目次 


わらべうた

前編


 小町はうなされていた。
 何か、黒い影が自分を包むような感覚がして。
 私を追って来ないで――…!

 目覚めると、和室の天井が。
 荒い息を吐きながら、小町は顔を覆った。
 だるい体を起こすと、汗が一筋伝う。
「大丈夫…私は大丈夫…」
 自分の体を抱き締めながら、小町は泣いた。
 その時、襖の奥から声がした。
「小町? 起きとる?」
 青葉の声に、小町は小さく返事した。
「…ええ、今起きたところ」
「いつもより起きて来るの遅いけん、どうかしたんかと思ってもて。しんどかったりする?」
「大丈夫よ。ただ、寝坊しただけ」
「そっか。それやったら、ええんやけど。じゃあ、後でな」
 青葉が立ち去る足音を聞き届けてから、小町は天井を見上げた。
 青葉に言うべきかしら?
 ――言ったら、いかん。
 どうして?
 ――これ以上、迷惑持ち込んだらいかん。
 自分の中で、誰かが答える。
 ――言ったらいかん。ここに来てから、怖い夢を見るようになったなんて。
 そうね。それは、青葉や神さまたちに失礼だものね…。
 ゆるり、小町は立ち上がった。

 起きて来た小町を見て、穂波が手を挙げた。
「こまっちゃん、おはようさん」
「…おはようございます」
「何や? 元気ないなあ」
 穂波はもう朝食を食べ終わったらしく、空の皿を箸でぱしぱし叩いた。
「ちょっと、昨日寝付けなくて。それだけですから」
 小町の台詞に、一同ふうんと頷いた。
「まあ、そんなこともあるけんな」
 青葉は笑ったが、まだその顔は心配そうだった。

 青葉は自分の部屋で、双つ神と話し合った。
「何でやろ。この頃、小町の陰が深くなってへん?」
『わしも、そう思ってたところじゃ。前の時間移動が、こまっちゃんに祟ったんちゃうやろか』
『んだ』
 青葉は眉をひそめる。
「時間移動が、陰を深めた?」
『時間を越えることは、自然の摂理に逆らうようなことじゃ。体にも心にもかなりの負担になるぞ』
『んだ。悪影響やったんやろ』
 三人はそれぞれ、うーんと唸った。
『ともかく青葉、お前もっとこまっちゃんに話聞き。あの子の陰の正体は、心の闇じゃけん』
「わかった」
 カザヒのアドバイスに、青葉は深刻な面持ちで頷いた。

 縁側に座る小町の後姿を見付け、青葉は声を掛けた。
「小町」
 振り返った彼女の顔は、涙に濡れていた。
「ど、どしたん!」
 慌てて駆け寄るも、小町は首を振る。
「何でもないわ。ちょっと、感情が高ぶっただけ」
「嘘つかんとき。何があったん?」
「――言いたくない、と言ったら?」
 小町の冷たい声音に、青葉は怯んだ。
「何で言いたくないんな? 俺が信用出来んのな?」
「違うわ…違うのよ!」
 小町は立ち上がった。
「しばらく一人にして」
 そうして、歩き去ってしまった。
 残された青葉は、唇を噛む。
「…どうなっとんや」
 穂波が、背後からひょっこり出て来た。
「穂波、いつからおったん?」
「今さっき。"こまっちゃんと青葉をくっつけ隊"の出番かと思ったけど、ちょっとちゃうかったみたいやな」
「…せやな。せや、穂波。お前いつまでおるん?」
 青葉はわざとらしく、話題を変えた。
「ん? 祭りは終わったけど、お前とこまっちゃんがくっつく姿を見るまでは帰れへんからな」
「何や、その目標」
「"こまっちゃんと青葉をくっつけ隊"隊長として、今帰るわけにいかんやろ!」
『だよね〜』
 自信あり気な穂波とすりーぷを見て、青葉はため息をついた。
「そいなこと言ってる場合、ちゃうやろ。小町の状態、見たんやろ?」
「まあ、それもそやけど。でも青葉、"俺が信用出来んのか?"はまずかったな。あそこは、"俺に何でも話し"とか言うべきやったで。あそこで包容力を示し、そこで…」
「はいはい」
 青葉は途中で遮ってやった。
 確かに、言い方悪かったかもしれん…。
『青葉、もう一度話してみ』
『んだ』
 いつの間にか、傍にカザヒとミナツチが。
『絶対、ほっといたらいかんで』
「…うん、俺もそう思う」
 思い出されるのは、悲痛な小町の叫び声だった。
「俺も、協力したろ。かわいいイトコのために、一肌脱いだらな」
 皆が止める間もなく、穂波は意気揚々と小町の後を追った。

