
|
通された部屋で、小町はじっと待っていた。 しばらくして、蘇芳はお茶を持って来てくれた。 「おじいは寝かせて来た。…で、何でうちのおじいを追ったんや?」 小町の前に座り、蘇芳は笑みを浮かべる。 「――私、あなたのおじいさんに会ったことがあるの」 「へえ?」 そうして、小町は神桜の事件を語った。 「あなたのおじいさんが操られていたかどうかは、わからないわ。でも、今日双神の家に来てたから…何だか引っかかっちゃって」 そこまで話してから、小町はあることに気付いた。 蘇芳が、こんな話を信じるかどうかということだ。 しかし、蘇芳は疑う様子もなく頷いた。 「なるほどな。俺の意見からすると、おじいは操られたわけちゃうと思う」 蘇芳は煙草をくわえ、火を点けた。 「おじいはな、双神の家を恨んどる」 「何ですって?」 「それでもって、ちょっと頭がおかしくなっとんや。だけん、そんなことしたんもわかる」 蘇芳の吐き出した煙に咳き込みながら、小町は疑問を呈した。 「でも、おかしいわ。双神を恨んでいるんなら、何で私を狙うの?」 「言ったやろ。ちょっと頭がおかしいって。多分、あんたを双神の巫女と間違えたんや。青葉が巫女なこと、知っとるはずやけど…ともかく、そう思い込んだんやな。それでたまたま見付けた呪われた所に、あんたを誘い込んだってわけや」 「どうして、双神を恨んでいるの?」 小町が問うと、蘇芳は遠くを見つめるような目をして煙草を口に当てた。 「逆恨みや。かつてこの家…長内は、双神と並ぶ村の主やった。双神が祭祀を担当して、長内は他の実質的なことを担当してた。二つの家あっての、村やった。やけど、おじいの父…ひいおじいが、とんだ放蕩者でな」 蘇芳は短くなった煙草を灰皿に押し潰し、また新しい煙草を箱から取り出した。 「家の金を全部使ってしもてな。双神にも借金しとったらしいんやけど、最後には双神の当主も呆れて見捨ててしもたんや。それから、長内の家は没落した」 「でも、こんなに大きな家なのに?」 「この家だけは残ったけど、他に持っとった山とか土地とか全部売ってしもとる。この家も、双神が援助して残してくれたんや」 蘇芳は他人事のように、肩をすくめた。 「おじいはな、事業を起こした時に双神が援助してくれたら、何とかなったのにって思っとるんや。結果的に、事業は失敗して借金かさんだだけやったけど」 「本当にそれ、逆恨みね。そこまで助けられたのに、何で今も恨んでるのかしら」 小町は腹が立って来た。 「おじいは、長内と双神が一心同体やと思っとるんやろ。だけん、見捨てたんが許せんのや。一応、二家は親戚やしな」 蘇芳の言葉に、小町は眉をひそめる。 「親戚?」 「せや。長内には、双神の血が入っとる。一応、長内は双神の傍系でもあるんや。双神の血筋は特別でな。特に双神の女は皆が巫女の素質を持っとるけん、神聖な血や」 蘇芳は唇を吊り上げた。 「長内は、いわば村の俗世側を守る家や。つまり、汚いこと引き受けるんは長内で、そういうことやってると次第に血も穢(けが)れて行くらしくてな。だけん、たまに双神から嫁を取ることがあったんやと」 「血を入れて、浄化したってこと?」 「せやな。それ関連で、おじいが双神を恨む理由もある」 思い出したように、蘇芳は小町に指を突き付けた。 「長内の没落ぶりは、双神の血が薄まったせいやって感じる者がおったらしい。で、嫁来るように頼んだんやけどな…青葉の祖母は、断った」 「当たり前でしょ。青葉のおばあさんは、巫女さんだったんだから」 「でも、婿を取った」 ぴしゃりと言われたが、小町は尚も言い募った。 「だって、双神の直系だもの。双神の血が絶えたら、神さまたち死んじゃうのよ? そんなの、出来るわけないじゃない」 「嫁に来たからって、血は絶えん。というより、おじいが婿に行こうかって意見もあったんや。もういっそ、双神と長内を一緒にしてまおかって。