肯定した。 「女は、呪いながら死んで悪霊になっていた。そこで巫女は彼女を鎮め、反対に御霊として祀った。水子を輪廻まで見守る、神として。彼女の流した子たちと共に。巫女はこの島に暮らし、ずっと霊を鎮めて来たんだ――史実かどうかはわからないが、こう語り継がれているよ」 「母子共々、御霊になったってことか」 穂波は呟き、青葉を横目で見た。 「小町の封印が解けて、そいでここの封印を解いてしもたんやろか」 「有り得るで」 「ともかく、社に行かな」 青葉は唇を噛んだ。 「社は見たんですか?」 「ああ。もちろん、捜したよ。だが誰も居なくて…」 「俺も、一応見て来ます。穂波、行くよ!」 青葉と穂波は教授の返事も待たずに、走り出した。 |