目次  


さくらうた

中編


 桜の木の下、こちらに背を向けて少年が立っていた。
 白い着物が、艶やかな黒髪を際立たせている。
 誰か、誰かに似ているわ。
 神秘的な雰囲気。
 まるで、神に仕える者のような――…。
 ――青葉?
 名を呼んだと思った途端に桜の花吹雪が舞い、視界は花びらに閉ざされた。

 小町は飛び起き、肩で息をした。
「何の…夢?」
 枕元の時計を見ると、既に早朝であった。

 小町が起きて行くと、既に食卓に着いていた青葉が顔を上げて微笑んだ。
「小町、おはようさん。よう眠れたんな?」
「おはよう。ええ、よく眠れたんだけど…」
 小町は浮かない顔で、青葉の正面に座る。
「気分が冴えないの」
「ほうな…。昨日あったこと、覚えとるんな?」
「私が、すぐに眠ってしまったこと?」
「その前のことや」
 小町は青葉をじっと見てから、首を振った。
「昨日言った通り、覚えてないわ」
「困ったなあ」
 青葉は頬を掻き、後ろを振り返った。
「いかん。カザヒさん、ミナツチさん」
『ふーむ、困ったのう』
『のう』
 二人は、同時に首を傾げた。
「小町。お前に施した"守り"の術が、取れとるんよ。つまり、お前が危険に遭ってそれを使ってしもたってことや」
 青葉の説明で、小町の頭に閃くものがあった。だが、その瞬間それは鋭い頭痛にすり替わる。
「痛っ…!」
「小町?」
 青葉は慌てて立ち上がり、小町に駆け寄った。
「どしたん!」
「頭が痛いの…」
 頭を抱える小町の頭を見下ろした青葉は、あることに気付いた。
「小町、すまん」
「え? きゃっ!」
 青葉は小町の服を引っ張り、後ろ首の下を露わにした。
『あれま』
『ま』
 カザヒとミナツチは、口をあんぐり開ける。
「何や何や!」
『なになに〜?』
 そこに、穂波とすりーぷがやって来た。
 穂波はその光景を見てしばし固まったが、すぐにくるりと踵を返した。
「…ごゆっくり…」
「ちゃう! 穂波、見てみ! ここに、変な痣が出来とるん!」
 青葉は顔を赤くして怒鳴る。
 穂波は驚いたように、青葉の指差す先を見た。そこに在るは、桜の花びらに似た形の赤い痣。
「これが原因ちゃうやろか」
 青葉は真剣な顔で、その痣を見つめた。
『確かに、変な感じがするのう』
 カザヒが痣に顔を近付ける。
「痣って、何?」
 当の小町は、戸惑うばかり。
「首の後ろに、痣が出来とるん。桜の花びらみたいな形や。この痣、昔から持っとったか?」
「知らないわ。じゃあ、これが原因ってこと?」
「せやろ。桜の香りがするんも、これのせいやな」
 青葉は眉をひそめ、カザヒとミナツチを見上げた。
「何かの呪いやろか…カザヒさん、ミナツチさん。何か知らんな?」
『ふーむ。わしらも、そんな何でも覚えとるわけちゃうけん』
『んだ』
 カザヒとミナツチは困ったように、顔を見合わせた。
『ん? でも待てよ。どっかで、桜がどうとか聞いたよな…。あ、そうじゃ! 隣村のことちゃうか?』
 カザヒが、ぽんと手を打った。
「隣村? 廃村なった、あそこか?」
『せや。記録が残っとるはずじゃ。捜し!』
「わかった。穂波、小町を頼むえ!」
 穂波に一声掛けてから、青葉は走り出した。

