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みこつぶし



 夕食時、総一郎は思いついたように青葉の顔を見た。
「お前、もう二十歳越えたんな」
「ん? せやけど」
 何を今更そんなことを聞くのかといった表情で、青葉は眉をひそめた。
 誕生日はとうに、過ぎたというのに。
「ほいだら、今年から"巫女潰し"が出来るんな!」
 嬉しそうに総一郎はにこにこ笑うが、青葉も小町も呆気に取られていた。
「巫女潰しって…何だか、物騒な名前ですね」
 どんな想像をしているのか、小町は恐ろしげに口元を引きつらせた。
『別に、危ないもんちゃうぞ』
『んだ』
『"潰し"は"酔い潰す"から来たんじゃ』
 カザヒとミナツチが、背後から説明を加える。
「酔い潰し? どういうことな」
「三月の末に酒豪がみんな集まってやな…巫女と飲み比べするん」
「何で、そいなこと」
 青葉は首をひねった。あまり、気が乗らないようだ。
「双神の巫女ってのは、何やら知らんけど酒にやたら強くてな。そいな巫女と対決して勝ったら、ほんまもんの酒豪って認められるんや」
「へえ…巫女さんって、お酒に強いのね」
 小町は感心したように、呟いた。
『酒には霊気があるけんな。巫女は霊気を使うけん、酒に強いんじゃ』
「なるほど」
 カザヒの説明に、小町は益々感心している。
「巫女の跡継ぎが一世代空いたせいで、今までお前酒飲める年齢やなかったやろ。だけん、母さんが死んでからは中止になっとってんけど……今年で、復活するってわけや!」
 総一郎は嬉しさのあまり、机を思い切り叩いて味噌汁をこぼしたのだった。

 "巫女潰し"日当日、青葉は突然の訪問者に思い切り怒鳴った。
「何でお前がここにおるん!」
 玄関の戸を開けたまま、青葉は固まる。
「えー。何で喜んでくれへんの?」
『そうですよ〜』
 穂波とすりーぷが、やって来たのだった。
「おっちゃんから電話で"巫女潰し"のこと聞いて、これは行かな…いや俺が行かんでどうするって思った次第や」
「来んでええって」
「酷い!」
 青葉の冷たい一言に、穂波は顔を覆った。
「大体穂波、俺を潰せるほど強いっけ?」
「ふっふっふ。この頃、前より強くなったんや。なー、すりーぷ」
『ね〜』
 三人のやり取りを見ながら、小町は小首を傾げた。
「穂波さんも巫女なのに、どうしてそんなに強くないの?」
『穂波は青葉より霊力が弱いし、巫女になったんも最近じゃけん』
『んだ。でも、すりーぷの巫女になったけん、ちょっとは強くなっとるやろ』
 カザヒとミナツチが素早く、質問に答えてくれた。
「青葉のおばあさんは強かったの?」
『…ミツは…』
『ザルやったな…』
 二人共顔を見合わせて、うんうん頷き合った。
『というよりは大体、ザルやったよ。双神の巫女は』
『遺伝もあるんかな』
「――じゃあ、青葉もザルってことかしら?」
『さあ…。青葉はまだ、限界まで飲んだことないけんな』
 カザヒの声は全く心配そうではなく、むしろ面白がっているようだった。

