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インターホンを押すと、すぐに蘇芳が出て来た。 「何や、青葉か」 「…蘇芳。今、忙しいんな?」 「まあな。おじいの死体、今日返されるって聞いたけん。通夜するかわからんけど、するとしたら今日か明日やけん」 眠っていないのか、蘇芳の目の下に不健康そうな隈が出来ていた。 「蘇芳。小町には、何もせんといてな」 「――は?」 蘇芳は、首を傾げた。 「小町は、何もしてへん。だけん」 「ほんまにお前、何もしてへんと思うんか?」 蘇芳は、鋭い口調で問うた。 「普段の俺やったら、おじいの封印が解けとることくらいわかった。霊力が鈍っとったんや…あの女のせいで。あの女の霊力に、俺の霊力が反発したんや」 「ほんま?」 「嘘は言わん。あの女が、おじいの封印を解いて俺の霊力を鈍らした。これだけで、十分おじいを殺した条件にならんか? まあ、それだけやないと俺は思っとるけど」 「蘇芳」 青葉は辛抱強く、名を呼ぶ。 「怒るのはわかる。でも、小町は自分の霊力のこと全然知らんかったけん、あいなことなったんや。だけん、責めるなら…小町に事実を教えんかった俺を責め」 殴られることを覚悟で言ったが、蘇芳の手が動くことは無かった。 「青葉は、あの女の持ってる力はええもんやないって悟ったけん、言わんかったんちゃうんか?」 「――まあ、それもある。あと、そこまで霊力が強いともわかってなかったんよ。神さんと俺の推理では、小町の霊力は封印されとって普段は出て来んのやと思う。何かの拍子に、出て来るんちゃうかな」 気付くのが、遅過ぎたのだ。 「お前、弱ってへんか」 虚を突いた質問に、青葉は息を止める。 「霊力、弱ってへんか?」 「…でも、俺の霊力強なったんは小町を助けた時からやよ」 「質問が悪かったな。お前の霊力、濁ってへんか? 鈍くなっとらへんか? 強くなっても、濁ったらおしまいやぞ」 蘇芳の問いに即答出来ない自分に、青葉は焦燥を感じた。 『お前の言う通りじゃ』 『んだ』 代わりに答えたのは、双つ神だった。 『本当に少しやけど、影響を受けたんじゃな。確かに、少し濁りが生じとる』 『んだんだ』 『でも、それは純粋にこまっちゃんの霊力のせいやない。こまっちゃんの心が、今は濁ってしもとるけん、青葉も余計影響受けとるんじゃろ』 「けど、霊力が青葉に影響を及ぼしとることも事実」 蘇芳は勝ち誇ったように、唇を吊り上げた。 「あいつは、この村にも双神にも有害や。出て行かせろ」 「そいな、酷いこと出来へん」 青葉は歯を食いしばった。 ここにいつまでも居れば良いと言ったのは、他でもない自分だ。 「お前、あの女と村どっちが大事なんや? 神さん、捨てるんか? このままお前の霊力が濁ったら、苦しむのは神さんやろが!」 「――そいな、そいなことあらへん! 小町の霊力は、きっと今は暴走しとるだけや。もう、濁すことあらへん!」 必死に言い募るも、蘇芳はせせら笑う。 「ほんまか?」 思わず、青葉は双つ神を振り返った。 二人は、目を逸らす。 「…神さん…?」 『何の対策も施さんかったら、蘇芳の言う通りになるかもしれん』 『んだ』 頭を殴られたような、衝撃。 「出て行かせろ、青葉。そしたら俺は、何もせん」 蘇芳は青葉の肩を掴んだ。 「俺は、意地悪で言っとるんちゃうぞ。あの女が、悪いもんをもたらす疫病神にしか見えんけん、こうして言っとるんやぞ」 「出て行かさん…。その代わり、小町の霊力を封じる。それでええか?」 「――そんなん、一時凌ぎやろ」 「俺は、それでもそうする!」 青葉はそれだけ言い残して、蘇芳に背を向けた。 大股で歩く青葉に、遠慮がちにカザヒとミナツチが従う。 途中で、青葉は双つ神に向き直った。 「俺は、どうすればええんやろか…」 『お前と、こまっちゃんに任す』 『んだ』 優しく、二人は笑う。 「神さん。正直に言ってな。望んでることを」 『これが、わしらの願いじゃ。お前と、こまっちゃんの好きなようにせえ』 『んだんだ』 『せやないと、お前後悔するじゃろ。後悔した心で仕えられても、わしらは嬉しゅうないぞ』 カザヒとミナツチは、じーっと青葉を見つめる。