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かげはらい

中編


 早朝、庭に水を撒きながら青葉は守り神たちに相談していた。
「やっぱり、学校のことで悩んでるんやないか思うん」
『ふむ。それだけやないような気もするんじゃけど』
 カザヒがふわふわ浮かびながら、考える素振りを見せる。
「俺に相談しに来たんやろか」
『何でおぬしなんじゃ?』
「何や、その俺やったら役不足みたいな言い方」
 でも、と思う。
 ずっと離れていて、手紙も絶えていた幼馴染。
 そんな幼馴染に、いきなり大切なことを相談しに来るだろうか。
「単に疲れて、懐かしい所に戻って来たかっただけちゃうやろか」
『それにしては、陰りが多いのう』
『んだ。多い』
 カザヒとミナツチが、うんうん頷き合う。
「陰…なあ」
 うつむく青葉の顔を、突如小町が覗き込んだ。
「青葉、誰と話してるの?」
 青葉はびっくりした余り、しばし口が利けなかった。
「…小町、いつの間に!」
「さっきから呼んでるのに、全然青葉返事しないんだもの。ねえ、誰と話してたの?」
 まずい。
「まさか、また幻聴?」
「せ、せや」
「青葉、病院行った方が良いんじゃない?」
 冗談じゃない、と青葉は首を振る。
「大丈夫やけん」
「そう…?」
 小町は、心配と疑惑がない交ぜになった表情を浮かべた。
『アホじゃな。もっとましな言い訳考え』
 囁くカザヒを手で払い、睨み付ける。
「…幻視まで?」
 小町の中に、青葉に対する相当な誤解が溜まったことだろう。

 祖母は、青葉にカザヒとミナツチを託す際言った。
『よおく聞くんじゃ、青葉。もはや、直系で双神の血を継ぐ者はお前しかおらん』
 かつては、分家も合わせると相当な数に上った双神の血族。
 都会に越してしまった者、戦争で命を落とした者…そして少子化。
 あっという間に、双神の末裔はその数を減じた。
『お前は双神の当主になると同時に、巫女にもならねばならん』
『ばあちゃん、でも僕は女の子やない』
 当時六つだった青葉は、首を傾げる。
『そうじゃけど、お前しかおらんけん仕方ない。女だったら霊力がもっと強かったじゃろが、総一郎のように霊力が欠如しているわけちゃうからええ』
 青葉の父・総一郎は、全く霊力を持たずに生まれたのだった。
 かつて、巫女は双神家の未婚の女性から選ばれ、その巫女は結婚もせず一生守り神に仕えなくてはならなかった。
 だが人数が激減した双神家がそんな決まりをずっと守れるはずもなく、祖母は巫女でありながら結婚して血脈を繋いだ。
『わしはもう、長くないけん…早すぎるかもしれんけど、巫女になってくれ。約束して欲しいんじゃ。守り神様は、巫女の霊力がなかったら滅びてまう。じゃけん、この土地を離れんといてくれ。ほんで、血を繋いで欲しいんじゃ』
 必死な様子の祖母に向かって、幼き青葉は頷く。
『約束するけん、ばあちゃん安心して』
『ええ子な』
 祖母は笑み、振り返った。
 そこに佇むは、焔の鳥と巨大な鯰。
『怖いな?』
 怯んだ青葉を察し、祖母は問う。
 ずっと、祖母の傍に見ていたはずの守り神達。
 その姿は見慣れているはずなのに、どうしても慣れない。
『怖いと思う。わざと、守り神様たちにはこういう格好してもらっとるんじゃ。みんなに畏怖を起こさせるため、こういう姿になってくれって昔の巫女が描いて頼んだんじゃ』
 祖母は懐から、古びた紙を取り出した。
 そこには、焔の鳥と鯰が描かれていた。
『守り神様たちは、わしらのように姿に捉われず、変幻自在じゃ。じゃけん、怖くない姿になってもらい』
 祖母は、真新しい紙と鉛筆を青葉に渡した。
『でもばあちゃん、僕が怖くないようになってもろたら、みんな守り神様敬わんかもしれん』
『大丈夫じゃ。どうせ、もうみんなに神様たちは見えん』
 その言葉に、青葉はびっくりした。
『守り神様たちの力は、霊力に比例するんじゃ。お前の霊力やったら、みんなに見えるほどには具現化出来ん』
 少し、哀しい言葉だった。
『落ち込まんでもええ。そもそも、信じる人自体少なくなってもたけんしゃあないんじゃ。信じん人には、どうやっても守り神様たちを見せられん。さあ、青葉。お前が怖くない守り神様たちを描き。そして、カザヒ様とミナツチ様の名を呼び。その時から、お前は双神の巫女じゃ』
 鉛筆を握り締め、青葉は紙を見下ろした。

