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さくらうた

後編


 小高い丘の上に生えた桜は、満開に咲き誇る。
 薄紅色の花びらがはらはらと散り、若草の上に落ちる。
 桜の木の下、少年が佇んでいた。
 あれは誰…?
 小町はその少年を見つめながら、自問する。
 だが、己の中に答えはない。
 前は"青葉"と呼んで、彼はかき消えた。
 ならば、青葉ではないのだ。
 小町は声を放つ代わりに足を進め、彼に近付いた。
 こちらに気付く様子もなく、彼はただ背を向けている。
 ふと、その肩が震えた。
 大地に涙が染み込み、嗚咽が空気を震わせる。
 彼は、泣いているのだ。
 小町はそっと、彼の背に触れた。
 彼が気付いているのかどうかはわからないが、そうせずにはいられなくて。
 とうとう泣き崩れてしまった少年の背は、とても痛ましかった。
 その時小町は、桜の花を付けていた木が枯れ木に変わっていることに気付いた。

 見えたのは、満開の桜。どこか妖しく咲くその花は、ただの桜ではない。
 神桜――…。
 この家が戴いていた姓名を思い出し、青葉は桜に見惚れた。
 桜が舞い散ると共に、青年が姿を現す。
『貴様が、代理と申すか』
 彼は鋭い瞳で、青葉を睨んだ。
 青葉は黙って、頭を下げる。
『ほう、霊気の強き女だな。美味そうだ』
 青年に顔を覗き込まれる。
『だが、匂いがする。風の匂い、火の匂い、水の匂い、土の匂い…お前に染み付いている。それは、何だ?』
「わかりませぬ」
 袂で顔を隠し、青葉はとぼけてみせる。
『何故お前は、あの女の代わりになろうとする』
「あれは、母がかわいがっている娘であります。しかし、私は家の厄介者。あれが死に私が生きるより、私が死んであれが生きるのを皆が望んでいるのです」
 青葉の嘘に、青年は眉を寄せた。
『それは、哀れなり』
 まるで本心からであるような、同情の言葉。
 青葉は違和感に気付き、続けた。
「桜神様。私を早く、葬って下さいませ」
『私はお前を殺すわけではない。お前を喰らい、私の一部にするのだ。お前は私を内から支える。さながら、お前は私の花嫁となるわけだ』
 "殺す"と言いたくないらしい。
 青葉は薄目で、桜神をじっくり見た。
 またも、違和感を感じる。
 桜神の表情を見て、青葉は察する。
 まさか――…。
「桜神様。あなたは本当に、神なのですか?」
 紅色の唇から放たれた問いに、青年の目が見開かれた。

 ひたすらに泣き続ける少年。
 小町はわけもわからず、彼の背をさすり続けた。
 そこへ、新たな登場人物が加わった。
「お父上がお呼びです」
 女は頭を下げ、告げる。
 少年はようやく、顔を上げた。涙を拭い、彼は立ち上がって歩き出す。
 小町は、彼を追った。

 青年は唇を吊り上げる。
『何故、そう思う』
「あなたの気配は、神というよりは人のものだからです」
『これはこれは…聡い女だ』
 青年は青葉から少し体を離し、空を仰いだ。
『いかにも、私はかつて人であった。だが、今は違う。神だ』
「何故、人が神になれるというのです?」
『私はかつて、神に捧げられた供物であったのだ』
 喉を鳴らして笑い、青年は語り始めた。

 少年は屋敷に向かった。
 彼に付いて行った小町は、少年が父親らしき男の前で頭を下げるのを見た。
「覚悟は出来ておるか」
 彼らが着ているのは、いつの時代の装束だろう。随分と昔のような気がする。
「とうに。神なる桜にこの身を捧げられるとは、何たる喜び」
 感情のこもっていない声で、少年は父に誓う。
「覚えておけ。お前は人身御供として、永遠となれるのだ」
「はい…」
 涙がまた、はらりと落ちた。

 青年は振り返り、桜を見つめた。
『この桜は、神そのもの。私の家はこの神なる桜を守り、祀っていた。だが』
 青年は青葉に向き直る。
『いつもいつも艶やかな花を咲かせていたのに…ある時、花が絶えた。花だけではない。旱魃が襲い、民は飢えた。皆は神なる桜の木が怒っているのだと、騒いだ。そこで、父上は強い霊力を持って生まれた私に目を付けたのだ。私は男であったから、どうせ巫女にはなれなかった。だから、人身御供に最適だったのだよ』
 強い霊力を持ちし者は、強い人身御供になりて。