――でも、双神はそれを一蹴して他から婿を取った」 蘇芳の吐いた煙は、ふわふわ浮き上がった。 「けれど双神がそこまで断ったのには、理由がある」 「どんな?」 「それが、あんたが俺を怖がる理由でもあると思うんやけど?」 いきなり手首を掴まれ、小町は飛び上がるほど驚いた。恐怖が、増す。 「…長内は、呪われとる。女児が生まれんのや」 「女の子が、生まれない? でも、それって呪いになるの?」 普通聞く呪いでは、大体男児が生まれなくなるようなものが多い。昔の日本では、男児だけが跡継ぎになり得たからである。 「長内では、なるんや。さっき、言うたやろ。長内の血を浄化するため、双神の嫁を取るって。それと同時に、長内で生まれる女児も双神の血を濃く引くけん、一族を浄化するんや。血というよりは、空気を浄化さすんやけど」 「つまり、女児が生まれないと浄化されないのね?」 「せや。だからといって、双神から嫁を取り続けるわけにはいかん。血が濃くなり過ぎるけん」 「だから、長内の血は穢れて行った…」 長内の家を食い潰した男は、穢れた血の末路だろうか。 「青葉のおばあさんは、呪われた家と結婚することを拒んだのね」 「そういうことや。呪われた理由も、かつての長内当主が悪いことしたせいらしいけん、自業自得やな」 自分の家のことなのに怒った様子も哀しむ様子も見せず、蘇芳はひたすらに淡々と話し続ける。 「あんたが俺を怖いと感じるのは、俺が呪われた血を持つけんや。あんた、霊力あるんやろ? 呪いを感じるんやろ」 「でも、それだったらどうして青葉は平気なの? 青葉の方が、霊力強いのに」 「青葉は双神や。そして、俺も双神の傍系や。…そのせいか知らんけど、最近双神にも同じ呪いが現れとるやろ」 そこで、小町ははっと気付いた。 双神家には二代に渡って、男児しか生まれていないのだ。光枝の子供は、総一郎と宗次の息子二人。それぞれの子供もまた、息子だ。 「これが呪い…なの?」 「呪いや。青葉は俺と同じ呪い持っとるけん、俺に何も感じんのやろ。多分、長内にかかってるのよりは弱いけん、あんたも感じんのやろけど。…双神にとって、女児が生まれへんのは死活問題や。青葉みたいに霊力の強い男が生まれるんは、双神家でもそんなに多いことやないらしいけん」 「そうなの?」 聞き返しかけたが、皆が青葉は特別だと口を揃えて言っていたことを思い出す。そんな青葉でも、巫女を務めるのは大変なのだ。 「青葉の親父や叔父みたいに、霊力を全く持たん男児が生まれ続けたら、双神は終わってまう」 「そんな――…!」 小町は思わず、口を覆った。 カザヒとミナツチの姿が、脳裏に浮かぶ。 「何とか、呪いを解く方法はないの?」 「あるんやったら、もうやっとるやろ」 それもそうだと、小町は渋々引き下がった。 「何で、泣くんや?」 指摘され、小町は自分が泣いていることに気付く。 「私、神さまたち大好きだから…哀しくて」 こんな自分を受け入れてくれた双つ神。彼らが居なければ、今日の自分は無かっただろう。 「あんたも、巫女なんか?」 「いえ、私はちょっと霊力があるだけだと思う」 「そうか? 普通の奴で、そこまで霊力強いんも珍しいで。おじいも、だけん間違えたんやろ」 蘇芳は、指で小町の顎を持ち上げた。 「しかもあんた、負の霊力やな。俺に過剰反応示すんも、両方が負の霊力やけんか?」 「…負?」 しかし、思い当たる節があった。かつて自分が生み出した陰。あれが負と言わず、何と言うのだろうか。 「双神には、悪影響やろな」 衝撃が走る。 「そんなこと、青葉は何も言わなかったわ!」 「青葉は優しいけん、そんなこと言わんやろ」 蘇芳のことを、否定出来ない。確かに青葉は優しい。小町のことを思って、真実を言わない可能性がある。 私が…双神家に迷惑…? 心の中で呟いた途端、苦しみが小町を襲った。 どうしようどうしようどうしよう。 混乱して頭を抱える小町の肩を、軽く蘇芳が叩く。 「大丈夫か?」 