きゃあきゃあ騒ぐ少女達に辟易したのか、ユルは隅っこで布団を被ってさっさと背を向けてしまった。
「そういえばヤナ様は、どこで眠るの?」
尋ねると、一番年少の少女が答えてくれた。
「ヤナ様は、あまり眠らないのです。外で、祈りを捧げています」
「へえ…」
ククルはヤナが一人、星空の下で祈る光景が容易に想像出来た。十二で時を止めた華奢な体に秘められた強大なセヂで、天に向かって祈るのだろう。
この島を支えているのは、あの小さなノロなのだ。
「私…ヤナさんみたいな人になりたいな」
ぽつりと落ちた呟きに、サーヤが微笑んだ。
「奇遇ですね。私もヤナ様を目指しております」
「サーヤは、すぐになれそうだよ」
ククルが思わず言ってしまうと、サーヤは嬉しそうに目を細めた。
「有難いお言葉をありがとうございます、ククル様。あなたのように霊力(セヂ)高き人と関わる機会は滅多にないと、ヤナ様も申しておりました」
「そ、そう?」
ククルは気まずかった。どうも自分が過大評価されているような気がしてならない。ククルから見れば、ヤナやサーヤの方がずっと立派だ。
「…私、よくわからないな。ヤナさんは私の力が強いって言ってくれたけど――"兄"が居ないと何も出来ないのに」
この時言った"兄"には、二人の男が含まれていた。兄であったティンと、兄となったユルだ。神の力のことだけではない。ティンが居なければ、ユルが居なければ…旅など出来なかっただろう。
「ククル様。力に何を求めるのです?」
サーヤの深い色をした目が、ククルの目を覗き込んでいた。
「強さですか? 己一人で強くなりたいと、そういうことですか?」
「――ええと」
いざ聞かれるとわからない。自分はどうしたいのだろう。一人だけ強くなりたいのだろうか。ぐっと唇を噛んで考え込んで、答えを絞り出す。
「…ううん、違う。私、足を引っ張りたくないの…」
ティンへの祈りが足りずに死なせた。体力が持たなくて、いつもユルに苦しい役割を押し付けている。
「私は、引け目を感じなくて良いような人間になりたい…」
"兄"に頼り切るのではなくて、助け合うようなそんな存在になりたいといつでも切望していた。だがティンが死んだことにより、自分の力に一切の自信も抱けなくなった。
私には祈りの力しかないのに、それすらも――。
いつの間にか伝っていた涙を、サーヤは袖で拭ってくれた。
「でもそれは、仕方のないことです。ククル様。完全な人間など居ないのだから、人は助け合うのでしょう?」
「違う、違うの。私はまだ、助け合うまでもなく無力で。助けてもらうことばかりで」
「…自分をいじめるのはお止めなさい。何も、生み出しませんよ」
優しく言われ、また涙がこみ上げた。
そうだ。ティンを殺したと断罪される夢を見る際――いつも先頭に立って指を差して来るのは、他でもない自分自身だった――。
サーヤに背をさすられながら、ククルは目を閉じた。年下の少女の前で大泣きして慰められるなんて格好悪い、という気持ちもあったが、どうしようもなかった。
いつの間に眠ってしまったのか、ふと目を覚ますと辺りはしんと静まり返っていた。少女達は、すやすやと安らかに眠っていた。窓から差しこむ月光が、室内を青白い色で満たす。
まだ、夜中みたい。
ククルはふと、ユルの姿が見えないことに気付いた。ユルが包まっていた上掛けは、ぺったんこになって主の不在を示している。
「ユル?」
小さな声で問うも、ユルの返事は返って来ない。室内には居ないのだろう。
ククルは迷ったが結局布団からそっと抜け出し、寝間から出た。
外に出ると、ヤナとユルが並んで大岩に座る光景が見えた。
二人で何をしているのだろう、と思いながらククルは一歩踏み出した。
「どうしてティンは、あの子に何も説明していないのだ?」
「知らねえよ」
ヤナの質問に、ユルが面倒臭そうに答えていた。
ククルは何故かわからないながらも足を止め、息を殺して二人の背を見つめた。
「多分…本当のこと知ったら、あいつが落ち込むって思ったんだろ」
「ふむ、まあそれはそうだね」
ヤナは夜空を仰ぎ、相槌を打った。
「あいつは臆病者だ」
「いいや、ティンは立ち向かった。臆病ではない」
ヤナはすっぱりとユルの言葉を否定した。
「お前も覚えておおき。神々を恐れる必要はない。ただ、畏れは必要だ」
「わかってる」
本当に了解しているのか怪しいほど軽い口調のユルに、ヤナは苦笑していた。
一体、何の話なのだろう。
緊張した面持ちで、ククルはその場に固まってしまっていた。
「本当にあの子は、何も知らぬのか」
「ああ。ティンと血がつながってなかったことさえもな」
ユルの一言を聞いた途端、ククルは口の中がからからに渇く感覚を覚えた。
"ティンと血がつながってなかった"
ユルは一体何を言っているのだろうと笑い掛けたところで、ククルは凍り付いた。
――兄様と、血が…つながっていなかった?
