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どうも、どこかで見たことがあると思ったのだ。 小町は、庭でこそこそする老人を目にして、眉をひそめた。 あの人、どこかで見たわ…。 勇気を出して、小町は庭に降りて老人に声を掛ける。 「ここで、何をしていらっしゃるんですか?」 老人はぎくりとして、手を止める。そして、振り向いた顔に小町は愕然とした。 「あなた、私を神桜の家に連れて行った…!」 もう三ヶ月も前のことだが、忘れたくても忘れられない思い出だ。桜の神と称する死霊に、喰われそうになったことは。 老人は小町を突き飛ばし、あっという間に走り去ってしまった。 「痛た…」 「小町、どしたん? 大丈夫な?」 身を起こした時、家の中から青葉の声が飛んで来た。 振り向き、小町はまくしたてた。 「今ね、さっきあのおじいさんが居たの!」 「はあ?」 青葉も庭に降りて、小町に手を伸ばす。その手を取って立ち上がりながら、小町はじれったそうに続けた。 「ほら、私を桜の神の所へ連れて行った人よ」 きょとんとする青葉の後ろから、ひょっこりカザヒとミナツチが現れた。 『あー、こまっちゃんが言っとった例のあやつか』 『んだあ』 二人は首をひねる。 「操られとったかもしれん、ってじいさんやな」 青葉が思い出したように言ったが、小町は首を振った。 「本当に、操られていただけかしら。さっきの様子、おかしかったからやましいことがあるのかもしれないわ。大体、ここに不法侵入する時点で妙だと思わない?」 小町の推理に、青葉と双つ神は顔を見合わせた。 『それもそうじゃな。そのじいさん、村の人間かな。青葉、心当たりは?』 「じいさん言うても、いっぱいおるけんなあ」 青葉は考え込んでいたが、とうとう思いつかない様子だった。 『年寄り多いけんな。高年齢化社会じゃ』 『んだ』 「神さんの口から高齢化社会って言葉が出るなんて、世も末やなあ」 青葉は笑ったが、小町は難しい顔をしていた。 『…うけてないぞ』 『ちょっと甘かったかな』 『笑いは難しいのう』 カザヒとミナツチがひそひそ呟くのにも気付かず、小町は思いつめた様子で晴れ上がった夏空を見上げた。 夕方頃、来客があった。 「青葉! 蘇芳(すおう)君やよ」 祥子に呼ばれて、青葉は読んでいた本を畳の上に置いた。 「蘇芳? ほんまな?」 「ほんまやよ。はよ、行ったり」 「ん」 青葉は行き掛けて、ぽかんとしている小町に気付く。 「小町。蘇芳のこと覚えとる?」 「誰?」 「小町より先に、引っ越してもた子やよ。親はちょっと前にここに帰って来てんけど蘇芳は大学が関西やけん、まだあっちにおったんよ」 「うーん…」 幼い頃の記憶を辿っても、蘇芳という人物は出て来なかった。それほど、仲良くなかったのかもしれない。 「会ったら、わかるかも」 「せやったら、一緒に行こか。家の中に、通しとるん?」 青葉は祥子に向き直ったが、彼女は首を横に振った。 「何回も勧めてんけど、すぐ帰るけん玄関でええって言うんよ」 「ふうん」 青葉と小町は、蘇芳の元に向かうことにした。 玄関で待っていた蘇芳の外見に、小町は度肝を抜かれた。 脱色された髪に、鋭い目。唇と耳にある、ピアス。 都会であればそれほど目立たないのだろうが、こんな田舎に居ると嫌でも目を引いてしまう。 しかし、外見より何より――… 「おう、青葉。久しぶりやな」 訛りはここのものであった。 「蘇芳、しばらく会わん内にえらいことになっとんな」 青葉は苦笑した。 「まあな」 「いつ、帰って来たん?」 尋ね掛けた青葉の背に、小町は隠れてしまった。 「小町? どしたん?」 「俺が怖いんちゃう?」 自嘲気味に、蘇芳は笑う。 怖いというのは本当だった。しかし、その外見からではない。 「小町。蘇芳は別に、悪い奴ちゃうよ」 青葉が言い聞かせるも、小町は青葉の背にしがみついたままだ。 「誰や、それ」 こんな反応をされてもあまり動じず、蘇芳は小町を顎で示した。 「佐倉小町。昔この村におってんけど、東京に引っ越してもて。でも、最近ここに下宿して大学通てるん」 「へえ」 面白くもなさそうに、蘇芳は相槌を打つ。 「お互い、知らんことはないと思うんやけど」 「覚えてはないけどな。学年ちゃうんやろ?」 「せやな。お前は二つ上やけん…」 二人の会話を聞きながらも、小町はまだ平静を取り戻せないでいた。 何で、こんなことになってるんだろう。 「何で、突然?」 「親父が、調子悪いけん。