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まよいみち



 少女は、急いで駅から出た。
 すぐに、待っていてくれていた青年と目が合う。
「…おかえり」
『おかえりー!』
『んだんだ』
 彼の傍らに浮かぶ、ユーモラスな神たちも彼女を歓迎する。
「ただいま、青葉。カザヒさん、ミナツチさん!」
 小町は、にっこり笑った。

 雪で白く染まった道を歩きながら、青葉は尋ねる。
「調子はどうや?」
「うん、多分大丈夫だと思う。電話でも言ったけど、センターで結構取れたから」
「ほんま、賢いなあ」
 かつて、センターがかんばしくなかった青葉は心の底から言った。
「青葉は、二次で頑張ったんだっけ?」
「いや、俺は奇跡で受かったけん、参考にしんとき」
 青葉の言葉に、背後の双つ神がにやりと笑う。
『どっちにせよ、青葉が受かった大学にこまっちゃんが落ちることありえへんけん、心配しんとき』
『んだ』
「どういう意味や」
 青葉は口を尖らせる。
 そのやり取りに、小町は声をあげて笑う。
「やっぱり、ここが落ち着くわ。頑張って、受からなきゃね」
「…せやな」
「両親も、もう私のこと諦めたみたい」
 さらりと言われた台詞に、青葉の足が止まる。
「"好きにしろ"ってさ。…だから、私は好きなようにするわ」
「…そうか」
 それだけしか、言ってやれなかった。
 小町は東京に帰ってから、逃げずに両親と話し合った。
 電話を通じてその様子を聞いていたが、本当に小町は頑張ったと思う。
「でも、ここ寒いわね。さすが田舎」
 小町が話題を変える。
「そら、二月って一番寒い時やけん。特に今年は、雪が多いし」
「本当ね」
 二人がたわいない会話をしている内に、双神の家に辿り着いた。
「お邪魔します」
「母さん、小町来たで!」
 青葉が家の奥に呼び掛けると、ばたばた母親が走って来た。
「ああ、ほんまや! よう来たなあ。今日はお鍋やけん、楽しみにしときなあ」
「はい、ありがとうございます」
「まあまあ、上がって上がって。あ、青葉悪いけど、これに灯油入れて来て」
 母・祥子は、青葉にずいっと灯油入れを渡した。
「何でこんな、扱いがちゃうんや」
『しゃあないしゃあない』
『んだ』
 ぶつぶつ言う青葉と彼を慰める双つ神は、もう一度外に出て行った。

 鍋を囲み、皆は和やかに喋った。
「あと、一週間か。頑張りな」
「はい」
 小町は青葉の父の言葉を受け、真剣に頷く。
 試験日は一週間後なのだが、余裕を持って今日来たらどうかと青葉が言ったのだった。
「本当に、ありがとうございます。こんなによくしていただいて」
「ええけん、ええけん。私らも気付いてやれんかったけん、反省しとるんよ」
 母は、哀しそうに微笑む。
 先日小町が、青葉に彼女の事情を両親に言っておいてくれと頼んだのだった。
 彼女としては、もう隠しておけないと思ったのだろう。
「いえ、そんなおばさんが反省しなきゃいけないことじゃ…」
「いいや、俺らは佐倉さんたちと仲良かったのに、わからんかったんやけんな」
 父は酒をあおり、首を振った。
「ま、その分俺らに甘え。青葉も、いくらでもこき使ってくれてええけんな」
「何でや」
 父に、青葉が突っ込む。
「頭ええとは言えへんけん、あんま勉強の助けにはならんけどな」
「コラコラ! 俺を何やと思ってるんや!」
 父と息子のやり取りに、小町はこらえきれず噴き出した。

 小町は試験直前まで、よく勉強していた。
「もう余裕やけん、そんなに勉強せんでもええんとちゃうの?」
 お茶の差し入れに来た青葉が口を挟むと、小町は怖い顔をしてみせた。
「余裕と思って勉強しなくて、落ちたら嫌でしょう?」
「まあ、それもそやけど」
「でしょ? だから、私は油断したくないの」
 すぐに、また手を動かし始める。
「真似出来んなあ…俺なんて、試験三日前やったら何してもしゃあないとか開き直って、寝てばっかおったし」
 青葉の体験談に、カザヒとミナツチがにやにや笑う。
『ほんま、お前は奇跡に感謝しなな』
『んだんだ』
「はいはい」
 青葉はひらひら手を振る。
「さってと、小町の邪魔したらいかんけん、行こか。神さん」
『え〜。もっと話したい』
『んだ〜』
「さっき、ごはんの時に散々喋っとったやろ! ええ加減にし」
 青葉が叱ると、双つ神は渋々出て行った。
「そんなに怒らなくて、大丈夫なのに」
「ああでも言わな、聞かんけんな。じゃ、頑張りな」
 青葉は激励してから、部屋を後にした。