 森の前で立ちすくむ小町の肩を、穂波が叩いた。
「よ、こまっちゃん」
「…穂波さん」
「青葉と喧嘩したんやってな」
「――喧嘩って、ほどでも。私が、青葉に八つ当たりしてしまっただけです」
 小町は後悔しているようだった。
「そんな落ち込むことないやん。青葉やったら、許してくれるし…大体別に怒ってないやろ。あんたの気持ち、話したり」
「無理…です」
 小町はうつむく。
「無理…なんです」
「こまっちゃん?」
 がくがく震える小町に一歩近付いた途端、小町の体が傾いだ。
 受け止め、穂波は叫んだ。
「すりーぷ! 青葉呼んで来るんや!」
『りょ、りょ〜か〜い〜』
 すりーぷにしては珍しく、目にも留まらぬ速さで家に戻って行った。

 布団の中に横たわる小町を、青葉・カザヒ・ミナツチ・穂波・すりーぷが囲んでいた。
「小町…」
 青葉は名前を、祈るように呟く。
「お前に話すのが、無理言うとったで」
「無理?」
 穂波の発言に、青葉は顔を上げる。
「俺に話すのが、無理? 話したくない、やなくて?」
「何か、制約でも受けとるんやろか。わからんなあ。お前、心当たりないんか?」
「…わからん」
 正直に、青葉は答えた。
「でも関係あるんかわからんけど、小町が神さん見えるのは前からおかしい思っててん。だって小町は、霊力云々以前に"信じてなかった"んやけん」
『確かに、妙じゃのう。実際、昔は見えてなかったんじゃけん』
『んだ』
 カザヒとミナツチが、顔を見合わせる。
「俺は、小町が神さんに触れたけんやと思っててん」
「触れた? 何でや?」
「ちょっと、色々あってな」
 青葉は言葉を濁した。
 小町の許可なく、穂波に自殺のことを言うのは良くないと思ったのだ。
「神さんに触れたから、か。有り得るけどな…でも、信じてなかったのに…」
 穂波はぶつぶつ呟いた後、閃いたように手を打った。
「わかった! こまっちゃんの中に、何かおったんちゃうか?」
「何か、おった?」
 青葉は首を傾げた。
「でも、それやったら俺や神さんが気付くはずや」
『わからんぞ、青葉』
 カザヒが口を出した。
『表面に出てたらともかく、心の奥底に"何か"おったんやったらわしらでもわからん』
『んだ。心は深い』
「つまり、その"何か"が霊か何かで…その影響で小町は神さんを見ることが出来る?」
 青葉の推理に、穂波は同意の印に頷いてみせた。
「…もしや、その"何か"が神さんに触れたり時を越えたことによって、育ってしもたんやろか」
 青葉は青い顔をして、双つ神を見上げた。
 神に触れてその力が強まり、小町は神を見ることが出来るようになった。しかし、それと同時に 悪影響も深まって行ったのだとしたら…。
『せやったら、こまっちゃんがお前に話したくなかった理由もわかるな』
『んだ。罪悪を覚えたんじゃ』
 傷を癒すためにと留まった土地で、心の陰が広がって行ったのだとすれば。
 青葉や神たちに罪悪感を覚えるのも、頷ける。
「アホ…何で、そいな気遣うんや…」
 青葉は、気付いてやれなかった自分がひたすらに情けなかった。

