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祭りの日当日。 予想通り、多くの観光客がやって来た。 「うわ、どうしよ」 照り付ける太陽の下、わいわい屋台を賑わす人々を見て青葉は青い顔をする。 巫女舞は夜に行われるので、まだ私服のまま。 まさか誰も、彼が巫女だとは思わないはずだ。 「ええやん。人多い方が、盛り上がるやん」 『だよね〜青葉さん頑張って〜』 適当に励ますのは、穂波とすりーぷ。 「他人事やと思って…」 青葉が渋い顔をすると、隣の小町が笑った。 小町は、青葉の母から借りた浴衣を着ていた。 夜は青葉が出られないので、こうして昼に回っているのである。 その時、カメラのシャッター音が鳴った。 「双神の巫女、発見!」 カメラを構えていたのは、短い髪の女性だった。 「あ? ちょっと姉ちゃん、青葉の写真撮るなら俺というマネージャーを通してからにしてくれんか。撮影料は一枚…」 進み出た穂波を押し遣り、青葉は女性に尋ねた。 「どなたですか? どうして、俺のこと双神の巫女やと?」 「これはこれは…私、東野誠と申します。『月刊おかると』の記者です」 その雑誌名に、一同コケそうになった。 「噂に聞いていました。男でありながら、双神の巫女になった双神青葉さんですね。聞いた話によると、色々な心霊現象にも相談に乗ってあげているとか」 「それ、青葉やなくて俺のことやん」 後半部分に、穂波は小さい声で反応した。 「是非、取材を申し込みたく」 「…すみませんけど、そういうことは断ってるんです」 青葉は柔らかに断った。 「巫女舞の撮影も禁止されてますけん、写真は撮らんといて下さいね」 嫌な思い出があるのか、青葉は眉をひそめて告げた。 「そんな! もしこの取材が成功すれば、この村の過疎化も止まって観光客も増えて、村が潤いますよ?」 「神さんを商売道具にするんは、許せんのです。俺は巫女やけん、神さんを守るんは俺の仕事です」 青葉のきっぱりとした口調に、女記者は怯んだ。 青葉の背後では、カザヒとミナツチが得意そうに笑っている。 「――そうですか」 彼女は引きつった笑みを浮かべ、カメラを仕舞った。 「では、これで」 去り行く彼女の後姿を見送り、穂波がぽつりと呟いた。 「懲りそうにないやっちゃな。俺、後つけとこか?」 「そこまですることないんやない?」 青葉が首を振るも、穂波は納得しなかった。 「何もなかったらええけど、何かあったら大変やろ。『月刊おかると』って廃刊寸前やって聞くし、何するかわからんで」 「何で知っとん?」 「昔、愛読しとったからな。この頃つまんなくなったから、買うの止めてんけど」 穂波は白状した。 「ほうな。じゃあ、頼んでええ?」 女記者の必死な面持ちを思い出し、青葉は頷いた。 「ええで! すりーぷ、行こか」 『は〜い』 穂波は、女記者を追って走り出した。 「青葉、取材に対して嫌な思い出でもあるの?」 突然放たれた小町の問いに、青葉は僅かに笑んだ。 「ちょっとな。祭りが終わったら、話す。今はあんまり思い出したくないけん」 「ご、ごめんなさい」 「気にせんでええって。ほら、はよ他の屋台見に行こ」 青葉は小町の背を押した。 夕暮れに近付いた頃、青葉は巫女舞の準備に入ってしまった。 暇になった小町は、縁側でミナツチとぼんやりしていた。 カザヒは青葉に付いて行ったのだ。 「遅いね」 『んだ』 ミナツチは無口なので、あまり会話が続かない。 「ミナツチさんて、無口なのね。機関銃みたいに喋るカザヒさんと、反対だわ」 言ってみると、ミナツチはきょとんとした。 