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青葉は、穂波に頭を下げた。 「頼まれてくれるえ?」 「頼むって…まさか、俺がこまっちゃんの両親に聞きに行くっていうことか?」 穂波は眉をひそめた。 「昨日、神さんと話し合ったんよ」 例の事件から、まだ一日も経っていない。もう動き出すということが、青葉の焦りを暗に示していた。 「小町を連れて行くのは論外。本当は俺が行ってやりたいけど、俺がおらんかったら小町の封印を直す奴がおらんことになってまう」 「それもそうや」 穂波は素直に納得した。 「せやけど、俺みたいな面識のない奴に話してくれるか?」 「俺から、電話しとくけん」 「そういえば、こまっちゃんの両親はお前の昔知ってるんか。あれやったら、俺が双神青葉ですって言ったるで」 「うーん」 青葉はあまり、賛成ではないようだ。 「正直に言った方がええんちゃうかなあ。まあ、そこはお前に任す。とりあえず、電話して来るけんな」 青葉は立ち上がった。 『――はい、佐倉です』 小町の母が出た。 「こんにちは。双神青葉です」 『ああ、小町がお世話になってるわね』 母は、感情のこもっていない声で礼を言った。 「ちょっと今、大変なことが起こっとるんです」 『え?』 「小町の中に居た神を、封じたそうですね」 『な、何の話?』 初めて、小町の母は取り乱し始めた。 「悪いけど、話聞かせてもらいます」 『ふざけないで。何の話か、わからないわ』 「実は今、もう東京におるんです。明日には、向かわせてもらいます」 青葉がハッタリをかますと、小町の母は口ごもった。 「小町が苦しんでるんは、あんたらの責任です。逃げることは許しません。ええですね!」 『は、はい…』 青葉の気迫に気圧され、小町の母は怯えたように承諾した。 「明日、着いたら電話します。家におって下さい」 青葉はすぐに、電話を切った。 「青葉…」 気が付けば、近くに小町が立っていた。 「小町、起きたん」 「ええ」 小町は封印の影響なのか、眠ってばかりいた。今も、とても眠そうに目をこすっている。 「お母さんに、電話してたの?」 「せや。穂波にすぐ、東京行ってもらうけん。小町は何も心配せんと、寝ときな」 「――でも、穂波さんに迷惑じゃないかしら」 「大丈夫やよ」 青葉は少し笑って、小町の向こう側を指差した。小町は振り向き、荷物を持って立つ穂波を目に留める。 「準備したで!」 『完了〜』 穂波とすりーぷは、揃って敬礼した。 『早かったのう』 『んだんだ』 カザヒとミナツチも、感心している。 「小町、小町の家の電話番号を穂波に教えといて」 「わかったわ」 小町が穂波の携帯電話に、自宅の電話番号を打ち込む光景を何とはなしに見やりながら、青葉は深いため息をついた。 『青葉、心配な?』 カザヒが青葉の顔を覗きこむ。 「穂波はちゃんとやってくれるやろと思う。けど、小町の両親の対応が気になるな…」 『んだなあ』 ミナツチが賛同する。 「ほんなら青葉。俺、ちょくちょく電話するから! こまっちゃんの電話に電話するわな」 「わかった。ほんま、ありがとな」 青葉に真剣に言われ、穂波は照れ臭そうに笑った。 「俺は、こまっちゃんとお前には笑ってて欲しいんや。何せ、くっつけ隊隊長やからな!」 青葉は苦笑して、穂波の肩に手を置いた。 「無理はせんと。すりーぷも、よろしゅうな」 『はいはい〜』 すりーぷはにこにこ笑って、手を振った。 「穂波さん、よろしくお願いします」 小町にも頭を下げられ、穂波は大仰に天井を仰いだ。 「嫌やなあ、みんな。ボス戦を前にする主人公送り出すみたいに、辛気臭い顔してどうすんねん! ま、俺に全部任せ! ほんじゃな!」 穂波とすりーぷは、笑顔で出て行った。 夕方頃、穂波から電話が掛かって来た。 「穂波?」 『おう。今から、東京行きの新幹線乗るとこや。こまっちゃんの様子はどうや?』 「特に問題はないけど、眠っとるよ」 『ふーん。まあ、明日終わったら電話するからな』 「ん」 『ほんなら』 短い電話だったが、穂波の緊張感が伝わって来た。 そら、緊張するわな…。 本当なら、青葉が行かなければならなかったのだ。イトコに頼りすぎている気がして、青葉は自嘲気味に笑った。 『こら、青葉。何を考えとる』 『んだんだ』 表情の変化に気付いたのか、双つ神が青葉の周りをくるくる回る。 「何か、穂波に頼りすぎな気がしてもて」 『――アホじゃなあ』 『んだなあ』 カザヒとミナツチは、からから笑う。 『穂波が嫌がっとるならともかく、何でそいなこと気にするんじゃ。お前らはイトコやけど、兄弟も同然じゃ。助け合わんでどうするんじゃ』 『んだんだ』 『一人で背負わんでええんじゃぞ、青葉』 その一言で、青葉は泣き笑いのような表情を浮かべた。 『こまっちゃんを支えたれ、言うたじゃろ。誰かを支えるためには、自分も誰かに支えてもらわないかんのじゃぞ』 『んだあ。神と違って、人は弱いけん』 双つ神がいつもにも増して、優しく見えるのは気のせいだろうか。 『もちろん、わしらもお前を支えてるつもりじゃけど?』 『んだ?』 「…ありがと」 青葉は握り締めた拳にこめた力を、少しだけ抜いた。 