ニライカナイの童達



第一話 兄妹 3

 隣島にある親戚の家は、着いた浜からは少し距離があった。
「今日は野宿だな」
 ユルは舌打ちして、木の根元に腰を下ろした。
 慣れた手付きで火を起こし始めるユルを見て、ククルはぽつりと呟いた。
「…ユルって、旅慣れてるの?」
「あ? ああ…まあ」
「一人で旅して来たの?」
 そう思うのは、歩みや野宿の仕度に迷いがないせいだ。反対にククルは慣れてないせいで、いつも戸惑ってしまう。
「――どうでも良いだろ、オレの事情なんて」
「…そうだね」
 夢で見たティンの暗示めいた動作のせいか、共に旅を始めて少し親しみが湧いたのか――どちらにせよ、少しユルとの仲が良好になったと思っていたので、この拒絶は辛かった。
「しまった」
 ユルが袋を漁り、舌打ちした。
「どうしたの?」
「食料、取られたみたいだ」
「取られたって、誰に」
「多分、あの船長だろ」
 ユルの言葉に、ククルは衝撃を受けた。
 あんなに良い人そうだったのに…。
「ま、ましな方だぜ。水や路銀には手を付けられてねえから、ちょっと失敬したってとこだな」
 ユルは気楽に肩をすくめ、辺りを見回した。
「木の実でも取って来る。この暗さじゃ、狩りは難しい」
「あ、ありがとう」
「いちいちどもんな、馬鹿」
 憎まれ口を叩いてから、ユルは鉈を腰に下げた。
 森の奥に消えるユルの背中を見ながら、ククルはため息をついた。
 どうしてばば様は、素性の知れないユルを選んだんだろう。そして、兄様も…。
 あれが、ただの夢だとは思えなかった。
 考えているとまたティンが恋しくなって来て、ククルは膝を抱いてうつむいた。草を踏む音が聞こえ、ククルは顔を上げる。
「よう、嬢ちゃん」
「船長さん…?」
 間違いなく、この島まで乗せてくれた男だった。しかし、どうも雰囲気が違う。後ろに屈強な男達を連れているのも、異様だ。
「あのガキは居ないんだな。こいつぁ、ついてる。俺の作戦勝ちだ」
「どういうこと…?」
「食い物を取れば、食料を捜すためにあんたと離れるって思ったんだよ」
 まだ、状況が飲み込めない。
「あいつはガキのくせに、隙がなかったからな。手こずるのは遠慮したいから、用心したってこった。だけどあんたなら、簡単だ」
「何を、するつもり?」
 男達は一斉に刀や斧をそれぞれ構えた。
「野盗にそれを聞くのかい?」
 野盗――。
 ティンがいつか返り討ちにしてくれた男達と、彼らの姿が重なる。
「安心しろ。あんたは、丁重に扱うよ。身代金を取れそうだ」
 恐怖のあまり声が出ない。ククルは小刀を握り締め、震える足で立ち上がった。
「止めて。来ないで」
 都に行くため、路銀はたくさんもらっていた。そのせいで野盗に目を付けられたのかもしれない。
 男達はにやにや笑いながら、ククルににじり寄る。
「兄様――」
 だが、木の枝からククルの前に飛び降りて来たのは、ティンではなくユルだった。
「下がってろ、愚図」
 ユルは腰を落とし、両手に鉈を構えていた。
「おっと、意外に早かったな坊主。…俺の仲間はどうした?」
「今頃、呻いてるだろうよ」
 そのやり取りで、ユルも襲撃されたのだとわかった。
「やっぱり、なかなかだな」
 男は武器を振りかぶり、襲って来た。
 ユルは舌打ちして、正面の刀を交差にした鉈で受け止めた。しかし体格差があるので、明らかに力負けしている。
 ククルは、震えながらも手を組んだ。
 ユルに神様の力をあげれば、勝てる。
 ククルは懸命に祈ったが、ユルに変化はなかった。何とか剣を払い、元の体制を立て直したところで横から別の男が襲って来る。
 どうして、祈りが届かないの…? 兄様の時は、すぐに上手く行ったのに。もしかして、血縁じゃないから――?
 その時、ユルの腕から血が迸った。
 それは、奇妙な感覚だった。前も、どこかで見たような気がしてならなかった。
「おい! ぼさっとしてないで、今の内に逃げろ!」
 ユルの叫びで、ククルは我に返った。
 そうだ。私は、以前も同じような場面に出くわしたことがある。兄様の時も、すぐに上手く行ったわけじゃない。傷付いた兄様に囁かれ、初めて上手く行ったんだ。
『ククル、いつものように祈っておくれ。私が海に出る時に、命の安全を祈ってくれるように』
 そう。方法は違うけど、兄を守るのは妹の神の力。
 ククルは歯を食いしばり、手を組んで祈りを捧げた。
 傷を押さえながら周りを睨んでいたユルは、自分の腕が燐光を帯びたことに気付いた。
「まさか」
 ちょうど襲い掛かって来た男と刀を合わせて弾き飛ばすと、男は遠くに吹っ飛んでしまった。
 ユルは唇を歪め、跳躍する。人にあるまじき高さの跳躍に、男達は驚愕した。
 ユルは男達の真ん中に降り立ち、円を描くように鉈を両手で振るった。思わず見惚れるほどの鮮やかな手付きで次々と敵は倒され、とうとう立っているのはユルだけになった。
 ユルは返り血で赤く染まった顔を、ククルに向ける。
「これが、神の力か」
「うん…」
 ククルは、慎重に息を吐き出す。
「ユル。みんな殺してない?」
「多分な…」
 ユルは、呻き声をあげる野盗達を見下ろす。余裕があったため、殺さないで済んだのだ。
「じゃあみんなを、ある程度治すから。みんなに手を付いて」
「お前、馬鹿か!?」
 ユルの形相が変わった。
「こいつらが回復したら、どうするってんだよ」
「でもこのままにしておいたら、みんな死んじゃうから。お願い、ユル。少しだけだから」
「――しゃあねえなあ。まあ、こんだけやったらもう歯向かって来ないか」
 ユルは口を尖らせつつも、一人一人の傷口に触れて回った。
 少しだけ傷を治してやると、野盗達は慌ててそそくさと逃げて行った。
「あれ、オレの傷も治ってら」
 ユルが自分の腕を興味深そうに見る光景が、突然ぐらついた。
 自分がぐらついているのだと自覚した時にはもう、ククルは意識を失っていた。

