「今日は野宿だな」
ユルは舌打ちして、木の根元に腰を下ろした。
慣れた手付きで火を起こし始めるユルを見て、ククルはぽつりと呟いた。
「…ユルって、旅慣れてるの?」
「あ? ああ…まあ」
「一人で旅して来たの?」
そう思うのは、歩みや野宿の仕度に迷いがないせいだ。反対にククルは慣れてないせいで、いつも戸惑ってしまう。
「――どうでも良いだろ、オレの事情なんて」
「…そうだね」
夢で見たティンの暗示めいた動作のせいか、共に旅を始めて少し親しみが湧いたのか――どちらにせよ、少しユルとの仲が良好になったと思っていたので、この拒絶は辛かった。
「しまった」
ユルが袋を漁り、舌打ちした。
「どうしたの?」
「食料、取られたみたいだ」
「取られたって、誰に」
「多分、あの船長だろ」
ユルの言葉に、ククルは衝撃を受けた。
あんなに良い人そうだったのに…。
「ま、ましな方だぜ。水や路銀には手を付けられてねえから、ちょっと失敬したってとこだな」
ユルは気楽に肩をすくめ、辺りを見回した。
「木の実でも取って来る。この暗さじゃ、狩りは難しい」
「あ、ありがとう」
「いちいちどもんな、馬鹿」
憎まれ口を叩いてから、ユルは鉈を腰に下げた。
森の奥に消えるユルの背中を見ながら、ククルはため息をついた。
どうしてばば様は、素性の知れないユルを選んだんだろう。そして、兄様も…。
あれが、ただの夢だとは思えなかった。
考えているとまたティンが恋しくなって来て、ククルは膝を抱いてうつむいた。草を踏む音が聞こえ、ククルは顔を上げる。
「よう、嬢ちゃん」
「船長さん…?」
間違いなく、この島まで乗せてくれた男だった。しかし、どうも雰囲気が違う。後ろに屈強な男達を連れているのも、異様だ。
「あのガキは居ないんだな。こいつぁ、ついてる。俺の作戦勝ちだ」
「どういうこと…?」
「食い物を取れば、食料を捜すためにあんたと離れるって思ったんだよ」
まだ、状況が飲み込めない。
「あいつはガキのくせに、隙がなかったからな。手こずるのは遠慮したいから、用心したってこった。だけどあんたなら、簡単だ」
「何を、するつもり?」
男達は一斉に刀や斧をそれぞれ構えた。
「野盗にそれを聞くのかい?」
野盗――。
ティンがいつか返り討ちにしてくれた男達と、彼らの姿が重なる。
「安心しろ。あんたは、丁重に扱うよ。身代金を取れそうだ」
恐怖のあまり声が出ない。ククルは小刀を握り締め、震える足で立ち上がった。
「止めて。来ないで」
都に行くため、路銀はたくさんもらっていた。そのせいで野盗に目を付けられたのかもしれない。
男達はにやにや笑いながら、ククルににじり寄る。
「兄様――」
だが、木の枝からククルの前に飛び降りて来たのは、ティンではなくユルだった。
「下がってろ、愚図」
ユルは腰を落とし、両手に鉈を構えていた。
「おっと、意外に早かったな坊主。…俺の仲間はどうした?」
「今頃、呻いてるだろうよ」
そのやり取りで、ユルも襲撃されたのだとわかった。
「やっぱり、なかなかだな」
男は武器を振りかぶり、襲って来た。
ユルは舌打ちして、正面の刀を交差にした鉈で受け止めた。しかし体格差があるので、明らかに力負けしている。
ククルは、震えながらも手を組んだ。
ユルに神様の力をあげれば、勝てる。
ククルは懸命に祈ったが、ユルに変化はなかった。何とか剣を払い、元の体制を立て直したところで横から別の男が襲って来る。
どうして、祈りが届かないの…? 兄様の時は、すぐに上手く行ったのに。もしかして、血縁じゃないから――?