 蔵に入り、青葉は深呼吸する。
「で、いつの話なん?」
『いつやったっけなあ。元禄?』
『戦国やったような気がするなあ』
『いやいや、江戸じゃ江戸。間違いない』
 カザヒとミナツチが、顔を突き合わせて論議する。
 青葉はもう少しでコケそうになるところだった。
「そんな昔かいな!」
『最近じゃったら、わしらもしっかり覚えとるはずじゃろが』
『んだ』
 開き直る双つ神。
『確か、"すず"の時や』
 当時の巫女の名を思い出し、ミナツチが呟く。
『ああ、せやせや! すずじゃ。懐かしいのう。すずはとびっきり優しかったのう』
 目を細めるカザヒを見て、青葉は苦笑する。
「優しくない巫女もおったんか?」
『お前の先代は、怖かったぞ』
『んだなあ』
 そんな、ばあちゃん怖かったやろか。
 祖母は自分にはとても優しかったので、いまいち腑に落ちなかった。
『疑うなら、総一郎に聞いてみ。あいつが一番、よーく知っとるけんな』
『んだんだ』
 カザヒとミナツチはうんうん頷き合う。
 へえ、と言った青葉は急に青ざめた。
「しもた! こんなことしとる場合ちゃう! "すず"さんやな?」
 青葉は腕まくりして、ずらりと並べられた記録書の一冊を引き出した。
「ああ、これちゃう。えっと…これもちゃう」
 青葉は焦りながら、一冊一冊検分して行くのだった。
「あった!」
 ようやく見付け、その場に座り込んで早速開く。目次のようなページがあり、そこをまず見ると"神桜"という項目が見えた。ページ数などは書いていないので、見当を付けてめくる。
『ふむふむ』
『んだんだ』
 カザヒとミナツチも、後ろから覗き込む。
 読み進める内に、青葉の手は微かに震え始めていたのだった。