『あーおーばーっ、起き!』
『んだあ』
 ふわふわ漂う守り神たちを見上げ、青葉は欠伸した。
 懐かしい夢見た…。
「おはよございます、カザヒさんミナツチさん」
 起き上がり、一応丁寧に挨拶する。
 ふわふわ浮くおばけみたいな、神たち。
 こんな外見にしたのは六歳の自分なので文句は言えないが、どうも神らしい威厳に欠ける。はっきり言って、間抜け面だ。
 もうちょっと俺、ましな絵描けんかったんかな…。
 どうやら過去の自分は神とおばけを混同していたらしく、今の二人はどこからどう見てもおばけにしか見えない。
 俺のアホ。わざわざ、三角巾まで付けくさって。
 じっとカザヒの三角巾を睨んでいると、カザヒが不思議そうな顔をした。
『どしたん、青葉』
「いや…あの時、もっとましな絵を描いてれば良かった思て」
 一瞬ぽかんとしたカザヒとミナツチだが、すぐに察したように顔を見合わせた。
『気にすることないけん、青葉。わしら、この姿なかなかぷりちーじゃと思っとる』
『んだ。ぷりちーじゃ』
「ぷりちー? どこでそいな言葉覚えたん?」
 いぶかしむ青葉に顔を近づけ、カザヒはにやにや笑う。
『お前の持っとる雑誌とか、漫画とかで。テレビもたまに見とるで』
「人が学校行っとる時に、そいなことしとったん!」
『ええじゃろ、減るもんじゃなし』
『んだあ』
 カザヒとミナツチは、うんうん頷き合う。
『おぬし、外国の歌聴くんじゃな。言ってええな? 似合わんぞ』
「うるさい! ほっといて!」
 洋楽が好きな青葉は、カザヒの一言に大いに傷付いた。
『でも、なかなか良い歌ばっかじゃあ。ミナツチ、みゅーじっくすたーとじゃあ!』
『らじゃだあ』
 ミナツチは、ぽちっとオーディオのスイッチを押してボリュームを最大限に上げた。
 盛大な音で、元気な曲が流れる。
「うあああうるさいっ! ええ加減にし!」
 耳を押さえる青葉にも構わず、二人はぶいぶい踊っている。
 青葉は顔をしかめながら、スイッチを切った。
『何するんじゃ』
「こっちの台詞や!」
 青葉の霊力が低いせいで言霊に十分な力がこもらず、彼らを止めることが出来ないのだ。
 カザヒとミナツチは自然のバランスを保って人々を守るのが第一の役目で、それは彼らが存在しているだけで十分為される。だから言うことを聞かせて命ずる必要はないのだが、こういう時に言うことを聞いてくれないと非常に困る。
 青葉とカザヒが睨み合っていると、突如襖が開いた。
「青葉、朝から大音量で音楽を流してどないする」
 父が立っていた。
「俺やない。神さんたちが、悪戯しよったんや」
「…そこに今、おるんか?」
 霊力を持たない総一郎に、カザヒとミナツチはもちろん見えない。
 祖母が巫女をしていた時は彼にもおぼろげに見えていたらしいので、今も存在は信じているようだ。
「下まで聞こえとった?」
「おう。あまりの音量に、小町ちゃんが起きて来とったぞ」
「あちゃー」
 青葉は頭を抱えた。
 睨み付けると、カザヒとミナツチは同時に欠伸をした。

 縁側で、小町は寝転んでいた。
「小町、暑いん?」
 青葉が、団扇片手にやって来る。
「ううん、大丈夫。この家、涼しいもの」
 とは言ったものの、小町はだるそうだ。
 クーラー慣れしている彼女に、エアコンのない昼間の暑さはきっと辛いに違いない。
「クーラーなくてごめんな。扇風機にでも当たったらどうな?」
「大丈夫だってば」
 小町は動きたくないようで、目を閉じる。
 ため息をつき、青葉はそっと囁く。
「ミナツチさん。小町を冷やしたって」
『んだ』
 ミナツチはふよふよと小町に近付き、くっついた。
『あー、ミナツチだけずるい! よし、わしも…』
「止め」
 青葉は、すんでの所でカザヒを捕まえた。
「あんたくっついたら、暑うてしゃあないやろ」
『むー』
 カザヒはその名のごとく風と火をその身に持つので、冷却効果はないどころかくっつけば却って暑い。反対に、ミナツチは水と土を司るので人の体を冷やしてくれるのだ。
 体が冷えたのか小町の顔色は良くなり、そのまま寝息を立て出した。
「青葉! 暇なら田んぼ手伝い」
「はいはいっと。カザヒさん、行くよ。ミナツチさん、しばらくそんまましといてな」
 母の命令に、青葉は立ち上がった。