穂波は住所に記されたマンションへと入って行った。オートロックになっているらしく、部屋番号の書かれたボタンが玄関に設えられていた。 ボタンを押してしばらく待つと、女の声がした。 『はい?』 「双神です」 『はい。少し待ってね』 音がして、もう一度女の声が響く。 『これで、エレベーターに乗れるわ。どうぞ』 「はあ」 戸惑いつつエレベーターのボタンを押すと、エレベーターが10階から降りて来る様が表示された。 「せや、青葉の振りせな。大阪弁やったら、やっぱあかんな。よーし、青葉の真似してみよか。すりーぷ、見といて!」 『へ〜?』 すりーぷが首を傾げるのにも構わず、穂波は物真似を始めた。 「俺、青葉やけん! カザヒさんとミナツチさんの巫女なんじゃけん!」 『はい、アウト〜』 すりーぷの厳しい評価に、穂波はコケそうになった。 『何か違うよ〜』 「くそう、意外に難しいな」 『青葉さん、そんなに早く喋らないもん〜』 「ああ、そうか! せやったら、青葉やけ〜ん…とか?」 穂波はもう一度挑戦してみたが、すりーぷはまたも首を振る。 『それ、むしろぼくになってる〜』 「しまったあ! のんびりすぎたか。難しいな、あそこの方言。ていうか青葉の喋り方」 言っている内に、エレベーターが来た。 「乗ろ乗ろ。こまっちゃんの部屋は…28階かあ。高すぎやろ」 『あはは〜』 青葉の心配をよそに、穂波とすりーぷはさして緊張していないのだった。 小町の母は、ほっそりとした女性で小町によく似ていた。 「こんにちは」 「こんにちは。あれ、青葉君…よね?」 「ええと、あの」 青葉の振りをするのは無理だと判断して、穂波は素直に頭を下げた。 「俺は、双神穂波言います。青葉のイトコで、青葉は今日どうしてもここに来れんから、代理で来ました」 「代理?」 「はい」 「そう。ともかく、中にどうぞ」 促され中に入り、高級そうなソファに座る。 『おかねもち〜』 すりーぷも、物珍しげにきょろきょろしている。 「どうぞ」 お茶とお茶菓子を出されたので、穂波は軽く頭を下げた。 「一体、何の話なのかしら」 小町の母は、穂波の前に不安そうに腰掛けた。 「封印のことについて、聞きたいんです」 「…封印?」 「とぼけても無駄です。あんたには、霊力があるんでしょう」 見た瞬間に、気付いた。それほど強くはないとはいえ、明らかに彼女は霊力を秘めていた。 「――そうね」 「旧姓で言うと、立川冴子さん…ですね」 小町から聞いた下の名も付けて名を呼ぶと、冴子は肩を奮わせた。 「巫女の家に生まれたんですね。一体、その家は何の神を祀っとったんです? 水神なことは、調べが付いてます。霊力を吸収することも…」 冴子はしばらくしてから、ようやく口を開いた。 「私はその家とは、縁を切ったの」 「切ったんなら、何で娘さんに神が封じられとるんですか」 穂波は冷静に、問い詰める。冴子は観念したように答え始めた。 「――私の家は、代々続く巫女の家だったの。神は、龍神」 「龍神?」 そうか、それで"たつかわ"か。 穂波は納得して、頷いた。 「荒ぶる神だった龍神を押さえるため、立川の巫女はその身に神を宿して鎮めたの」 「何ですって?」 穂波は思わず、身を乗り出した。 「私は怖かった…。父は外部の人だったのだけど、母の狂信的な態度に怯えて離婚した。なのに――」 冴子はきっと、穂波を睨み付けた。 「突然、母は私を訪ねて来たの。母は、自分はもう死ぬからと言って、小町にその神を宿して行ったのよ! 私は恐ろしかった…」 あんなに愛しかった我が子が、世にもおぞましいものに思えて。 「小町は変なことを、度々起こした。それが霊力のせいだとわかったから、頼んだのよ。封じてくれるように。世間から、どう見られるかと思うと、そのままにしておくわけには…」 「そんな、そんな理由で封じたんですか…? 封印頼んだ人に、断られたんでしょう? してもええことないって、言われたんでしょう?」 何故知っているのかと、うろん気な視線を穂波に向けてから冴子は首を振る。 「小町のことを思うから、頼んだのよ。夫の実家があんな村だったとは誤算だったけど、神なんて居ないと信じさせて…やっと神と縁が切れたと思ったら!」 冴子は勢い良く立ち上がった。 「小町の神は、封じられていたのに! あなた達が、解いたんでしょう!?」 「解いた? まあ、そうとも言えるけど…怒られる筋合いはない」 穂波は初めて、声を荒らげる。 「封じたせいで、神は歪んでしもたんや! だから、こまっちゃんが苦しむような行動起こすんや! 本当にこまっちゃんを思うんやったら、何でそのまま受け入れたろうと思わなかったんや?」 「…黙って!」 冴子はヒステリックに喚いた。 「――今日は、言い争いに来たんやありません。神さんに関する資料、もしくは詳しい人は残ってますか」 「立川の末裔は、もう私と小町だけ。母が残した巻物なら、そこの中よ」 用意していたのか、テーブルの傍に箱が在った。 「神を制御する方法は、知りませんか?」 「知るわけないでしょう」 冴子は一刻も早く、この話を終わらせたいようだった。 「じゃあ、失礼しました…」 穂波はため息をついて、立ち上がった。 |