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青葉は欠伸をしながら起きて来た。 もう母と父はとっくに起きていて、食卓に着いていた。 「おはよう」 母が青葉に気付き、微笑む。 「おはようさん」 「おう。お前、今日小町ちゃんと買い物行くんやってな」 父が、振り返る。 「うん。滞在伸ばすけん、色々必要な物が増えたんやと」 当の小町は、まだ起きて来ていないようだ。 『買い物楽しみじゃあ』 『んだあ』 カザヒとミナツチが浮き浮き言うところを見て、青葉は眉をひそめた。 「…来る気なん?」 『当たり前じゃ!』 えっへん、と二人は威張る。 この辺りは店など、ほとんどない。だから近くの町へ出なければならないのだが…。 守り神が町へ付いて来るのは、非常に避けたかった。 「ひょっと、他の人に見えたらどうするん? 留守番しとき」 『嫌じゃ!』 『んだ!』 青葉の命令にも、二人は聞く様子が無い(霊力が上がったものの、まだ言霊は言うことを聞かせられるほどではないようだ) 「連れてったり。かわいそうやないな」 「親父、そういう問題ちゃうんよ」 父の同情に、青葉は呆れるしかない。 「連れて行ってあげましょうよ」 背後から加勢して来たのは、小町だった。 「あらー、小町ちゃんおはよう」 「おはよう」 『こまっちゃんおはよ!』 『おはようだあ』 母・父・カザヒ・ミナツチが、急に元気を出す。 「俺が起きて来た時と、えらい違いやないん?」 父に嫌味を言うと、にやにや笑った。 「ま、そう言うな」 「ひがまんとき、青葉。そや、町出るんやったら朝食は摩耶おばさんの喫茶店行きや」 母の助言に、青葉の頬が引きつった。 「摩耶おばさんの喫茶店? あそこ、喫茶店て言わんやろ」 「失礼なこと言いな! 一応喫茶店や」 一応、の所に力をこめる母。 「あんなとこ喫茶店て言ったら、小町に笑われるやろ」 「はいはい。喫茶店でもなんでもええけん、行ってき。おばさん、あんたに会いたがっとんやけん」 「……うーん」 青葉は母の気迫に押され、小町を振り返る。 「どうする?」 「あはは、良いじゃない。行きましょう」 『けってーい』 『んだー』 カザヒとミナツチが手を上げた。 車の助手席に乗り込み、小町が感心する。 「青葉が、免許持ってるなんてね…」 「何なん、その心底意外そうな声」 青葉は、キーを差し込みながら口を尖らせた。 「田舎は電車が来んけん、持ってなかったら大変なんよ?」 笑いながら小町の顔を覗き込むと、小町もつられて笑った。 「なるほどね。青葉、運転上手いの?」 『並の上くらいやな』 後部座席に座る(?)カザヒが、偉そうに意見して来る。 「並の上って、寿司やあるまいし」 『んじゃあ、ソーソー?』 『そーそー?』 どうやら、英語のSo-So(まあまあ)のことを言っているらしい。 「もうええ。行こ」 発車させると、後ろの守り神たちはきゃあきゃあはしゃいだ。 「神様たち、車乗ったことないの?」 「せやなあ。別に今まで、乗りたがらんかったし。今日は単に、小町に付いて行きたいんちゃう?」 「本当?」 小町は、ふわりと微笑した。 滑るように動く車の窓から、涼しい風が入って来る。 熱した車内がクーラーで冷えるまで、と開けた窓だったが、存外の心地良さに小町は軽く目をつむった。 「私、やっぱりここが好き」 突如呟かれた台詞に、青葉は首を傾げる。 「どこらへんが?」 「そうね…風とか水とか…とても自然が優しい気がするわ。それは、カザヒさんとミナツチさんがここを守ってくれてるおかげなのね」 「せやな」 青葉は、バックミラーごしに小町に褒められてふんぞり返っている二人の姿を見、ため息をついた。 双神家から車で少し行ったところに、それはあった。 "まやおばさんの喫茶店"と自己主張が激しくされた看板。 その看板に、小町はあんぐり口を開けた。 