『わしら両方お喋りやったら、困るやろ』 「それもそうね」 想像して、小町は苦笑した。 これで、バランスが取れているということだろう。 「暇だから、散歩しようかな」 小町は立ち上がり、歩き出した。 その後を、ふよふよミナツチが追う。 青葉が巫女舞に使うという湖を、巫女舞の前に見ておきたかったのだ。 神の森に入ると、ひやりとした空気が小町を包んだ。 しばらく進むと、開けた場所に美しく澄んだ湖が見えた。 「わあ…ここで、巫女舞を?」 『んだ』 「綺麗」 小町はそっと、湖に手を触れた。 ――昔も、祭りに行けてたらな。青葉の巫女舞、見れたのに。 祭りに行けないと言った時の、青葉の哀しそうな顔を思い出す。 その瞬間だった。 『止め!』 ミナツチが叫んだのは。 「え?」 視界が歪んだ。 風もないのに、水が渦を巻く。 その渦を見つめている内に、小町は意識を失った。 目覚め、小町は起き上がる。 「…何だったんだろ…」 傍らにミナツチが居ることに気付き、安堵する。 「ミナツチさん!」 幼い少年の声が聞こえた。 振り向くと、白い着物を着た少年がやって来るところだった。 「もー、どこ行ったんかと思った!」 『ほんまじゃあ!』 少年の傍らに居るのは、カザヒ。 小町は少年の顔を見て、息が止まるほど驚いた。 青葉、だったのだ。 「青葉?」 呼び掛けると、巫女装束に身を包んだ少年は首を傾げてこちらを見た。 「お姉ちゃん、誰? 何で僕の名前知っとん」 「それは…」 察するに、この青葉は六歳くらいだろう。成長した小町が、わかるわけもない。 ど、どうなってるの? 戸惑う小町の耳に、ミナツチが囁いた。 『時を、越えてしもた。この湖は特別やし…色々なことが作用して、こうなったんやろ』 「時を?」 ということは、目の前に居るのは本当に幼少時代の青葉なのだ。 「お姉ちゃん、どしたん? …もしや、ミナツチさんが見えるん?」 「え、ええ。あのね、青葉」 説明しようとした小町を、ミナツチが止めた。 『話したらいかん。戻れんようになるかもしれん』 びくりとして、小町は口をつぐむ。 「…何でもないわ。ごめんなさい」 「ふうん?」 青葉はまだ、疑っているようだ。 「じゃあ、ここから退いてくれへん? ここ、巫女舞の時まで入ったいかんのや」 「そ、そう」 小町は困った顔をしながら、立ち上がった。 「どうしよう」 ミナツチに囁くと、ミナツチは唸った。 『青葉に付いて行き。巫女舞の時に戻れると思うけん、ここにおってもしゃあない』 「今は無理なの?」 『無理や。わし、結構さっきので力使ってしもたけん』 「ミナツチさんの力だったの?」 小町が眉をひそめたところで、青葉がしびれを切らしたように地団駄を踏んだ。 「お・姉・ちゃん! 何こそこそ話しとん? やっぱり、ミナツチさんが見えるんやんか!」 「――ごめんなさい。ええ、見えるわ。でも、あの…私ちょっと記憶喪失で…どこから来たかさっぱり。あ、あなたの名前はさっきミナツチさんに聞いたの」 小町の説明に、青葉は目を丸くした。 「きおくそうしつ? それって、自分のこと全部忘れてしまうとかいうやつ?」 「そうよ」 「へええ」 青葉は、心底びっくりしたように小町を見上げる。 「じゃ、家に来たら? お母さんに言って、救急車呼んでもらう」 「きゅ、救急車はちょっと…」 小町はふと、思いついた。 「私、お祭り見たら思い出すかもしれないわ。ね、だから一緒に回りましょう」 「お祭り見たら? そいな変なことあるん?」 「あるのよ!」 青葉が押しに弱いことを思い出して、小町は続けた。 案の定、青葉はこくこくと頷いた。 