 "巫女潰し"の話を聞いて、村の老若男女がやって来た。
「…何で、こんなに多いんな」
 襖から中の様子を伺った青葉は、うんざりしたように双つ神を振り返った。
『だって、久しぶりやもんなあ。ん? あのじいさん、大丈夫かいな』
 カザヒに促され見た先には、今にも倒れそうな枯れ木のような老人が座っていた。
 確かあの人、90超えてたような…。
「わしは今日、死んでも本望じゃぞー!」
 しかも、物騒なことを言っている。
「何やら、心配なって来たなあ」
『ま、何とかなるじゃろ』
『んだ』
 双つ神は、気楽なものである。
 その時、膳を持って祥子と小町と穂波がやって来た。人手が足りないので、穂波も手伝いに駆り出されているのだ。
「ん? あの三人が給仕ってことは」
『総一郎が台所かいな。あいな不器用な奴に』
『でも、どうせご飯よそうだけやろ』
 三人はひそひそ、双神家当主のことを囁き合った。
「親父に給仕やらせたらええのに」
『いや、あれでも一応当主やけんな。当主が給仕ってのを見たら、年取った奴らなんかはびっくりしてまうわ』
『巫女がするよりましやけど、それでもえらいことやけん』
「へえ」
 そんなものなんか、と青葉は息をつく。
『そろそろじゃな。青葉、しっかりせえよ。この行事は昔、普段顔を合わせん巫女と村人との貴重な交流の場でもあったんじゃ。時代が変わったとはいえ、祖先が培って来た伝統を壊したらいかんよ』
『んだあ。村人たちも、わしらを支えてくれてるけんな』
 二人の言葉に真剣に頷き、青葉は襖を開けた。巫女衣装を着た青葉が神々しく見えたのか、しばし沈黙した後、集まった人々は拍手や口笛で歓迎を始めた。
「よっ! 巫女さん!」
「潰したるけんなー!」
 掛け声に苦笑しつつ、青葉は皆の正面に座った。
「この度は、"巫女潰し"に集まってくれてありがとうございます。先代の巫女が亡うてからずっと中止になっとりましたが、今年私が成人を迎えたおかげで無事再開と相成りました。今日は、どうぞよろしゅう」
 頭を下げると、村人たちも畏まって頭を下げた。
「じゃあ、食べる前にとりあえず乾杯しましょか。おーい穂波、酒配って」
「何で俺が、給仕役なんてせなあかんのや。来るんやなかった」
 穂波はぶつぶつ言いながら、青葉の盃に酒を注ぐ。
 手伝いに任命された穂波は、自分は"巫女潰し"に参加出来なくなったため不満そうだ。
「来てくれてありがと、穂波」
 青葉がにっこり笑ってみせると、穂波は複雑そうな表情を浮かべた。

「では、一杯」
 そう言って青葉が盃を掲げる度、皆は盃の中身をあおった。
 何回目からかはわからないが、段々と脱落者が現れ始める。
「あり、かみさん寝てもうた。おーい姉ちゃん、布団貸してくれへんか」
「はーい…って何でやねん! オッサン、俺は男や!」
「え? あれ、ほんまや。そいな長い髪しとるけん間違えてもうたわ」
 この男は酔っているせいで、穂波を女と間違えたらしい。
『一瞬、穂波乗っとったな』
『んだあ』
 カザヒとミナツチは、身震いしていた…。

 次々と脱落者が現れるも、青葉の顔色は変わらないままだった。
 そして、最後に残ったのは…
「強いんですね」
 青葉が笑い掛けると、老人は照れ臭そうに笑った。例の、90は越えているであろう老人が残ったのだ。
「巫女さまこそ」
「先代の時も、参加なさったんですか?」
「ええ。先代も、お強うございました。こうやって、話したのが昨日のことのようや」
 老人は顔をくしゃくしゃにして笑った。
「巫女さまと話すのが、毎度楽しみでなあ。そうでもないと、喋れへんくらい神聖な存在なんです。わしがいつも参加してたのは、巫女さまに勝つためやなくて、こうやって喋るためやったんです」
「なるほど」
「しばらく"巫女潰し"がないけん、淋しかったです。もちろんあなたのことは知っとったけど、こういう場でもない限り話し掛けるなんて畏れ多いことです」
 老人は優しい目で、青葉を見た。彼の中では、巫女はとても尊き存在なのだろう。
「だけん、こうやってまた話せるのは夢のようです。死ぬ前に、出来て良かった思います」
 その時、老人の体が傾いだ。
「ありがとう…ございます…」
 老人はぱたりと、後ろに倒れる。
「じいさん!」
 青葉が駆け寄る前に、穂波が老人の傍らに跪いて様子を伺っていた。
「……寝とる」
 青葉はもう少しで、すっ転ぶところであった。
「何や、びっくりした」
 けれど、すやすや幸せそうに眠る老人を見て、青葉は思わず
「来年の"巫女潰し"が、楽しみや」
 と呟いたのだった。

        あとがき

いつか書きたいなーと思いつつ、書く機会を逃していたお話です。
ちなみに、双神の巫女を潰せた人は居ないそうです(笑)

ちょっと本編と時間軸がずれてしまうのですが、番外編ということでご容赦ください。

 

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