目次 


まつりみこ

後編


 湖の傍で、青葉は双つ神に舞の動きを確認していた。それを見ながら、小町はため息をつく。
 本当に私、帰れるのかしら。
 すると突然フラッシュが光り、青葉が目を押さえる。
「いきなり、何するんですか?」
 小町はカメラを持って立つ男に向かって、強い口調で問うた。
「何って、取材ですよ。僅か6つで巫女舞を務める、少年巫女が居ると聞いてね」
「写真は撮らんといて下さい」
 青葉は、男を睨み付けた。
「何言ってるんだ。この取材が成功すれば、村は栄えるぞ?」
 随分と高圧的な態度だった。
「いかんのや! ばあちゃんに、いかんて言われたんや!」
 近付く青葉を、男は簡単に突き飛ばした。
「何するの!?」
 小町は思わず、青葉の前に立った。
「あなた、最低ですよ」
「ふん、最低で結構だ。俺はこの仕事を成功させなきゃ、クビになるんだ。怖いものなんて、ないさ」
 ぐっと、男は小町の肩を掴んで押し倒した。
「うっ」
 呻く小町を見て、起き上がったばかりの青葉は口を手で覆った。
「おい、ガキ。写真を撮らせないなら、この女がどうなっても知らないぞ。こいつ、お前の姉か何かだろ?」
 ナイフを取り出し、小町の首筋にあてがう。
「意味、わかるだろ?」
「…お前」
 青葉の形相が、変わった。
『低俗な男じゃ…』
『んだ』
 カザヒとミナツチの、怒りの声が聞こえる。
 その怒りを映し、青葉の顔は神秘を帯びる。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」
 突然の詠唱に、男は舌打ちした。
「何だそれは?」
「ふたつがみ わがおもいにて かぜおこし みずあらせ かたきにむかい おろちのごとく」
 ざわり、風が青葉の周りで起こり、髪を揺らす。
 風は段々と巨大になり、湖面に辿り着いた。風により、水がまるで大蛇のように男めがけて走る。
 小町も水を受けると思って目をつむったが、水は男だけを襲った。
 叫び声を挙げる間もなく、男は衝撃で吹っ飛んでしまった。
「大丈夫!?」
「青葉…ありがとう」
 起き上がり、青葉に向かって微笑み掛ける。
「強いのね」
「ぼ、僕が強いわけちゃう。神さんたちの力やもん」
 もごもご、青葉は謙遜した。
「しかも、お姉ちゃん僕を庇ってくれてんし」
「当たり前の行動よ。…どうかした?」
 急に元気を失くした青葉を見て、小町は尋ねた。
「つ、疲れた…」
 霊力も体力も少ない当時の青葉にとって、あれは重労働だったのだろう。
「そう。じゃあ、休もうか。さっき買ったりんごあめ、まだ私の分食べてないから…あげる」
 差し出されたりんごあめを前に、青葉はためらっていた。
「お礼だから、遠慮しないで」
「…じゃ、もらう」
 りんごあめを受け取り、疲れたように包装をはがしている。
 その様がかわいらしくて、小町は微笑んだ。
「もうすぐ、巫女舞ね」
「うん。頑張るけん、見といてな。…何でやろな、お姉ちゃんとは会ったばっかやのに懐かしい感じがしてまう。誰かに似とんかなあ」
 ミナツチから青葉に話してはだめと言われたことが心に浮かんで、小町は目を逸らしてしまった。
「ちゃんと見るわ」
「せや、お姉ちゃんは自分の名前も忘れてもうたん?」
「自分の名前? …多分、覚えてるわ。後で、教えてあげる」
 ずっと後の未来でね、と小町は心の中で付け加えた。

 観衆が見守る中、青葉は湖の浅瀬に立った。
「この舞は、神さんたちを祀るためのものです。でももう一つ、この時期に帰って来る死者を祀るためのものでもあります。歓迎し、無事に送り出すためにこの巫女舞を捧げます。神と死者に、この舞を捧げます」
 必死で覚えたであろう、難しい台詞を凛とした口調で言ってのけた。
 青葉は、合掌した。
 背後のカザヒとミナツチが、青葉を見つめる。
 湖面に、さざなみが立つ。
 青葉は、手を離した。滑るように、回る。
 早すぎるわけではなく、遅すぎるわけでもない舞。ちょうど良いその早さは、まるで命の輪廻のようで。
 青葉の周りに、青白い火が見えた。
 ――あれが、死者の魂?
 ただただ、小町は目を奪われる。
 綺麗…今の青葉の舞も、見たいな。
 小町が一歩進み出た時、ミナツチが叫んだ。
『今や!』
 何のことか、すぐにわかった。
 周りの人を押し退け、湖に近付く。
 青葉の霊力が、ミナツチの霊力と湖の霊力を高めている。戻るなら、今しかない。
 小町は、ためらいなく湖に飛び込んだ。

