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目を開くと、覗き込む穂波とすりーぷの顔が。 「あ、起きた! どうなったんや?」 「…えっと」 青葉は起き上がり、小町の方を見やった。 苦しげな表情は消え、穏やかに目を閉じている。 「多分、上手くいったと思う」 『そうじゃろな』 『んだ』 いつの間にか、双つ神が青葉の背後に現れた。 『でも、こまっちゃんにとって本当に辛いのは、ここからじゃ。忘れようとした思い出と、向き合わないかんけん』 『んだなあ』 「…せやな」 「三人で納得せんと、何があったか教えてんか!」 『そうだよ〜』 穂波とすりーぷが遮った瞬間、小町が目覚めた。 一同、小町に注目する。 起き上がり、彼女は一筋の涙を零した。 「あたし…何で、忘れてたんやろ」 彼女の口から紡がれるは、方言。 「何であんなん、忘れてたんやろ…」 震える小町に、カザヒとミナツチが近付く。 『こまっちゃん。"それ"があんたの陰の元やったんや。辛いやろけど、向き合わないかん。なかったことに、出来へんのやけん』 『んだ。消えへんのや』 「カザヒさん…ミナツチさん…」 小町は、嗚咽を漏らす。 「ほら青葉、お前の出番や!」 と穂波に背中を押され、青葉は小町に声を掛けた。 「小町、何があったか覚えとるか?」 「…何となく。でも、曖昧」 「せやったら、今から説明するけんな」 青葉は、小町の心の中に居た陰の存在を語った。 語り終えると、小町は不安そうに胸に手を当てた。 「じゃあ、私の陰は…消えた?」 「無くなったわけちゃう。小町に、戻ったんや」 「私に、戻った…。だから、記憶が戻ったのね」 少し間を空け、小町は馬鹿みたいと呟いた。 「自分で自分を捨てて、その自分が自分を苦しめるなんて…私、どうしようもないわね」 自嘲気味に笑い、小町は涙を拭った。 「何も、おかしいことない。その時、小町はそうせな自分を守れんかったんや。しゃあなかったんや」 青葉の慰めに、彼女はうつむく。 ただ、青葉はじっと見守る。 そんな青葉に、穂波が囁いた。 「俺、席外しとこか?」 「別に気遣わんでええよ」 「では、ごゆっくりー」 穂波は青葉の言うことを全く聞かず、神たちを引き連れ出て行ってしまった。 「人の話を聞かん奴やな」 呆れ、青葉は呟いた。 「青葉」 小町が急にしっかりした声で、名を呼んだ。 「何や?」 「私、東京に戻る」 その台詞に、青葉は詰まってしまった。 「すぐに?」 「…もう少ししたら。私、両親を説得して…こっちの大学に入らせてもらうわ」 決断に、青葉はまたも目を丸くする。 「こっちの大学って…俺の行っとる大学かいな」 「そう。それで、私も民俗学をやるの。私は、神さまが見えるようになったわ。それを、活かしたいの。民俗学者になって、この国に溢れる神秘を知るの。それで…神さまたちに恩を返せたら最高ね。奨学金をもらったり、バイトでお金を稼いで両親にはなるべく頼らないようにするわ」 にっこり笑って、小町は話を締めくくった。 「今、思いついたの。でも、これが本当に私のやりたいことよ。…やっと、見付けたわ」 青葉はつられて、微笑んだ。 小町は、青葉と違って何かを目指して輝く性質の人間だ。 弁護士という夢を失って落ち込んだのは、そういう性質が祟ったせいもあるだろう。 「良かったな。小町やったら、賢いけん絶対なれるやろ」 「ありがとう。青葉にも、何かお礼をしなきゃね。何が良い?」 尋ねられ、青葉はうーんと考える。 その時、凄まじい音がして障子が倒れた。 穂波・カザヒ・ミナツチ・すりーぷが、倒れた障子の上に載っている。 「何しとん」 「お、おいしい展開や思って身を乗り出したら、自爆してもうた…」 『穂波、お前アホか!』 『んだ!』 『馬鹿だよね〜』 神たちが、がみがみ怒る。 『もしかすると、あそこで青葉が"じゃあ俺の嫁になって"って言うかもしれんかったのに! それやったら、最高じゃったのに! 