 いつの間にか月が昇り、落ち、日が昇って来た。
 枯れた木の周りに、人々が集っている。
 幼き少年は木に括り付けられ、目を閉じる。
 人々は祈りを始めた。
 祈りが終わった時、少年の父は剣を振るった。
 飛び散る紅。
 小町は顔を覆い、名も知らぬ少年のために泣いた。

『私は桜に捧げられた。捧げられた命と霊気を持ってして、地には花と恵が戻った。そして私は桜の傍に留まって神なる桜を助け、神桜の家を見守った。しかし、ある時気付いたのだ。私は弱って行っていると。このままでは、私は滅びると』
 青年は朗らかとも言える口調で、言ってのけた。
『そのため、私には力が必要だった。だから、人身御供を所望したのだ。人の命を喰らい、力を取り戻すために』
「そして、神桜の家は承諾した?」
『当たり前だ。もっとも私が詳しい理由を言わなかったために奴らは勘違いし、かつて人身御供にされた男が花嫁を求めているのだと思い込み、女ばかりを捧げた。私も満足してはいたがな。大概、女の方が霊気が強い故に取り込める力も大きくなる』
 ぺろりと出された青年の舌は、異常なほどに紅かった。
『そして、いつしか私と神なる桜は同一視されることとなった。私は桜の神となったのだ』
「ほうな…だけん、名字は"桜神"やなくて"神桜"やってんな。本当は桜の神やなく、神の桜を祀っとったけん」
 青葉は納得したように、唇を奮わせた。
 たったそれだけの差。だが、その差こそがこの青年が人間であることを示す。
『いかにも。ところで』
 青年は、青葉の顎を掴んだ。
『今言ったように、私は女だけを喰らうわけではない。残念だったな』
「俺が男って、気付いとったんな…」
『上手く化けていた。香りも見事に女のものだった。しかし、その香りは着物に染み付いた匂い。その香りの間から、確かに男の匂いが香っていたのだ!』
 青年の口から、鋭い牙が覗いた。
 彼は青葉の首筋に噛み付こうとしたが、突如弾かれた。
「そっちこそ、残念やったな」
 青葉の後ろで、カザヒとミナツチが姿を現す。
「俺はもう、神に身を捧げた身。お前には喰えん」
 睨み付け、告げる。
『神に身を捧げた――巫女か!』
 青葉は微笑んだ。
「お前は神になった言うたけど、実際は違う。あんたは今も、死霊や」
『何故そんなことが言える…!』
「あんたがまだ、恨んどるのがわかるけん。あんたは本当に神桜の家を守りかったんやと思うけど、それと同時に憎んどったやろ」
 青葉の指摘に、青年ははっとする。
「人身御供にされたことを、本当はずっと恨んどったんやろ」
『私が、恨んでいた?』
 呟きは、春風にさらわれる。
 浮かび上がる、最期の時。切っ先が自分を貫く寸前、自分は泣いたのだった。
 何故死ななければならないのか、と。
「だけん、あんたは本当の神さんにはなれんかった。あんたは人身御供を喰わんと消滅してしまう、死霊や」
『私が、神でないと…?』
「成仏せえ。手伝ってやるけん。もう、神桜の家も滅びてもうたんやろ…あんたが喰ってしもて」
 青年は奇妙に、顔を歪めた。
『ああせねば、私が滅びて桜も枯れた』
「やけど、あんたの守ってた神桜の家が滅びたら誰も桜を祀らへん。あんたも、その内滅びる。それが、わからんかったんな?」
 青葉が尋ねるも、答えは返って来なかった。
「恨みが、勝ったんな…」
 自分が滅びるより、家が滅びることを願って女を喰ったのだろう。
 滅び行く家を、彼はどんな表情で見守ったのだろうか。
「あんたが憎み、守った神桜は滅びた。あんたももう他人を巻き込まんと、行く所に行き」
『嫌だと言ったら? お前の代わりにあの女を喰らい、生き延びると言ったら?』
「――無理にでも、お前を送る。小町をやるわけにはいかん」
 青葉は、青年を指差した。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」
 詠唱が始まる。
「ふたつがみ しびとをおくる ちからをかさん」
 カザヒとミナツチの体が、燐光を帯びる。
「とどまるしびと ひにやいて ちにうめて かぜにのせ みずにのせ ありしところに おくらんと」
『止めろ――…!』
 カザヒから迸った炎が、青年を焼く。
「痛くないはずや。身を任し」
『私は…消えるのか…』
 炎に包まれながら、彼は呟く。
『父上が、永遠になれると言ってくれたのに――…』
 青年は、少年の姿へと逆行した。
 儚い印象を与える白い頬に、はらはら涙がこぼれる。呼応するように、桜の花びらがはらはら落ちる。
「永遠なんて、あらへん。少なくとも、この世には」
 青葉がそう言い切った時、ミナツチの体から光が溢れた。
 少年は、ゆっくりと土に沈み込んで行った。
 強い風が吹いて桜吹雪が舞い、青葉は腕で目を庇った。
 目を開けると、眼前に枯れ切った桜の木が佇んでいた。
『この木はもう、とっくの昔に死んでもうとったんかもな』
 カザヒがぽつり、呟く。
『んだ。あやつは桜を枯らすことが、怖かったんかな』
 ミナツチが付け加える。
「そうかもしれんな。桜が、永遠に咲き続ければええと思っとったんやろ」
 とても、哀しい話だった。
 今まで喰われた女達を思えば許せない話なのだが、彼の過去を思うとどこまでも物哀しかった。
『さあって、帰ろか。こまっちゃんも、もう目を覚ましとるはずや』
『んだんだ!』
 元気な双つ神の声に促され、青葉は枯れ木に背を向けた。