 小町が目を覚ますと、傍らに青葉が正座していた。
「…青葉、私…」
「小町、ここに来てからお前の中の"何か"が育ってしまったんやろ」
 先手を制して、青葉は推理を口にする。
 小町はびっくりしたように、彼を見上げた。
「う…」
 涙が、その頬を滑る。
「泣かんでもええ。ずっと言えんと、辛かったな」
「…ごめんな、さい…」
「俺に気を遣ったらいかん。言ってくれな、俺もわからんやろ? 鈍いけん」
 青葉は少しだけ笑った。
「でも、せっかくここで傷を癒せって言ってくれたのに…私もここに居たいのに…」
「傷を癒すためには、心配事をまず取り除かないかん。俺たちも、出来ることはしてやるけん」
 小町は首を縦に振り、起き上がろうとした。
 力が入らないようで、青葉は彼女の背に手を差し入れて手助けしてやった。
「ええ感じ!」
 襖の隙間から声がしたと思ったら、こっそり穂波・カザヒ・ミナツチ・すりーぷが覗いていた。
「あっち行き!」
「何?」
「な、何でもないけん」
 穂波に向けた台詞に反応してしまった小町を誤魔化し、青葉は小町に向き直る。
「ゆっくりでええけん、話してみ」
「ええ…」
 涙を拭い、彼女は顔を上げた。
「よくわからないんだけど…私の中に、"何か"が居るの。神さまに助けてもらってから、少しして…何かが私に囁くことに気付いたの」
「俺たちに、言おうとは思わんかったん?」
「…だって、"それ"が止めるんだもの。青葉たちに、迷惑かけちゃだめ…って」
 青葉は、片眉を上げた。
 まるで、小町の思考回路や。"何か"は、小町を知り尽くしとる…。
「それの、特徴とか何かないんな?」
「――特徴? そうね、方言を喋ることかしら」
「方言? ここの?」
「ええ。女の子よ」
 そこまで聞いて、青葉の中にうずくものがあった。
 …まさか。
「神さんたちと、話してくるけんな。ちょっと寝とき」
「…眠りたくないの。眠ったら、夢が怖いから」
 小町は抵抗するように、青葉を見た。
「そんなん言うても、このままやったらまた倒れてまう」
 小町は、夢が怖い故に寝ようとしないのだろう。それで、弱って行っているのだ。
「嫌って言ってるでしょう!」
 小町は、青葉の胸を叩いた。しばらくして、嗚咽が聞こえる。
「ごめんなさい…」
「泣かんでええ。辛いの、わかっとるけん」
 青葉は、震える小町を抱き締めてやった。
 そして、小さく呼ぶ。
「すりーぷ」
『なになに〜』
 すりーぷは、ふわふわ飛んで来た。
「小町を眠らして」
『はいはい〜』
 すりーぷが小町にぴっとりくっつくと、小町は崩れるように眠りに落ちた。
 彼女の体を横たえてやりながら、青葉は深いため息をついた。
「色んな意味でグッジョブ! 青葉!」
 穂波が、にやにやして近付いて来る。
「やかましい。…それより、小町の陰の正体がわかったかもしれん」
『何じゃと? 何やったんじゃ?』
『んだ!』
 カザヒとミナツチが、急かす。
「…小町の陰は、多分幼少期の小町や」
 意外な答えに、皆は一様に
『『『「へ?」』』』
 と、間抜けな声をあげたのだった。

 眠る小町の顔は、苦しそうだった。
『このままやったら、精神が参ってまうな』
『んだ。危険や』
 カザヒとミナツチが、小町を見下ろす。
「でも、寝かせんかったら体力がなくなってまう」
「せや。いずれにせよ、衰弱するっちゅう寸法やな」
 青葉の反論に、穂波は首を縦に振った。
『"何か"をこまっちゃんから追い出さないかん。青葉の推理によれば、"何か"の正体はこまっちゃんの幼少時…じゃとな』
「そうや、カザヒさん。そうとしか考えられへん。小町と同じ考え方で、女の子で、ここの方言を喋るんや。ようわからんけど、幼少期の小町の精神が霊になって残ってもうとんちゃうやろか」
『大した推理じゃ。なるほど、それじゃったらわしらが気付かんかったんも頷ける。幼少期のこまっちゃんなんやったら、本人と気配が一緒じゃけんわかりにくいんじゃ』
『んだ。納得』
 カザヒとミナツチは青葉の推理を補足した。
「でも、それをどうやって消せばええんや?」
 穂波が我慢し切れなくなったように、尋ねる。
『同一人物なんやったら、外に出すのは無理じゃ。中に入り、消すしかない』
『んだ』
 カザヒとミナツチは、じっと青葉を見つめた。
『どうする、青葉』
「俺が中に入れるんやったら、俺が中に入って消す」
『危険じゃぞ』
 カザヒは、顔を近付けて来た。
『お前が入らないかんのは、こまっちゃんの"心"じゃ。どんだけ人の心が奥深いか、知っとるじゃろ』
『んだ。霊を生み出すほど、人の心は深い』
 双つ神は、あまり乗り気ではないようだった。
『帰って来れんようになったら、どうする。お前は双神の巫女じゃろ。わしらのことより、こまっちゃんのことが大事な?』
 カザヒの問いに、青葉は絶句した。
 しかし、次の瞬間怒鳴った。
「大切な幼馴染も助けてやれんで、何が巫女や!」
 肩で息をし、首を振る。
「勝手なん、わかっとる…。巫女は神に身を捧げるんやもんな。でも、もし小町を見捨てたら俺は…胸張って双神の巫女やって名乗れへん。お願いや、カザヒさんミナツチさん…小町を助けたいんよ」
 双つ神は、顔を見合わせて笑った。
『そう言う、思た』
『んだ』
『もし、わしらの圧迫に負けてこまっちゃんを見捨てとったら、わしらはお前に巫女をもう名乗らせんかったやろな』
「…まさか、青葉を試したんか?」
 穂波の質問に、カザヒとミナツチはこっくり頷く。
『そんくらいの覚悟がないと、生きて戻れんじゃろしな』
『んだ。"てすと"や』
「何や、それ」
 青葉は力が抜けたように、顔を覆った。
『青葉、準備はええんか?』
『んだ?』
「…今すぐでも、ええよ」
 青葉は苦しそうな小町を見下ろしながら、言った。

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