 試験二日前の早朝。
 寒い…雪でも降っているのかしら。
 小町がそんなことを思いながら窓を覗くと、外に佇んでいる青葉を見付けた。
「青葉、何してるの?」
 からりと窓を開けて訪ねると、青葉は振り返る。
「あれ、おはよう。神さんが雪降ってるけん外出たいって、駄々こねてな。んで、付き合ってるんや」
 青葉の指差した先の空には、双つ神がくるくる踊っている。
 まだ暗い空から降る雪が神たちと巫女を囲み、何とも幻想的だった。
『だって、これが今年最後の雪じゃぞ』
『んだあ』
「そうなの?」
 小町はそれを聞いて、思い立った。
「私も、そこに行って良い?」
「ええけど…風邪ひくで」
「大丈夫よ、厚着して行くから。じゃ、行くわね」
 小町は返事を待たずに窓を閉め、急いで着替え始めた。
 玄関から外に出ると、青葉が困ったように首を傾げた。
「体調、気を付けないかんのに」
「大丈夫よ。気を付けすぎて、今年最後の雪を見逃すのは勿体無さ過ぎるわ」
 小町は見惚れたように、空を仰ぐ。
「綺麗ね…」
『せやろ』
『んだ』
 カザヒとミナツチが、嬉しそうに小町の周りを回る。
「…ねえ、私の道は正しいのかしら?」
 小町は突如、言葉を吐いた。
 問われた青葉は、眉をひそめた。
「どういう意味や?」
「この数ヶ月、死に物狂いで勉強して来たわ。私には、この道しかないんだって思って。でも、今になって思うの。"本当に、これで正しいのか"って迷うの。…迷うくらいなら、正しい道じゃないのかしら」
 沈黙が降りる。
「迷ったけん、それが正しくない道やってことはないと思う」
 しばらくして、青葉はゆっくり答える。
「俺やって、巫女やり始めた頃は迷った。"こんなんで、俺は幸せなんか"ってな」
『何じゃと!』
『んだ!』
 初耳だったらしく、カザヒとミナツチが気色ばむ。
「だって、生まれた時から決められとったんやよ? 他の奴はいくらでも夢見れるのに、俺は見れへんかった。子供やったし、そう思ってへこむこともあった。でも、今はやっぱりこれで良かったと思ってる。俺にとっての、正しい道やったって。神さんたちを祀る仕事も、神事もやり甲斐あるしな」
『何じゃ、偉そうに』
『んだ』
 カザヒとミナツチは慌てたことが恥ずかしかったらしく、照れ隠しに意地を張って見せた。
「だけん小町も、いくらでも迷い。迷いながら、進み。その内、正しい正しくないはわかって来るはずや。迷うことは悪いことやないんやけん、落ち込まんとき」
「――そうね。ありがとう」
 小町は安心したように、微笑んだ。

 試験一日前の夕食準備中、母は妙に真剣になって青葉に尋ねた。
「なあ青葉。もしかして小町ちゃんって、方向音痴とちゃう?」
「はあ? それはないやろ。あんなにしっかりしとんのに」
 青葉が一蹴するも、母は納得行っていないようだ。
「せやけど学校まで地図書いて三回も説明したのに、まだわかってないようやったよ」
 母は心配そうに、二階を見やる。
 当の小町は、まだ勉強している。
「あんた、どうせ休みで暇やろ。付いて行ったり」
「そんなん、小町が嫌がるやろ」
 青葉は渋い顔をする。
「そんなん言うて、小町ちゃんが迷って辿り着けんかったらどうするん!」
「だーけーん、小町が方向音痴ってまだ決まったわけちゃうやろ!」
「でも、しっかり者やのに方向音痴ってのは、何やらかわいげでええなあ」
 二人の言い合いに、総一郎が口を挟んだ。
「親父、何言っとんや!」
「あんた、それ親父目線やがな!」
『総一郎、お前はアホか』
『アホや』
 息子と妻と双つ神に責められ、総一郎は哀しそうにうなだれた。
「そこまで言わんでも…!」
 父を無視し、青葉は母に向き直る。
「じゃあ、母さんが小町に聞いてみてや。そんで、小町が不安なんやったら付いて行く…ってことでどうや」
「わかった。夕食の時に、さり気なく聞こか」
 祥子は片目をつむってみせた。

