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しかし、のんびりしているわけにはいかなかった。 「ここに居て、見付けてもらえるのか?」 「とりあえず今は出ない方が良いよ。狂信者がまだ外に居るし、僕もこの迷路のことはわからないから下手に動くと迷ってしまう」 「そっかあ」 息をつくと、頭がずきずき痛んだ。ここに来てから、怪我ばっかりしてるなおれ。 「キャロラインは詳しいのか? そもそも、何なんだこの迷路?」 「ここは神殿を兼ねた迷路らしい。グリーム城の地下に隠されてるんだよ。だからキャロラインはある程度知ってるんだよ」 「神殿を兼ねた?」 おれは狂信者の言っていたことを思い出す。死の神に食われろ、とかとんでもないこと言われちまったな。 「罪人を閉じ込める場所でもあったらしい。もちろん今は使われていないらしいけどね。本来はいざと言う時、逃げ込む場所だったらしいんだけど」 「ああ、なるほど」 異教徒だとばれて追われた時に、ということだろうか。それなら神殿も兼ねているというのが頷ける。それよりも気になるのが"罪人"という単語だ。狂信者の言ってたことが思い出されて、身震いしてしまった。 「なあ、ジル」 「何?」 「おれ、裏切り者じゃねえぞ?」 声に滲んだ不安を感じ取ったのか、ジルは安心させるようにおれの頭を撫でた。 「知ってるよ」 「でも、狂信者達はおれを疑ってる。裏切り者は女だって言って」 「…そのことか」 ジルは大きなため息をついて、虚空を仰いだ。 「キャロラインが言いに来たのは、そのことだったんだよ。裏切り者が女だって噂が、流れてるって」 「それがおれだって?」 おれの問いに、ジルは首を横に振った。 「でも、狂信者と同じように疑っている人が居るかもしれないね」 「信仰のせいか」 「それも大きな要因だし、君は僕と共に突然現れた。よそ者を疑うのは、人間の哀しい性だね」 「その噂は本当だと思うか?」 たちまち疑念が湧く。まさかおれを嵌めようとして、本物の裏切り者が噂を流したのだとしたら――。 ジルも同じ考えだったらしく、渋い顔をして口を開いた。 「意図的に流された噂だと思うよ。まあ、本物の裏切り者が本当に女かもしれないけど。狂信者が君を疑うと知ってて噂を流した、というのが真実だろうね」 痛いほどの沈黙が、しばし流れる。 「もうおれ、嫌だ」 ぽつり、おれは呟きを放つ。 「もう、帰りたい」 おれは鈍感だけど、さすがにこんな風に悪意にさらされると応える。疑われて憎まれてばかりだと、嫌になる。何でおれは聖女なんだろうとさえ、思ってしまうんだ。 「我儘言わないで」 ジルは眉をひそめ、そっと囁いた。 「帰せるものなら、とっくに帰してるよ。でも、戦争が終わるまではもう出られないんだよ」 馬鹿なことを言ってしまった、とおれはすぐに反省した。無理矢理付いて来たのはおれだ。反対したのはジルだ。今更言ってどうするってんだよ、自分。 「全て終わったら帰れるよ。だからもう少しだけ我慢して」 「――ごめん」 おれは気まずくなって、そっぽを向いた。 子供みたいな自分が恥ずかしくてたまらなかった。 「大丈夫だよ、もうすぐ帰れるから」 優しく抱き締められて目を閉じた時、扉が開いた。 「ジル様! ご無事で――って何してるのよリャンヌ――!」 入って来たキャロラインは、凄まじい勢いでおれをジルから引き剥がした。 「おい、おれの心配はしてくれねえのかよ」 しかしキャロラインは心配するどころか、おれの胸倉を掴んで壁に押し付けた。 「黙らっしゃい。この有言不実行野蛮人! 誰なのよ、ジル様にあんまりくっつかないって約束したのは」 早口で小さく、しかし鋭くキャロラインはおれを脅す…いや問い詰める。しかし、有言不実行野蛮人とは酷すぎるぜ。 「わーるかったって!」 おれが閉口して怒鳴った時、ようやくアントワーヌとグザヴィエも姿を現した。 「リャンヌ様、ジル様! よくぞご無事で!」 アントワーヌが駆け寄って来たので、キャロラインも手を放して退いてくれた。 「全く心臓に悪いですね」 「ああ。狂信者はどうなった?」 「ご安心を。先ほど捕らえ、連れて行かせました。…ご無事で本当に良かった」 おれの問いにはグザヴィエが答えてくれた。 「ああ。危なかったんだけどな。まあ、それは後でゆっくり話すぜ。ともかく、ここから出たい」 おれの要望にグザヴィエは少し微笑んで、恭しく頭を下げた。 手当されて風呂に入って飯を食って落ち着き、おれは大あくびした。 この小部屋は掃除を済ませたと言っていたが、まだどことなく埃っぽい。 「さてリャンヌ様。お話お聞かせ願えますか。ジル様に会ってからのことは、ジル様から聞きましたから」 「はいよ」 おれはグザヴィエに頼まれ、ためらいなく頷いた。 