信じている、と言わんばかりに。 「…わかった」 そのまま家に帰る気がせず、青葉は駅に向かった。 駅の前でしばらく待っていると、小町が出て来た。 「あ、青葉。今、電話しようと思ったのよ」 小町は弱々しく、笑う。 「わざわざ迎えに来てくれなくても、大丈夫なのに」 「――小町」 優しげに、青葉は幼馴染を見下ろす。 「ここに、おりたい?」 「え?」 「この村、好きな?」 「…好きだけ、ど…」 小町の顔が歪んで、涙を落とす。 「私、東京に帰らないといけないんでしょ? 私、学校行く時に聞いたわ。疫病神だって声を。あんなに優しかった人たちが、そう言ったのよ」 小町の足元に、ぽたぽた雫が落ちる。 「私の存在の、せいなのね。優しい人たちを鬼にしたのは。蘇芳さんも、いつもはきっと優しい人なんでしょう? …そのくらい、わかるわ。青葉も…鬼になるの?」 怯えたように、小町は幼馴染を見上げる。 「私は双神を穢すんでしょう…? 青葉は優しいから言わないけど、心の中では私を怒っているんでしょう…? 何で、ここに居るんだって…」 子供じみた仕草で、小町は手で涙を拭う。 「ごめんね…。ここに居て、ごめんね…。出て行くから、許してね――」 「小町」 名を呼び、青葉は小町の手を握る。 「小町の霊力は、予想以上に強いんよ。封印されとったもんが、今溢れ出しとる。それが、神さんに悪影響なんも事実や」 正直に、事実を述べる。 「でもな。俺は、小町にここにおって欲しいんよ。一緒に住んで、一緒に学校行って、今まで通りの生活したいんよ。だって、楽しかったやろ?」 青葉が尋ねても、小町は戸惑ったように青葉を見つめるだけだった。 「小町が来てから、生活がもっと楽しくなったんよ。だけん、おって欲しい。――これは、俺の我儘やけど。小町は、どうや? ここに、おりたい?」 「…私は」 小町は言い掛けて、止まった。けれど、青葉も双つ神も温かな表情をしていたから、言えたのだ。 「ここに、居たい――」 言葉を放った瞬間、溢れるは罪悪感という名の痛み。その痛みに引き裂かれながらも、心は真実を放ったことに満足していた。とてもとても、痛いけど。 青葉は嬉しそうに、頷いた。 「せやったら、一旦封印を直そか。家帰って、色々説明するけん。帰ろか」 青葉はそのまま、小町の手を引いて歩き出した。 「禊の始まりや」 誰ともなく放られた呟きは、宙に溶けた。 二人が歩いていると、途中で村人たちが立ちはだかった。 「巫女さま。お願いやけん、その娘をどっかにやってくれへんか」 「そうじゃ。わしらは、ただ心静かに暮らしたいだけじゃ」 静かに放られた意見に、小町は顔を下向ける。 小町のことなど、誰も見てはいなかった。村人たちは敢えて彼女を視線から外し、巫女だけを見据える。 「小町に、出て行く理由はあらへん。だけん、断ります」 青葉は穏やかに、しかしきっぱりと告げた。 「長内さんを殺したのに?」 老婆が、進み出る。 「何度も言うけど、小町が殺したんやありません。悪霊を自ら開放して、殺されたんです」 「せやけど…」 「小町がよそ者やけん、罪を被せて追い出したいって言うんやったら、俺も神さんも許しません。あんたらが、小町の立場やったらって考えてみて下さい。ええですね」 青葉は早口にまくし立て、小町の手を引き村人たちの間を突っ切って行った。 後には、気まずそうな沈黙と村人たちだけが残された。 もうすぐ家、というところで小町が足を止めた。 「小町…?」 「青葉。悪者にはならないで」 小町の顔は静謐な哀しみをたたえて、儚げに見えた。 「私のせいで、青葉が悪く言われるのは嫌なの。だから、あんな風に言うのは止めて。反感を買っちゃうわ」 「俺のことなんか、気にせんと。大体、間違っとるのはあっちやよ? 小町は誰も殺してないし、出て行く必要なんかあらへん。このまま負けたら、あの人らにとっても小町にとっても嫌なことしか残らんのやけん」 青葉は少しだけ、笑ってみせる。 『そうじゃそうじゃ』 『んだんだ』 双つ神も、こくこく同意する。 だが冴えない顔をしている小町を見て、青葉は勘付いた。 「小町。今日、学校で何をもらって来たん。