嘘だ。嘘に違いない。兄様は私の本当の兄だ。だからこそ、神の力も――。
そこでククルは気付いたのだ。ユルとは血族ではないのに、兄妹としての力が奮えるのだ。ならば、ティンと血がつながっていなくとも――可能なのだ。
でも、どうして? どうして?
ククルは混乱しながらも踵を返し、のろのろと寝間に戻って布団に包まった。
もしかして、私はよその子だった? 拾い子だった…? だから兄様は、私には言わなかった?
"お前の血はとても濃い"とヤナは言ったが、それはもしかすると――。
ククルの家の他に、神の血を伝える家があったのだとすれば。そこが、ククルの本当の故郷なのだとしたら。
私は…誰…?
ククルは知らず、嗚咽を漏らした。
守りの力が足りなかったのは、実の兄妹でなかったからだろうか。だとすれば、自分の存在自体が致命的だったからだろうか。
わけもわからず泣きじゃくっていると、急に揺さぶられて目を開けた。
「おい、大丈夫か?」
珍しく、ユルが取り乱した様子でこちらを覗き込んでいる。
「…うん」
「お前、まさか」
おそらくユルは"さっきの会話を聞いたのか"と言い掛けたのだろうが、ククルは素早く首を振った。
「兄様の夢を見たの。だから泣いてしまったの」
「そうか」
ユルは一瞬面喰ったようだったが、明らかにホッとしていた。聞かれていないと思って、安心したのだろう。
「大丈夫かい」
凛とした声音と共に、今度はヤナが戸口に立っていた。
彼女に見透かされるのが怖くて、ククルは布団に包まって頷いた。
「大丈夫です。すみません」
まだ自分に注がれる視線を感じるも、ククルは敢えて気付いてない振りをした。
どうしても、あの話を聞いていたことを知られたくなかった。
「…ヤナ様?」
隣のサーヤが、不審そうに起き上がった。
「何でもないよ。皆の者、気にせずおやすみ」
ヤナに言われ、他も起き出していた少女達は再び眠りへ戻った。
ユルが自分から離れ、ヤナの足音が遠ざかるのを確認して、ようやくククルは全身に入っていた力を抜いた。
「道中、気を付けるんだぞ」
旅立ちの際、ヤナは真っ直ぐにククルとユルの目を見て言った。
「また、いつでもこの島においで。あの子達も待っている」
ヤナの振り返った先には、サーヤを筆頭とする小さなノロ候補達が頭を下げていた。
「集落まで、またこの子に案内をお願いしようかね」
ヤナの合図で、またあの山猫が現れた。
「まーたお前か」
「フーッ!!」
文句を言ったユルを山猫が威嚇し、ユルとククルは引っ繰り返りそうになってしまった。
「ユル、いい加減に刺激するの止めてよね」
「へいへい」
反省の様子がない。
「それでは、お世話様でした」
ククルが頭を下げると、ヤナ達も礼をした。顔を上げると同時に、ヤナと目が合う。
「思いつめるんじゃないよ。良いね」
「ヤナさん?」
「時が満ちれば、どんなややこしい問題も解(ほど)けるものさ。そういうものだよ」
小さな声だったので、ククルにしか聞こえていなかったかもしれない。
ヤナは口をつぐみ、手を合わせて祈りの姿勢を取った。
「お前達ニライカナイの御子に、ニライカナイの加護を」
そうして祈るヤナと少女達に手を振り、ククルとユルは山猫に付いて歩き出したのだった。
- 第五話 了 -