邪魔してどうするんじゃ!』 「いや、あんな鈍い男に限ってそれはないやろ」 『万が一ということが、あるやろ!』 カザヒは、ぺしぺし穂波の頭を叩いた。 『んだんだ!』 ミナツチも便乗し、体当たりをかます。 それまで呆然として見ていた小町は、いきなり笑い出した。 「何だか、みんな時々おかしい行動取ると思ってたら…そういうことだったのね。青葉と私を、くっつけようと?」 「…ほ、穂波たちが勝手にやったんやけんな」 言い訳する青葉の頭を、カザヒがぺしっと叩く。 『余計なこと言いな!』 「余計なことちゃうやろ!」 言い合う青葉とカザヒをよそに、穂波が小町に近付いて来た。 「いやー、お節介やとは思っててんけど、あんまり青葉とこまっちゃんがお似合いやからな! イトコとしては、一肌脱いだらなと思ってん。神さんたちも、こまっちゃんお気に入りやし! 恩返しという意味でも、そうなったら最高やと思うで! うん」 「穂波! 黙り!」 青葉の叱責にも屈せず、穂波は小町の手を取る。 「もちろん、こまっちゃんの気持ち次第やけど!」 「…私、東京に彼氏居るんだけど」 その言葉に、皆はあんぐり口を開けた。 「…小町、ほんま?」 青葉に問われ、小町は笑った。 「ごめん、嘘」 前言撤回に、今度は皆がコケそうになる。 「わかった、青葉の反応見たかってんな! 安心し! 今、マグニチュード30くらいのショック受けとったから…むぐぐ!」 青葉は、無理矢理穂波の口を塞いだ。 『で、こまっちゃんどうなんや〜?』 『んだ?』 カザヒとミナツチに覗き込まれ、小町は首を傾げる。 「今の私だったら、青葉に釣り合わないわ。色んなことを解決して、自分が誇れるようになってから考える…ってどう?」 小町の言葉に、"こまっちゃんと青葉をくっつけ隊"は万歳三唱した。 「ん? でも待てよ、"私には勿体無い方です"ってお見合い断る時の常套句やないっけ?」 穂波が、双つ神にひそひそ囁く。 『…ほんまじゃな。しかも、"考える"って微妙じゃ』 『んだあ』 『ですね〜』 "こまっちゃんと青葉をくっつけ隊"の緊急会議。 「いやでも! 来年の春からは同じ大学で、キャンパスライフやねんし! 可能性は高い!」 『そうじゃ!』 『んだ!』 『あ、"考える"ってのは暗に青葉さんからの告白待ちを示してるのかもしれませんよ〜』 「すりーぷ、ナイス推理! あとは、あの鈍感男を何とかするしかないな。よし、頑張るでみんな!」 『『『了解!』』』 ぽかんとする本人たちをよそに、くっつけ隊は決断を下した。 小町は駅のホームに立ち、一つ息をついた。 「とうとう、ね」 彼女の目は、淋しそうだった。 「こまっちゃん、大丈夫や。俺が大阪まで、付いて行ったるからな!」 『そうそう〜』 「その方が心配や」 穂波とすりーぷが胸を叩くも、青葉が一蹴した。 『こまっちゃん、元気でな』 『でな』 カザヒとミナツチが、小町と握手をする。 「ありがとう。絶対試験に受かって、ここに帰って来ますね」 『絶対やぞ。学校まで、双神家から通ったら良いんじゃけんな。そうじゃ、試験受ける時もうちに泊まり!』 『んだんだ!』 「――じゃあ、お言葉に甘えて」 小町の返答に、双つ神は万歳した。 その光景に青葉は苦笑してから、小町に向き直った。 「何かあったら、電話し。力になるけんな」 「ありがとう」 小町は綺麗に笑った。 「頑張って来」 「任してや」 方言で答え、小町は青葉の袖を引いた。 「何や?」 「ええけん、ちょっとしゃがんでみ」 「ふうん?」 いぶかしみつつ屈んだ青葉の頬に、小町の唇が触れた。 「これが、ひとまずお礼ってことで」 身を離し、小町は説明した。 「くっつけ隊隊長として、こんなに嬉しいことないわ…!」 『やったー』 『ばんざーい』 『いえ〜い』 くっつけ隊は狂喜乱舞した。 その時、ちょうど電車がホームに入って来た。 「うおっと。行かな」 穂波は荷物を慌てて持ち上げる。 「行かなきゃ。…みんな、ありがとね!」 小町は、足を踏み出す。 