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社の中を探し回るが、教授の言った通り誰も居なかった。 住居になっている部分にも足を踏み入れたが、中は閑散としていた。 「誰もおりませんかー」 『誰か〜』 穂波とすりーぷが呼び掛けている横で、青葉は床から漏れる光に気付いた。 「穂波、これ見て」 「ん?」 青葉が指さした辺りを穂波が懐中電灯で照らすと、取っ手部分が光に浮き上がった。 「地下室や」 青葉が取っ手に手を掛け持ち上げると、下へと続く階段が見えた。 「下りよか」 『気を付けるんじゃぞ、青葉。妙な気配がする』 『んだんだ』 「わかっとるよ」 青葉は階段に足を掛け、下り始めた。電球が付けられているので、階段は妙に明るい。 「何で、地下室なんやろなあ」 穂波も首をひねりながら続く。 階段を下りる度に、不気味な声が聞こえて来た。 「な、何や」 青葉と穂波は、目の前に広がった光景を見て愕然とした。 老婆が必死に、壺を押さえ付けている。地下室中に供えられた風車が、恐ろしい勢いで回っている。 不気味な声だと思ったものは、壺から漏れているようだ。 『あれが、ご神体じゃな』 『んだ』 カザヒとミナツチの呟きで、青葉は我に返る。 しかしその時には既に遅く、壺は弾けるように割れた。 …哀シイ…。 白骨が床に散らばると共に、ふわりと女の霊が現れる。 「おのれ!」 挑戦しようとする老婆の元に、青葉と穂波は慌てて駆け寄った。 「ばあさん、一旦ここは青葉に任してどいとき! 霊力もなさそうやのに、あれに立ち向かうなんて無理やで」 穂波が老婆の腕を掴んで下がらせ、青葉が霊に対峙した。 『オ前ハ誰?』 「双つ神の巫女、双神青葉」 青葉は毅然として答えた。まだ女は、解き放たれたばかりでぼんやりとしている。ここで隙を見せてはならない。 『私ノ子供はドコ?』 青葉が答える前に、女は辺りを見回して風車に気付く。 『死ンダ…死ンダ――!』 女の言葉が絶叫になり替わると同時に、青葉は早口で唱えた。 「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」 青葉は下がり、穂波と老婆の腕を掴む。 「ふたつがみ われらをまもる ちからをかさん かぜのかべ みずのかべ われらをまもれ」 詠唱が完成した途端、薄い光の膜が青葉たちを覆った。 間を置かず、女がもう一度泣き叫ぶ。びしびしと天井が音を立て、崩れ始めた。 「青葉…」 「大丈夫や。じっとして、俺に力を貸してくれるえ?」 「――もちろんや」 穂波は掴まれた腕を通して、自分の霊力とすりーぷの霊力を青葉に伝える。膜が少し、厚みを増した。 青葉と穂波は、集中するために目を閉じ続ける。崩れる音が止んだ時、カザヒが告げた。 『青葉、来たぞ』 目を開くと、眼前に風車を一つ持った女が立っていた。 「わしが、封じないかん!」 青葉は、喚く老婆を掴んでいた手に力をこめて止める。 「何を言っとるんです? あんた、霊力がないように思うんやけど…」 「わしは、巫女じゃ!」 老婆の言葉に、青葉は眉をひそめる。 「霊力を、吸い取られたんじゃ! あの女に!」 老婆が指差した先には、何と小町が立っていた。爪が剥がれた指先から、血が滴っている。 「小町――ここは危ないけん、来たらいかん!」 青葉が叫ぶも、聞こえていないようで虚ろな顔をして歩を進めている。 「しゃあない。穂波、結界をすりーぷと、続けてくれるえ! そのばあさんを、よろしゅうな!」 「お、おい青葉!」 穂波が止める間もなく、青葉は結界から抜け出て小町の元へ走った。 「小町! どいてないかん!」 その時初めて、青葉と小町の目が合った。 「小町――」 皮膚が粟立つ。 そこに立っていたのは、小町ではないと青葉は思った。小町が、こんな目をするはずがない。 底冷えするような冷たい眼。人間にしては、冷たすぎる。 小町は青葉を一瞥してから、解放された霊に近付いた。 『こまっちゃん――いや、あやつは霊を呑み込む気じゃ!』 カザヒの言葉に、青葉は目を見開いた。 「呑み込む?」 『吸収する気や。青葉、穂波とすりーぷ呼び』 ミナツチは堅い声で続けた。 『こうなったら、わしらには止められへん。