 帰って来た青葉を、朝食を食べている皆が振り返る。
「おう、青葉。見付かったか?」
「うん、見付けた」
 穂波の問いに頷き、青葉は小町を憂鬱そうに見やる。
 小町はぼんやりとして、箸を進めている。
 また、眠気に襲われているのかもしれない。
「まあまあ、とりあえずあんたも朝ごはん食べ」
 祥子に薦められ、青葉は座った。
「んで? どういう話やったんや?」
 穂波は我慢し切れなくなったように、身を乗り出す。
「…話すと長くなるけん」
 ちらりと両親を見ると、二人は顔を見合わせた。
「じゃあ、俺らは仕事行くな」
「せやね。青葉、後で何があったか教えてよ」
 既に朝食を終えていた二人は、立ち上がった。
「わかっとる」
 両親が行ってしばらくしてから、青葉は口を開いた。
「隣村には、昔守り神がおった」
「隣村か」
 穂波は目を見開く。
「せや。その守り神と巫女の家は、うちと同じように血の契約を交わしとった。やけど、ある時巫女の血筋が絶えてしもたん」
「神は消滅したんか?」
「せや。うちの巫女やったすずさんはそのことを知って、隣村を訪ねたんよ。少しだけでも、神さんの力貸したろう思て」
 枯れ行く農作物。干上がる川。
 守り神を失った土地がどうなるか知っていたからこそ、彼女は隣村に足を向けた。
「せやけど、隣村はあんまり変わっとらんかった」
「何やて?」
「新しい神が、現れとったん」
 青葉の声が、真剣味を増した。
「その村には、一つだけ浮いとる家があった。それが、"神桜"って家や。ここだけは隣村全体が祀っとった神さんやなく、昔から独自の神さんを祀っとったん」
「ってことは、その神桜って家の神さんが…成り代わったってことか!」
 穂波は額を叩いた。
「その通り。でもその神さんには、少し問題があった」
「問題?」
「人身御供を、必要としたんよ」
 青葉の台詞に、穂波は口をぽかんと開けた。
「ほんまかいな…。けったいな神さんやなあ」
 古来、日本で人身御供を必要とする神が居なかったわけではない。
 しかし時を経るに連れ一般的ではなくなった上、人身御供を必要とする神は邪神と見なされることが多かった。
「大体、神が荒ぶっとる時に人身御供が要るんやんな? 水神とか…。その神さんは、怒って何か起こしたんか?」
「いいや、そうは書いとらんかった。その神は女を喰うけん、定期的に神桜の家は若い女を嫁として差し出しとったんやと。血が絶えたらいかんけん神桜の女やなく、なるべく旅人やよそ者をさらって捧げとったらしい。それまで諍いを避けるために村の女をさらうことはなかったんやけど、もう桜の神は村全体の神になったけん、人身御供を村の中から選ぶことにしたんやと」
 穂波は卒倒するほど、青ざめた。
「すずさんは話聞いてこの神さんがええもんやないって感じたけん村長に掛け合ってんけど、村長は相手にしてくれんかったそうや」
『あー、覚えとるぞそれ。せっかくすずが言うてやったのに…あの頑固爺』
『んだんだ!』
『しかも、神桜の当主が一切うちの村に関わるな言うて来たんじゃぞ。失礼なやっちゃ』
 双つ神は、ぷりぷり怒っている。
「すずさんはしゃあないけん、そのままにしてここに戻った。せやけど、隣村は段々と衰えて行ったらしい。神さんの力が前より弱くなってしもたせいやろか、って書いてあった」
『すずの話は、ここで終わりじゃ。こっからは、わしら思い出したぞ。隣村から引っ越して来た奴に聞いたんじゃけどな。神桜の家も、明治くらいで血が耐えてもうたんじゃ』
『んだ』
『それが何でも、その桜の神が村のおなごを喰い尽くしてもて、足りんようになったけん神桜のおなご達も食ったんじゃと』
 その話を聞いて、青葉と穂波は「うへえ」と唸った。
「でも何で、そんなことが起こるまで気付かんかったんや?」
 穂波が尋ねると、カザヒはため息をついた。
『神桜があの村を仕切り始めてから、こっちに情報が来んようになったんじゃ。わしらが反対しとったけんじゃろ』
『んだ。神桜はわしらを敵視しとった』
『無理にでも退治したら良かったんかもしれんけど、あの時村人みんなが賛成しとったけん、よそ者のわしらがどうこうすることは出来んかった』
 かつて村は結束意識が高い代わりに、よそ者に厳しかった。
「その口ぶりやったら、隣村結構遠いんちゃうの?」
 青葉はふと、気付いたことを、口にした。
『そうじゃな。山越えないかんけん。こまっちゃんが行って、すぐに帰って来れる距離ちゃうよ。一体、どうやって行ったんかなあ』
 カザヒは、船を漕ぎ始めた小町を見下ろす。
「桜の神が呼んだんやろか。桜の神は今、飢えとんのかもしれん…」
 青葉の放った呟きは、朝の気だるい空気に溶けた。
 青葉は傾いだ小町の体を抱き留め、横たえてやった。
「小町は、目を付けられたんやろか」
『せやろ。多分、一度わしらの"守り"が弾いたけん、桜の神は弱ったかして一旦引いて、こまっちゃんに目印を付けたんじゃ』
『んだ』
 カザヒとミナツチは推理に満足したかのように、頷いた。
『多分、このままやったらこまっちゃんは桜の神のところに行こうとするじゃろな』
「止めても、無駄か?」
『その印が付いとる限り、何回でも行くぞ』
 カザヒの警告に、青葉は拳を握り締める。
「もうその神さん、祟り神やろ。退治せなあかんで」
 穂波は静かに、青葉を見つめる。
「わかっとる」
 揺るぐことなく見つめ返し、彼は告げた。
『しかし、不思議なんがこまっちゃんがあそこに辿り着いたことじゃ。誰かに誘導されたんじゃろか?』
『んだなあ。それか、辿り着く前に目を付けられたんかも』
 カザヒとミナツチが推理しているが、どちらにせよ小町が記憶を取り戻さねばわからぬことだ。
「小町が眠り続けとるのは、何でなん?」
『その"目印"が、こまっちゃんの"気"を喰っとるみたいじゃ』
 カザヒはちょい、っと桜の痣に触れた。
『お前の言った通り、桜の神は飢えとる。だけん、少しでも喰おうとしとん。記憶失くしとんのは、その反動かもしれんな』
 ミナツチは青葉に向き直り、説明した。
「何で小町が狙われたんや…」
 悔しそうに、青葉は歯噛みする。
「そら青葉。こまっちゃんも、霊力持っとるからやろ。昔は霊力の強い奴が、人身御供に選ばれとったって言うやないか」
 夏の事件をきっかけに、小町の内にあった霊力は目覚めてしまった。
「俺らが思っとるより、こまっちゃんの霊力強いかもしれんしな。目を付けられても、おかしくはないやろ」
「…せやな」
 神が見えるようになって、内に在った影を開放した小町。霊力を持つこととなった彼女は、今までより危険に遭うことになったのだろう。
「それよりも。どうやって、桜の神を退治するん?」
『そら、相手のとこに赴いて懐に飛び込んで、ざしゅっとな』
『な』
 青葉の質問に、カザヒとミナツチは剣で斬る動作をしながら答えた。
「剣? んなアホな」
『しもた。それ、妖怪退治の時か。やっぱり、言霊で還すのが最善じゃけど。すりーぷの時みたいに、話をちゃんと聞くかが問題じゃのう』
『んだな』
『ですよね〜。ぼくみたいに物分り良いとは、限りませんからね〜』
 すりーぷは褒められたと思ったのか、照れている。
「生け贄の姫さんを助ける英雄譚の王道と言えば、"身代わり"やな」
 穂波が思い付いたように、ぽつりと呟いた。
 その提案に、青葉は首をひねる。
「身代わり? 俺が、代わりに喰われるってことな?」
「アホやな。桜の神は女しか喰わんのやから、お前を本当に喰わん。大体もしものことがあっても、お前は双つ神と契約した身。安全や。だから喰われる振りして、カザヒさんとミナツチさんの力借りて退治すればええんや。油断したところを突く! これも、王道な」
「なるほどなあ。でも、正々堂々と行ってもええんちゃうの?」
「アホ。相手は神やぞ。しかも、あっちは自分の土地におるんや。カザヒさんやミナツチさんも自分の土地離れたら、ちょっと弱ってまうやろ。そこは、策略で差を埋めるべきや。かの有名なスサノヲかて、ヤマタノオロチ倒した時は策略で勝ったやないか。英雄っつーもんは、頭で勝つもんやで」
 アホ、と二回も言われて青葉は不服そうだ。
「まあ、お前の言う通りや。俺が食われる振りしたらええんな」
「せや。でも、そのままじゃあかんで。相手は、女しか食わんねんから」
 穂波が忠告すると、カザヒが我慢し切れなくなったように噴き出した。
『まさか、青葉に女装せえって言うんな』
「何やって!?」
 青葉は、素っ頓狂な声を上げた。
「それしかないやろ。かの有名なヤマトタケルかて、女装してんし…まあこれは異民族の頭領討つためやから、ちょっとちゃうけど?」
「ままま、待ち! せやったら、お前がやってもええんちゃうの? お前も巫女やし」
 青葉は必死になるあまり、穂波の胸倉を掴んだ。
「んー…青葉」
「は?」
「一回勝負や! 最初はグー!」
 握り拳を突き出した穂波につられ、青葉も構える。
「「じゃんけんホイ!」」
 次の瞬間、青葉は握り拳を睨みながら
「何でや――!」
 悔しそうに地団太を踏んだ。
「はっはっは」
 穂波は平手を、ひらひら降っている。
「むしろ喜べ青葉! 姫を助けた英雄は、大体姫を嫁さんに出来る!」
『そうそう〜』
 穂波とすりーぷは、何故か嬉しそうだ。
「いやしかし、何か他に方法が…」
 もごもご口を動かす青葉は、物音に気付いた。
 小町が、体を起こしたのだ。
「行かなきゃ…」
 目が据わっている。
「いかん!」
 青葉が腕を掴むと、小町は血走った目でこちらを見て来る。
「放して…私、嫁ぎに行かなきゃ…」
「いかん言うとるやろ! すりーぷ!」
 青葉が怒鳴るとすりーぷはふよふよ飛んで来て、小町にぴっとりくっついた。
 崩れるように、小町は眠りに落ちる。
「青葉、時間がないで」
 打って変わって真剣な穂波の声に、青葉は盛大なため息をついた。

