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ねむりがみ

後編


 祠に近付くにつれ、青葉の肌が粟立った。
 怒りを、感じる。
『青葉、止まり』
 カザヒの警告に、足を止める。
『このまま行ったら危険や。祟られる。わしらが、お前とこまっちゃんを包むけん』
「わかった」
 青葉は目を閉じ、唱えた。
「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと ふたつがみ そのすがた わがおもいにて かえんこと」
 二人の体が、燐光を帯びる。
「われらのからだ よわきこと おぼしめすなら つつみてまもれ」
 カザヒの体が解け、青葉の体に同化した。
 ミナツチも、小町に同じことをする。
 二人の体は、淡い光に包まれた。
「何だか、変な感じ」
 小町が笑う。
「その内慣れるはずや。さあ、進も」
 二人は再び、進み出した。
 祠が見えた途端、声がした。
『何をしに来た…異郷の者』
 心から震え上がるような、そんな恐ろしい声であった。
「祟りを解きに。この地の血を引く少女を、覚えているはずや」
 青葉は、凛とした声で告げた。
『…祟りを解くことは、私にも叶わぬ。あの少女の中には、私の一部を宿した』
「何故、そいなことを?」
『私をもう一度、祀らせるためだ!』
 その怒声に、風が起こった。
『私から恵を受けておきながら、あっさりとこの地を捨て私を忘れた者達が憎かったのだ。祀られぬ神は、所詮祟り神になるしかないではないか? だから、私はあの子を無理矢理巫女にしようと一部を入れたのだ』
「無茶しよる…」
 青葉はため息をついた。
 巫女にしたかったからこそ、死なせたくはなかった。
 だから、最低限の生命活動が出来るようになっていたのだ。
「あの子が神の存在を信じてないんやったら、巫女にはなれん。一部を入れて昏睡状態になったんやったら、あの子はあんたを受け入れることは出来ん…巫女にはなれんってことや。そんくらい、わからんかったん?」
『わかっておる。しかし、あれは私にもどうにも出来ん』
「そんな!」
 小町が口を覆った。
「一つ、方法がある。あんたが消えることや」
 青葉の台詞に、小町は愕然とする。
「あんたが消えてもあんたの一部は残るけど、あんたが消えればそれを支配してた"大きな力"は無くなる。だけん、俺や穂波でも残った一部をあの子から出すことは出来るやろ」
『私を消す?』
「せやないと、あんたはまた祟りを起こすやろ。あんたは、疎まれてしまう…」
 哀しそうに、青葉は祠を見つめた。
「人間は勝手や。神を祀って恵を受けていたのに、いつの間にか神を忘れてしまった。こいな状態でおるの、あんたも哀しいやろ? だけん…」
 沈黙が、その場を支配した。
「大丈夫。還すだけや。自然から見出され、起こされたあんたを還すだけや」
『――ならば、頼もうか。異郷の巫女』
「わかった」
 打ち捨てられた神の怒り、哀しみ。
 それが、青葉には手に取るようにわかった。
「あんたは、山の神であり…何の神なん?」
『私は時折山を降り、田の神となりまた山に帰って行った。夜の間に』
 一般的に、山の神と田の神は同一視されることが多い。
 山の神が里に降りて田の神となり、また山に帰るという考えは日本中に在った。
「夜の間……"眠り"な」
 それならば、彰子の症状も説明が付く。
 この地の人々は、眠りの間に帰る山の神をどういう目で見ていたのだろうか。
 かつては、揺るぎ無い信仰に溢れた目だったはずだ。
 今は、その目をどこにも見付けることは出来ない。
 忘れ去られた神。
 信じる者が居なければ、神は神であり続けることは出来ない。
「始めるよ」
 青葉は目を閉じ、唱えを始めた。
「やまのかみ たにおりて たのかみに さりてまた やまのかみ」
 本質を言葉で紡がなくては、神に影響を与えることは出来ない。
「またのなを ひとびとの ねむりをあるく ねむりがみ」
 祠から、唸り声がした。
「やすらかに いできところに かえらんことを」
 その言葉に導かれ、祠が真っ二つに割れた。
 今まで山を包んでいた重苦しい気は晴れ、穏やかな陽が差して来た…。

 青葉と小町と双つ神が戻ると、穂波が駆け寄って来た。
「どうなったんや?」
『青葉が、祟り神を消した』
 既に元の姿に戻ったカザヒが答える。
「わお! …んで、どうなるんや?」
「まだ、一部は彰子さんの中に残っとる。だけん、一度家に帰ってそれを出さな」
「お前、やっぱめっちゃ凄いなあ」
 穂波は、青葉の手腕に感心したようだった。

