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わらべうた

中編


 夕刻、実行に移すことにした。
「なあなあ、青葉。ちょっと気になるんやけど」
 穂波が、突如聞いて来た。
「何が?」
「お前の話によると、こまっちゃんは東京が嫌で陰を生み出したかもしれんのやろ? 東京で出来た陰なんやったら、何で方言喋るんや?」
「…ほんまやな」
 青葉は、眉をひそめた。
 小町は東京が嫌いだった。
 だから、てっきり陰も東京で出来たのだと思っていたが…。
「東京に引っ越してからすぐに、出来たとか?」
「ふうん、それも有り得るけどな」
 穂波は納得していないようだ。
「青葉、心当たりないんか? ここにおった時に、陰が出来るようなことはなかったんか?」
「わからん」
 正直に答えるしかなかった。
「せやったら、しゃあないな。とりあえず、始めよか」
 穂波はすりーぷに指示を出した。
「頼むで、すりーぷ」
『は〜い』
 夢は深き心を映す、心に通じる道。
 すりーぷの力で青葉を眠らせ、小町の夢と青葉の夢をつなぐのだ。
『わしらは、お前が行ってから追うけんな』
『んだ』
 双つ神も、準備が出来たようだ。
『でも、忘れるなや青葉。わしらは、こまっちゃんの夢の中では何の力も無い。お前だけが、こまっちゃんに影響出来るんやぞ』
『んだ。忘れるな』
「…わかっとる」
 自分が失敗すれば、全てが終わるということだ。
「さあ、すりーぷ」
 青葉はすりーぷに向き直り、目をつむった。
『はいは〜い』
 すりーぷが、青葉の頭に手を載せる。眠りが訪れ、青葉の体が傾いだ。
 彼を受け止め、穂波は双つ神の方を見やった。
 既に彼らは、消えていた。

 青葉が目を開くと、白いもやが見えた。もやの間から、道がずっと向こうに続いているのが見える。
 あの向こうが、小町の夢なんやろか…。
 歩き出した青葉は、傍らに心強い気配を感じた。
「カザヒさん、ミナツチさん?」
『そうじゃ。姿まで、具現化出来んらしいな。声だけじゃ』
『んだ』
「声だけでも、助かる。何かあったら、助言頼むな」
 青葉は再び、歩を進めた。

 いつの間にか、家の中に居た。
 ここは…
 見渡していると、小町が見えた。
 彼女は泣いていた。母親にぶたれ、泣いていた。
「助けて…」
「こ…」
『いかん!』
 名を呼び掛けた青葉を、カザヒが止める。
『あれは、陰とちゃう。今呼んだら、陰が気付く。お前の存在を陰に知らせたらいかん』
『んだ。これは、こまっちゃんを苦しめるために陰が生んどる映像や』
 二人の言葉に、青葉は拳を握り締めた。
「…通り過ぎろ、言うんか」
『そうじゃ。酷なん、わかっとる。でも、陰のところまで行かなこまっちゃんは助からんのやぞ』
『んだ』
 青葉は黙って、歩を進めた。
 大学生の小町が泣き叫ぶ横を、目をつむって通り過ぎた。

 次に出たのは、教室だった。
 ブレザー姿の小町が、教師の前に立っていた。
「佐倉は、この進路で良いんだな?」
「はい。法学部しか受けません」
「佐倉は優秀だから、受かるだろうよ。ご両親もさぞ、鼻が高いことだろう」
「…はい」
 小町の表情が、少し陰った。
 青葉はその様子を見て、首を傾げた。
「もしかして、両親と関係あるんかな?」
『そうじゃのう…。さっきも今も、両親関連やしな』
『んだ』
 三人はうーん、と唸った。
 どこか淋しげな高校生の小町の横を、青葉はまた通り過ぎた。

 次は、また家の中だった。
 がらんとした家の中で、セーラー服の小町が一人で食事を取っていた。
 そこへ、父親が帰って来る。
「お帰りなさい」
 小町は父を見上げ、呟いた。
「随分遅い時間に、食べているんだな」
「塾だったの」
「ふむ。テストは返って来たのか?」
 父の問いに、小町はうんざりしたように頷いた。
「うん、90点」
「そうか、まあまあだな。母さんは、まだ帰ってないのか?」
「…仕事で遅くなるって」
「そうか」
 何と冷たい。これが父娘の、会話だろうか。
 青葉は小町に近付き掛けた。
『まだや』
『んだ』
 カザヒとミナツチが、またも止める。
 青葉は中学生の小町から目を逸らして、また通り過ぎた。