 ようやく昼寝から起きた小町は、傍らで本を読む青葉に気付いた。
「青葉…私、どのくらい寝てた?」
「起きたん? せやな…とりあえずもう夕方やけど。気分、ましか?」
「うん」
 確かに、小町の顔色はぐっと良くなっていた。
 ミナツチが、小町から離れる。
「ありがと」
 と、青葉はそっとミナツチに囁く。
 それには気付かず、小町は腹に手を当てた。
「何かお腹空いたかも…」
「夕食までちょっと間あるけん、何か食べる?」
 そう言ったものの、家におやつの類が置いてないことを思い出す。
「…冷やしきゅうりくらいしかないけど」
「きゅうり? 懐かしい! 食べたい!」
 昔を思い出したのか、小町は目を輝かせる。
 そういえば、昔はよく小町も食べていたような気がする。
「待っとき」
 青葉は台所に行き、ざるで冷やされているきゅうりを発見した。
『こまっちゃん、何やら今日は明るいな』
「せやな」
 カザヒの言う通り、今日は小町に見える陰が少ないように思う。
 青葉はきゅうりを二本持って、小町の元へ戻った。
「青葉、こんなの読んでるんだね」
 小町は、さっきまで青葉が読んでいた“祟り神”という本をぱらぱらめくっていた。
「民俗学部やけんな」
 青葉は小町にきゅうりを手渡す。
 言ってから、青葉はしまったと思った。
「え? 農学部じゃなかったの?」
「ご、ごめん…小町って、そういうの嫌いやったと思ったけん、嘘ついてもた」
 守り神を祀る身としてはそういう所で勉強したかったのだが、周りに何で農家を継ぐのにその学部なのか、と聞かれるのが嫌で青葉は大体農学部と名乗っていた。
「何か、怪しい学問やろ。ちょっと恥ずかしかったんや」
「そんなことないのに…。そんなことで、嘘つかないでよ。青葉は、私が馬鹿にすると思ったの?」
 きゅうりをかじり、小町は視線を逸らした。
「すまん…」
「もう良いよ。忘れよう!」
 小町はわざと、大きな声を挙げた。

 夕食の席で、小町は青葉の両親に金一封を渡した。
「こ、小町ちゃん…こんなんいらんよ」
「受け取って下さい。お世話になってますから。両親と私の気持ちです」
 拒もうとする母に無理矢理押し付ける様はどこか悲壮で、青葉は思わず眉をひそめたのだった。

 その夜は、稀に見る熱帯夜だった。
 夜になるといつも涼しい双神の屋敷も、今夜だけは暑さが充満している。
「あっつ…」
 青葉は眠れなかった。
 やっぱクーラー買うべきやな、この家。
 青葉がきょろきょろ暗い部屋を見渡すと、ぽわぽわ浮きながら寝ているカザヒとミナツチが。
 青葉はじりっと近付き、一気にミナツチに抱き付いた。
『んだ!』
「ちょっとだけちょっとだけ。あー涼し」
 抱き枕の要領で、青葉はそのまま寝転ぶ。
 じたばた暴れるミナツチを黙殺していると、カザヒの方も起きてしまった。
『青葉、おぬし何しとんじゃ』
「暑いけん、即席冷やし抱き枕になってもろたんよ」
『神をそいなことに使ってええと思っとんのか!』
「ええやろ、別に」
 青葉はまともに答えず、眠ろうとした。
 ん…何か暑い。
 と思ったら、カザヒがぴっとりくっついていた。
「離れんかい! 暑いやろ!」
 青葉はカザヒを手で押し退けた。
『何や、失礼な奴じゃな。せっかく、わしも協力したろと思たのに』
「あんたは暑いけん、近付いていらん!」
 すると、カザヒはしょんぼりしてしまった。
『何て酷いこと言うんじゃああ』
 わんわん泣き出してしまい、これには青葉も慌てた。
「ご、ごめんカザヒさん。俺、暑いけん苛々してもて…。機嫌直して」
『じゃ、こまっちゃんにくっつきに行ってええ?』
「ええよ…って…」
 しかし青葉が我に返った時にはもう、カザヒはどひゅんと部屋から出て行ってしまった。
「待ち! 小町が暑なるやろ!」
 青葉は、カザヒの後を追った。

 だが、カザヒは小町の部屋の襖からすり抜けて出て来た。
「あれ?」
 息を切らした青葉は、拍子抜けしてしまった。
『青葉。こまっちゃんおらんのじゃあ』
「何やて?」
 青葉は青ざめた。
『…外や。風が言うとる』
 カザヒの言葉に益々青ざめて、青葉は走り出した。

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