「こ、ここが例の喫茶店なのね?」 看板と、他に店や家らしきものが全く無いことからここでしかないことがわかる。 『悪趣味じゃな…』 『んだあ』 カザヒとミナツチは、早くも帰りたそうだ。 「帰ろか?」 「いえ、それはだめよ。行くって言っちゃったんだから」 変なところで、小町は生真面目なのである。 青葉はため息をついて、車を駐車スペースに停めた。 降りて、店のドアを開けると… 「あ、青葉くんじゃないん!」 到って普通のおばさんが立っていた。 「いやあ、もうこの頃全然来てくれへんけん、おばさん心配しとってんよ?」 喋りながら、摩耶おばさんは青葉の肩をぽんぽん叩く。 「――何や、その後ろの風船?」 と、彼女はカザヒとミナツチを指した。 モーニングセットを机に並べながら、摩耶は笑った。 「知らんかったわあ、カザヒ様とミナツチ様がこんなかわいげな姿なっとったなんて。今まで見えんかったのに、不思議やわ」 『青葉の霊力が、ちょっと上がったけんな』 「せやったんですか」 で、と今度は青葉に向き直る。 「彼女連れて来たん?」 どことなく、嬉しそうだ。 「ちゃうちゃう。小町は、幼馴染や。小町のこと、おばさん知らんっけ?」 「小町…もしかして、佐倉さんとこの?」 「そうです」 小町が答えた。 「ああ、東京に引っ越したんやっけね。帰って来たん?」 「はい、少し…帰りたくなって青葉の家に居候させてもらってるんです」 「なるほどねえ」 納得する摩耶の背に、声が掛かった。 「おばさーん、生ビール」 「はいはい」 摩耶は、向こうに行ってしまった。 二人は、モーニングセットに手を付け始めた。 「繁盛してるのね」 店内は、割と混んでいた。 摩耶とアルバイトの娘が二人で給仕しているが、忙しそうだ。 「ここの道、長距離トラックがよく通るけんな」 「朝からビール頼んだ人は?」 「ただの酔っ払いやろ」 青葉は声をひそめた。 「BGMが演歌なの、面白いわね」 「おばさんの趣味や」 BGMだけではなく、店内にはビールのポスターが張ってあったりと、喫茶店というよりは居酒屋の雰囲気をかもし出している。 「喫茶店らしくないやろ?」 「そうね。でも、面白いわ。パンもおいしいし」 小町は片目をつむって、パンを頬張った。 喫茶店を出て、今度こそ町へ向かう。 デパートの駐車場に車を停めて降りると、小町は手を打った。 「しまった! この辺、銀行ある?」 「すぐ隣にあるけん、行くなら歩いて行こ」 「お金下ろすの忘れてたわ」 「母さんからお金もらっとるけん、下ろさんでも…」 青葉の発言に、小町は首を振った。 「だめよ。そこまでお世話になるわけにはいかないわ」 『頑固じゃのう』 『んだ』 カザヒとミナツチが、顔を見合わせる。 小町は青葉の返事を待たず、歩き出す。 「ほんま、頑固な」 仕方なく、青葉も付いて行った。 青葉と守り神たちを待たせ、小町は服を選んでいた。 「これなんか、似合うで」 と、突然声がした。 「青葉?」 てっきり幼馴染だと思って振り返るも、背後で笑っていたのは長髪にサングラスという怪しい男だった。 「…何か御用ですか?」 「そない警戒せんでもええやん」 男はサングラスを外す。 色素が薄いのか、赤茶色の瞳をしていた。 髪と同じ色だから、もしかすると髪も染めていないのかもしれない。 「姉ちゃん、すーごい陰持っとんな。そのままやったら、悪いもん引き寄せてまうで」 「あなた、何なんですか?」 思わず鼻白む小町に、男は水晶を突き出した。 「これ、あんたの陰を浄化してくれるで。買わんか?」 「詐欺ですね」 小町はそう言ってみせたが、内心動揺でいっぱいだった。 この男は、自分の陰を見抜いた。 何故…。 小町は服を置き、青葉が待っている方に走り出した。 「おっと、待ちいな!」 男も、追いかけてくる。 ベンチで休んでいた青葉は、走って来る小町と男を見て、きょとんとした。 