
|
蘇芳は、祖父の様子がおかしいことに気付いた。 「おじい?」 蘇芳の言葉にも反応せず、祖父はぶつぶつ呟きながら石を撫で回していた。 「また、呪いとかやっとんちゃうやろな!」 舌打ちして石を取り上げるが、そこには何も書かれていなかった。 「…おじい?」 静かな表情の祖父に寒気を覚え、蘇芳は屈んで視線を合わせる。濁った目が、孫を射る。 「復讐じゃ。双神に復讐するぞ」 「――止めとけ」 「出来る。今なら、出来る」 祖父の声は狂気を帯びてはいたが、ひどく冷静だった。 「双神に手を出すな。俺らに返って来るだけや。大体、青葉たちはようしてくれとるやろ。村八分に遭わんの、誰のおかげやと思っとる」 長内は呪われた家。そのため村八分の対象となりかけたこともあるが、双神が今まで通り接してくれていることにより、村人は長内をそういう対象として見ないのだ。 「双神が、わしらによくするのは当然じゃ。長内がおらんかったら、双神は続かんかった。わしらが、双神を守ってたけん」 「今更言うてもしゃあないやろ。呪いを浴びたんやけん、俺らはもう元に戻れん」 蘇芳の諦めたような口調に、祖父は憤りを露わにして立ち上がった。 「長内を継ぐ奴が、そんなこと言っとってどないする!」 お前のせいで、更に呪いを浴びたんやけんしゃあないやろ。 言い掛けて、蘇芳は口をつぐむ。 「まあ、どうせあんたにはもう何の力もないけん、心配はしとらんけど…もう一度言う。双神に手を出すなや」 蘇芳が最後に告げると、祖父は返事もせずに部屋から出て行ってしまった。 祖父は、何故か強い霊力を持って生まれた。もちろん双神の巫女たちに比べれば相当に劣るが、人を呪うくらいの力は持ち合わせていたのである。 しかし祖父の霊力は、双神を呪った罪として先代の巫女によって封じられた。まだ霊や神を見る力はあるらしいが、もう呪うことは出来ないはずだ。 だから安心して良いとは思いつつ、蘇芳は不安を隠せないでいた。 祖父の霊力が強いのは、双神の血が濃く出たためだと本人は言う。しかし蘇芳は、血の濁りが生み出したものだと思っていた。 おじいは、歪んどる…。 青葉は、レポート用紙を前に苦悩していた。 「あと七枚…って書けるわけないやろ!」 『頑張れ頑張れ』 『んだんだ』 双つ神は、呑気に応援している。 もうすぐ夏休みだが、その前には怒涛のレポート課題とテストが待っている。 「あああ、明日提出やのに」 『ちゃんと、前もってやっとかんけん悪いんじゃぞ』 『んだ』 青葉の横から、カザヒとミナツチはレポートを覗き込む。 『青葉は、"ぱそこん"使わんのか?』 『んだあ』 「俺は、パソコンと相性悪いんよ。誰かさんのせいで」 "誰かさん"とは、当の双つ神のことなのだが本人たちは気付いていないらしく、きょとんとしている。 「あんたらがパソコンに近付いたら、壊れるやろ」 何故かは知らないがパソコンと神は相性が悪いらしく、双つ神が近付くとすぐに壊れてしまった。そのため、以前快くパソコンを買って来てくれた父には悪いことをしたと思っている。 『へー』 『んだー』 「だけん、パソコンでレポートしとる小町には近付いたらいかんよ。わかった?」 『ほう。それで、お前とこまっちゃんは別々の部屋で"れぽーと"しとるんじゃな。なるほどなるほど』 『納得納得』 カザヒとミナツチは謎が解けたのが嬉しいようで、しきりに頷いていた。 「そういうことや。でも、もう小町はレポート全部終わってテスト勉強しとるけん。邪魔したらいかんよ?」 『はいはい』 二人は同時に返事をする。 「あと、俺のことも邪魔せんとって。つまり、ちょっと黙っといて」 青葉に言われ、カザヒとミナツチは口をつぐんだ。しばらくして、ヨイヨイ踊り出す。 「やかましわ!」 『何も言っとらんじゃろ。踊っとるだけじゃ。なー、ミナツチ』 『んだなー』 「ああもう!」 青葉はため息をついて、立ち上がった。双つ神も、当然のごとく付いて行く。 向かったのは、小町の部屋だった。 「小町」 「青葉? 入って良いわよ」 呼び掛けて返事が返って来たので、青葉は戸を開けた。 小町はペンを握ったまま、顔を上げた。 「どうかした?」 