 映像と共に、殺されたあの少年も消えた。
 丘も木も全て周りから無くなり、小町は真っ暗な空間に取り残される。
 ――どうしよう。
 当て所もなく歩いていると、前に白い着物を着た少年の後姿が見えた。
 あの、死んでしまった少年だろうか。
 ぎくりとして、足を止める。
 すると、笑い声が聞こえて来た。
「待ってやあ、カザヒさんミナツチさん」
 少年は笑い、駆け出す。
「青葉! 待って!」
 叫ぶと、彼は立ち止まって振り向いた。間違いなく、幼い頃の青葉だ。彼は微笑して、手を差し出す。
 小町がその手を取ると、辺りに光が溢れた。

 小町が目を開くと、
『起きた〜!』
 すりーぷの顔が目の前にあって心底驚いた。
「すすす、すりーぷさん」
「小町、起きたん! 夢の世界に深く入ってなかなか目覚めんかったけん、すりーぷに迎えに行ってもらったんよ」
 すりーぷを押し退け、青葉が小町の顔を心配そうに覗き込む。
『気を利かせて、青葉さんの姿で行ってみました〜』
「ナイス、相棒!」
 すりーぷと穂波は、ハイタッチを交わす。
 小町は会話が耳に入っていないらしく、ひたすら目の前の顔を不思議そうに見た。
「誰?」
『あ、しもた。女装したまんまじゃった』
『んだ!』
 カザヒとミナツチは、顔を見合わせる。
 帰って来てすぐだったため、着替えるのをすっかり忘れていたのだ。
「し、しもた…」
 青葉はずざざっと引き下がる。
「…青葉?」
 小町の問いに、青葉は「う」とだけ答える。
「あーっ、あれは何や!」
 穂波があらぬ方向を指差し、叫ぶ。
 小町は指された方向を見つめ、きょとんとする。
「よし、今や青葉…ってお前も引っかかってどうすんねん!」
「え、何もないの?」
 青葉も穂波の指先を追ってしまったのである。
「しゃあないやっちゃ。こまっちゃんには俺から説明しとくから、はよ着替えて来い」
 穂波は大げさにため息をつき、行くように促した。
「わかった」
 青葉は慌てて立ち上がり、襖を開けた。
「実はな、こまっちゃん…」
「はい」
「青葉には、そういう趣味が」
 それを聞いた瞬間、青葉は箪笥の上に置いてあった熊の置物(鉄製)を、穂波にぶん投げた。
 済んでのところで避け、穂波は畳に命中した熊の置物を恐ろしげに見やる。
「殺す気か――!」
「やかましい! さっさとちゃんと説明せえ! 次は当てるけんな!」
 青葉の手には、今度は馬の置物が握られていた…。

