
|
車に乗り込むなり、青葉は大きな息をついた。 「穂波の奴…」 当の穂波は、近くのホテルに泊まっているというその依頼主の所に行ってしまった。 最初から、青葉が引き受けることがわかっていたのだろう。 「青葉も大変ね」 小町が微笑む。 「依頼主さんは、明日来るのね?」 「そうらしいな」 青葉はエンジンをかけながら、もう一つため息をついた。 「ねえ、穂波さんは幽霊なら何とかなるって言ってたじゃない? 青葉も、幽霊退治出来たりするの?」 車が走り出してしばらくして、小町が尋ねる。 「ん? せやな。退治したことはまだないけど、見えるし話も出来るけんな」 「神様と幽霊って、似たようなものなの?」 小町はバックミラーから見える、守り神たちに目をやった。 「ああ、ええと」 確かにこの外見では、ほぼ幽霊(おばけ)だ。 「違うは違う。けど、確かに存在としては近いな。実体を持たんと、力を持つ。しかも、神さんってのは人間の霊がなる場合もあるんや」 「御霊のこと?」 御霊とは、恨みを残して死んだ人物が崇められ、神になったものだ。祟りを鎮めるため、祀るのだという。 「それも一例や。あと、祖霊って知っとる?」 「ううん」 「祖霊は、ご先祖様の霊や。これも、神扱いして祀る場合もあるん。大体、カザヒさんとミナツチさんも元は自然霊やったらしいけん」 自然霊、という言葉に小町は首を傾げた。 「火の粉、風の渦、水の雫、土の恵に昔の人は不思議を見出した。そこで、呼んだ」 それを霊と――…。 意思を持ち、人間を超えた存在であると知覚した。 「そして双神の祖先がそれを神として祀り、霊は神となった」 「…素敵ね」 小町は窓から見える空を仰ぎ、呟いた。 翌日、穂波が連れて来たのは中年の女性と男性。そして、彼の腕に抱えられた10歳ほどの少女だった。 「お初お目にかかります、巫女様」 青葉と小町を前にして、女性――少女の母は頭を下げた。父親の方もそれにならう。 傍らに横たわる少女を見やり、青葉は眉をひそめた。 眠り続ける少女。彼女は、祟りに遭った日から目覚めないのだという。 「はじめまして。俺が双神の巫女、双神青葉です」 青葉が柔らかに挨拶を返すと、二人は少しびっくりしたように見えた。 「男の方だったんですね」 「え?」 母親の台詞で、青葉は斜め前に座る穂波を睨み付けた。 「言っとらんかったん?」 「あちゃー、忘れてた!」 実にいい加減なのである。 「俺は男やけん、霊力は女巫女よりは低いです。だけん、ひょっとしたら力になれんかもしれません。それでも…ええですか?」 青葉の説明に、二人はこっくり頷く。 「あの…そちらの方は? てっきり、こちらの方が巫女だと」 と、父親が小町の方を見やって尋ねる。 「すみません、私はただの青葉の幼馴染です。でも、私も神様の姿を見ることが出来るので何かお力添え出来るかと思い、同席させてもらっています」 しっかりとした小町の受け答えに、二人は納得したようだった。 「詳しい事情を、教えてもらえますか」 「はい、巫女様」 母親は、語り出した。 私どもは、片田舎から関西に出て来ました。 その故郷の村は過疎が進み、廃村にならざるをえなかったのです。 三ヶ月ほど前、故郷が恋しくなって娘の彰子も連れてその廃村に行ってみました。 彰子は初めて見る風景に、心奪われているようでした。 そして、目を離した隙に山に入って行ってしまったのです。 私達が山の中で見付けた時にはもう、彰子は懇々と眠っておりました。 以来、目を開くことはありません。 しかし不思議なことに、眠ったまま食事は取ります。御手洗いにも、目を閉じたまま行くのです。 病院に行ってもお手上げだと言われ、様々な霊媒師に頼りましたが全て無駄に終わりました。 