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携帯電話が鳴ったので、青葉はすぐに取った。 「もしもし?」 『おう、青葉。話、聞けたで。一応、巻物みたいなんももらった。すぐ、そっち帰るわ』 「ありがと…どうやったん?」 『ま、帰ってから話すわ』 「わかった…気を付けてな」 電話を切り、青葉は双つ神を仰ぐ。 「終わったって」 『ちょっと安心したな』 『んだ』 その場を、ホッとしたような空気が包んだ。 青葉は穂波の持ち帰った和綴じ本や巻物を、ひたすら読み続けた。 さすがに眠くなって目をこすった時に、障子の開く音がした。 「青葉…」 小町が、遠慮がちに立っていた。 「小町。どしたん?」 「まだ、読んでるの?」 そっと、小町は座って青葉の手元を覗き込む。 「ん。もう、十二時か」 青葉は大きく伸びをして、欠伸をした。夢中になっていたせいで、時が経つのも忘れていたようだ。 「小町、起きてて大丈夫な?」 「ええ。青葉、本当にありがとうね。心配してくれて、嬉しいわ」 まるでそれが別れの言葉のように思えて、青葉は眉をひそめた。 「私ね、後悔してないわ。ここに来たこと。青葉には迷惑だったかもしれないけど」 「迷惑なこと、あらへんよ?」 小町の真意を測りかねて、青葉は首を傾げた。 「私ね、青葉にもう一度会いたかった。手紙を私が止めたのは…青葉やここのことを忘れたら、東京に馴染める気がしたからよ。でも、いつまで経ってもここが、青葉が、懐かしかった…」 涙はないのに、小町は今にも消えてしまいそうに見えた。朝の雪のように、夕焼けに浮かぶ月が放つ光のように、脆そうに見えて。 「目を閉じれば、浮かぶのは懐かしい田園風景だった。ここで、辛いこともあったわ。その記憶を封じるほどに、辛いこともあった。でも、私は幸せだったのよ」 小町の声が、震え始める。 「あっちで幸せでないのは、私が頑張ってないからだって思って…甘えてるからだって思って…頑張ったの。でもその内に、何を頑張れば良いかわからなくなって――」 「小町」 静かに名を呼び、顔を覗きこむ。小町は無表情だった。 「私、何を言ってるのかしらね。辛い辛いって、言うばかりで…」 「小町。辛いって言うことは、悪いことちゃうよ」 青葉は小町の頬に触れた。 「いっつもいっつも、頑張らんでもええんよ」 青葉は、ふわりと顔を綻ばせた。 「小町はずっと、頑張っとってんもんな。頑張り屋さんやもんな。そら、疲れるわな…」 「うん…」 小町は何かをこらえるように、目を伏せた。 「立ち止まってもええ。休んでもええ。誰かに頼ってもええ。一人で、ずっと頑張らんでもええんよ」 「うん…」 小町は勇気を振り絞るように、おずおずと青葉に抱き付いた。 「そいな、自分を責めたらいかんよ。小町の悪い癖や」 「うん」 苦しい心がようやく楽になって、小町は一筋涙を落とした。 「神さんのことも、小町のせいちゃうよ。これは小町の両親が、ほんまにしたらいかんことしたせいやけん」 「したら、いけないこと?」 小町は体を離し、青葉を見上げた。 「神さんは、無理に封じたらそれだけ歪むんよ。小町の神さんは元々、荒ぶる神やったらしいけん、抑えられてしもて暴走したんやな」 「荒ぶる神って、祟り神ってこと?」 「ちょっとちゃうな。荒ぶる神は、荒魂(あらみたま)のことや。神さんは大体、二つの顔持っとってな。それが荒魂と和魂(にぎみたま)や。荒魂は神さんの、荒々しくて恐ろしい面を表しとる。和魂は反対に、穏やかで優しい面や。カザヒさんとミナツチさんは、普段はいつも和魂なんよ」 青葉の説明に、小町は納得したように頷いた。 「小町の神さんは、反対に普段いつも荒魂やったらしい。だけん、巫女の体で鎮めて和魂にしたんな。やのに、無理矢理封じてしもたけん…恨んどるんかもしれん」 ただでさえ力を抑えられるというのに、更に無理に封じられたのだ。神の怒りは計り知れない。 「小町、もう寝えな。小町が弱ったらそれだけ、神さんは小町を乗っ取ろうとするけん。わかった?」 「――ええ」 小町は立ち上がってから、微笑んだ。 「青葉も、寝たら?」 「うん、俺もすぐ寝るけん。何かあったら、すぐ母さんに言うんやよ」 念のため、母に小町と一緒に寝てもらうよう頼んだのだった。 「おやすみなさい」 「おやすみ」 小町を見送ってから、青葉はもう一度文机の前に座った。 背後に気配を感じて振り向くと、カザヒとミナツチが現れていた。 「カザヒさん、ミナツチさん…どこおったん?」 『二人の邪魔したらいかん、思て。なー、ミナツチ』 『なー、カザヒ』 双つ神は笑ったが、顔を覆う青葉を見て慌てた。 『青葉! どしたんじゃ!』 『んだ!』 慌てて近くに行くと、青葉はゆるゆると手を下ろす。泣きそうになっていたらしい。 「小町、助からんかもしれん…。一体、どうしたらええんや!」 怒りに任せて、青葉は机を拳で叩いた。 『何が書いてあったんじゃ』 カザヒに問われ、青葉はうつむく。 「神にふさわしくないと神が判断した場合は、神が巫女を食い破って出て来るって」 『何じゃと?』 『んだあ?』 双つ神は不安そうに、青葉の肩にそれぞれ手を置いた。 「いかんかった場合、体に印が出るらしい。