 夕食が始まってすぐ、祥子は小町に尋ねた。
「明日の道、わかる?」
「道…あ、はい」
「大学まで結構歩かないかんけど、大丈夫?」
「う、はい」
 どうも、歯切れが悪かった。
「えっと、駅降りて南ですよね」
「そうそう」
「で、真っ直ぐに行って曲がって…」
 しかし、その受け答えを聞いて青葉は母に耳打ちした。
「大丈夫そうやん」
「でもあれ、文字通りに覚えただけかもしれんよ。何か、目が虚ろやし」
「…ほんまや」
 確かに小町は、明らかに挙動不審であった。
「小町ちゃん、道心配やったら青葉に付いて行かすよ。どうせ暇人やけん」
「え、でもそれは悪いです!」
「ええって。それより、迷ったら大変やけん。な?」
 母に押し切られ、最終的に小町は頷いた。
「やっぱ、方向音痴やったんか…」
『人は見かけによらんもんじゃのう』
『んだあ』
 青葉と守り神たちは、そっと囁き合ったのだった。

 乗換駅で、小町はずんずん進んで行こうとした。
「小町! どこ行くんや!」
 青葉が叫ぶと、小町はきょとんとして振り返る。
「え? この駅で乗り換えでしょ?」
「乗り換えやけん、別に駅出んでええやろ」
「あ、そっか。勘違いしてたわ」
 恥ずかしそうな小町を見て、青葉は盛大なため息をつく。
「こんな凄まじいおっちょこちょいやったんか」
「道だけは、どうにもならなくて。東京で受験した時も、30分で着くところを二時間もかけて行っちゃって…余裕持って行かなかったら危なかったわ」
 小町の体験談に、カザヒとミナツチもぽかんとして顔を見合わせている。
『何とまあ』
『まあ』
「一人で行かしたら、母さんの言う通りになっとったやろな…。さ、はよ行こ」
 青葉は慌てて、先導を開始した。

 その後も迷いに迷おうとする小町を何とか学校まで送り届け、青葉は学校近くの喫茶店で息を付いた。
「あー疲れた…」
『ご苦労じゃったな。でも、帰りもじゃぞ』
『んだ』
 ちょうどウェイトレスが注文を取りに来たので、青葉は双つ神に答えず頷くだけにしておいた。
「ご注文は」
 ウェイトレスが、注文を尋ねる。
「ええと、紅茶」
「ミルクとレモンがありますが、どちらがよろしいでしょうか」
「レモン」
「畏まりました」
 ウェイトレスが十分離れたことを確認してから、青葉は小さく呟いた。
「帰りもか…まあ、帰りやったら小町もちょっとはわかってるやろな」
『そう上手く行くかのう』
『のう』
 カザヒとミナツチは、にやにや笑った。

 帰りも、小町は迷いに迷おうとした。
 その度引き戻した青葉は、すっかり疲れ果ててしまった。
 家に帰ると、祥子が出迎えたが…
「あれ、青葉どしたん。何で小町ちゃんより、あんたが疲れとんや」
「ちょっとな…」
 答える元気もなくて、青葉は玄関に上がる。
「小町ちゃん、試験はどうやった?」
「わからないけど…これで受かってないと、青葉に悪いですよね」
 苦笑する小町の台詞に、祥子は首を傾げたのだった。

 朝。
 ばんばん部屋の戸が叩かれ、青葉は渋々起きる。
「…誰や」
「青葉! 私、受かった!」
「え?」
 一気に目が覚めた。
「神さん! 起き!」
 慌てて、浮かびながら幸せそうに眠るカザヒとミナツチを起こす。
『何じゃあ?』
『んだ?』
「小町が受かったって!」
『…何と!』
『…万歳!』
 双つ神は凄まじい勢いで戸の向こうに出て行ってしまった。
 青葉もその後を追うと、廊下に嬉しそうな小町と青葉の両親の姿が。
「何か、俺の時より嬉しそうやな親父」
「まあまあ青葉、気にするな」
 総一郎は、青葉の肩をばしばし叩く。
「青葉、ありがとうね!」
 小町が、青葉に向かってにっこり笑った。
「これからもよろしくね、先輩」
「そっか、俺小町の先輩になるんか」
 青葉は苦笑する。
「んじゃ、これからも迷いながら行こか。後輩」
「…それって、どういう意味で?」
「色んな意味でや」
 青葉と小町のやり取りに、カザヒとミナツチが大笑いしたのだった。



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