眠らせるしかあらへん! はよせな、呑み込むぞ!』 「穂波! すりーぷ!」 青葉は大声で呼んだが、間に合わなかった。 『私ノ子ハドコ?』 「そんなもの、とっくに死んでおるわ」 小町とは思えぬしわがれた声で告げ、彼女は霊に手を伸ばして触れた。 「青葉、何事や」 いつの間にか、穂波が青葉の傍に来ていた。 『いかん…もう遅い。すりーぷ、事が終わったらすぐにこまっちゃんを眠らしてくれるえ!』 『せやないと、今度の標的はわしらや』 双つ神の発言に穂波は首を傾げたものの、すりーぷに頷き掛けた。 小町の手に、霊が吸い込まれて行く。彼女の周りを攻撃的な青い光が取り巻いているせいで、近付くことすら出来ない。 小町が手を下ろした時にはもう、霊は姿を消していた。一瞬だけ、光が絶える。 「すりーぷ」 『ねむれやねむれ』 穂波の指示で、歌うように言ってすりーぷが小町の額に手を付ける。必死に小町は目を閉じまいとしていたが、すりーぷはそのままじっとしていた。 すりーぷを見据えながら、霊力を酷使していた穂波は自分の額から汗が滑り落ちるのを感じた。ぐっと唇を噛み締め、すりーぷを助けるために言霊を紡ぐ。 「ねむれ――」 『ねむれやねむれ』 二人の声が重なり、そこでようやっと小町の目が閉じられる。 『今じゃ! 青葉、封印するぞ!』 「わかった!」 カザヒの合図で青葉は倒れた小町に駆け寄り、すりーぷに代わって額に手を当てる。 『青葉、ありったけの力をこめ。加減は、必要あらへん』 『んだ』 二人から助言を受け、青葉は少し間を置いてから口を開いた。 「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」 深呼吸をして、続ける。 「ふたつがみ ふうじのための ちからをかさん むねのおく めざめたかみを ふうじんと」 その時、凄まじい抵抗があって小町の額に当てた手が火傷するほど熱くなった。 歯を食いしばり、言霊を紡ぐ。 「やぶられた さけめをとじて あふるるちから せきとめよ」 もう一度手が熱くなってから、熱がゆるゆると引いて行った。 一度立ち上がったが、青葉はあまりの疲労に膝を付いてしまった。大地に手を付き、肩で息をする。 『大丈夫な?』 『んだ?』 双つ神が、心配そうに青葉の顔を覗き込む。 「大丈夫、やよ」 「しばらく休んどけ」 穂波も気遣って、声を掛けて来た。 「休んどる場合ちゃう」 青葉はゆっくりと立ち上がり、呆然としている巫女の元へ赴いた。 「――ごめんなさい。霊力奪った上に、神さんまで――」 青葉は深く深く、頭を下げた。 還したわけでも、自分から消えて行ったわけでもない。呑み込まれて、消えてしまった――。 「わしには謝らんでも、ええ。もうわしの代で巫女は終わりやった…」 巫女は、虚空を見て続ける。 「ただ、神さまはどいな気持ちやったんやろ。解放されて、嬉しい思たんか…哀しい思たんか、わしにはわからへん」 巫女の言葉はひたすらに、哀しげだった。 「大体、あんたがやったんやないじゃろ」 巫女は、眠る小町を複雑な表情で見つめる。 「いえ、責任は俺に在ります」 考えが、甘すぎたのだ。 自分の封印など、何の役にも立たないくらい弱かった。 「もう、頭下げんでくれるえ…」 神を失った巫女は、泣いていた。 朝焼けを浴びた海は、この世のものとは思えないほど美しかった。 海を見下ろしてから、手元にある風車をまじまじと見る。からから、風で回る風車。 岬に、そっと風車を立てる。 「――ごめんなさい」 手を合わせ、ひたすらに謝る。 彼女とその子の霊はもう、輪廻すら叶わないのだ。呑み込まれてしまったから。 カザヒとミナツチは、青葉の肩をとんとんと叩く。 『慰めになるかわからんけど、神を封じるなんて土台無理な話じゃ』 『んだ』 「でも、今までは封じられとったのに」 青葉の髪は、海風で揺れる。 『今までは力が、あんまり強なかったけんじゃ。段々強なっとったんは、あの神が霊力を吸収しとったけんじゃ』 『んだ。お前のせいやない。かといって…こまっちゃんのせいでもあらへん。しっかりせんかい』 『そうじゃ。しっかり支えたらないかんのに、お前がそんなんやったらいかん。顔上げや』 「…ありがと、神さん」 朝焼けの太陽が、凛々しさを取り戻した顔を照らした。 