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小町は重い眠りから、ようやく目を覚ました。 体がだるい。 気配を感じて横を見やると、傍らで青葉がミナツチを抱き締めながら眠っていた。カザヒは青葉の肩に乗って、ぐうぐう眠っている。 こちら側に横向きになっているので、様子がよく見える。 小町は微笑ましい光景に、思わず口元を綻ばせた。 でもどうして、青葉と神さまたちがここに居るのかしら? 小町が起き上がると同時に、青葉の睫毛(まつげ)が震えた。 「…あれ」 小町を見て、瞬きを繰り返す。 「しまった、寝てもた!」 がばっと起き上がると、肩からカザヒがぽとっと落ちた。 『何するんじゃあ!』 「ごめんごめん。…って、またひっついとったんかい! 暑いから止めて、言うたやろ!」 『そんなん言うて、ミナツチは抱き枕にして! 不公平じゃ不公平!』 カザヒが、ぷりぷり怒り出す。 「ミナツチさんは涼しいけん。カザヒさんは暑い」 『しゃあないじゃろ!』 二人の会話でミナツチも目を覚ましたらしく、青葉の腕から逃れようともがいている。 「あの」 小町が見かねて声を掛けると、三人はぱっと姿勢を正した。 『えーっとやな、こまっちゃん。昨日…というよりは今日のことじゃな。夜中、何があったか覚えとる?』 『んだ』 双つ神が、小町に近付いて尋ねる。 「え…ええ。私ね、蘇芳さんに謝りに行けたの。でも、初めから行こうと思ってたんじゃないの。散歩していたら、あのおじいさんが蘇芳さんの家に入って行くのが見えたから…」 小町はまくしたてるように、説明を始めた。 「長内のじいさんやったんな!」 『ほうほう』 『んだんだ』 三人は合点が行ったようだ。 「それで、結果的に蘇芳さんと話すことになったの」 「せやったん。…それで、何であんな必死に走っとったん?」 青葉の問いに、小町はぐっと詰まった。 「ただ、早く帰りたかっただけよ」 「ほんまに? 早く帰りたいけん、靴脱げても拾わんかった言うんか?」 青葉に見据えられ、小町は目を逸らす。 「そうよ」 「嘘ついたらいかんよ、小町」 青葉はじれったそうに、小町の手首を掴んだ。その動作に蘇芳を思い出し、小町はびくりと怯えて後ずさった。 「…ごめん」 ばつが悪そうに、青葉は手を放す。 『こまっちゃん、正直に話してみ』 『んだ』 双つ神はちょこん、と小さな手を小町の手に載せる。 「――言えません」 『何でじゃ?』 『んだ?』 カザヒとミナツチは、ひたすらに不思議なようだ。 「私が悪いんです。だから、言いつけることになったら卑怯です…」 「そんなん言うても――せや」 青葉は途中で閃いたらしく、手を打った。 「小町が、蘇芳にどんな責任感じとるか言ってから、蘇芳に何されたか言い。そしたら、平等やろ?」 『青葉、賢いっ!』 『んだ!』 双つ神は、ぱちぱち拍手を始める。その場の空気に呑まれ、小町はうつむいて話を始めた。 「…蘇芳さんは、呪われてるって言ってた。私の拒否反応は、そのせいだって。私に霊力があるから、だって」 泣きそうになったが、小町はすんでのところで堪えた。 「蘇芳さんは、私の反応に傷付いたのよ。呪われてることを、再自覚させたから…」 小町の告白に、青葉と双つ神は戸惑い顔を見合わせる。 「呪いに反応しとったんか」 『わしの仮説、正しかったぞ』 『そんなん一言も言うてなかったやろ』 威張るカザヒに、ミナツチが鋭く指摘する。 『言おうと思たら、こまっちゃんが引きこもっちゃってんもん』 「せやったら、何で俺に言わんかったんよ」 青葉にまで痛い所を突かれ、カザヒは頬を膨らませた。 『あんま、自信なかったんじゃ。しゃあないじゃろ。で、こまっちゃん。蘇芳は何したん?』 話題を変えようとしたのか、カザヒは小町に質問を投げ掛けた。 「…乱暴しようとしたんだけど…大丈夫だったから! 