多分、出て来るための力を得るために神は霊力を吸収しとるんや」 カザヒとミナツチは、絶句した。 「明日調べて、出てたら…」 『神を消すしかあらへん。でも、こまっちゃんの中におる神をどうやって消すんじゃろ』 『んだ…』 三人は不安そうな顔で、話し合いを続けたのだった。 翌日、青葉は小町と穂波に説明した。 「体に印が出てたら、神が小町を巫女と認めてない言うことになる。だけん、確かめてええんな?」 "小町の体を食い破って出て来る"という点だけは、伏せておいた。 「確かめるって、どないするんや」 驚いて口を開けたのは、穂波だった。 「神さんに見てもらう。悪いけど、脱いでな」 肩をすくめ、青葉は後ろに控えるカザヒとミナツチを示した。 「わかったわ…ええと、どこで…?」 小町は少し恥ずかしそうに、尋ねた。 「小町の部屋でもええし、隣の部屋でもええよ。さて、神さん。どっちがするんな?」 青葉が問うと、カザヒが挙手した。 『わし、おなごの気持ちわかるけん』 何故か威張っている。 「カザヒさん? ええんか?」 『良いのかな〜?』 穂波は納得行かないように、すりーぷと顔を見合わせた。 「どうせ神さんに性別ないけん、どっちでもええやろ。せやったら、よろしゅう」 青葉は苦笑してから、カザヒに頷き掛けた。 『任せ。行こか、こまっちゃん』 「はい」 カザヒと小町は、一旦部屋を出て行った。 「しかし、話が大事になって来たなあ」 『のう』 「ほんまな」 穂波と青葉の会話にミナツチが口を挟もうとしたが、いつもの相槌かと思われ流されてしまった。 「小町には言ってへんけど、えげつない話があるんよ…」 『のうのう』 「え? 何の話や」 またも無視されたので、ミナツチは二人の間に浮かぶことにした。 『のう』 「ん? どしたんミナツチさん」 ようやく青葉が気付いた。 『カザヒ行かせて良かったんな?』 「へ? でも、神さんは性別ないんやろ」 穂波が、何を今更という表情で首を傾げる。 『ないんやけど、分ける時もあるんよ。その時は、わしがおなごでカザヒがおのこになる』 「へー」 青葉と穂波は素直に頷いてから、いきなり真剣な顔を見合わせ立ち上がった。それから間髪入れずに部屋を出て行ってしまったので、すりーぷは呆然としてしまった。 『あらら〜』 『みんな、せっかちやのう』 ミナツチが、ぽつりと呟く。 その内、青葉と穂波が暴れるカザヒを連れて帰って来た。 「よくも、いけしゃあしゃあと…お仕置きせなな」 「風呂に沈めたろか」 穂波と青葉が不穏な台詞を吐く。 『わしに、何てこと言うんじゃ! 性別はないって、言っとるじゃろ!』 「ミナツチさんが、分ける時はあんたは男や言うてたよ!」 「それ知っとるんやったら、ミナツチさんにさせんかい!」 青葉と穂波に責められ、カザヒはふくれた。 『分けたら、の話じゃろ? ミナツチ、余計なこと言いくさって』 『わし、本当のこと言うただけや』 ミナツチは呆れたように返答した。 「あの、別に私大丈夫だから怒らないであげて」 小町が困ったように、部屋を覗き込んで言った。 『さすが、こまっちゃんは優しいのう』 「黙り」 青葉は一蹴して、浮かぼうとするカザヒをがっちり抱きすくめる。 「そういや、カザヒさんは小町にようくっつこうとするもんな。男や」 『ちゃうもーん。性別ないもーん』 「かわいげな振りしても、いかん!」 青葉は一言叱ってから、ミナツチを仰いだ。 「ミナツチさん、よろしゅう」 『んだ』 ミナツチが小町を先導するのを見届け、青葉と穂波はほっと息をついた。 カザヒはふくれっ面で青葉の腕から逃れようとするも逃れられず、諦めて大人しくなった。 「カザヒさん、それ痴漢言うねんで」 穂波がからかいを含んだ口調で、示唆する。 『ちゃうもん…。しくしく』 拗ねてしまったらしく、青葉の胸で泣く真似を始めてしまった。 「でも不思議やなあ。カザヒさん、壁とかすり抜けるくせに青葉の腕からは逃げれへんのか」 「それは、俺が巫女やけんやよ。俺は、神さんを抑える役目もあるけんな。こうしたら出れんのや」 穂波の疑問に、青葉は笑って答えた。 「なるほどなあ」 穂波はすりーぷで試そうとしたのか、すりーぷに手を伸ばすも逃げられてしまっていた。 「で、青葉。えげつないことって何や」 青葉は少しためらいながら、答えた。 「…神さんが小町を巫女にふさわしくないって判断したら、食い破って出て来るって…」 「つまり、こまっちゃんは」 「死んでまう」 いい辛すぎて、青葉は唇を噛んだ。 「その前に、神さんを消せば助かるとは思う」 「まあ、もう祟り神になってしもてるようなもんやもんな」 青葉も穂波も、浮かない顔をしていた。彼らは二人共が神に仕える巫女であるため、"神殺し"に言いようもない抵抗を覚えてしまうのだ。 しばらくして、ミナツチと小町が帰って来た。 「ミナツチさん、どうやった?」 青葉が慌てて尋ねると、ミナツチはゆっくり首を振った。 『印みたいなんは、何もなかった』 たちまち、その場にホッとした空気が流れる。 『ただなあ――』 ミナツチが何か言い掛けた時、小町がいきなりうずくまった。 「小町?」 青葉は小町の顔に苦悶の表情を見付け、駆け寄った。 「小町!」 「痛い…!」 「どしたんや! 小町!」 青葉が怒鳴るも、小町はいきなり倒れこんでしまった。 |