 落下感がしばしあり、小町は青葉を見付けた。
 今度は、成長した18歳の青葉である。
 小町を見上げ、青葉が愕然とする間もなく小町は彼の上に落ち、もちろん二人とも倒れた。
「痛た…小町! どこ行っとったん!」
 青葉はすぐに起き上がり、問う。
「えっと…それが」
「捜しとったのに」
 哀しそうに笑う今の青葉と、誰かを捜していた幼い青葉が重なる。
 あれは私を、捜していてくれたのかもしれない…。
「ミナツチさんも! もうすぐ巫女舞やってのに」
『すまんの』
 ミナツチは飄々としている。
 青葉の言った通り、湖の周りには大勢の人が集まっていた。
 突然落ちて来た小町のことを推理しているらしく、
「木登りして落ちたんだ」
 とか
「巫女様の力だ」
 という討論が飛び交っていた。
「じゃあ私、みんなの所行っておくわね。頑張って」
「うん。頑張るけん、見といてな」
 幼い青葉と一緒の台詞を言われて、小町は穏やかに微笑んだ。
 観衆の所に行くと、穂波が小町を見付けて近付いて来た。
「こまっちゃーん! どこ行っとったん?」
「ええっと…話すと長くなるので、巫女舞の後に話します」
「ふうん?」
『ふう〜ん?』
 穂波とすりーぷは、同時に首を傾げた。
「そういえば、例の女記者はどうなったんですか?」
「ん? ああ、懲りんと写真取ろうとしたから、すりーぷに眠らせてもらったで」
「良かった」
 彼女もあそこまでするとは思えないが、脅威はない方が良い。
 胸を撫で下ろした小町に、今度はミナツチが近付いて来た。
『平気な?』
「うん、平気。ありがとう。ねえ、どうして今度は私、空から落ちて来たの?」
『あれはカザヒが手伝ってくれたんや。昔のカザヒがな』
「カザヒさん、気付いてたの?」
 小町は心底驚いた。
『わしの片割れやけん』
「なるほどね」
「…何の話なん?」
 穂波が、いぶかしげに眉をひそめた。
「だから、後で話しますって」
 小町が穂波に説明している内に、ミナツチは青葉とカザヒの元へ帰ってしまった。
 とうとう、巫女舞が始まるらしい。
「この舞は、神さんたちを祀るためのものです。でももう一つ、この時期に帰って来る死者を祀るためのものでもあります。歓迎し、無事に送り出すためにこの巫女舞を捧げます。神と死者に、この舞を捧げます」
 浅瀬に立った青葉はすらりと例の台詞を言ってのけ、合掌して目をつむった。
 カザヒとミナツチはただ、見守る。
 合掌した手が離れ、青葉の足が円を描く。
 幼き青葉がしたのと、同じ舞。
 だが、格段に彼は変わっていた。強く、しなやかに。
 首をそらした瞬間、青白い光がいくつも生まれた。その光を抱くように、払うように、彼は舞う。
 死者に似せた衣で神と死者のために舞う彼は、まるで普通の人間ではないようで。
 ――巫女。神と人をつなぐ、選ばれし者。
 時に優しく時に激しいその舞は、世界そのものを表しているようで。
 小町が見惚れている内に、舞は終わりに向かっていた。
 広げた腕を再び合掌の形に戻し、青葉は深く頭を下げた。
「ふたつがみ このまいを うけとりて そのちからをば まさんこと しにびとに このまいを ささげるは むかえておくる ゆえならば」
 そして、静寂。
 しばらくして、観衆から拍手が起こった…。

 青葉は、畳の上に倒れ込んだ。
「つ、疲れた…」
 ぐったりする彼の横に座って、小町は苦笑した。
「お疲れ様。巫女舞って、大変なのね」
「そりゃ、霊力も体力もアホほど使うもんなあ」
 穂波が同情したように呟いた。
「んで? 小町」
 青葉は起き上がり、着物の襟元を正しながら聞く。
「どこ行っとったん?」
「その前に、青葉」
 小町は少しだけ、意地悪そうに笑った。
「あなた、金魚すくい下手でしょ」
「へ?」
「それで、りんごあめ好きでしょう」
 小町の質問に、青葉はひたすら困惑していた。
『確かに青葉、お前は金魚すくいド下手じゃのう。いつやったか、お前すぐに破れたけん言うて三回もタダでやらしてもらってやっと二匹すくえてたな。初めての、巫女舞の時じゃったか?』
 カザヒが、からから笑う。
 何と、小町が見ていない隙に三回もやっていたとは。
 小町はおかしくなって、笑ってしまった。
「あのね、青葉…実は」
 と、小町は自分が体験したことを語り出した。

 まだ、屋台はやっていた。
「ほら青葉、金魚すくいしましょう」
「な、何でや」
 小町に手を引かれるも、青葉は嫌そうだ。
「アホ青葉。金魚すくいといえば、カップルの代名詞! 行って来い!」
 ぽん、と穂波が青葉の肩を叩く。
「そんな代名詞聞いたことないぞ。そういうお前は、アホの代名詞や」
「何でやねん!」
『あっはっは〜』
 何故か、すりーぷが大笑いしていた。
『青葉、行って来。ちょっとは、上手くなってるかもしれんけん』
『んだ』
 カザヒとミナツチにも促され、渋々青葉は屋台の前に立つ。
「早く! 後でりんごあめおごってあげるから」
 小町は有無を言わさずすくいを店主から買って、青葉に渡した。
「こまっちゃんって、サド?」
『かもね〜』
 穂波とすりーぷのくだらない会話が聞こえて来て、青葉はコケそうになった。
 青葉はすくいを見ながら、呟く。
「あの人が、小町やったとは思わんかった。懐かしい感じはしたけどな」
「そりゃそうでしょう。あの時のあなた、未来の私を知るわけないんだから」
「せやな」
「そういえば、あの時の青葉は誰を捜してたの?」
 その問いに、すくいを水に入れようとした青葉の手が止まる。
「…幼馴染や」
 すくいを水の中に入れると早速すくいが破けて、周囲から
「何やっとんねん!」
『やっぱド下手じゃ』
『んだ』
『だめだね〜』
 野次が飛んだのだった。

目次