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『青葉(あおば)、おぬしの幼馴染来んのう』 『んだんだ』 話し掛けられ、青年は息をついた。 「ちょっと黙っといて」 照りつける日差しの下、青葉は駅の前で小一時間も待っていた。 『来んとは思わんのな?』 「小町は来る言うたけん、絶対来るん」 『頑固じゃのう…』 『んだなあ』 傍から見れば、青葉一人でぶつぶつ言っているように見えただろうが、彼らは本当に三人で話していたのである。 その時、声がした。 「青葉?」 振り向くと、少女が居た。 「小町、久しぶり! うわー、変わってもうたなあ」 かつて、彼と一緒に走り回った、日焼けした少女はもう居ない。 そこに居たのは、シンプルながらも高級感を匂わせるワンピースに身を包んだ、色が白くて上品そうな少女だった。 「別嬪なったな」 少々照れながら褒めると、小町も照れたように笑った。 「お世辞をありがとう。…青葉も、男前になったね」 「ほ、ほうな?」 互いに慣れないことを言って照れている二人に、冷たい声が掛かる。 『アホらし』 …やかましい。 青葉は、横目でじろりと睨んでやった。小町には、例の声は聞こえていない。 「ごめんなさい、言ってた時間より遅れて。電車が遅れてしまったの」 「そいなこと、気にすることないけんな。…大荷物やな。持ったろ」 青葉は、ひょいっと小町から荷物を取った。 「ありがとう。青葉は親切ね」 二人は歩き出した。 「もうすっかり標準語なってしもたな。東京、どうな?」 「…うん」 小町の表情が、陰った。 「どしたん?」 「何でもないの。うん、東京は東京で良いけど…」 小町の言葉は、いまいち歯切れが悪かった。 青葉は無理に聞かず、前を向いた。 「ここ、引っ越して以来やろ。懐かしいんな?」 「うん、全然変わってないわね」 見渡す限りの田園風景に、小町はにっこり笑った。 「やっぱり故郷が最高」 「ほうな」 嬉しそうな小町を見て、青葉も思わず笑顔をほころばせる。 青葉と小町は、幼馴染だった。 だが二人が8歳くらいの時に小町が一家で東京に引っ越してしまったので、長い間会ってなかった。 二人が今18歳なので、十年ぶりということになる。 昔は手紙を出し合っていたが、次第に手紙の行き来も少なくなり、結局小町が止めてしまった。 東京の生活が忙しいのだろうと思って、青葉は諦めた。 しかし先日突如小町から『夏休みに帰るから、青葉の家に止めてくれない?』と、電話があったのだ。 かつては家族ぐるみの付き合いだったので、青葉の両親も快く了承した。 ということで、小町がやって来たのだが… 何故いきなり帰ろうと思ったのか、が非常に気になるも聞けない青葉であった。 聞けないのは、小町の様子が少々おかしいせいだ。 小町、こんなに大人しかったやろか? 陰りも気になる。 まあ、その内話してくれるやろ。 一人で考えている青葉に、今度は小町が話し掛けた。 「青葉、大学どう? 農学部だっけ?」 「おう、まあまあやな。農業のことばっか勉強するけん、退屈っちゃ退屈やけど」 「将来農業する人が、何言ってるの」 「しゃあないやろ。知ってることばっか言われるんよ。俺、授業中寝てばっかやったけん、テスト危なかったん」 「そりゃそうでしょ…」 小町は呆れたようだった。 「それに、大学遠いけんちょっと大変な」 青葉は大げさに首を振った。 「なるほど。通学大変ね。一人暮らしはしないの?」 ぎくっと、青葉の表情が一瞬引きつった。 「…お、俺自炊出来んけん」 本当は他の事情があったりもするのだが…。 「そう? 何とかなりそうなのに」 「ならんならん」 必死に否定する青葉の耳に、囁く声が在った。 『わしらのこと言ったら良いじゃろ』 「うるさいけん!」 いきなり叫んだ青葉に、小町は当然驚いた。 「どうしたの!?」 「…すまん。今、幻聴が聞こえよったけん。気にせんといて」 青葉は、あっはっはと笑ってみせた。 小町は、不思議そうに首を傾げた。 青葉の家に辿り着くと、小町は感嘆の息をついた。 「相変わらず大きい家…」 「その代わり古いけん。はよ入り。母さんがお待ちかねやよ」 「はいはい」 心なしか、小町はさっきより元気に見える。 小町は滑り戸を開け、中に入った。 「お邪魔します」 「母さん、小町来たよ!」 青葉が叫ぶと、彼の母が慌てて奥から出て来た。 「小町ちゃん! 来たん!」 母は小町の手を取った。 「ゆっくりしてき。おばちゃん嬉しいわあ。さあさ、上がって」 有無を言わさず、母は小町を引っ張って行ってしまった。 「俺に、労いの言葉はないんな?」 青葉の文句は、聞こえていないようだった。 青葉は、小町を部屋に案内した。 「広い! こんな所使って、良いの?」 「どうせ空いてるけんな」 「良いなあ、青葉の家。