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みずみそぎ

前編


 青葉は起き上がってすぐ、日が高く昇っていることに驚いた。
「そういえば、朝に帰って来たんやっけ…」
 誰ともなく呟くと、とっくに起きていたらしい双つ神が寄って来た。
『大変な夜じゃったのう』
『んだ』
「せやな」
 まだ眠い。もう一寝入りしたいところだが、もう昼食の時間なので起きることにした。
『今日は学校行くんな?』
「今日は休む」
 今日は二つ授業が入っていたが、どちらもテスト勉強用の自習時間にすると教師が言っていた。出席日数は減ってしまうが、今まで大して休んでいないので大丈夫だろう。
「さてと、腹減った」
 まだ全て終わっていないことはわかっていたが、青葉は敢えて明るく言って立ち上がった。

 下に下りて行くと、食卓に着いていた父が振り返った。
「おう、おはようさん青葉」
「おはよ。あれ、小町は?」
「学校行ったぞ」
「――え?」
 青葉は驚きのあまり、間抜けな声を出してしまった。
「俺も、しんどいやろと思ったけん、止めときって言ったんやけどな。大事な授業があるとかで、行ってもたぞ」
「ほうな」
「小町ちゃん、方向音痴やろ? 一人で大丈夫かいな」
 総一郎は心配そうに眉をひそめた。
「まあ、まだ多少間違うけど大丈夫やよ」
 青葉は微笑んだが、引っ掛かるものがあった。
 方向音痴云々の問題よりも、今は他のことが心配だ。
 小町の心。そして、村人の反応。一人で歩かせるのは、危険ではないだろうか。
「神さん、小町に異常は感じんな?」
『んー。少なくとも、ここの土地におる時には何もなかったようじゃ』
『んだ』
 双つ神の返事に安堵し、青葉は父に向き直った。
「なあ、親父。昨日、蘇芳がここに来たん?」
「…まあな。小町ちゃんが犯人やって、蘇芳と他の村人が息巻いとった」
 憂鬱そうに、総一郎はため息をついた。
「諌めようとしたんやけど、あれは頭に血が昇っとるな。聞く耳持たへん」
「――親父は、小町を疑ってへんやろ?」
「当たり前やろ。小町ちゃんが、長内のじいさん殺して何の得があるっていうんや。幽霊が殺したんやろ?」
「せや」
 青葉は一つ、頷く。事実を噛み締めるかのように、深く。
「やのに、何でみんな小町を疑うんやろ…」
「小町ちゃんは、外から来たけんな。罪をなすりつけ易いんやろ。それに対して、長内は村の主でもあったし…。閉鎖社会の欠点が出てもたな」
 総一郎の意見に、双つ神と青葉は不安そうに顔を見合わせた。
 確かに小町はかつてこの村に住んでいたとはいえ、一度東京に行ってしまっている。蘇芳のように、親と帰って来たわけではないので"よそ者"感が否めない。
「だけん、しっかり庇ったりな」
 父に念を押され、青葉は毅然とした表情で首を縦に振った。

 釈然としない表情で、青葉は夏空を睨み付けるように見上げていた。
『濁っとるのう』
『んだ』
 カザヒとミナツチの会話で我に返り、青葉は問う。
「何が、濁っとるって?」
『村の空気じゃ。悪霊の悪い気や恐怖心で、濁っとる。こら、禊(みそぎ)をせな』
『んだ』
 説明され、青葉は納得が行った。
 二人の言う通り、昨日の夜から嫌な空気が立ち込めている。
「なあ、神さん。何で、長内のじいさんは死霊を消したら呪いが消えるって思たんやろ」
 ずっと、それが引っ掛かっていた。
 死霊を消して呪いが解けるならば、とっくの昔に双神の巫女がそうしていただろう。
『早まったんかのう。もう、待つのが嫌やったんかもしれんな。それで、可能性がほとんどない方法に賭けたとか』
「それか、小町の特殊な霊力に気付いて、あれやったら呪いごと消せるかもしれんと思ったんちゃう?」
 青葉は自分の意見を自信なさそうに口にしたが、双つ神は彼の意見に同意した。
『なるほどなあ。せやったら、自分でやなくてこまっちゃんに封印を解かせた理由もわかるな』
『有り得ん話やないぞ』
『まあ、これは仮定の話じゃ。長内のじいさんが死んだ今となっては、ほんまのことはわからんのう』
『んだなあ』
 しばし、その場に沈黙が降りる。
「ちょっと、穂波に電話して来る」
『穂波に? 事件のこと、言うんか?』
『んだ?』
「うん。あと、頼みたいこともあるんよ」
 青葉はゆっくりと、立ち上がった。

 穂波の携帯電話に掛けてしばらく待っていると、穂波が出た。
『もしもし?』
「穂波?」
『青葉やん。何か用か?』
「ちょっと話したいことがあるん。今、ええか?」
『ちょうど、暇しとったところや。何か、あったんか?』
 穂波の声が、少し心配そうになった。
「――話すと長くなるけど」
 青葉が事件のことを語り終えた時、穂波は絶句していた。
『それ、ほんまの話かいな?』
「せや」
『びっくりするわ。事件そのものにも驚くけど、こまっちゃんの霊力がそんなんになっとったなんてなあ』
「そこで、相談があるん」
 青葉は咳払いして、話を切り出す。
「小町の封印を、誰がしたかわかると思う?」
『こまっちゃんの封印? えー、せやったら19年ぐらい前のことか』
 穂波はしばし黙り、考え込んでいるようだった。
『ばあちゃんじゃ、ないんやな?』
「もし、ばあちゃんがしたなら神さんが覚えとるはずや」
『それもそうや。といっても、封印を出来る奴はそんなに多くないと思うから――よっしゃ、霊能力者ネットワークを使ってみるわ。何か、わかるかもしれん。…でも、こまっちゃんの両親やったら、知っとるんちゃうんか?』
 穂波の問いに、青葉はため息をつく。
「小町の霊力を封じるように頼んだんは、多分小町の両親やろ。話したがるとは、思えん…」
 もちろん、どうしてもわからなかったら尋ねるしかないだろうが、小町のことも考えると勝手に連絡を取ることは避けたかった。
『なるほどな。せやったら、調べとくわ』
「頼むな」
『ん。で、こまっちゃんは大丈夫かいな』
「――大分、参っとるみたいや」
 青葉の返答に、穂波はやっぱりと呟いた。
『そんだけのことが起こって、平静で居られるわけないわな。いっちょ、俺が励ましたろか。こまっちゃんに替わってや』
「小町、今おらんのや。学校行った」
『はああ? また、真面目やねんから…。お前、迎えに行ったれや』
「うん。そのつもりやけど」
 小町を一人で、村を歩かせるのは危険だと感じていた。
「ところで、すりーぷは元気なん?」
『おう、元気や。元気過ぎて、前なんて教室中の奴眠らしとったわ』
 穂波の明るい笑いが、少しだけ青葉の心を軽くしてくれた。

 青葉は次いで小町の携帯電話に掛けたが、小町は出ずに留守番電話につながってしまった。
「授業中かな…」
 青葉は呟いてから、伝言を残した。
「えーっと、俺やけど。駅まで迎えに行くけん、駅に着いたら電話してな」
 受話器を置いてから、青葉は双つ神を仰いだ。
「さて。蘇芳のとこ行こか」
 二人はこっくり、頷いた。

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