青葉と神さまたちのおかげよ。守りが守ってくれたから」 空気が重くなるのを何とかしようと、小町は出来るだけ明るく言った。 「許せんな…」 青葉が唇を噛むのを見て、小町は慌てて訴えた。 「でも、私も悪いの。油断し過ぎたから。だからお願い。蘇芳さんに、この話をしに行くのは止めて」 小町は頭を下げた。恐る恐る顔を上げるも、青葉は渋い顔をしている。 「そういうわけには、いかんやろ。したらいかんこと、しようとしたんやけん。そんなん、犯罪やよ?」 「お願い。せめて、一日待って。お願いお願いお願い…」 何度も繰り返す小町に何か良くないものを感じた青葉は、ようやく首を縦に動かした。 「わかった。けど小町、他にも何かあったんちゃうん?」 ――双神には、悪影響やろな。 ――同じくらい、呪われた存在のくせに! 蘇芳に言われた言葉たちが、頭の中でぐるぐる回る。 「何も、ないわ」 言えば自ら居場所を手放すことになりそうな気がして、言うことが出来なかった。 青葉に蘇芳と話して欲しくないのも、蘇芳の口から言われるのが怖いからだ。 私は、卑怯だ…。 「あの、お風呂入って来て良いかしら?」 「ん? ああ、いつでも入り。じゃあ、俺らは下行こ」 双つ神に呼び掛け、青葉は立ち上がった。 「小町。昨日はごめんな。事情があったのに、一方的に怒ってしもて」 すまなさそうに、青葉は小町の顔を覗きこむ。 「青葉が怒るの、当たり前だったわ。気にしないで」 「…ありがと」 安心したのか、ホッとした表情で青葉は踵を返した。 風呂も朝食も終え、小町は青葉と縁側で話すことにした。 「呪いが双神家にもかかってるって聞いて、凄く哀しくなったの」 「へ? 呪い?」 しかし、そこで青葉は首を傾げた。 「…長内にかかった呪いが、親戚だから双神にも影響してるって聞いたわ。この頃、女の子が生まれないんでしょう?」 「双神に、呪いはかかっとらんよ」 今度は、小町が驚く番だった。 「でも、蘇芳さんはそう言ってたわ。長内には双神の血も入ってるから、双神にもかかってしまったんだって」 「からかわれたんやろ」 「じゃあ、長内にも双神にも呪いはかかってないの?」 「長内には、かかっとる」 急に、青葉は神妙な顔をした。 「双神にもな、昔はかかっとったんよ。でも、長内の親戚やけんやない。蘇芳のじいさんが、かけたんよ」 それは正に衝撃だった。 「気付いたのは、ばあちゃんやった。霊力の全く無い、親父と叔父さんが生まれて…ずっと変やと思ってたんやと。双神は巫女の家やけん、男でも大体少しは霊力があるん。俺みたいに巫女を務められるほど強いんは、珍しいらしいけど。だけん、霊力を全く持たん男が二人連続生まれるってのは、かなり稀なんよ」 「じゃあ、おばあさんが気付いて呪いを解いたの?」 「いや、解けんかったん。庭で呪具になっとった石を見付けたはええけど、解き方はわからんし、やった奴もわからんけん…返したんじゃ」 小町は思わず、顔を上げた。 「返した…?」 「呪い返しや。呪いをそのまま返すことで、こっちにかかった呪いを無効化したんやと。それで、返った呪い先は長内の家やった」 青葉は哀しそうに、微笑んだ。 「だけん、蘇芳には二重の呪いがかかってしもた。その時まだお腹におった蘇芳が、返された呪いを浴びてしもたらしい。長内で、一番無力な存在やったけんな」 「でも、それっておかしくない? 呪いは、血族に関するものでしょう?」 「せや。本当やったら、血族全体に呪い返しが行くはずやけど、ばあちゃんは他に手段がないけん呪い返しの方法を取っただけであって、被害を増やしたくはなかったんよ。だけん、一人に絞ろうとした。呪いをかけた当人に行くはずやってんけど、失敗してしまったそうや」 そして被害にあってしまった只一人が、蘇芳だったのだ。 「長内にかけられた呪いも返した呪いも、内容は"家の衰退"やった」 「"女児が生まれないこと"じゃなくて?」 