 目が覚めると、ククルは浜に居た。
 夢…? ううん、違う。
 焚き火で魚を焼いているユルの横顔を見上げ、ククルは呟く。
「ユル」
 ユルの髪は濡れていた。海で魚を獲って来たのだろう。
「お前も食えば」
 串刺しにされた焼き魚を、ユルはククルに無造作に渡した。
「ありがとう」
 ククルは魚を受け取り、早速食べ始めた。
 空を仰ぐと、丸い月がぽっかり浮かんでいた。
「ユル、ごめんね」
 突然の謝罪に、ユルは眉をひそめる。
「何で謝ってんだよ」
「私、酷いことしてた。ユルに、八つ当たりしてた」
 兄の代わりとして連れて来られた少年を、ずっと憎んでいた。何故なら――
「兄様の代わりなんて、居ないの」
 涙がはらり、零れ落ちた。
「なのに、ばば様はユルを連れて来て…兄様の代わりにした」
 祖母は知らないのだろうか。あれで、ククルがどんなに傷付いたか。
 母にとっての息子、父にとっての息子、祖母にとっての孫…シチにとっての許婚。皆にとって、ティンはかけがいのない存在だったろう。代えられようもない、存在だったろう。
「私にとっても、兄様はただ一人だったのに――」
 代わりが利くだなんて、言わないで――。私の兄様は兄様ただ一人。
 誰がどう言っても、兄は一人きり。失われ、もう帰って来ない。
 泣きじゃくるククルの横で、ユルは何も言わずに空を仰いでいた。
「でも…ユルも被害者だよね…。なのに憎んでごめんね…」
 憎まずにいられなかった。"兄の代わり"として、現れた少年を。まるでユルがティンの位置を奪うようで、許せなかった。
「ま、別に気にしてねえさ。オレもお前も互いに利用すりゃ良いんだから」
 その軽い口調に顔を上げると、珍しくユルが優しい笑顔を浮かべていた。
「ユル。私はこれからも、あなたを兄様の代わりとして思えないけど…」
「あー、もう良いって肩書きとか。お前にとって、オレは"ユル"だ。それで良いだろ?」
「――うん」
 ククルは涙に濡れた頬を拭い、頷いた。

 翌朝、二人は荷物をまとめて出立の準備をした。
「そういえば」
 青い海を見つめながら、ククルは尋ねる。
「あ?」
「昨日はここまで、ユルが運んでくれたの?」
「まあな。お前、気絶してたし。そうそう、それで言いたいことがあったんだ」
「なあに?」
 首を傾げるククルに、ユルが指を突き付けた。
「お前、重すぎ」
 

 兄様へ――

 心の中で、手紙をしたためます。
 そちらは暑いですか? それとも涼しいですか?
 せめて、そちらで快適に過ごしていることを祈ります。
 私は今、ユルという男の子と旅に出ています。どうも無神経みたいなので、上手くやって行ける自信があんまり…全然ありません。
 だけど兄様が示した人だし…私を助けてくれたので、根は良い子なのかなと思ってます。
 兄様。また、夢で会えることを願ってます。

             ――ククル

- 第一話 了 -