「小町、どしたん?」 「変な人が!」 小町が指差した人物に、青葉はあんぐり口を開けた。 「穂波(ほなみ)!」 その呼び掛けに対し、小町は息を呑む。 「――知り合い?」 「イトコや」 『穂波、久しぶりじゃ!』 『んだんだ』 守り神たちが、穂波にまとわりつく。 「うぃっす、神さん。元気やった?」 普通に挨拶している穂波を見て、小町は益々戸惑った。 その様子を察したのか、青葉は少し笑ってから説明した。 「穂波も、ちょっと霊力があるん。しかも、双神の血を引いとるけんな。昔から、見えとってん」 「そ、そうなの。あの人、私に陰があるから水晶買えって言って来たのよ」 「…ろくなことせん奴やな」 青葉は立ち上がって、穂波に指を突き付けた。 「怪しい商売は止めって言うたやろ!」 「おお、青葉。久しぶりやーん」 「話聞き!」 「会いたかったでー」 どうも、話を聞く気がないらしい。 「…わざわざ大阪から、何しに来たん? まだお盆には早いやろ」 「それが、お前に頼みたいことがあってなあ。いやあ、偶然この姉ちゃん見付けたんは運命やな」 穂波は、小町に向かって目をつむってみせた。 喫茶店にひとまず移動してから、穂波は改めて自己紹介をした。 「どもども。俺は、双神穂波っちゅうもんや。青葉のイトコで、年は青葉より一つ上。よろしゅうな。ちなみに、大阪在住なんでバリバリの大阪人やから」 「は、はあ」 小町は、すっかり戸惑って頭を下げた。 「穂波は、昔からお盆は帰って来とったんや。小町、会ったことないっけ?」 青葉の説明に、小町はしばし首を傾げた。 「…あ、そういえば。髪の赤い男の子と、一緒に遊んだような」 「俺は覚えとるで。引っ越した言うて、青葉がめっちゃ落ちこんでたからな」 穂波は、意地悪そうに笑った。 「そうなんですか?」 「せやせや。あの落ち込みようと言ったら、マグニチュードで表すと軽く12くらい…」 「止め」 青葉は、穂波の耳を引っ張った。 「何すんねん!」 「余計なこと言わんように。で、俺に頼みたいことって何なん?」 「おっと、肝心なこと言うの忘れとったわ。実はな、青葉。お前に、祟り神を退治してもらいたいねん」 あまりにさらりと言われたとんでもない頼みに、思わず青葉と小町は立ち上がった。 『相変わらず無茶苦茶な奴じゃなあ』 『んだ』 カザヒとミナツチは予想していたのか、至って涼しい顔をしていた…。 穂波は笑って、続けた。 「俺、霊力あるやん? だから、ちょくちょくそういう依頼が入るようになって来てな」 「霊力で商売したらいかんて、ばあちゃんが言うてたやろ」 青葉の渋い顔も気にせず、穂波は肩をすくめる。 「頼まれついでに、お礼もらっとるだけやで。…俺でも、幽霊とかやったら何とかなるねんけど、さすがに神は手に負えへんねん。っちゅうことで、巫女様に頼みに来たいうわけ」 「俺はカザヒさんとミナツチさんの巫女やけん、あいにく他の神様は管轄外や」 「まあ、そう言わんと!」 と、穂波は自分の手元にあったチョコレートパフェを青葉の方にずいっと押しやった。 「要らん! 大体、こんなんで俺が釣れる思うんかいな」 「しもた。お前が好きなん、メロンパフェやっけ?」 「パフェなんて嫌いや! しかも、そういう問題ちゃうやろ!」 青葉と穂波のやり取りに、小町は我慢し切れず笑い出した。 「ご、ごめんなさい…」 『こまっちゃんが爆笑した』 『んだ』 カザヒが、余計な説明を加える。 「え〜、ほんま頼むわ。依頼主、めっちゃ困ってるんや。せめて、会うだけ会ってくれ!」 ぱん、と穂波が拝む。 青葉は、双つ神に視線を向けた。 「どう思う?」 『まあ、協力してやってもええよ』 『んだ』 「甘いなあ」 ため息をついた後、青葉は頷いた。 「わかった。でも、俺や神さんでもどうにもならんかもしれんよ」 「ありがとさーん!」 穂波は、とても嬉しそうに手をすり合わせた。 |