「大丈夫なわけないじゃない! 何で…こんな…もう、二度とあそこに帰れないじゃない!」 やっと見付けたと思った居場所を、私はずっと穢していた? 「せやったら、泊まってくか?」 蘇芳の申し出に、小町はすぐに頷いた。 帰れない帰れない帰れない。 「おいで」 出された手を何の疑いもなく取り、小町は腰を上げた。 通された部屋には、もう布団が敷いてあった。 「…これ、あなたの部屋?」 振り返るなり、蘇芳は小町を押し倒した。 「――何するのよ!」 「アホか、あんた。今更やろ」 「騙したの?」 「騙した? 俺は本当のことしか言っとらん。あんたは本当に、双神の害や」 息が止まりそうになるくらい、傷付いた。 「あんた、泊まってくかって聞いたら頷いたやろ。それはそういう意味やったんよ?」 「…あなた、何を言ってるのよ。馬鹿じゃないの! 私はあなたが親切で言ってくれたんだと思って…」 「誰が、お前なんかに親切を」 蘇芳の顔が、引き歪む。 「俺が呪われていることを、再自覚させよって。同じくらい、呪われた存在のくせに!」 彼は、ずっと怒っていたのだ。小町があの拒絶反応を示したことを。 彼が持っていた傷を、小町は抉ってしまったのだ。 「ごめんなさい…」 「謝って済むか?」 そう言って頬に添えられた蘇芳の手に、悪寒を覚える。 「青葉…」 「青葉は助けてくれんよ。俺は、お前みたいな女が一番嫌いや。他人に頼って、そのくせ偽善者面して他人を傷付ける。一番嫌いな人種や。お前、青葉に惚れとんか?」 蘇芳はおかしそうに、笑う。 「お前だけは、青葉の嫁にはふさわしくないな。穢れなき巫女筋を、穢れた巫女筋で穢すことになる」 「カザヒさん…ミナツチさん…」 その時、小町の体から光が放たれた。双つ神が、小町に残してくれた"守り"だ。 蘇芳が目を押さえて悶えている隙に、小町は起き上がって走り出した。振り返りもせず、ひたすらに走り続けた。 途中で靴が脱げても、走ることは止めなかった。石が足の裏を裂く感覚を覚えても、止まるわけにはいかなかった。 よろよろ走っていると、急に目の前が明るくなった。 「――小町」 懐中電灯を持った青葉と、双つ神がそこに居た。 「どしたん? 神さんたちが、小町に施した守りが発動したって言うけん、捜しに来たんよ」 「青葉…」 安心して、涙が出る。 けれど、自分から青葉に近付くことは出来なかった。 「小町?」 青葉は眉をひそめて小町に近付き、彼女の酷い有様に気付く。 「靴、脱げとる。ああ、血出とるやん! …一体、どしたんよ」 答えない小町に痺れを切らし、青葉は小町を抱き上げた。 「ともかく、帰るよ?」 声を掛けた時にはもう、小町は気を失っていた。 眠る小町の傍らで、青葉と双つ神は話し込んでいた。 「守りが、長内の家で発動したって?」 青葉はミナツチの報告に、眉を上げた。 『んだ。間違いない』 「蘇芳が、小町に何かしたってことかいな」 青葉は戸惑ったように、小町を見下ろす。 『…襲われたとか?』 推理するカザヒの頭を、ミナツチがぺちっと叩いた。 『何するんじゃミナツチ!』 『いきなり、変なこと言うけん』 『単なる推理じゃ推理。わしを叩きおって!』 カザヒもぺちっと叩き返し、それにまたミナツチも応じ…結局互いに小さな手でぺちぺち叩き合う喧嘩になってしまった。 「二人共、静かに!」 青葉がたしなめると、二人は我に返ったように喧嘩を止めて姿勢を正した。 『大体、青葉が悪いんじゃ。こまっちゃんを怒ったりするけん』 『んだあ』 「…反省しとるよ」 青葉はゆううつそうに、息をついた。 「小町、蘇芳に会いに行ったんかな」 『そうちゃうんか? それで、反対に蘇芳を怒らしてもたとか』 『んだんだ』 「――蘇芳は、怒ったら何するかわからんけんな」 そこが、蘇芳の怖いところであった。 「ともかく、小町が起きたら話を聞くけん。それから、蘇芳に話しに行こか」 『賛成じゃ』 『んだ』 二人は同時に手を挙げた。 |