「巫女舞まで時間あるけん、ちょっとだけやったらええよ」 「ありがとう! じゃ、行きましょう」 小町は嬉しそうに、青葉の手を取った。 屋台が集まっている所に出ると、青葉はきょろきょろと辺りを見回した。 「誰か捜してるの?」 「…ううん」 首を振ったが、真っ赤になったところを見るとどうやら図星のようだ。 「金魚すくい、やってみる?」 問うと、青葉は頷いた。 小町は懐から財布を出した。 青葉は、しまったと呟いた。 「どうかした?」 「お金持って来るの、忘れてん」 「そのくらい、私がおごるわよ?」 青葉が答える前に、小町は店主に二人分のお金を渡してしまった。 目をぱちくりさせている青葉に、すくいを渡す。 「…ありがと」 青葉は笑って、しゃがみこんだ。 店主が、青葉を見てにこにこする。 「おやおや、巫女様やん。初めての巫女舞楽しみにしとるで」 「うん」 青葉が早速すくいを水の中に入れると、すくいが早速破けた。 『ド下手やな』 カザヒが、呆れる。 思わず、小町は笑ってしまった。 「ご、ごめんなさい」 頬を膨らませて睨んで来る青葉に謝るも、笑いは止まない。 「しゃあないなあ。巫女さんやけん、もう一個タダであげたろ」 店主は、青葉にもう一つ渡した。 奮闘している青葉の後ろで、小町はそっとミナツチに尋ねた。 「ねえ、さっきの続き。あなたの力で、ここに来てしまったの?」 『わしだけの力やないんやけど。わしは水の力を持つけん、湖の力にわしの力が呼応したんや。だけん、湖を手伝ったいうことになるな。あと、湖はあんたを手助けしたんや』 「私を、手助けした?」 『あの湖は、異界とこの世をつなぐ。"つなぎ"の湖や。あんたが多分、現実世界じゃないところ…過去を強く思ったんやろ。だけん、つないでもうたんや』 小町は、自分があの時『昔も、祭りに行けてたらな。青葉の巫女舞、見れたのに』と思ったことを思い出した。 あれが、作用したってこと? 「今のミナツチさんは、未来のミナツチさんなの? それとも、過去の?」 『両方や。一度に同じやつが同じところに居ることは出来んし、わしは神や。今は混じってもうとんや』 「じゃあ私は…」 そこで、気付く。 過去の小町は、"ここ"には居ないのだ。だから、未来の小町が今"ここ"に居ることが出来る。 「お姉ちゃん、取れたよ」 青葉の声で、はっと我に返る。 金魚の入った袋を持って、青葉が得意そうに立っている。 「あら、二匹も取れたのね」 「うん」 『二匹って、自慢するほど多くないやろ』 カザヒの突っ込みを、青葉は無視した。 「良かったわね。他に、したいことある?」 「うーん」 屋台を物色する青葉の横顔は、とても子供らしかった。 まだ遊びたい盛りだろうに、祭りの日に自由が利かないというのはきっとつまらないだろう。 「青葉!」 ふと、人の間から青葉と同年代の男の子がぞろぞろ出て来た。 「あれ、お前今日祭り回れへん言うてへんかった?」 「うん。今ちょっと時間空いたけん、お姉ちゃんの記憶探し手伝ってるん」 青葉の説明に、男子達は顔を見合わせた。 「記憶探し?」 「このお姉ちゃん、記憶喪失やねんて」 「へーほんまー?」 わらわら群がって来る子供達を見て、小町は苦笑した。 どれも懐かしい同級生で、知った顔だ。 「じゃあ、もう行かないかんの?」 「あとちょっとしたら」 青葉の答えに、少年達は残念だなあと言った。 「んじゃ、巫女舞頑張りな!」 彼らが去った後、青葉は少し淋しそうに見えた。 「もう、巫女舞の練習行かんと」 「そう。じゃあ、りんごあめでも食べながら行きましょうか」 小町の提案に、青葉は顔を輝かせた。 |