 青葉は横たえた彰子の傍らに跪く。
「あの…どうやって、彰子からその神の一部を出すんですか?」
 彰子の父が、我慢し切れなくなったように尋ねる。
「話し合います」
 その答えに、小町は思わずコケそうになっていた。
「話し合うって、本当に?」
「まあまあ、こまっちゃん。見ときいな」
 穂波が、片目をつむってみせた。
 青葉はそれを見て微笑み、目を閉じた。
「ねむりがみ わがこえに こたえんことを」
 その唱えに、彰子の唇が反応した。
『何を言いたい』
「あんたの本体は、もう消えてしもた。残っとるのは、あんただけや。その子から出て来。おっても、何にもならへんことわかっとるやろ」
『…そういうわけにはいかぬ』
「何でな?」
 青葉が厳しい声で問い詰めると、彰子…否、彰子に取り憑いた神の一部は起き上がった。
『私を忘れた人間に、復讐せねばならぬ』
「何度も言うように、あんたの本体は消えた。あんただけやったら、そんな力残ってないやろ」
『何故――!』
 かっ、と彰子の目が開く。
『私が消えねばならない! 私は望まれて祀られていたのではなかったのか!』
 青葉は口を引き結ぶ。
「あんたの怒りは、ようわかっとる。でも、その子は何も知らん。そんな子に祟りなして、満足なんな?」
 沈黙がその場を支配した。
『私は…消えたくない』
 それは本音、だった。
「青葉、青葉」
「何なん?」
 穂波が、青葉に囁いて来た。
「俺、この神さん欲しい」
「は?」
「神さん言うても、一部やん? 俺でも、巫女やれそうやん?」
「あんなあ、穂波。お前が巫女引き受けたら子供にも継がせないかんし、もしそれが無理やったら還さないかんよ?」
 説教しても、穂波は引き下がらなかった。
「わかっとる。でも、このままやったらこの神さん還らんやろ」
 穂波の言う通り、当人の意思なくして還すことは叶わない。
「俺も、相棒が欲しかったところやねん。ちょうどええやんか?」
「うーん」
 青葉は、ちらりと双つ神に視線を向けて助けを求めた。
『ま、ええんちゃう?』
『んだ』
 実に適当な返事であった。
「ちゃんと、祀れるん?」
「任せろ!」
 穂波はにっかり笑った。
 青葉はため息をついて、もう一度呼び掛けた。
「ここに、あんたの巫女を務めても良いって奴がおる。どうや」
『…私を祀ってくれると?』
「任しときいな!」
 穂波を見つめ、彰子はこくんと頷いた。
『では、頼もう。私の姿を用意してくれ。良いな。出るぞ』
「え、ちょっと待ち!」
 青葉の静止も待たず、彰子の口から白いもやが出始めた。
「わーっ、やば! 小町、ペンと紙!」
「はいはい!」
 小町が大慌てで、取って来てくれた。
「穂波、はよ描け!」
「俺、あんまり絵上手くないねん。青葉、頼むわ」
「何でや!」
 文句を言いつつ、時間がないので青葉はペンを走らせた。
 全て出る前に描いてしまわないと、姿を与えられずに契約は不完全となる。
「ほら! 文句言いなや!」
「ありがとさん」
 穂波は青葉から受け取った紙を、かざした。
「あ、名前も要るんやっけ。名前何にしよっかなー」
 名前無くして、契約成就は有り得ない。
 本体が消えてしまっているので、新しい名を付けなくてはならないのだ。
「しゃんしゃんせえ!」
「早く!」
『早くせんかい!』
『んだんだ!』
 のんびり考える穂波に、思わず青葉・小町・双つ神が同時に突っ込む。
「おっしゃ、決めた。ここは今時風に"すりーぷ"で!」
 その名前に愕然とする皆をよそに、神の一部は完全に彰子から出た。
 一瞬にして、青葉の描いた姿を取る。
『…わしらそっくり』
『んだあ』
 カザヒとミナツチは呆れている。
「お前、絵の才能進化してないやないか!」
「だけん、文句言うな言うたやろ!」
 肩をすくめた穂波に、青葉は真っ赤な顔で反論するのだった…。

 彰子は、目を開けた。
 起き上がると、見知らぬ青年が傍らに見えた。
「起きたん?」
「お兄ちゃん、誰?」
「俺は、双神青葉」
 くすくす笑って、青葉は答える。
「大丈夫そうやな。お母さん達、呼んで来たる」
 そう言って立ち上がった青葉の背に、少女は思わず声を掛ける。
「ねえ、あたしが神様に会った言ったら信じてくれる?」
 振り向き、青葉はもう一度笑った。
「そら信じるよ。会ったん?」
「うん…淋しそうやった…」
「もう大丈夫や。あんたが会った神さんは、もう淋しい思いせんでええんや」
 ぽかんとする彰子を残し、青葉は彰子の両親を呼びに行った。