 夜桜の下、皆は座る。
「夜の花見もええもんやな」
 総一郎が酒をあおりながら、笑う。
「あんなことがあったのに、花見ってのも不思議ね」
 小町は首をひねった。
『まあ、弔いも兼ねてな。もっとも、これはあの桜とちゃうけど』
『んだ』
 カザヒとミナツチは、桜の周りをふよふよ飛び回っている。
 双つ神の提案で、例の桜並木で花見をすることになったのだった。
「でも、ありがとね青葉。迷惑掛けてごめんなさい」
「ん? ああ、別に気にせんと」
 小町の礼に、青葉は照れたように口元を綻ばせる。
「まさかあんなことになるなんて、思わなかったわ。あのおじいさんも、ぐるだったのかしら」
 小町はしょんぼりしつつ、おにぎりに手を伸ばす。
「せやろなあ。あの霊に、洗脳されとったんかもな」
 青葉はお茶を取ろうとしたが、総一郎に阻まれた。
「こら青葉、お前も酒飲め。穂波!」
「はいはいーっと」
 総一郎が青葉に盃を押し付け、それに穂波が酒を注ぐ。
「俺、まだ未成年やけど?」
「気にするな青葉! 双神家では当主が法律やけん、俺がええって言ったらええんや」
 総一郎は声を上げて笑う。すっかり出来上がっているようだ。
『アホか、総一郎。双神の法律はわしらじゃ。そん次、巫女じゃ』
『んだ!』
 カザヒとミナツチに頭をはたかれ、総一郎は土下座を始めた。
「おじさん、お酒強いのか弱いのかよくわからないわね」
「あんま、強くないよ。親父も穂波も、すぐ酔っ払うし」
 青葉は朧月を見上げながら、盃に口を付ける。
「じゃあ、青葉もあんまり強くないの?」
「俺は、強いよ?」
 青葉は横目で小町を見て、唇を吊り上げてみせた。
 その動作がどこか妖しくて、小町は思わずどきりとした。
「強いの? 意外ね。…って、あなた未成年じゃないの?」
 小町は、誤魔化すように追求を始める。
「さっきみたいに親父が酔ったら俺にも薦めるけん、たまに飲むんよ」
 青葉は一気に盃を空にしたが、平気な顔をしている。
「なるほどねえ。何だか青葉、さっき別人みたいだったからびっくりしちゃった」
「さっきって、女装のことかいな」
 青葉はがっくり、肩を落とす。
 そうではないのだが、小町は敢えて訂正しないことにした。それも、事実であったから。
「青葉って本当に、巫女さんなんだってたまに思うの。何ていうか、神秘的というか」
「そら、どうも」
「だからね私…あの夢を見た時、初めあの子を青葉と間違えたの」
 小町の説明に、青葉は目を見開く。
「似てたのよ。後姿が」
 どうして重なるのか、あの時はわからなかった。
 だが、今なら答えを見付けることが出来る。
「多分それは、あの子も青葉も神さまに身を捧げる立場だからだったんだって、思うの」
「――なるほどな」
 ゆっくり、青葉は息を吐き出す。
 背後で皆が騒いでいる音が聞こえるが、二人の間はどこまでも静かだった。
「確かに、似とるかもしれん。大きく違ってたんは、あっちは死んで桜と家を守ろうとしたことで、俺は生きて神さんと家を守らないかんことやけど」
 ひょいっと、すりーぷが二人の間に現れる。
『お邪魔しま〜す。話は聞かせてもらいました〜』
 突然だったので、青葉と小町はびっくりして腰を抜かすところだった。
『それで謎が解けました〜。いやね、ぼくといえど夢に関係ない姿で夢の中に現れることは出来ないんですよ〜』
「そうやったん? お前、確か俺の姿で行った言うてたな」
『はい〜。でもそれは、取っ掛かりがあったからなんです〜。小町さんが夢の中で、青葉さんを思い浮かべていたから出来たことなんです〜』
「そっか。それで、あの青葉は幼い姿だったのね」
 小町が思い浮かべたのは、あの少年と重ね合わせた青葉だったからだ。
『でも、小町さんもやりますね〜。夢を通して呪い主の過去を見るなんて芸当、眠り神でもあるぼくでもびっくりです〜』
 すりーぷがぽむぽむ、小町の肩を叩く。
 小町の目蓋が下りそうになったので、青葉は慌ててすりーぷを引き剥がす。
「それもせやな。小町、巫女の才能あるかもしれん。すりーぷの巫女になれるんちゃう?」
『やった〜』
「待って、すりーぷ!」
 穂波が聞き付けたらしく、がしっとすりーぷに抱き付く。
「あかんー! 俺を捨てたら泣くー!」
『どうしよっかな〜』
「うわあああ!」
 騒がしい二人である。
「青葉、どう思う? 酷くない? 酒あげるから、俺を慰めて?」
 しくしく泣きながら、穂波は青葉の盃に酒を注ぐ。
「穂波さんて、泣き上戸なのね」
 小町は苦笑した。