「――ちゃう。ただ、長内では女児こそが家の浄化の鍵やったけん、結果的にそうなってもたんやろな。双神も、似たようなもんやけど。呪い返しして呪いがすぐ消えたわけやなくて、まだ残っとったん。だけん、俺も穂波も男や。女巫女には適わん。男にしては強い霊力持った俺が生まれたことで、呪いは完全に消えたらしいけどな」 淡々と語る青葉の口調は、どこか淋しげだった。 「長内の呪いは、解けないの?」 小町は心中複雑だった。 一体蘇芳は、どんな気持ちで呪いに関して嘘をついたのだろう。 「かけられた時から、双神の巫女も解き方捜し続けとるんやけど…命を賭けた呪いは、強力なんよ」 青葉は青空を見上げ、続ける。 「昔、長内の当主が村におった母子を惨殺したことがあったん。噂が本当か知らんけど、母親の方は当主がどっかから連れて来た妾やったんやと。その女は、妙な力を持っとったらしい」 「それは、霊力ってこと?」 「せやろな。巫女というよりは、呪いを専門にしとった。呪いも解くけど、呪いを施しもする。双神の巫女はその人と接触を取ろうとしてんけど、その人は巫女を毛嫌いしとってな」 ふう、と青葉は大きなため息をつく。 「そうこうしている内に、呪いの噂が広がって…。その女の呪いで子供達が死んだ、とかいう噂が村に蔓延してもたん。それで、連れて来たことを責められん内に、って長内の当主は母子を殺してしまったらしい」 「酷いわ。連れて来ておいて」 小町は首を振った。 「ほんまに、酷い話やと思う。…それで女は死ぬ間際に、長内を呪ったんや。"内から腐れ"言うて。こういう呪いは、どう呪いが現れるかわからんけん怖いんよ」 青葉が哀しそうに虚空を睨み付けた先に思い描いたのは、いつかの長内当主なのだろうか。 彼の横顔を見ながら、小町は蘇芳の悲鳴にも似た叫びを思い出していた。 二重の呪いが、どんな形で現れるのかわからなくて恐れている時に、あんな反応をされて――怒らないはずがないわ。 双神も共に呪われて自分にかかっているのは一重の呪いでしかなくて…というでたらめの話をしたのは、それこそがせめてもの願望だったからなのだろうか。 「小町、何か付いとるよ」 ふと、小町の頬に走る赤い線に気付いた青葉は小町の頬に手を伸ばしたが、途中で目を細めた。 「これ、傷やな」 あの時、付いた傷だろうか。頬を切った覚えはないが、無我夢中で走っていた時に草ででも切ったのかもしれない。 「痛いんな?」 青葉の指が掠め、ちくりと傷が痛む。 「少し」 「一応消毒しとく? 親父ー! 消毒液とティッシュ取って来て!」 「親を使うとは何て奴」 家の中に向かって叫ぶと、総一郎はぶつぶつ言いながら戸棚に向かった。 「ほら」 総一郎が投げた消毒液とティッシュを、青葉は難無く受け止めた。 「青葉は過保護ね」 「小町は自分を大事にせんけん、過保護くらいでちょうどええ」 青葉はすぐに笑みを消し、後ろを振り向いた。 「神さん。何を隠れとん」 『ばれたー?』 『んだー?』 近くの木の後ろに隠れていた双つ神は、ひょっこり顔を出す。 「ばればれな」 『だって、穂波とすりーぷがおらん今は、わしらがくっつけ隊として頑張らな』 『んだんだあ』 二人の囁きは幸い青葉と小町には届かなかったらしく、二人はいぶかしげに眉をひそめているだけだった。 その時草を踏む音がしたので、皆は一斉にそちらを向いた。 そこに立っていたのは、蘇芳だった。 『お前、どの面下げて来とんじゃ』 「止めて!」 絡みかけるカザヒを、小町が止める。 「…あのことは、お互い様ってことにしましょう」 小町の提案に、蘇芳は歪んだ笑みを浮かべた。 「さすが、偽善者面は上手いな」 空気が凍る。 「蘇芳! お前なあ」 立ち上がる青葉を恐れる様子もなく、蘇芳は悠々近寄って来た。 「そんな怒るなや。あんなん、単なる脅しやし。