 彰子の両親は、泣いて娘の目覚めを喜んだ。
「どうお礼を申して良いか…あ、謝礼は」
「ここの口座によろしゅう」
 さっとメモを渡す穂波の頭を、青葉がはたく。
「いえ、謝礼は要りません」
 そう言い切ってしまった青葉の胸倉を、穂波が掴む。
「お前! 何、良い格好しようとしとんねん! 相手がくれる、言ってんのに断るアホがどこにおるねん!」
「俺は、霊力で商売せんようにしとる。大体、この事件は俺が解決したんやけん、お前の口座に振り込んでもらうなんておかしいやろ」
「ちっ、わかった。じゃあお前が受け取りいな」
「だけん、俺は受け取らん言うたやろ!」
 穂波を突き飛ばし、もう一度三人に向き直る。
「…ということですんで、どうぞ気を遣わずに」
「は、はあ」
 両親は顔を見合わせている。
「では、そろそろ帰らせてもらいます」
「道中気を付けて、お帰り下さいね」
 小町が、にっこり言った。
「ありがとうございます。ほら、彰子。巫女様にお礼は?」
 母に促され、彰子が進み出る。
「巫女様、本当に神様は淋しくなくなったん?」
「…うん」
 青葉は、穂波の傍らにぽわぽわ浮かぶ"すりーぷ"を見た。
『淋しくないよ〜って伝えて〜』
 名前や姿に影響されたのか、すりーぷは間延びした喋り方をするようになってしまった。
「淋しくない、って」
「ほんま? せやったら、良かった」
 ふわりと笑う少女はどこか神々しくて、彼女に巫女になって欲しいと願った神の気持ちがわかるのだった。
「じゃあ、ありがとー!」
 彰子達は、車に乗り込んで去って行った。
「青葉のケチ」
 穂波が毒づく。
「バチに当たりたくないけんな。大体お前、すりーぷもらったけんええやろ」
「金も欲しかったんや!」
 呻く穂波を見て、小町が堪え切れずに笑った。
「そういや穂波、大阪帰るんか? お盆まで、まだちょっとあるやろ」
「いや、お盆過ぎるまで居座るつもりやで。嬉しいやろ〜」
「嬉しくない」
 青葉は本音を言ってやった。
「そんなん言うて、かわいくないやっちゃ。まあ、そういうわけでこまっちゃんよろしゅう」
「は、はい?」
 突然話を振られ、小町は戸惑う。
 穂波は青葉の耳に口を寄せた。
「俺が居る間に、お前とこまっちゃんくっつけたるから大船に乗った気でいるんやで」
 次の瞬間、穂波が殴られたことは言うまでも無い。

 小町は、縁側で暮れ行く太陽を見つめていた。
「小町? ボーっとして、どしたん」
 青葉が、心配して傍らに座る。
「ちょっと、考え事。穂波さん、私に陰があるって言ったじゃない? 自殺、諦めたのにまだ私には陰があるんだなあ、って思って」
「そう簡単に消えるもんやないけん、気にせんとき」
 青葉の慰めに、小町は首を振る。
「確かに今は、死にたくないよ。でもね、将来のことを思うと…」
 声が、震えている気がした。
「ずっと、ここには居られない。だから、東京に帰らなきゃ。東京に帰ることを思うと、私…やっぱり死にたくなって来るの。何も、誰も私を待っていない…。希望が見えない…」
 青葉には見えた。
 消えることの無い哀しい陰を、小町の内に。
「ずっと、ここにおったらええよ。前も言うたはずや。好きなだけ、おったらええって。たとえ、小町が何歳になろうがおったらええんよ?」
「青葉…」
 その時、青葉は突然立ち上がった。
「ごめん、ちょっと」
 庭に出してあったサンダルを履いて庭を横断し、大きな木の後ろを覗き込む。
「何しとん!」
 そこには、穂波・カザヒ・ミナツチ・すりーぷが隠れていたのだ。
『何しとるって、"こまっちゃんと青葉をくっつけ隊"としてはお前らの進展を見守る義務があるじゃろ』
『んだあ』
 カザヒとミナツチは、妙に嬉しそうだ。
『あ、ぼくも入隊しました〜。あは〜』
 すりーぷが、青葉に近寄る。
「うう…眠っ! あんまり近寄らんといて」
 眠り神だからなのか、すりーぷに近寄られると眠くなるのだ。
『ひど〜い』
 余計くっつかれ、本気で眠りそうになってしまった。
「穂波、何でお前平気なん?」
「巫女やから平気なんやろ。それより!」
 ずびし、と穂波が青葉の鼻に指を突き付ける。
「あの場合、"それやったら俺の嫁になったらええやん"と言うべきやったと思うで」
「アホか!」
「何がアホなの?」
『『『「「わっ!」」』』』
 いきなり傍で小町の声がしたので、皆は飛び上がった。
「ひとまず、解散!」
 穂波が走り出し、それに神たちが続いた。
「どうなってるの? 何がアホなの?」
「まあ、それはえーっと…」
 当然、残された青葉が質問攻めにあったのだった…。

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