 次は、見覚えのある所に出た。村の、丘だった。
「ここは…」
 青葉は、小さい小町を見付けた。
 まだ、7歳か8歳くらいだろう。一心不乱に、家に駆けて行く。
『あれじゃ』
『んだ』
 二人の言葉が信じ難くて、青葉は足を止めた。
 村におった時の小町が、陰の正体やって…?
『青葉! 追わんかい!』
 カザヒに促され、青葉は走り出した。

 がらり、と家のドアを開けて小町は叫ぶ。
「ただいまあ!」
「…おかえり」
 気だるそうな母親が、迎えた。
「あんね、お母さん聞いてや」
「ちょっと小町、静かにしてくれる? お母さん、頭痛いの」
 冷たく突っぱね、母親は家の中に入る。
 中には、父親も居た。
「農家なんて、やっとられんな」
「本当」
 両親は小町の方を見ようともせず、話を始めた。
「大体、もうちょっと東京に居たら…」
「仕方ないでしょう、小町が出来たんだから」
「おらんかったら、良かったんかな…」
 その言葉に、小町の体が強張った。
 あたしのせい…。
 あたしのせいで、お母さんとお父さんはいつも元気がないんやろか…。
 おらんかったら、良かったんやろか…。
 青葉は彼女の後ろで、苦しそうに首を振った。
 あんまりや…。
 場面が、ぐるりと変わった。
 また小町は丘の上から、駆けて来る。それを家の中から、見ることが出来た。
 青葉は決心して、玄関に向かう。
「ただいまあ!」
 そうして、
「おかえり」
 と笑顔で言ってやった。

 小町はきょとんとして、首を傾げた。
「今日は、何があったんな?」
 青葉は気にせず、屈んで小町と目線を合わせる。
「…あんね、今日は先生に褒められたん」
「ほうな、良かったな。何で褒められたんな?」
「算数のテスト、一人だけ百点だったけん」
 その報告に、青葉はにっこり笑う。
「小町は賢いな。はよ、家入り。お腹空いたやろ。それからゆっくり話聞くけん」
「うん!」
 小町は靴を脱ぎ捨て、家の中に入って行った。
 その中に、父母は居ない。
 青葉は真剣な面持ちをして、彼女の後を追った。
「何食べたい?」
「わらびもち!」
「あったっけなあ」
 青葉は苦笑しながら、戸棚を覗く。
 これは夢の世界でもあるので、ある程度の希望は叶う。
 わらびもちは、ちゃんとそこに在った。
 わらびもちを出してやりながら、青葉は話を続ける。
「で? そいな難しいテストやったん?」
「うん、みんな悪かったって先生言ってた。青葉に点聞いたら、教えてくれんかったし」
 もう少しで、青葉はテーブルに頭を打つところだった。
「多分、それ相当悪かったんやろ」
 記憶はないが、算数が嫌いだった自分がそんな難しいテストで良い点を取れるはずがない。
「小町は偉いな」
「そうやろか」
「偉い偉い」
 褒めると、小町はにこにこ笑った。
 しばらく、無心でわらびもちを頬張る。
「あ、青葉と遊ぶ約束しててん。行かな」
「行っといで」
 小町と一緒に立ち上がり、玄関まで行く。
「気、付けてな!」
 見送る青葉に、小町は嬉しそうに手を振った。本当に、嬉しそうに。

 帰って来た小町は、少しだけ心配そうに呟いた。
「ただいま…」
「おう、おかえり」
 ひょこっと、青葉が顔を出す。
「遅い! 暗くなったら、危ない言うたやろ」
「言ったっけ?」
「…言うの忘れとったかもやけど」
 青葉は舌を出した。
「もう夕飯出来とるけん、はよ来」
「わーい」
 小町は、ばたばた上がって家の中に入った。
 食卓の前に座り、手を合わせている。
「早く食べたい!」
「待ち。俺が座ってからや」
 青葉は静止した後、小町の真正面に座った。
 二人でいただきます、を言った後小町は早速ごはんに手を付けた。
「せやせや。今日は将来の夢、先生に聞かれてん」
「へえ? 何て答えたん?」
「"べんごし"! だって、一番お金稼げて偉い仕事やって、言うてたやろ? 小町になって欲しいって言ってたやろ? そしたら…」
 その先を続けることなく、小町の表情が曇った。
「…俺は、小町がなりたいものになったらええと思うよ」
「え? えらくなくても、ええの?」
「小町がなりたいんやったら、それ目指したらええ。偉い偉くないなんて、関係ないんよ」
「――そうなの?」
 小町は、じっと青葉を見つめる。
「そうや」
 揺るぎ無い声で、青葉はそれに答えた。

