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村には交番しかなく、しかも警察官はそこに二人という有様。少し遠くの町にある警察署から刑事達が来た時にはもう、夜も深まっていた。 小町は事情聴取のために連れて行かれることになり、青葉も付いて行くことにした。 そして今、こうして取調室の外にあるベンチに座って待っているわけだが…。 『こまっちゃん、大丈夫かな』 『んだ』 双つ神はふわふわ、青葉の周りを回る。 「…心配やな。ちゃんと、話せる様子やなかったし」 あの後辛抱強く事情を聞こうとしたのだが、小町は狂ったように泣くだけで何があったかを話してくれなかったのだ。 「それほど、怖いことが起こったってことやな。神さん、心当たりは?」 『今日帰った時に感じたのは、"濁り"じゃ。よっぽど悪いもんが、解放されたんやないかと思ったんじゃけど』 『んだ。しかも、あそこは長内を呪った女の墓』 「…まさか」 青葉は青ざめた。しかし、そう考えると一つ納得の行く点がある。 長内の老人が殺された理由。彼女が蘇ったのなら、彼を殺すだろう。 「でも、待って。あそこに、幽霊なんかおらんかったし…しかも、封印されとったはずや」 『そうじゃ。じゃけん、ようわからんのじゃ』 『んだ』 三人は再び、真剣に考え込み始めた。 『こまっちゃんのせい…かもしれんぞ』 ぽつりと放たれたカザヒの呟きに、青葉は顔を上げる。 『こまっちゃんの霊力、お前も気付いとったじゃろ?』 「――えらい、高いと思っとった。いや、むしろ段々増えて行っとるような感じがして」 『そこじゃ。更に、こまっちゃんの霊力はお前の霊力とまたちゃう』 カザヒは青葉に顔を近づけて来た。 『"攻め"の霊力じゃ』 『んだ。お前は"守り"の霊力やけん、正反対や』 「"攻め"やって?」 青葉は眉をひそめる。 「でも、封印を解くほどの霊力を持っとるか?」 小町は確かに霊力を持っている。そして、それが段々増幅していることにも気付いていた。しかし、そこまでの霊力を察知してはいなかった。 『わしも、さっきちらっと思ったんじゃけど…。こまっちゃんの霊力は、えらい不安定じゃ。普段は、出て来んのじゃろ。いざという時に出て来るか、それとも元々封じられとるか…』 カザヒの推理に、青葉は息を呑む。 「それやったら、小町の陰を消した時に何で気付かんかったんや?」 『いや、むしろあの陰こそが鍵やったんとちゃうやろか。陰がこまっちゃんと一体になることによって、霊力の存在が顕著になった気がする。段々と霊力が目覚めて来たんもそのせいちゃうんな?』 『それで、まだ封印が完全には解けてないけん、不安定なんやな』 『せや』 カザヒとミナツチは、お互い意見が合ったように頷き合う。 『よっぽど上手い封印だったんじゃな』 『んだな』 感心する双つ神をよそに、青葉は深刻な顔でうつむいた。 『さっき確信したんやけど』 珍しく、ミナツチが話を切り出して来た。 『こまっちゃんは、水の力を持っとる』 カザヒも初耳だったらしく、青葉と顔を見合わせる。 『わしとこまっちゃんが、つなぎの湖を使って過去に飛んだこと話したやろ。あんなん、普通の子が出来ることやない。こまっちゃんが、水の力を持っとったけん出来たんよ。あの時は何も目覚めてなかったけん、わしにはわからんかったけど、湖は反応してしもたんやな』 『なるほどなあ。あんだけ霊力が強いんは、やっぱり…』 カザヒの言葉を続けたのは、青葉だった。 「巫女か霊能力者の家系出身としか、考えられんな」 『しかし、佐倉の家は普通の家じゃったはずじゃけど』 『んだ』 カザヒとミナツチは、同時に首を傾げる。 「母方が、巫女筋やったかもしれん。確か、小町の母親は関東出身やけん…。どっか、うちみたいに神を祀っとるところちゃうやろか」 『ふむ。