あんまり、むかつくこと言うけん」 蘇芳に見下ろされ、小町はまた震え始めてしまった。 「今日は何で、来たんや?」 「そう突っかかんな。おじいが残してったあれ、取りに来たんや」 蘇芳は庭にひっそりと置かれていた石を見付け、拾った。 「それ、何や?」 「呪い石。ま、呪いの力も何もないんやけど、おじいが置いて来たって自慢げに言うけん、回収に来たんや」 何の変哲もない石だが、表面に血文字で"双神"と書かれていた。 昨日、長内の老人はこれを置きに来ていたのかと小町は納得する。 「悪いな。でも本人にはもう呪う力は持ってないし、もう頭がいかんってことで許したってな」 「ええけど…前みたいに呪われた場所に導くのは、なしにしてや」 青葉が釘を刺すと、蘇芳は肩をすくめた。 「気を付けとく」 「蘇芳、もうここに落ち着くんか? 関西には戻らんの?」 「まだ、わからんな。何でそんなこと聞くんや?」 「お前がおる内に、呪い解いてやりたいと思て…」 青葉の台詞に、蘇芳はおかしそうに笑った。 「おじいの呪いは、おじいが死んだら解けるやろ」 「ほんまか?」 「希望やけど。第一、別に解けんでもええ。長内は、俺の代で終わってしもたらええんや」 急に鋭い語調で、蘇芳は言い切った。口調から滲み出るのは、行き場のない激しい怒りだった。 「こんな呪われた家、早く絶えてしまった方が世間のためや」 「蘇芳…」 掛ける言葉が見付からず、青葉は唇を噛んだ。 「あの、蘇芳さん」 勇気を振り絞って、小町は蘇芳の前に立つ。 「どうして呪いに関して、嘘をついたんですか?」 「…あんたに、真実を言うんが癪やったけん」 蘇芳は小町に指を突き付けた。 「でも」 蘇芳は、そっと小町の耳に囁く。 「他は全部本当や。特にあんたに関することは、全部真実や。あんたの持つんは、負の霊力。だけん、俺にそこまで拒絶を示して、反対に青葉の綺麗な霊力に惹かれるんや。覚えとけや」 それだけ言い残し、彼は青葉に手を振って行ってしまった。 「蘇芳に、何言われたん?」 青葉に話し掛けられても、呆然としたまま小町は動けなかった。 「小町!」 大きい声を出され、ようやく我に返る。 「あ、何でもないの」 「また、"何でもない"や。小町が"何でもない"言うて、何でもなかったためしあらへんやろ」 呆れて腕を組む青葉に、双つ神も同意する。 『せやせや』 『んだんだ』 小町は、もう少しで言い掛けた。けれど、喉が言葉を発することを拒んだ。 私は、ここに居たい。あと少しだけでも良い。だから、それまではここに居たい…。 「私を襲ったのは、脅しのつもりだったって。謝ってたわ」 代わりに無難なことを話すと、青葉も双つ神も曖昧に頷いた。 「ねえ、青葉。どうして私は、蘇芳さんの呪いに反応してしまうの?」 突然の問いに、青葉は困って首をひねる。 「うーん、俺もようわからん…。小町、呪いに敏感なんちゃうかな」 『そうじゃなあ』 『んだんだ』 三人共、本当はわかっているのだろうか。いや、そうに違いない。 蘇芳より、青葉は何倍も霊力が強いのだろうから――…。 「さてと! 何だか私、お腹空いちゃった。もうお昼ご飯かな?」 「まだ早いよ」 青葉はからから笑って、思い出したように小町に顔を近付ける。 「消毒、何だかんだ言うて忘れてたな」 手が触れ、また傷口が小さく痛む。 まるで、小町の心に残る亀裂を表すような小さな傷。 「自分を大事にせないかんよ?」 青葉はたしなめてから、消毒液を手に取った。 『わしがやるー』 『わしも』 カザヒとミナツチが、青葉にまとわりつく。 「いかんって!」 三人が騒ぐ光景に、小町は微笑む。 双つ神と巫女。 確かに彼らは、小町にとって眩しいくらい明るく見える。 私はここに不釣合いなのかもしれない。だけど、あと少しだけで良いから…ここに居させて下さい…。 切に切に祈って、心に涙の雫が一つ落ちた。 |