 そんな日々が、続いた。
 小町が帰って来て、青葉が迎える日々が。
 長いようでいて、閃光のように儚い日々。
 ある時、縁側で話をしていると小町がいつの間にか眠ってしまっていた。
 彼女を見下ろし、その髪を撫ぜてやる。
 すやすや寝息を立てる彼女が陰だと、誰が見抜けるだろう。
 だが、彼女は確かに陰だ。
 それを思うと、青葉の胸は痛んだ。
 日が暮れたくらいに、小町は目覚めた。
「寝とった!」
「せやな。気持ち良かったか?」
「うん、ええ気持ちやった」
 小町は、暗くなりかけた空を見上げる。
「花火でも、しよか」
 青葉の提案に、顔を輝かせる。
「するする!」
「じゃ、持って来るけんな」
 青葉は、どこからか花火とライターを持って来た。
「小町、あそこで水汲んで来て」
「はーい!」
 小町は庭にあったバケツを広い、水道で水を入れた。
 その光景を見る青葉に、カザヒとミナツチが囁く。
『そろそろじゃな』
『んだ。潮時や』
「…わかった」
 青葉は表情を引き締め、庭へ下りた。

 最後の線香花火。
「落ちたらいかんー!」
 はしゃぐ小町に苦笑し、青葉は告げる。
「小町は辛かったんやな」
「え?」
 小町は顔を上げた。
「辛いけん、お前を捨ててしまおうとしたんやな。心の中に、置いたんやな」
「…何のこと?」
「小町は、自分が要らないと言われたことが哀しすぎたんや。だけん、自分から捨てようとした。忘れようとした。それで捨てられた陰…それが」
 青葉は真っ向から、彼女を見据える。
「お前や」
 小町…いや、陰は引きつった笑みを浮かべた。
「お前は、小町を恨んだ。捨てて、一番酷い思い出を自分に押し付けた小町を恨んだ」
「…せや」
「だけん小町に嫌な夢を見せたり、囁いて精神的に追い詰めたりした。神さんに触れたせいでお前の力は強くなって、小町への影響力が増してもうたんやな。……なあ」
 青葉は、厳しい表情をようやく緩めた。
「お前は、小町やろ。小町の一部や。そんなことしても、ええことないってわかるやろ」
「――そんなん、わかってるわ!」
 彼女は叫んだ。
「だけど、どうすればええんや! こんな所で、ずっと一人ぼっちであいな思い出繰り返し繰り返し見せられて、どうすればええんや!」
 叫びは、段々と涙声を帯びる。
 青葉は手を伸ばし、彼女を抱き締めた。
「辛かったな…気付いてやれんで、ごめんな」
 幼馴染としてずっと一緒に居たのに、彼女の傷に気付いてやれなかった。
 優しい両親なのだとばかり、思い込んでいた。小町が、あんな思いをしているとは夢にも思わずに。
「あんなんで、お前を満たしてやれたとは思わんけど…ちょっとは救われてくれたやろか」
 嗚咽が、聞こえた。
「…あたしは、お父さんとお母さんにも…ああして欲しかったんや」
 親が、子に抱くはずの慈しみ。
 それをもらえなかった小町。
 それどころか"居なかったら良かった"とまで言われ、どれだけ辛かったことだろう。
 小町の両親は、ただ八つ当たりで言っただけなのかもしれないが、それが娘の心を破るとどうして考えられなかったのだろう―――…。
「一人で、よう頑張ったな。もう、小町の中に戻り。俺が還してやるけんな」
 青葉は目をつむり、言葉を紡いだ。
「かげとして いきづくわらわ すくわれよ かえられよ らくになり わらわれよ」
 彼女は、薄くなり始めた。
「俺が誰かわかっとるんな? 小町」
 突如、青葉は問う。
「最初からわかっとった」
 彼女は体を離し、青葉の目を覗き込んだ。
「…ありがとう、青葉」
 その台詞と共に、彼女は消えて行った。
 引き戻される心地がして、青葉はそっと目を閉じた。

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