こまっちゃんは、やたら神に好かれるけんのう。巫女筋に一票じゃな』 『んだ』 「――小町の母が小町に冷たかったんは、そのせいなんやろか…」 青葉が呟いた時、ようやく取調室の扉が開いた。 しかし、出て来たのは小町ではなく初老の刑事だった。 「あなたが、付き添いでしたかな?」 「は、はい」 青葉は慌てて立ち上がる。 「あの…どうやったんですか?」 「錯乱しているようですね。裁判になる場合、精神鑑定が必要でしょう」 「錯乱?」 「ええ」 男は煙草を取り出し、うんざりしたようにくわえた。 「幽霊が出て来て、殺したと言ってるんです。どう考えても、錯乱しているでしょう」 青葉は思わず振り返り、双つ神を見やった。 話していた通りの出来事が、起きていたらしい。 「小町は、裁判に掛けられるんですか?」 「このままではね。幽霊を語り出すなど、怪しい証拠だ」 「でも、小町がやったって証拠も無いんでしょう?」 青葉は刑事に詰め寄る。 「そうだが…。しかし、彼女以外誰も居なかった」 「でも、小町には長内のじいさんを殺す動機なんてありません。事故かもしれんとは、思わんのですか?」 「そこが、微妙な所でしてな。医者が、傷口を見る限り叩きつけられたとしか考えられない、と言っていました。なので自分で誤って、ということは考えにくいです」 刑事の主張にも、青葉は怯まなかった。 「せやったら、自殺かもしれません」 「自殺? ――なるほど。しかし、そうだったら何故彼女はそう言わないのだね?」 聞き返され、青葉は黙り込む。 自殺…そう、ある意味自殺だ。小町に死霊を解放させ、挙句死霊に殺されてしまった。正に、自殺行為だったのだ。 「小町と、一度話させて下さい」 「…まあ、良いだろう。彼女も少し、落ち着くかもしれない。部屋を用意しよう」 「すみません」 青葉は頭を下げながらも、拳を握り締めていた。 用意された部屋で、青葉はソファに腰掛けた。 応接間なのだろう。座り心地は悪くなかった。 しばらく待っていると、ノックの音がして刑事と小町が入って来た。 「では外に居るので、終わったら言って下さい」 「はい。ありがとうございます」 「なるべく、早くお願いしますね」 刑事が出て行くのを確認してから、青葉は扉の前でぼんやり佇む小町に声を掛ける。 「小町。こっち来」 ぽんぽん、と自分の隣を叩くと、小町は言われるがまま示された所に座った。 「大丈夫な?」 「私、殺してないわ」 ただ、小町は繰り返す。 「わかっとるよ。それについて、話があるんよ。よう、聞きよ」 青葉に促され、カザヒが口を開く。 『こまっちゃん。じいさんが、自殺したところを見たって言い』 「で、でも」 『せやなかったら、誰もこまっちゃんのこと信じてくれへん。わしらの村人ならともかく、警察署の奴らが"幽霊がやりました"って言って信じると思うんな?』 『んだ?』 「――けれど」 小町は唇を噛み締めた。 我ながら、酷い提案をしていると青葉は思った。 嘘をつくのが嫌いな小町に、嘘をつけと強要しているのだ。 「小町は、やってへんのやろ?」 「うん…」 青葉に優しく問われ、小町はひたすら頷く。 『無実の罪で、捕まりたくはないじゃろ。じゃけん、嘘をつくんじゃ。あながち嘘やないぞ。あやつは、やったら死ぬってわかっててやったとしか…』 「違うわ!」 小町は思わず叫んだ。 「小町、声を小さく」 外に居るはずの刑事を気にして青葉が注意すると、小町は小さい声で語り始めた。 「おじいさんは、私が死霊を退治出来ると思っていて、私がそうしたら呪いが解けると思っていたのよ。だから、私に無理矢理霊を解放させたの」 「そんなんしても、呪いは解けん。しかも、小町がそいなこと出来るわけ…」 青葉は言い掛けて、途中で閃いた。 けれど、実際青葉が来た時には霊など居なかった。 