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青葉は外に飛び出して、叫んだ。 「小町!」 返事は無い。 金一封を渡した時の、小町の顔が浮かぶ。 『青葉ー! 大変じゃあ!』 カザヒが、手紙らしきものを持って飛んで来た。 『部屋の中よう見たら、手紙置いてあった!』 手紙…。 青葉はカザヒから手紙を受け取った。 宛名は、“双神家の皆さんへ”となっていた。 手紙を取り出して読み始めた青葉は、息を呑んだ。 “ おばさん、おじさん、そして青葉へ まず初めに言っておきます。 私がここに来ようと思ったのは、命を絶つためでした。 理由は、色々あります。でも、ここには書きません。 優しくしてくれてありがとうございました。 昔に戻ったみたいで、嬉しかったです。 でも本当は戻れないことを知っているから…言います、“さようなら”と。 迷惑を掛けて、本当にごめんなさい。でも、死ぬならどうしてもここで死にたかった。 私が私に誇りを持てていた頃、過ごした美しいこの地で…。 青葉、私も嘘ついてたんだよ。私は法学部なんかじゃない。それどころか、大学を辞めてしまった意気地なしです。私こそ、謝らなくちゃね。ごめんなさい、そして今までありがとう。” 読み終わり、青葉はカザヒとミナツチに怒鳴った。 「小町が死んでまう! 自殺する気や!」 『何やて?』 カザヒがびっくりして聞き返す。 「詳しくは後で話すけん、場所突き止めて!」 しばし、間があって 『…激しき水の、傍』 ミナツチがぽつりと答えた。 激しき水。 それで思いつくのは、一つだけ。 ――滝。 青葉は、駆けた。 「ミナツチさん、小町はまだ生きとるんな?」 話しながらなので、苦しくて仕方ない。 『多分』 『しっかし、こまっちゃんが自殺考えとったなんて…道理で、陰が多いはずや』 カザヒは例の手紙を見ながら、ため息をついた。 『青葉、今唱えとき。いざという時、すぐに作動させな止められへんで』 カザヒの促しに、青葉は頷いて走る足を止めた。 「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」 歩きながら、青葉は目をつむって唱える。 「ふたつがみ そのみをば わがおもいにて かえんこと」 ここまで唱えると、カザヒとミナツチの体が燐光を帯びた。 『上出来じゃ。さ、急ぐで』 「わかっとる!」 再び、彼は走り出した。 滝壺を見下ろしているのは、間違いなく小町だった。 「小町!」 「…青葉」 小町は振り返り、後ずさった。 「止まり! 死んだらいかん!」 「――手紙、読んだのね」 小町は、自嘲的な笑みを浮かべた。 「何で死ぬんな! 大学辞めたかて、構んやろ」 「それだけじゃないわ、青葉。あのね、実は私両親には言わずにここに来たの」 意外な告白に、青葉は目を見張る。 「捜そうともしない…携帯にも、電話は掛かって来なかったわ。仕事で忙しい両親は、道を外れた私になんて興味がないの」 「嘘やろ? 大学辞めただけで、何で…」 「私は、目が飛び出るほど授業料の高い予備校に行かせてもらったのよ。法学部に受かりたいからってね。でも…結局、周りにも溶け込めず勉強にも打ち込めなかった。私はずっと弁護士になりたいって思ってたけど、それは間違いだったの」 小町は目から、涙を零した。 「私は、単に“人から偉いと思われる職業”に就きたかっただけ。心底から、弁護士になりたいわけじゃなかったの…。私はまるで、自己顕示欲の権化だわ」 うつむき、彼女は続ける。 「そんな私が、今更自分を思い知って両親に相談した時、彼らは言ったわ。“そんなの言い訳だ”と。“せっかくのエリートコースを棒に振るのか”と。“お前に生きる価値はない”と罵られ、殴られもした…」 「小町…」 「東京で出来た友達に相談しても、嘲笑された。相談出来る友達すら、私には居なかったのよ…」 青葉は、思わず叫んだ。 「何で、俺に相談してくれんかったんな! 俺やったら、お前を嘲笑ったりせんかった!」 「ごめんなさい、青葉。私は誰も、信じられなくなっているの。それに、青葉は私があなたを嘲笑すると思ってたじゃない? だから、怖かったの。私がそう思われていることが、哀しかった…」 これほど、自分の嘘を後悔したことはなかった。 「小町、死んだらいかん。ここに居たいなら、ずっとここにおればええ! 俺も親父も母さんも、みんな迷惑やなんて思わん!」 