その時、ユルの腕から血が迸った。
それは、奇妙な感覚だった。前も、どこかで見たような気がしてならなかった。
「おい! ぼさっとしてないで、今の内に逃げろ!」
ユルの叫びで、ククルは我に返った。
そうだ。私は、以前も同じような場面に出くわしたことがある。兄様の時も、すぐに上手く行ったわけじゃない。傷付いた兄様に囁かれ、初めて上手く行ったんだ。
『ククル、いつものように祈っておくれ。私が海に出る時に、命の安全を祈ってくれるように』
そう。方法は違うけど、兄を守るのは妹の神の力。
ククルは歯を食いしばり、手を組んで祈りを捧げた。
傷を押さえながら周りを睨んでいたユルは、自分の腕が燐光を帯びたことに気付いた。
「まさか」
ちょうど襲い掛かって来た男と刀を合わせて弾き飛ばすと、男は遠くに吹っ飛んでしまった。
ユルは唇を歪め、跳躍する。人にあるまじき高さの跳躍に、男達は驚愕した。
ユルは男達の真ん中に降り立ち、円を描くように鉈を両手で振るった。思わず見惚れるほどの鮮やかな手付きで次々と敵は倒され、とうとう立っているのはユルだけになった。
ユルは返り血で赤く染まった顔を、ククルに向ける。
「これが、神の力か」
「うん…」
ククルは、慎重に息を吐き出す。
「ユル。みんな殺してない?」
「多分な…」
ユルは、呻き声をあげる野盗達を見下ろす。余裕があったため、殺さないで済んだのだ。
「じゃあみんなを、ある程度治すから。みんなに手を付いて」
「お前、馬鹿か!?」
ユルの形相が変わった。
「こいつらが回復したら、どうするってんだよ」
「でもこのままにしておいたら、みんな死んじゃうから。お願い、ユル。少しだけだから」
「――しゃあねえなあ。まあ、こんだけやったらもう歯向かって来ないか」
ユルは口を尖らせつつも、一人一人の傷口に触れて回った。
少しだけ傷を治してやると、野盗達は慌ててそそくさと逃げて行った。
「あれ、オレの傷も治ってら」
ユルが自分の腕を興味深そうに見る光景が、突然ぐらついた。
自分がぐらついているのだと自覚した時にはもう、ククルは意識を失っていた。
目が覚めると、ククルは浜に居た。
夢…? ううん、違う。
焚き火で魚を焼いているユルの横顔を見上げ、ククルは呟く。
「ユル」
ユルの髪は濡れていた。海で魚を獲って来たのだろう。
「お前も食えば」
串刺しにされた焼き魚を、ユルはククルに無造作に渡した。
「ありがとう」
ククルは魚を受け取り、早速食べ始めた。
空を仰ぐと、丸い月がぽっかり浮かんでいた。
「ユル、ごめんね」
突然の謝罪に、ユルは眉をひそめる。
「何で謝ってんだよ」
「私、酷いことしてた。ユルに、八つ当たりしてた」
兄の代わりとして連れて来られた少年を、ずっと憎んでいた。何故なら――
「兄様の代わりなんて、居ないの」
涙がはらり、零れ落ちた。
「なのに、ばば様はユルを連れて来て…兄様の代わりにした」
祖母は知らないのだろうか。あれで、ククルがどんなに傷付いたか。
母にとっての息子、父にとっての息子、祖母にとっての孫…シチにとっての許婚。皆にとって、ティンはかけがいのない存在だったろう。代えられようもない、存在だったろう。
「私にとっても、兄様はただ一人だったのに――」
代わりが利くだなんて、言わないで――。私の兄様は兄様ただ一人。
誰がどう言っても、兄は一人きり。失われ、もう帰って来ない。
泣きじゃくるククルの横で、ユルは何も言わずに空を仰いでいた。
「でも…ユルも被害者だよね…。なのに憎んでごめんね…」
憎まずにいられなかった。"兄の代わり"として、現れた少年を。まるでユルがティンの位置を奪うようで、許せなかった。
「ま、別に気にしてねえさ。オレもお前も互いに利用すりゃ良いんだから」
その軽い口調に顔を上げると、珍しくユルが優しい笑顔を浮かべていた。
「ユル。私はこれからも、あなたを兄様の代わりとして思えないけど…」
「あー、もう良いって肩書きとか。お前にとって、オレは"ユル"だ。それで良いだろ?」
「――うん」
ククルは涙に濡れた頬を拭い、頷いた。
翌朝、二人は荷物をまとめて出立の準備をした。
「そういえば」
青い海を見つめながら、ククルは尋ねる。
「あ?」
「昨日はここまで、ユルが運んでくれたの?」
「まあな。お前、気絶してたし。そうそう、それで言いたいことがあったんだ」
「なあに?」
首を傾げるククルに、ユルが指を突き付けた。
「お前、重すぎ」
兄様へ――
心の中で、手紙をしたためます。
そちらは暑いですか? それとも涼しいですか?
せめて、そちらで快適に過ごしていることを祈ります。
私は今、ユルという男の子と旅に出ています。どうも無神経みたいなので、上手くやって行ける自信があんまり…全然ありません。
だけど兄様が示した人だし…私を助けてくれたので、根は良い子なのかなと思ってます。
兄様。また、夢で会えることを願ってます。
――ククル
- 第一話 了 -