 母と父は、驚愕の悲鳴を上げた。
「じょ、女装!? あんた、大丈夫かいな!」
 祥子は息子の顔を、心配そうに覗き込む。
「まあまあ、おばちゃん。これは、こまっちゃんを助けるためやねんから、協力してやってくれへんか」
 穂波が言い添えると、祥子は目をぱちくりさせた。
『そこでじゃ、祥子。光(ミツ)の着物、青葉に着せてやってくれへんか。あの、とっときの奴じゃ』
 カザヒが横から口を出す。
「とっときの奴?」
『光が、出掛ける時しか着んかった着物じゃ』
「ああ、あれですか」
 祥子はようやく思い出したようで、腰を上げた。
『せや』
「ちょっと待っといて下さい。出して来ますけん」
 慌てて、母は奥に消えて行った。
「とっときの着物って、何なんや?」
 青葉が、カザヒに尋ねる。
『わしらが、守りの意味で霊力をこめた着物じゃ。光は双神の当主でもあったけん、色々出掛けることも多かった。そこで巫女衣装着るわけにも行かんしわしらも連れて行けん時は、その着物を着てったんじゃ』
「へえー。やっぱ、ばあちゃんにも守りが要ったわけ?」
『光は強かったけど、用心するに越したことはなかろ?』
 穂波の質問には、ミナツチが答えてくれた。
『ま、そんな着物やけん、青葉がそれ着たら安心ちゃうかと思ったんじゃ』
 カザヒの台詞に青葉と穂波が納得しているところへ、祥子が戻って来た。
「これですね?」
 祥子が包みの中からちらりと見せた着物は、美しい白地の着物だった。
 巫女衣装とは違う普通の着物なのだが、どこか儚く神秘的な雰囲気を持っていた。
『これじゃこれじゃ。これ着た光は、特に綺麗じゃったのう』
『んだのう』
 カザヒとミナツチは、懐かしさに目を細める。
 怖いとか言っとったけど、ばあちゃんのこと好きやったんやろな。
 自然に、その考えが浮かんで来た。
「しまった、鬘(かつら)が要るな! ちょっと待っとけ!」
 今まで存在感のなかった総一郎が突然叫び、突然飛び出して行ってしまった。
 一同が呆気に取られている内に、父は帰って来た。
「ほら、あったぞ!」
 手には、長い黒髪の鬘が。
「…どこに?」
 青葉のもっともな問いに、父は目を逸らす。
「まあ、ええやないか」
 実に怪しいが、追求している暇はない。
「おばちゃん、急いでや。こまっちゃんがまた目覚めたら、大変や」
 穂波が急かす。
「はいはい、じゃあ青葉行こか。着付けにお化粧やけん、時間掛かるで」
「勘弁して…」
「文句言わんと!」
 祥子は嫌がる青葉の腕を引き、ずんずん歩いて行った。