「ありがとう…」 小町は綺麗に笑った。 その周りに、黒き影が見えた。 かつて滝で死んだ、死霊たちだ。小町を…呼んでいる。 「でも、もう辛いの。もう生きるのが怖い…。それに比べて、この滝の水は優しく見える。きっと、呼んでいるのね」 「いかん!」 青葉が叫んだと同時に、小町は体の重心を後ろに傾けた。 「こいしすがたは ほむらどり みずおろち!」 青葉の怒鳴るような詠唱でカザヒの体は焔の鳥に変わり、ミナツチの体は巨大な大蛇の姿に変化した。 まずカザヒが落ち行く小町に向かって飛んで行き、啼いて死霊を払った。 そしてミナツチが滝壺に飛び込み、首を伸ばして落ちて来た小町をぱくりとくわえた。 ミナツチの周りに、カザヒに払われた死霊がざあっと集まる。 「きよきみず みずのみかみに したがわん しんだものをば はらわせん」 青葉の唱えで、ミナツチの体から青い光が放たれる。 死霊は光を恐れるように離れた。 「カザヒさん、小町をここまで運んで!」 カザヒは頷き、ミナツチから小町を受け取った。 小町を足で掴んで飛び、青葉の傍に横たえてやる。 「小町…」 青葉が彼女の頬に手を当てると、軽い呻きを漏らした。意識を失くしているようだ。 「無事や…。ありがと、カザヒさんミナツチさん」 青葉は、泣き笑いの表情を浮かべた。 今家に帰ると大騒ぎになりそうなので、青葉は小町が目覚めるまでそのまま待った。 「あー疲れた…」 息をつく青葉の背を、元の姿に戻ったカザヒがぽむぽむ叩く。 『おぬし、今日はようやったな。見直したぞ』 「ありがとさん。俺も、こいな上手く行くとは思わんかったけん、びっくりや。火事場の馬鹿力ってやつかいな」 青葉は苦笑する。 話している内に、小町が目を開けた。 『起きたぞ!』 『んだ!』 「起きた!」 三人同時に叫ぶと、小町は目を見張った。 「…お、おばけ…」 おばけ? 青葉はまさか、と呟く。 「小町、これ見えとるん?」 青葉がカザヒとミナツチを指して尋ねると、小町は恐ろしげに頷いた。 「――どうなっとん?」 『ようわからん。こまっちゃんがわしら神に触れたからかも。…それか、おぬしの霊力が強まったん かも。もしかすると、両方かも』 カザヒの答えに、青葉は首を傾げる。 「霊力って上がるもんか?」 『上がる奴は上がるで。必死になったら、霊力が突然上がることがたまにあるん』 「ふうん…」 ひそひそ青葉とカザヒが話していると、小町が起き上がった。 「青葉、一体何なのそれ? 私、もしかしてもう死んだの?」 「死んどらん! この二人は、守り神や。小町を助けてくれてん」 青葉の言葉に、小町は目を伏せた。 「どうして…」 「死ぬのはまだ早いと思わん? ここで、しばらくゆっくりし。心の傷が癒えるまで、いくらでもおったらええけん」 青葉が言うと、カザヒとミナツチもそうだそうだと賛同した。 小町はしゃくりあげて、泣き出した。 『こまっちゃん、泣かんとき』 と、カザヒがぴっとり小町にくっつく。 こいつ、どさくさに紛れて…。 青葉はカザヒを引き離す。 『何するんじゃあ!』 「小町、もう死のうとせんて約束してくれるえ?」 青葉がカザヒを黙殺して訴えると、小町はしばし沈黙した。 「…俺はカザヒさんとミナツチさんを祀る巫女やけん、民俗学部に入ったんよ。巫女なんて、普通やないやろ? 小町、見えんかったら信じんやろ? それが普通の反応やけん」 「そうかも…」 「だけん、嘘ついてもたんや。小町を信用してないんやない。それ、わかって欲しい」 小町は、黙って頷く。 「でも私、見えてるよ」 「それは、今突然やろ? ほんまは、ずっとこの神さんたちは俺の傍におってん。でも、今まで全然見えんかったやろ?」 「どうして、今になって?」 「わからん」 きっぱり言い切った青葉の様子がおかしかったのか、小町は少しだけ笑った。 「――わかった。約束するわ、青葉。死のうとしないって。神様に命を助けてもらったんだし、何だか色々吹っ切れちゃった」 「せやったら、帰ろか。遺書は破いてええな?」 「…うん」 小町の確認を取ってから、青葉は遺書をびりびりに破いた。 「カザヒさん、焼いて」 『おっけー』 カザヒが小さな手をかざすと、紙切れはそれぞれ燃えて草むらに落ちた。 もちろん、火が草に燃え移る。 「ミナツチさん、消したって」 『んだ』 ミナツチが空を仰ぐと、局地的に冷たい雨が降り出した。 火は消え、煙もやがて消える。 