今日から入院やと」 「ほんまな?」 「ああ。だけん、俺が家の面倒見んと」 蘇芳は面倒臭そうにため息をついた。 「じゃ、帰るわ。その子、怖がっとるし」 「…すまんな」 「ええよ。どうせ、お前に挨拶だけして帰るつもりやったけん。じゃあな」 蘇芳が出て行く音が聞こえ、ようやく小町は手を放すことが出来た。 小町を振り返った青葉は、怒っていた。 「何で、あんなことしたん? 蘇芳に失礼やろ?」 「…ごめんなさい。私にも、理由がわからなくて。ただ、何故だか凄く怖くて…」 「怖いって何?」 青葉は本気で怒っているようで、いつものような穏やかな口調ではない。 怒られて当然だとはわかっている。本当に失礼なことをしたのも、わかっている。けれど、真実説明出来ない恐怖を感じたのだ。 『こら、青葉。こまっちゃんを責めたらいかん』 『んだー』 『こまっちゃんかて、理由があったんやろ』 「神さん! 今のは小町が悪いやろ。何でもかんでも、庇っとったらいかんよ」 双つ神の仲裁にも、耳を貸す気配は無い。 『でもなあ』 『んだあ』 「い、良いのカザヒさんミナツチさん。本当に、私が悪いんだもの。ごめんなさい」 頭を下げると、青葉は大きなため息を漏らした。 「俺に言うても、しゃあないやろ。蘇芳に謝って来」 「――それは」 蘇芳に真正面から向き合うことを考えると、何故だか足がすくんでしまった。 「出来へんの?」 『青葉! ええ加減にせえ! こまっちゃんがわざと、あんなことする子やないって知っとるやろ!』 『んだ!』 とうとう、カザヒとミナツチが青葉を叱った。 「それがわかっとるけん、怒っとるんよ。あーもう! …ちょっと、頭冷やして来る」 青葉は肩をすくめて、行ってしまった。 『こまっちゃん、気にせんとな』 『んだ』 『多分、わしの予想じゃけど』 しかし、カザヒの言葉を最後まで聞くことなく小町は歩き出した。 『こまっちゃん、どこに行くん』 『んだんだ』 「放っておいて下さい。ごめんなさい」 小町は呆然とする双つ神を残して、駆け足で階段を駆け上がった。自分の部屋に入って襖をきっちり閉め、泣き崩れる。 青葉に怒られるほどの行為をしてしまった自分が、そしてそうした理由がわからない自分がひたすらに不甲斐無くて悔しくて泣かずにはいられなかったのだ――…。 布団を頭からかぶって眠っていると、夢を見た。 幼い青葉が、湖の傍でにこにこ笑っている。 彼に近寄ろうと歩み出すと、青葉はこちらを指差して首を振った。 湖が、たちまち赤く紅く朱く染まる。 小町が自分の手を見下ろすと、自分の手はとろとろと溶けて行って水に変わった。 はっと目を覚まし、小町は暑苦しい布団の中から緩慢な動作で抜け出た。 腕時計を見ると、もう午前一時だ。 そういえば誰かが夕食だと呼びに来た気もするが、よく覚えていない。 小町はしばし考え込んでから、ゆっくりと立ち上がった。 夜気が、火照った頬に心地良い。 小町は月を見上げて、ほうっと息をついた。 後ろに見える双神の家は皆寝静まっているが、誰かに気付かれては厄介だと思って小町は足を速めた。 あのまま部屋に居ることは耐え難かったので、散歩することにしたのだ。 当て所なく、歩く。月明かりだけでは心もとないので懐中電灯で道を照らしながら、でたらめに歩を進める。 こうしていると、何も考えなくて済んだ。 突如、小町は足を止めた。あの老人が、目の前に現れたのだ。 「あなた…」 老人はすぐさま逃げ出し、小町は驚きのあまり彼をしばらく見送ってしまった。 「追わなきゃ!」 老人が大きな家に入って行くのが見えた。 小町は、急いで老人の入って行った家まで走る。ようやく辿り着いた時には、息が切れていた。 表札は、"長内(おさない)"となっている。 遠慮がちに門をくぐると、老人は狂ったように玄関の戸を叩いていた。 呆気に取られている内に、戸が開いて何と蘇芳が出て来た。 「おじい。何やっとんや」 「巫女じゃ。巫女がわしを殺しに来る」 「はあ?」 そこで、蘇芳は小町に気付いた。 「あんた、何やっとんや」 「私、その…あの…」 じっと見られ、恐怖で足が震える。 「昼間は…ごめんなさい…」 「それだけわざわざ、言いに来たんか? こんな時間に?」 「いえ。実は、そのおじいさんを追って…」 どう説明したものかと悩む小町を見て、蘇芳は頭を掻いた。 「とりあえず、中入ったらどうや」 「でも」 「もう目、覚めた。今は俺とおじい以外、この家誰もおらんけん入れや」 蘇芳は老人の手を引き、中に入ってしまった。小町も拳を握り締めて、彼らに続いた。 |