旅館みたい」 「それは言い過ぎやろ」 青葉は、小町の荷物を畳の上に置いた。 「疲れた思うけん、ちょっとゆっくりしとき。夕ご飯なったら呼びに来るけんな」 「うん、そうするわ。ありがとう」 小町は早くも眠そうだった。 「じゃあな」 青葉は自分の部屋に帰り、少々強張った声で呼び掛けた。 「出て来」 それで出て来たのは、何ともユーモラスな外見のもの達だった。 いわゆる“お化け”という風貌の、丸っこいもの…。片方は、ご丁寧にも三角巾をしている。 だがしかし、彼ら二人は幽霊でもお化けでもない。 この地方の守り神である。 青葉の属する双神(ふたがみ)家が、古来より代表して彼らを奉っている。 「他の人が傍に居る時は、喋らんといてくれって言うたやろ!」 『そんなん、わしらの勝手じゃあ。お前が返事せんかったら良いだけじゃろに』 『んだなあ』 三角巾を付けた方が主張すると、もう片方がうんうん頷いた。 「何でばあちゃんの言うことは聞いとったくせに、俺のは聞いてくれんのな」 立腹する青葉に、三角巾を付けた方があははと笑った。 『それは、おぬしが未熟だけんじゃあ』 『んだなあ』 青葉はがっくりと肩を落とすも、諦めない。 「過ぎたことはしゃあないけど、今度からは気を付けてな。特に小町は理屈っぽくてそういうの信じんけん、ばらしたくないんよ」 『こまっちゃん、わし気に入ったけんお話したいんじゃけど』 「こまっちゃんって…変なあだ名付けるなや。大体、あんたら小町には見えんけん、お話なんて無理やぞ」 『おぬしの霊力がもっと強かったら、いけるんやけどなあ』 じろりと睨まれ、青葉はきまり悪そうに頭をかいた。 「カザヒさん、勘弁して。こればっかりはしゃあない」 『しゃあないことあるかいなー。な、ミナツチ』 『んだあ』 ちなみに、お喋りで三角巾をしている方がカザヒ、同意ばっかりしている方がミナツチという名前である。 『でもなあ、青葉。こまっちゃん、何か陰持っとると思わんのな? ちょっと変じゃ』 「それは、俺も気付いとった。何かあったんやろか?」 『せやろ。風が騒いどったけん、只事じゃあないやろな』 カザヒの言葉に、青葉は眉をひそめた。 「風が騒いどった?」 『そうじゃ。あの子の内を察して、騒いどったんじゃろ』 「ほうな…」 青葉はしばし、考え込んだ。 『無理に聞き出したらいかんぞ。あの子の闇は深いかもしれんけん』 「わかっとる」 脳裏に、小町の陰りを帯びた顔が浮かぶ。 一体、どしたんやろ…。 夕食の席は、青葉・小町・青葉の父母で囲んだ。 「小町ちゃんは昔、弁護士になる言うてたな。今も、目指しとんのな?」 青葉の父に問われ、小町ははにかんで笑う。 「はい」 「じゃ、今法学部か」 「それがさっき聞いたんやけど、小町ちゃんってばK大の法学部や言うん」 母が口を挟む。 「K大! 賢いなあ。大学は楽しいか?」 「…ええ」 奇妙な間の後、小町は頷く。 青葉はその間が、妙に気になった。 「お父さんお母さんは元気か?」 父は酒が入って上機嫌なのか、小町に遠慮なく聞いてばかりいた。 「はい。二人とも、仕事で忙しいですけど」 「あんたのお父さんは凄いな。農家のオッサンから、一気にエリートサラリーマンや。ああ、羨ましいなあ」 ガハハと笑う父と対照的に、小町は浮かない顔をしている。 青葉は、父の頭をはたいた。 「親父、止め。ひがみに聞こえるけん」 「何、ひがみ? まさか」 だが、父も小町が哀しそうな顔をしていることに気付いた。 「小町ちゃん、わわわ、わしは決してそんなつもりじゃないけん…」 「親父はもう黙っとき。小町、食べ終わったんやったら、気分転換に外にでも行こか」 青葉は途中で父の言葉を遮った。 「うん。おばさん、おじさん、ご馳走様でした。…あ、後片付け」 「そんなん良いけん、行ってき。あんた顔色悪いで」 母の言葉に、小町はぴょこんと頭を下げた。 満点の星空に、小町はしばし見惚れた。 「ここって、星が綺麗ね」 「そんくらいしか、良い所ないけんな」 後ろから来た青葉の台詞に、小町は苦笑した。 「ここは良い所よ」 その声があまりに自信に満ちていたので、思わず聞いてしまった。 「東京は、良い所やなかったん?」 びくり、小町の肩が震える。そして彼女は振り返る。 「…私には、合ってなかった気がする。でも、勉強するのとかには良い所よ。私、弁護士になるため、いっぱい勉強しなくちゃいけないから、ちょうど良いわ」 「ほうな。弁護士なったら、俺が捕まったら頼むな」 「青葉、犯罪者になるつもりなの?」 「いや、無実の罪で捕まってもた時とか…」 それを聞いて、小町は思い切り笑った。 「今の、笑うとこなん?」 「ごめんごめん。わかった、その時は絶対無罪にしてあげる」 だがしかし、その時小町の瞳は陰っていた。 問い質すことも出来ず、青葉はただ微笑んだ。 |