「凄い…やっぱり神様なのね」 「ほら小町、帰るよ」 青葉は小町の手を引き、歩き出した。 雨は、火照った体に心地良かった。 「そういえば、昔もこうして歩いたよね。夕立の中で」 「せやったっけ?」 とぼけつつ、青葉も思い出していた。 一緒に遊んでいたらいつの間にか夕立が降り出し、雨の中急ぎ足で帰ったのだった。一旦青葉の家に二人とも避難すると、青葉の母がタオルを持って走って来て。いつの間にか雨は止み、縁側で夕日の沈む光景を見たのだった。 「見てみ、小町」 今回も、雨はもう止んだ。 そして、朝焼けが見える。 「生きるのも、そう捨てたもんやないやろ?」 「…そうね」 うつむく小町の表情は、うかがい知れない。 けれど震える声が、彼女の気持ちを代弁していた。 双神家のこと。カザヒとミナツチのこと。祖母から跡を継いだこと。 全てを小町に話し終わり、青葉は息をついた。 「…まあ、そういうことやってん」 「そういえば、青葉のおばあちゃんが巫女とか聞いたような」 小町は過去の記憶を、必死に掘り起こしているようだ。 彼女は眩い真昼の太陽を見て、顔をしかめた。 「今日も暑いね」 「この縁側が、一番涼しいんやけどな。ミナツチさん、小町冷やしたって」 ミナツチに呼び掛けると、ミナツチは小町にぴとっとくっついた。 「涼しい! さすが、水と土の神様ね」 『わしも〜』 小町の元へ行こうとするカザヒを途中で掴み、青葉は立ち上がる。 「ちょっと電話して来るけんな」 「うん? わかった」 「カザヒさん行くで」 『何でわしまで〜』 文句を言うカザヒと、電話の所まで行く。 小町から聞いた電話番号を記したメモを取り出し、番号を押した。 10秒ほどしてから、相手が出た。 『はい、佐倉です』 「こんにちは。俺は双神青葉って言います。昔、同じ村に住んでましたけど、覚えてますか」 『双神…ああ、青葉君ね? お久しぶり。ご両親、お元気?』 小町の母の声には、生気というものが感じられなかった。 「元気です。ええと、それでですね…小町が今、この家にやって来てるんです」 『ああ、そうなの…。しばらく見ないと思ってたら』 何という、冷たい反応。 青葉は唇を噛んだ。 「しばらく、ここにおらしたっても良いでしょうか」 『ええ、是非。お世話になるわね。宿代としてお金は小町の口座に振り込んでおくから、それを受け取ってちょうだい』 「要りません」 『え?』 息を吸い込んで、青葉は告げた。 「小町は、ここに自殺しようとして来たんです。お金は要りませんけん、反省して下さい」 そして、がちゃんと受話器を乱暴に置いた。 「青葉…何事や?」 父が、心配そうに尋ねて来た。 「ん、小町が滞在伸ばすことにしたらしいけん、小町の親に電話したんや」 「小町ちゃん本人やなく、何でお前が…」 そこで、父はふわふわ浮かぶカザヒに気付いた。 「えええ! 何か見える!」 今日は青葉と小町は疲れて昼まで寝ていたので、父はまだ見えるようになったらしいカザヒやミナツチに、会ってなかったのだ。 「親父も見えるんな? 守り神さんやよ」 「おお。でも…何でや?」 「どうも、俺の霊力が上がったらしいけん」 「なるほど…。いやはやミナツチさん、お久しぶりです」 礼をした父の頭を、カザヒははたいた。 『アホ。わしはカザヒじゃ』 「す、すみません…へえ、こんな姿になっとったんですね。実にま」 おそらく“間抜け面”と言おうとしたのだろうが、父は口をつぐんだ。 『青葉作じゃ。ぷりちーやろ』 「実にぷりちーです!」 真剣に答えつつ、青葉を横目で睨む。 「しゃあないやろ。描いた時6歳やったんやけん」 「まあええけどな、ぷりちーで」 ふざけているのか真面目なのか、父はその後もカザヒの姿を絶賛した。 縁側に戻ると、小町が寝転がっていた。 「青葉、お母さん出た?」 「…ん」 「心配してなくて、お金振り込むとか言ってたでしょ」 何でわかるのだろうか、と小町の顔を覗き込むとその目は潤んでいた。 「わかるんだ。わかりたくなくても、ね」 ぎゅっとミナツチを抱きしめれば、ミナツチはもがく。 横で、カザヒが悔しそうにしている。 「しんどかったな。ゆっくり休み」 青葉は、小町の目を手で覆ってやった。 「ここは神さんたちに見守られた土地やけん、すぐ小町も元気になるよ」 すると、カザヒがびしっと姿勢を正した。 『そうじゃ! わしら、かみさまじゃけん! あたたかーく見守っとるけんな!』 『んだ!』 守り神たちが主張を始め、青葉と小町は思わず苦笑してしまった。 |