「――ほんまに、小町が消したん?」 「よくわからないの。消えて消えてって、叫んでたら気が遠くなって…目を覚ましたらもう、居なくなっていたの」 小町の告白に、青葉も双つ神も言葉を失った。 「でも――もし私が消したんだったら、おじいさんが死ぬ前に消してあげたら死なせなかったのにと思って…もう、どうして良いかわからないの」 罪の意識に苛まれ、小町は頭を抱える。 「嘘をついて、私だけ救われるの? そんなの出来ないわ」 「小町。ええ加減にせえ」 青葉は押さえ切れなくなって、小町を叱る。 「俺も神さんも、小町を助けたいけん言っとるんよ? それやのに、小町がそいなこと言ってどうするんや」 「だって、おじいさんは私を信じていたから解放を」 「自分のことも考え」 青葉は小町の肩を掴んで、泣きそうな顔で訴え続ける。 「小町は、長内のじいさんに利用されたんやろ。それで捕まって、どないするん? 小町は俺みたいに、鍛えられた巫女やないんよ。もしかしたら、小町も死んどったかもしれんよ? 何で、そんなに自分を大事にせんのや!」 初めて青葉に怒鳴られ、小町はびくりと震えた。 「そんなに責められたいんか? せやったら、蘇芳に頼んでいくらでも責めてもらえ! でも、刑務所に入るんは許さん。やってもない罪で、入るんは許さん!」 「青葉――」 小町は一筋、涙を零した。 『こまっちゃん。確かに、嘘をつくのは卑怯なことじゃけど…今回だけ。な』 『んだ』 『わしらも、気付いてやれんで悪かった。わしらの責任でもある。じゃけん、わしらのためを思って嘘をついてくれるえ』 真剣に神たちに請われ、小町はゆっくり頷いた。 刑事に連れられ、小町は再び取調室に入って行った。 入る寸前、刑事は青葉に不審そうな目を向けた。 おそらく、彼は青葉と小町の会話に聞き耳を立てていたのだろう。しかし、彼には双つ神の声が聞こえないから、話が成立していないように聞こえたに違いない。 青葉は視線に気付かない振りをして、元の位置に腰掛ける。 さすがに眠くて、欠伸が出てしまった。 「なあ、神さん。さっきの続きや。双神の巫女が施した封印は、そんなに解きやすいもんやったんな?」 眠気を振り払うためにも、青葉は話を切り出す。 『封印は、解くより施す方が難しいんじゃ。解くってのは、ある意味壊すことじゃけん。力があれば、難しいことやない』 『んだ。攻めるより守るのが難しいのと、同じや』 「すると――力さえあれば、何もわからず封印を解くことが可能ってことかいな」 青葉は難しい顔をして、小町の姿を思い浮かべた。 彼女が方法を知っていたとは思えない。長内の老人が強要したのだろうか。 そこで、青葉は思いついた。 「せや。もしや、小町は長内のじいさんの封印を破いたんちゃうか?」 『そうとしか、考えられんのう。長内の家に行った時に、無意識にやってしもたんかもしれんな』 『んだ』 蘇芳が言っていた、わけもわからぬ自信とは霊力を取り戻したせいだったのだ。 『それで、こまっちゃんの力に目を付けたんじゃな。死んだ者を悪く言いたくはないけど、自業自得じゃ』 カザヒの声には人間らしい同情は含まれていなかった。人間らしく見えても双つ神は神なのだと、青葉は今更実感する。 「小町の霊力は、あんまりええもんちゃうんか?」 思い切って、青葉は双つ神に問う。 『…今のところな。お前も漠然と感じとるやろけど、こまっちゃんの霊力は負の霊力じゃ。近いんは、蘇芳やその祖父とかが持ってる霊力じゃ。あやつらの霊力は、呪いで歪められとる。まあ、蘇芳はあんまり強くないけん大丈夫じゃけど、強いとあのじいさんみたいになる』 カザヒは大きなため息をついた。 『んだ。呪いに才能示したんも、あやつの持ってたんが負の霊力やけんや』 『けど、こまっちゃんの霊力が何で負の力を持っとるかはわからんのう。