出し」 青葉に突如命じられて小町は驚いたようだったが、観念して鞄から封筒を出した。 "退学届"と書かれた封筒を受け取った瞬間、青葉はそれを地面に叩き付けた。 「もらって来ただけよ」 「それで、出して黙って出てく気やったんな?」 問われ、小町はばつが悪そうにうつむく。 「さっき青葉と話す前までは、そうしようと思ってた…」 「ほんまに、アホちゃうん…。何で、一人で抱え込むんよ。俺は、そいなに頼り無いんな?」 「違うの! 私、青葉に…迷惑掛けたくなかったの。ただでさえ、私は青葉には悪影響って聞いたから――これ以上、青葉に迷惑なんて掛けられなくて…」 涙が、はらはら零れる。 「悪影響?」 先ほど、双つ神には悪影響だと確かに言った。しかし、"自分に"と果たして言っただろうか? 「それ、誰に聞いたんな?」 「蘇芳さん…。穢れなき巫女筋を、穢れた巫女筋で穢すことになるって聞いたわ」 「あいつ、そいなこと言っとったん? いっぺん、殴らなな」 青葉は大きなため息をついた。 「小町、蘇芳の言葉を全部信じたらいかん。あいつはほんまはええ奴なんやけど、小町を恨んどるみたいやけん…」 「蘇芳さんは、青葉を心配しているんじゃないかしら。だから、私をこんなにも嫌うんじゃないかしら」 双神に悪影響だとわかるが故に、村の守護者であった長内の血が騒いで反発するのではないだろうか。 「確かに、それもあると思うけど」 青葉は、蘇芳との会話を思い出しながら頷いた。 「長内のじいさんのことが、一番納得いかんのやろな」 今では、蘇芳は小町のことを憎んでいると言っても過言ではない。 「そうでしょうね――よりによって、たった一人の目撃者が私だものね」 「蘇芳も、心の中ではわかっとると思う。じいさんが、小町に殺されたわけあらへんって。ただ、整理が付かんけん、意地張ってもうとるんやろな」 青葉の目が、少しだけけぶる。 「じいさんは善人やなかったけど、確かに蘇芳の祖父なんよ。血ってのは、厄介なもんやな…」 「…わかるわ」 何故わかるのだろう、と自分に問い掛けて悟る。自分の両親を思い浮かべて、唇を噛む。 「小町。小町の母さんは、巫女やなかった?」 「いえ」 青葉の突然とも言える問いに、小町は首を振る。 「母さんは、そういうこと…霊とか神さまとか信じない方だから、それはないと思うわ」 「そか」 心の奥底ではまだ疑問がわだかまっていたが、今はこだわるわけにはいかない。 「小町は多分、巫女筋や。霊力が、普通では考えられんくらい強いけん。しかも、それが封印されとる」 「封印…さっきも言ってたわね。それって一体、何なの?」 小町は困ったように、首を傾げた。 「小町が作った陰、覚えとるやろ。封印の影響で、あれが生まれたんかもしれん」 「封印の影響で、って?」 「小町は、捨てたい心を知らん内にその封印されとる場所に封じようとしたんちゃうやろか。それで、陰を消したらそれが取っ掛かりになって、封印が解け始めたんかも」 青葉の推理に、背後の双つ神が満足げに顔を見合わせる。 「よくわからないけど…私の封印が解け始めたから、霊力が現れたってこと?」 「せや。だけん封印を直すか、小町の親戚から霊力を制御させる方法を学ぶかせないかん。小町の霊力は、暴走しとるけん…」 青葉の説明に、小町は不安そうに目を伏せた。 「親戚を頼るのは、怖いの…。母さんはああいう人だし、祖父以外とは縁を切っているようなの」 小町の告白は、意外なものだった。 小町はかつて、お盆は母方の実家だという東京に帰っていた。その実家に、祖父以外居なかったというのは不思議だ。 「私も、詳しくは知らないの。聞いても、教えてくれなかったし。ただ、私は母方の祖母に会ったことはないのよ。父方は、早くに死んでしまったそうだから、こちらも会ったことはないのだけど」 「うーん」 だとすると可能性が高いのは、小町の祖母が巫女であったということだ。 「ごめんなさい、意気地なしで。でも、怖いの。両親に再び会うことを思うと、足がすくむの」 「――ええよ。せやったら、封印直そな」 青葉は、安心させるように小町の頭を軽く叩いた。 「その前に、やることがあるけん。小町も、手伝ってな」 「え、ええ」 小町は戸惑いつつも、首を縦に動かした。 |