巫女が事情説明を申し出てくれたので財前教授への報告は彼女に任せ、青葉たちは早々に小町を連れ帰った。 帰ってすぐ寝入ってしまい、起きた時にはもう日が高かった。 『おはようさん、青葉』 『んだ』 「おはよ…。起きとったん?」 青葉が眠っている時は大体双つ神も眠るのだが、今回は起きていたようだ。 『ミナツチと、話しとったんじゃ。のう、青葉。長内のじいさんのこと、蒸し返すようやけどな』 『こまっちゃんが湖で真実を証明した時のこと、覚えとるな?』 問われ、青葉は首を傾げる。 「そら、覚えとるよ。十日前のことやろ?」 『おかしいと、思わんかったんな?』 カザヒの言葉に、青葉は眉を寄せる。 「おかしい? 何が?」 『普通はな、染まり直すんよ』 ためらいがちに、ミナツチが説明し始めた。 『一度青く染まってからでも、真実やったらもっぺん染まり直すんよ。あの時は騒ぎ立てたくなかったし、どうしてかわからんかったけん、わしは何も言わんかった』 『つまりな…湖は判断しかねたんじゃ。ある意味では、"こまっちゃんは長内のじいさんを殺した"んじゃ』 「何やて!?」 一気に、眠気が吹き飛ぶ。 『もちろん、こまっちゃんはこのこと知らん。こまっちゃんの中に眠る神が、仕組んだんじゃ。おそらく、じいさんの無意識へ囁いたんじゃろな。"こまっちゃんに封印を解かしたら、呪いが解ける"いうて』 「待って、カザヒさん。…一体、何のために?」 『見たじゃろ、青葉。あの神は、霊気を吸収するんじゃ。あの段階では、普段のこまっちゃんを乗っ取れるほど強くなかったんじゃ。だけん、長内老人に囁いた。こまっちゃんを、あそこに連れて行くよう仕向けたんじゃ』 『そのためにじいさんの封印も解いたんやろな。おそらく、こまっちゃんは霊を前にして恐怖のあまりに、隙を生んだんよ。そこへ、神は付け込んだ』 「そいで、小町は悪霊を吸い取った――?」 歯車が次々と、噛み合った。それならば長内老人があの行動を起こした理由も、小町が霊を消したという理由も痛いほどよくわかる。 『霊力を吸い取り、神は力を増した。おそらくな、お前が前にした封印には封じられた振りをしとっただけじゃ。今回、強い封印したけん大丈夫じゃと思うけど…正直、どこまで持つかな』 『一日に一回は、封印を直さないかんやろな』 双つ神の意見に、青葉は絶句した。 「あいな強い封印を続けたら、小町の体が壊れてまう!」 『その通りじゃ。だけん、もう限界じゃ』 『んだ』 『――もう一つの方法を、取るしかあらへん』 襖を開けると、既に小町は起き上がっていた。 「小町、気が付いたんな」 青葉はそっと、傍らに正座する。 「――青葉。私、いつ戻って来たの?」 「昼やよ」 もう、日が暮れていた。 「私、記憶がないの…」 指先に巻かれた包帯を見下ろして、小町は呟く。 「蔵に閉じ込められて…それも、何でかわからなくて」 「小町は知らん内に、巫女さんの霊気を取ってしもたらしい。記憶がなくなっとるとこ、もう一つあるやろ」 「――そうかもしれないわ」 巫女を呼びに行ってから、巫女に襲われるまで。その間が、空白だった気がする。 「巫女さんは小町を恐れて、閉じ込めた。でも、あいつは巫女さんから取った霊気で力を得てお前を長時間乗っ取れるようになったんよ。そいで、"小町"は神となっとった霊を吸収してもた」 「何を言ってるの、青葉。あいつって、何…?」 小町は青葉が本気で何を言っているのかわからないらしく、眉をひそめた。 「小町の中に、神さんがおるんよ…」 しばらく、沈黙がその場を支配した。 「神、が?」 「何でかは、わからん。小町の両親に、聞くしかあらへん」 青葉は突然小町を引き寄せ、抱き締めた。 「許してな。俺の力やったら、そいな強大化した神さんを封じることは出来ん。どうしても、話聞かないかん。このままやったら、大変なことになるって神さんが言うとった」 目を閉じ、青葉は哀しそうに詫びる。 「大変なこと?」 「神の力が大きくなりすぎたら、小町がどうなるかわからんのや」 恐ろしい説明に、小町は何の声も出なかった。 「私、死ぬの…?」 「死なん」 青葉はきっぱり告げる。 「俺が死なさん」 開かれた瞳に宿るは、堅い決意であった。 |