封印の影響か、心の影響か、それとも元々何かあったか…』 青葉は息を呑んだ。 「負の霊力があるんやったら、正の霊力もあるんか?」 『んー、ちょっとちゃうな。負の霊力は、いわば濁った霊力じゃ。じゃけん、負の霊力の反対にあるんがお前みたいな、まっさらな霊力なんじゃ』 『何にも染まってない、綺麗な霊力や』 双つ神は少しだけ誇らしげに、巫女を見下ろす。 『呪いは、する方にもされる方にも怖いもんじゃ。使う方は、それで霊力を濁す。ミツでさえ呪い返しに失敗したんは、双神の巫女が呪い慣れしとらんせいじゃった』 『んだんだ』 二人の会話を聞きながら、青葉はゆううつそうに唇を噛んだ。 「俺は、小町に何をしてやれるやろ…」 『このままじゃったら、こまっちゃんにええことはない。霊力を制御させる方法を学ばせるか、もう一度封印するか』 『でも、制御させるには…帰らせないかん』 ミナツチの意見に、青葉は不安そうに表情を歪めた。 「両親の元に?」 『せや。こまっちゃんの家系が巫女筋なら、親か親戚から習えるはずじゃ』 『んだんだ』 双つ神も、提案しておきながら乗り気ではないようだった。 「――小町に聞いてみる」 今はそれしか、言えなかった。 全てが終わり、青葉と小町は車で家まで送ってもらうことになった。 「では、また来てもらうこともあるかもしれませんが」 刑事はすっきりしない顔で、車の中を覗き込む。 「はい。では、お世話さんでした」 青葉が一礼すると、刑事は車からそっと離れる。 車が滑るように動き出し、青葉は欠伸を噛み殺す。隣に座る小町は、ぼんやりしていた。 「小町。大丈夫な?」 「ええ」 気の無い返事だったが、前には警察官が座っているのでそれ以上何も言えず、青葉は目を閉じた。 もう、朝日が昇る時刻になっていた。 家から少し離れたところで車を見送ってから、青葉は思い切り伸びをした。 「無事帰って来れたな」 実感こめて呟くと、カザヒとミナツチも嬉しそうに笑った。 ただ一人、浮かない顔をしているのは小町だ。 彼女に起こったことを考えれば、すぐに元気になるのは無理だろう。 だから、青葉は何も言わずに小町の肩を叩いた。 「ほら、帰るよ」 「ええ」 歩き出してすぐ、青葉は異常に気付いた。 双神家の前に、村人達が集っている。その中に、蘇芳も居た。 「蘇芳、どしたん? こいなとこで」 「――どうなったんや」 蘇芳は鋭い目で、青葉を見据えた。 「じいさんは、自殺ってことになった。でも、ほんまは…死霊が殺したらしい。長内を呪った女を、じいさんが小町に解放させて…それで」 出来るだけ冷静に順序良く説明したつもりだったが、蘇芳は納得しなかった。 「せやったら、あの女がおじいを殺したんと一緒やないか」 「ちゃう。よう聞き。じいさんが、小町に強要したんよ」 「そんなん、あいつが言ってるだけやろ!」 蘇芳が睨むと、他の面々も蘇芳にならって小町を睨み付けて来た。 「何で青葉は、あいつを庇うんや! あの女に騙されとるんとちゃうんか!」 「そんなわけ、あらへん。お前が一番よく知っとったやろ。じいさんは、頭が…」 「それでも、俺の祖父や」 蘇芳はうつむいてから、踵を返して立ち去った。 ほっと息をついた時、突然小石が飛んで来て小町の額に当たった。 「小町!」 青葉はふらつく小町を支え、恐ろしげに人々を見やる。 「誰が投げたんや…?」 答える者は居なかった。皆、一様に小町に厭わしげな目を向けている。 「平和な村やったのに」 誰かが呟きを残す。そうして、彼らはゆっくり去って行った。 呆然としていた青葉は我に返り、小町の頬に触れる。小町の額から、血が流れていた。 「大丈夫な?」 小町は返事をせず、不安そうに青葉を見上げる。 「…みんな、動揺しとるだけや。あとで、俺がもう一度話すけん。はよ、手当てしに行こ」 小町の手を掴み、青葉は家へと走り出した。 『みずみそぎ』につづく |