「はいはい、可哀相可哀相。親父の所、行って来。酔っ払いは酔っ払い同士、仲良くし!」
 青葉が穂波の背中を思い切り押すと、穂波は総一郎の前にどさっと倒れた。
「青葉がいじめる…青葉はドSや…」
「人の息子に何言うか、このドM」
 顔を覆って泣く穂波を、総一郎は一蹴。
「何やておっちゃん! 青葉をドSと言わず、何と言うんや!」
「ああ、青葉がドSなのはわかっとるけどな。親父として、そう言うのは許しておけんのや!」
『まあまあ、二人とも〜。大体、何だか論点が違いますよ〜』
「せやせや」
 すりーぷと祥子がのんびり、二人を諌める。
「青葉はドSや!」
「否定はせんぞ! せやけども!」
 そんな二人に、青葉は中身を飲み干してから、盃を振りかぶって投げた。
 穂波に当たってから、総一郎にも見事命中。スカーン、と良い音がした。
「二人共、やかましわ! 黙り!」
「申し訳ありませんでした」
 酔っ払い二人は、揃って土下座した。
 青葉が憤りつつ元の位置に座ると、小町は笑った。
「おじさんも穂波さんも、すっかり酔ってるわね」
「あーもう、これやけん酔っ払いは」
 青葉は呆れた顔をしていた。
 小町はそっと笑い、もう一度目の前の景色に集中する。
 月と桜が重なり合う光景は、はっとするほど美しい。
 しばし、二人の間に沈黙が降りる。
「青葉は、怖くなかったの?」
 勇気を出して、突如小町は問う。
「巫女って、ある意味では身を神さまに捧げなきゃいけないんでしょう? その点、ちょっと人身御供に似てるじゃない? 怖いと思ったことは、なかったの?」
「せやな…」
 青葉は、遠くを見ているような表情を浮かべた。
「あんな、俺があの霊が神さんやなくて人間ってことに気付いたんは、神さんらしくなくて人間らしかったけんや」
「そう…でも、それが何の関係があるの?」
 小町が言い募るも、青葉は自分の唇に人差し指を当てて彼女を制す。
「まあ、待ち。――つまり、神さんと人はそれほどちゃうってことや。もちろんカザヒさんとミナツチさんも神さんやけん、俺らとはちゃう。だけん、昔はそんな人とは違う存在である神さんに身を捧げるって行為が異常なもんに思えたん。しかも、巫女は神さんに近付くって聞いたしな。自分は変わってしまうんやろか思て、凄い怖かったことがあるん」
「わかるわ」
 どうしてか、その気持ちがわかるような気がした。
 あの夢を、見たからだろうか。
「でもな、ばあちゃんの涙見た時にその恐怖は解けた。あんなに強かったばあちゃんが、俺の前で泣いて頼んだんよ。神さんを、守ってくれって」
 青葉は過去を思い出しながら、桜を眺める。
「その時、一番怖いんは"失うこと"なんやって知った。だけんそれから、ためらいはなかったな」
「もう、怖くなくなった?」
「せや。それよりも神さんが死んだり、この土地が荒れ果ててしまうことの方が怖かった。何だかんだ言って、俺もあいつと一緒なんかもしれん。永遠を、願ってるんかも…」
 風で桜が舞い散る。
「それは、仕方ないことだと思うわ。だって」
 小町が見上げた先には、桜の周りでヨイヨイ踊る双つ神が。
「私も、神さま大好きだもの。人とは違っていても、とても優しいもの。そんな優しい神さま達が守っているからこそ、この土地はこんなに綺麗で優しい。だから、私は神さまもこの土地も永遠であれば良いと思う。青葉もそう思うから、神さまに身を捧げたんでしょう?」
「…せやな」
 青葉はゆるりと、微笑む。
「巫女になったこと、後悔してへん」
 まるで宣告のような、呟き。青葉の目は、遠くを見るようにけぶる。
 そんな横顔を見ていると、自然に言葉が出て来た。
「やっぱり青葉は、神さまのものなのね」
 小町の言い方に、青葉は噴き出した。
「わ、笑うことないでしょう?」
「ごめんごめん。そんな言い方されると思ってなかったけん。でも、せやなあ。半分くらいは、完璧神さまのもんなんかもしれんなあ」
 双つ神を見ながら青葉がそう言った時、ふよふよカザヒとミナツチが近付いて来た。
『何じゃ青葉。人のことじろじろ見て』
『んだあ』
「別に、何にもないえ?」
 青葉は素知らぬ顔をして、小町に目配せしてみせた。
 小町は察し、うんうん頷く。
「何にもないですよ?」
『ほんまなー?』
『んだー?』
 じーっとカザヒとミナツチに顔を覗き込まれ、青葉と小町は堪え切れずに笑い出してしまったのだった。

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