「お願いがあるんや!」 青葉は突然、手を合わせる。 「何?」 「神さんたちと、ちょっと遊んだってくれへん? レポートしたいのに、集中出来んくて…」 『何じゃ。わしらを邪魔者みたいに』 『んだ』 二人は不満そうだ。 「もちろん良いわよ。ちょうど、勉強もひと段落着いたところだし。さあカザヒさん、ミナツチさん。お話ししましょう」 『はーい』 カザヒとミナツチは元気な返事をして、あっという間に青葉から離れてしまった。 「現金なんやけん…。小町、ありがとな」 「いえいえ。レポート頑張ってね」 小町の応援を受けて、青葉はそこを後にした。 階段を降りていると、電話の鳴る音が聞こえた。慌てて電話まで走り、取る。 「はい、双神です」 『青葉か?』 蘇芳の声だった。 「蘇芳か。どしたん?」 『まあ、用ってほどでもないんやけど。ちょっと気になることがあってな』 「気になること?」 青葉は、眉をひそめた。 『おじいが、相も変わらず双神を呪う呪う言うてるんやけど、様子が変なんや。えらい、自信持っとるっていうかな』 「自信、なあ」 『俺の勘違いやったらええけど…』 「いや、蘇芳。念のため俺がまた、じいさんとこ訪ねるけん。明日でええか?」 青葉の返事に、蘇芳は安心したようだった。 『ああ、もちろん明日でええよ。すまんな』 「そっちこそ、知らせてくれてありがとな」 『ああ。じゃ、明日』 電話が切れてからも、青葉はしばらく考え込んでいた。 まさか封印が破られた? いやしかし、双神最強の巫女と言われた祖母の封印が、そう簡単に破られるはずはない。 されど、妙に胸が騒いだ。 ――来い。 寝る用意をしていると呼ばれた心地がして、小町は顔を上げる。 「誰か、居るの…?」 おずおずと、小町は呟く。 ――来い。 ただただ、声はそれを繰り返す。 一体誰が呼んでいるのか、と小町は眉をひそめる。 そっと立ち上がり、部屋を出る。 「青葉」 青葉の部屋まで行って声を掛けるが、青葉の返事は無い。戸を開けると、机に突っ伏して眠っている青葉が見えた。おそらく、レポートを書いている途中で眠ってしまったのだろう。 双つ神も、青葉の肩に仲良く乗って眠っている。 青葉や神さまが、呼んだんじゃないのね。 だとしたら、あの不思議な声は誰だろう。何となく蘇芳を思い出して、小町は身震いした。 ――来い。 身が総毛立つほど強い声がして、小町は膝を付いた。頭が痛い――。 うずくまっていても、気分は一向にましにならない。そこで、小町は悟った。 行くしかないと。 よろよろと立ち上がり、階下に向かう。声に導かれるように。 それから大分経って、青葉はようやく寝惚けた顔を上げた。 「…小町?」 だが、もちろん既に小町はそこに居なかった。 家を出てすぐ、目に入ったのは長内の老人。蘇芳の祖父だ。 頭の痛みが止み、小町ははっきりした口調で問う。 「私を呼んだのは、あなた?」 にやりと、老人は笑う。 「巫女。こちらへ来い」 「私、もう引っかからないわ」 動こうとしない小町の腕を、老人は掴む。思ったより強い力に、小町は悲鳴をあげそうになった。 「長内の呪いを解いて欲しいんや」 「呪い…を?」 小町は目を見開いた。 「あんたになら、解ける。来てくれんか」 「え…でも」 小町は戸惑ってしまった。 本当に自分が呪いを解いてやれるというのなら、協力しても良い気がして来たのであった。 「本当、なんですか?」 「本当や。あんたは、わしの封印を解いた。ただ、近付くだけで」 「封印を、解いた?」 小町は老人が何を言っているのか、皆目理解出来なかった。 「だけん、呪いも解けるはずや。協力してくれんか」 「――よく、わからないわ」 「ええけん、来てくれたら…」 ふと老人は空を仰ぎ、首を振った。 「曇っとるな。せやったら、明日や。約束し」 「約束を?」 「わしに"力を貸す"と、繰り返せ」 老人に強く手首を掴まれ、小町は繰り返した。 「"あなたに…力を貸す"」 途端に、舌がぴりりと痺れた。 「明日、迎えに来る。呼んだらすぐ来いや」 そう言い残して、蘇芳の祖父は去った。 …何だったの…? 全身に酷い疲労を覚え、小町は部屋に帰ってすぐに眠り込んでしまった。 |