 起きては喚く小町をその度にすりーぷが眠らせていたが、段々と間が短くなって来た。
 こら、やばいで…。
 穂波は眠りに落ちた小町に掛布団を掛けながら、唇を噛み締めた。
「ったく、何ぼほど時間掛かっとんや。誰や、女装させって言うた奴」
『穂波さんでしょ〜』
 文句を言う穂波に、すりーぷがのんびり指摘する。
「せやけどさあ」
 まだ言い募ろうとする穂波の後ろで、障子が開いた。
「終わったよ」
 青葉だと思い振り向いた穂波は、あんぐり口を開けた。
 着物に身を包み化粧を施された彼は、見事に女性にしか見えなかった。
「え、めっちゃ俺の好みやん! 青葉、結婚してくれ!」
 抱きつこうとした穂波を、青葉は思い切り殴る。
「本気で殴らんでもええやんか!」
「やかましい!」
 頬を押さえて穂波が叫ぶも、青葉は一蹴。どうも、気が立っているらしい。
『上出来上出来。光に、よう似とるなあ』
『んだんだ』
 双つ神は満足そうだ。
「ほんま、ここまで似合うと思わんかったねえ。いつでも嫁に出せそうやよ」
「母さんも、くだらんこと言わんといて」
 にこにこ笑う祥子に、青葉が釘を刺した。
「こまっちゃんは、俺とすりーぷで抑えとくわ」
「頼むえ。神さん、行こか」
 青葉は頷き、カザヒとミナツチを促した。

 桜の花びら踏み締め、青葉は歩く。
「この方向でええんな?」
『せや。歩いとったら、自然に招かれるかもしれん』
『んだ』
 双つ神を後ろに従えしばらく歩いていると、奇妙な感じがした。
「景色が変わっとる…」
 山道だったので気付きにくい差だったが、いつの間にか景色が変わっていた。空間が歪んでいるのだろう。
 その時、声が響いた。
『誰だ。契約を交わした我が嫁は、何故来ない』
 一方的な契約のくせに、よう言うな。
 もちろん、怒りを口にはしない。
 着物の袂で口を覆い、声をくぐもらせて答える。
「私は彼女の代理。代わりに私を喰って下さいませ」
『代理だと…?』
 声はいつの間にか消えて行った。
 気が付けば、青葉は古ぼけた屋敷の前に立っていた。表札には"神桜"とある。
 これが、神桜の家…。
『んじゃあわしらは、姿消しとくわな』
『んだ』
 一言言って、二人は同時に姿を消した。
 青葉はゆっくりと、家の中に入って行った。
 強い霊気を感ずる。
 紅を刷いた唇を噛み締め、青葉は足を進めた。

目次