そして友人の紹介で、穂波さんに話を聞いてもらうことが出来たのです。 話が終わると、穂波が引き継いだ。 「状況的に、これは何かの祟りやと思うねん。俺も試行錯誤してみたけど、さっぱりや。よっぽど力が強いから、多分神さんやろ」 「せやろな」 青葉も、同意する。 「神さんたち、どう思う?」 カザヒとミナツチに意見を仰ぐと、二人はうーんと唸った。 『わしも、そうや思う。でも、食事は取るとかいうとこ気になるな』 『んだ』 『まあ、土地神の祟りで間違いないとは思う』 ふわふわと、カザヒは少女の所まで行った。 『憑いとるな。でも、一部や』 『本体は、まだ祠やな』 二人の推理に、青葉は首を縦に振った。 「じゃあ、一度その故郷ってとこに行ってみたいと思うんで…場所を教えてくれますか」 「はい」 そして彰子の両親が口にした地名は、存外にここから近かった。 「隣の県やん…」 呟きながら、青葉は道筋を聞いた。 用意もあるので、出発は明日になった。 彰子の両親は一旦ホテルに帰ったが、彰子本人は症状を見るためにも双神家に留まらせることにした。 もちろん、穂波も今夜は泊まるつもりらしい。 縁側に座って、青葉と穂波は話をしていた。 「ほんまに、お前変わらんなー! ちったあ、変われ?」 「放っとき」 穂波に背中をばんばん叩かれ、青葉は口を尖らせる。 「そういうお前も、変わってないんな。インチキ商売やっとるとことか特に」 「インチキとは失礼やな。俺は、本物や」 穂波は霊力があることを良いことに、昔からそれで金儲けしようとしていた。 祖母の"霊力を金のために使ってはならない"という教えを穂波も聞いたはずだが、全く守っていない。 「ばあちゃんが、いかん言うてたやろ。そんなんしとったら、いつかバチ当たるかもしれんよ?」 「大丈夫やって。よっぽどのことには、手出さんようにしとるし」 穂波は明るく笑った。 顔はどことなく似ているが、性格を含めた他は青葉と全く似ていないのだ。 「お前は正式な巫女やからええけど、俺はフリーの霊能力者やからな。こうでもせな、食っていけへんねん」 「巫女やて、商売ちゃう」 「はいはい。会ったら説教するとこは、ばあちゃんに似て来たなあ」 そう言われ、青葉は口ごもった。 「で、どうなんや」 急に、穂波が声を潜めて訪ねて来た。 「何のこと?」 「こまっちゃんとお前のことや」 カザヒの呼び方がうつっていることに気を取られた青葉は、一瞬反応が遅れた。 「…俺と小町のこと? どうって、どういうことな」 「とぼけんな。あの子と、どこまで行ったんや」 「旅行のこと?」 その返事に、穂波はコケそうになった。 「アホ! どこまで鈍いねん!」 突っ込まれ、ようやく青葉は気付いた。 「そ、そいな関係やないけん」 「ほほーう? お前の話によれば、あの子は都会の生活に疲れてここに帰って来たんやってな?」 穂波には前もって、小町の簡単な事情(自殺願望などは省いて)を説明しておいたのだ。 「今、あの子心弱ってるやろから、落ちやすいはずや。俺から見て、脈ありっぽいし。頑張れ青葉! 俺、めっちゃ応援するし!」 「待ち。何で、そういう話になるん?」 「アホやなお前! あんだけの子、もうなかなか現れへんぞ! 今ゲットせず、何ゲットするんや! しかも、神さん達も気に入ってるみたいやん?」 くるりと穂波が振り向くと、わくわくして話を聞いているカザヒとミナツチが。 「いつの間におったん!」 「なー、神さん。こまっちゃんに、嫁に来て欲しいやんな?」 無視して、穂波は問う。 『来て欲しい!』 『んだ!』 二人は、即答した。 「おっしゃあ! んじゃ、"こまっちゃんと青葉をくっつけ隊"に入りたい人挙手! ハイッ!」 『はいはい!』 