「また冬にな!」 『こまっちゃん、頑張りや〜』 『んだ』 青葉と双つ神は、彼女に手を振る。 「俺にも手、振らんかい!」 『あっはっは〜』 穂波とすりーぷも、車内に消えて行った。 しばらくして、小町と穂波とすりーぷが車内の窓から手を振る。 青葉とカザヒとミナツチは、再び手を振る。 小町の目から滑り落ちた涙が、一筋光って見えた。 青葉と双つ神は、青空の下に佇んでいた。 立つのは、かつての小町の家に続く丘。 小町が葬ろうとした思い出は、彼女の中に蘇った。彼女はこれからそれと戦い、両親とも戦わなくてはならないのだ。 「俺には応援してやることしか出来んけん…な」 青葉は、空を仰いだ。 「かぜふきて ひをあおり うまれしは カザヒとて みずしみて つちおこり うまれしは ミナツチと」 詠唱を始め、目をつむる。 「ふたつがみ わがおもいにて かぜにたくせや かみのこえ だいちにしみよ かみのこころよ わがおもいびと まもられよ」 カザヒとミナツチの体が燐光を帯び、風が吹き荒び草原を揺らす。 空の向こうに、この守りが届きますように。 「頑張りな」 それだけ呟いて、青葉は歩き出した。 双つ神は彼を追った。 それから時が過ぎ――… 嬉しそうに走る、少女が居た。 まだ幼い、四つくらいの。 丘に辿り着き、ぱあっと顔を輝かせる。 「神さーん! 来てみ!」 『何じゃ何じゃ』 『んだんだ』 カザヒとミナツチが、ふよふよ飛んで来る。 「あんな、こんな花見付けてん。これええと思わん?」 『ほうほう、綺麗な花じゃのう』 『んだあ』 そんな三人に、声が掛かった。 「見つけた!」 青葉であった。 「こら、奏芽(かなめ)。留守番しとけ言うたやろ。神さん連れて、何しとんな」 『おお、青葉。怒ったるな』 カザヒが、ぽむぽむ青葉の肩を叩く。 「そんなん言うて、奏芽も神さんもいきなり両方おらんようになったら心配するやろ?」 「…お父さん、ごめんなさい」 奏芽は素直に謝った。 「お母さんに、花あげたかってん。お母さん、今おらんの?」 きょろきょろ見回す奏芽の額を、青葉は軽く小突く。 「母さんは、仕事。休日出勤。奏芽、俺に何も言わんと神さん連れてったらいかんよ? お前はまだ、巫女やないんやけん」 「うー。いつ、巫女になれるん?」 「俺が引退してからやけん、まだまだやで」 青葉は、おかしそうに笑った。 「うー。はよ、巫女になりたい」 「そういうことは、詠唱の練習をちゃんとしてから言い」 「だって、難しいんやもん」 奏芽は拗ねたように、膝を抱えて座った。 「コツないん?」 「コツなあ…」 青葉は娘の傍に座り、空を仰ぐ。 「奏芽はカザヒさんが風と火、ミナツチさんが水と土を司ることは知っとるな?」 「うん」 「せやけん、詠唱する時は地水火風と関連させないかん。よう、周り見てみ」 青葉に促され、奏芽は辺りを見る。 「全ての自然は、地水火風で出来とる。ようそれらを見て、覚えとくんやな。それをヒントにして、詠唱を作るんよ」 「…難しい」 『確かに。もうちょっと噛み砕いてやらんかい』 『んだ』 カザヒとミナツチのだめ出し。 「困ったなあ」 青葉は苦笑し、手を伸ばす。 「こうしたら、何か感じへん?」 「うーん?」 「自然を体で感じれるようになったら、段々詠唱も出来るようになる。言葉も、自然の一部やけんな」 青葉の説明に、奏芽はまたも唸った。 「それより、何で母さんに花あげたかったん?」 「だって、弟生まれるんやろ?」 「…誰の?」 「あたしの弟。だけん、お祝いや」 「お、弟?」 青葉はいまいち理解出来なかったようで、しばし考え込んだ。 「誰に聞いたん?」 「神さま」 その返答に、青葉は双つ神を見上げる。 「…ほんま?」 『今本人も気付いてへん時期やけん、まだまだじゃけどなあ。これで双神家は安泰じゃのう』 『んだんだ。当主も巫女も授かった』 二人は、からからと笑う。 「何でわかったん?」 青葉の問いに、双つ神は同時に答えた。 『わしら、かみさまじゃけん』 おわり |