『んだんだ』 しゅびっと、穂波・カザヒ・ミナツチの手が挙がった。 「な、何勝手に作っとん!」 青葉の指摘は、黙殺された。 「はい、早速第一回会議。議題は"幼馴染というおいしい設定をいかに生かすか?"意見ある人は挙手!」 『はいはーいっ』 カザヒが手を挙げたところで 「青葉、おばさんが…」 と、小町がやって来た。 一同、固まったことは言うまでもない。 「…どうしたの?」 小町が眉をひそめると、青葉は慌てて首を振った。 「な、何でもないけん。母さんが何やって?」 「もう夕ご飯だから、手伝いに来てって」 「そかそか! じゃあ行こか」 一刻も早くそこから立ち去りたい青葉は、小町の背を押して行った。 「会議、延期ということで」 背後で、穂波の耳打ちが聞こえた…。 朝早くに出発することとなった。 守り神たちと青葉はもちろん、小町と穂波も付いて来る(小町は付いて行きたいと主張して来たのだ) そして当事者の彰子も連れて行くこととなったが、彰子の両親にはここに留まってもらうことにした。 「私どもも、行ってはならないのでしょうか…」 不満そうな二人に、青葉は丁寧に説明を始めた。 「多分、その祟り神は彰子さんの血に反応したと思うんです。彰子さんはその廃村の末裔ですけん。だけん、お二人も危ないと思います。彰子さんの体から出た神さんが、あなた方に憑く可能性もあるってことです」 「そうですか」 二人は顔を見合わせ、頷いた。 「それではよろしくお願いします」 「任せてえな!」 何故か、穂波が請け負う。 「さ、行こか。穂波、運転してくれるえ?」 「ん。じゃ、彰子ちゃんは後部座席に」 と、彰子を抱えた穂波は車に向かった。 小町が、ドアを開けてくれる。 「ありがと、こまっちゃん」 にっこり笑って、彰子の体を座席に座らせた。 「後ろには、俺と神さんが乗る。何かあったら、大変やけん。小町は助手席乗ってくれん?」 「わかったわ」 それぞれ乗り込むと、彰子の両親が心配そうに近付いて来た。 「お願い、しますね」 彰子の母の言葉には、悲痛さがこめられていた。 「任して下さい。絶対、彰子さんを目覚めさせますけん」 青葉が微笑んだ瞬間、エンジンがかかった。 「行って来ます」 そうして車は走り出した。 辿り着いた廃村は、美しい山に囲まれた土地だった。 「うっわ…めっちゃ、霊力強い山やな」 「せやな。山の神がおるんやろ」 車を降りた途端、穂波と青葉は"何か"を感じた。 「その"山の神"が、彰子さんに取り憑いてるってこと?」 「わからん。でも、多分せやろな」 小町の問いに答えながらも、青葉は風の音を聞いていた。 「カザヒさんミナツチさん、どいな感じ?」 『間違いないな。しかし、妙な神じゃのう』 『んだんだ』 カザヒとミナツチは、首をひねっている。 「何が妙なん?」 『単なる、山の神じゃないと思うん。不思議な力じゃのう…』 『んだなあ』 二人の見解に、穂波が唸る。 「ふーむ。多分、山の神でもあって何かの神でもあるってことやんな。混同されて、付加属性が憑いたいうことも在り得る」 「――もしかして、穂波さんも民俗学部ですか?」 「うん、そやで」 穂波の答えに、小町はやっぱりと呟いた。 「祠、ってのはあそこらへんかな。穂波、彰子さんを頼んでええ? 俺と神様たちで行って来るけん。小町はどうする?」 青葉は神気を感じて、山のふもとを指差した。 「付いて行くわ」 小町は迷いなく答えた。 「おっしゃ。じゃ、ここにおるで。何かあったら携帯…ってお前、持っとらんのか」 「それ以前に、ここ圏外やと思う」 「ほんまや」 穂波は携帯を開いて舌打ちした。 「ま、何かあったら叫ぶわ」 「聞こえるとええけどな…ともかく、よろしくな」 「おお」 穂波は手を挙げてみせた。 |