飯を食いながら話そうとも思ったんだが、腹が減りすぎてて夢中で食べてしまい、話す暇がなかったという。 食べ終わるのを待っていたジルとアントワーヌとグザヴィエが、一斉におれを見る。 そうしておれは、グザヴィエが行ってしまって自分が連れ去られた後のことから語った。たちまち三人は渋い顔になる。 「四人だって?」 ジルはどことなく、青い顔をしていた。 聞き返されて、おれは戸惑うばかり。おれ、変なこと言ったっけ? 「リャンヌ様――私が捕らえた狂信者は、合わせて三人です」 衝撃が走った。つまりあと一人が逃げてしまった…? 「三人から、あと一人を今すぐ聞き出すんだ。そいつが裏切り者かもしれない」 ジルの一言に頷き、グザヴィエはあっという間に部屋を出て行ってしまった。 「――アントワーヌ」 ジルに呼び掛けられ、アントワーヌはジルの方を向いた。 「お前も、勘付いてる?」 「…ええ。なんとなく、ですが。あの噂が真実だとしたら、余計に…」 「裏切り者は、おれじゃねえぞ…?」 思わずおれは言い募ったが、ジルもアントワーヌも首を振った。 「君を疑うはずないよ」 「じゃあ、誰を。まさかキャロラインか? でも」 「違う」 ジルは一つ息をついて立ち上がり、窓辺に近付いた。窓の外を見ながら、ジルは呟く。 「グザヴィエの娘だよ」 「――え?」 一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。 「イザベルかマノンのことか? そりゃねえだろ。グザヴィエの娘だぞ」 「二人はグザヴィエの娘で、キャロラインの護衛。こちらの情報が、嫌ってほど手に入る。キャロラインが言ってたんだけど、キャロラインがリャンヌが憎いと相談した時、狂信者に相談してはどうかとイザベルに助言されたらしい」 「何だって?」 しかし、それで辻褄が合うことに気付く。 「何でキャロラインはそれ、黙ってたんだよ!」 「イザベルは助言しただけ、なんだよ。キャロラインは自分が悪いと思ってたんだ。だけど流れる噂を聞いて、もしかしたらと思ったらしい」 背中に冷たい汗が流れた。まさか、イザベルが――。 「グザヴィエには言ったのか?」 「いえ。私達がここに着いた途端、リャンヌ様失踪事件でしたからね。とりあえず落ち着いた状況で話そうと。娘なんですからね」 アントワーヌの説明には一理あった。自分の娘が裏切り者なんて、すぐに信じられる親が居るはずないもんな。 そのまま三人共黙っている内に時が過ぎ、扉が開いてグザヴィエが入って来た。その顔は真っ青だった。 「――申し訳ありません」 「グザヴィエ?」 いきなりジルの前に跪いたので、ジルは眉をひそめている。おれ達も何事かと、固唾を呑んだ。 「イザベル…だったと狂信者が吐きました」 氷のような空気が流れた。 「すぐに捕えました。私の責任です。申し訳ありません!」 グザヴィエは片手で顔を覆い、おれにも頭を下げた。 「顔上げろ、グザヴィエ。何でそんなことになったんだ」 「わかりません。何も…私も薄々勘付いていたのかもしれません。キャロライン様に近いあの子は同時に、情報に一番近いと…。ジル様が書いた手紙のことも、私達にもしものことがあればと思って娘達に教えておいたのです…」 虚ろな目をして、グザヴィエはつらつらと言葉を紡ぐ。 「落ち着きなさい、グザヴィエ。誰もお前を責めていません。イザベル嬢は、何と言っているのです」 「何も喋らない。何も――」 アントワーヌの問われても平静ではいられないらしく、グザヴィエはひたすら首を振り続ける。 「イザベル嬢はクラルテ伯爵に母親を殺されたのでしょう? それなのにどうしてあちらに着いたか、心当たりは?」 「ない。何もないんだ」 うなだれるグザヴィエの傍に膝を付き、おれはグザヴィエの肩に手を置く。 「…お前、勘付いてたのか」 『近しい仲間を疑うことになりそうですね』という一言と浮かない顔が、脳裏に浮かぶ。グザヴィエは、察していたんだ。けれど、行動に移せなかった。それは疑わしい相手が、実の娘だったからだ。 「申し訳ありません」 「謝るな。おれはこうして元気なんだから、良いじゃねえか」 おれはわざと元気に言ったが、ジルは甘くなかった。 「マノンの方は大丈夫なんだろうね?」 「てめえ! 何てこと言いやがるんだ!」 「リャンヌ。もし裏切り者を捕まえられなかったら、僕らは負けるんだよ。みんな、死ぬんだよ」 ジルの声は淡々としていて、冷たかった。何も言い返せずに、おれは唇を噛む。 「情に負けるわけにはいかないんだよ」 追い打ちを掛けるような一言だった。 「ジル様の言う通りです。マノンの方も確かめておきます」 グザヴィエは頭を下げ、力無い様子で立ち上がった。 「イザベルのところ、おれも行く」 「リャンヌ」 ジルが渋い顔をしたが、おれは指を突き付けた。 「どうせお前、行くんだろ? おれにだって話を聞く権利はある」 「…わかったよ。体は平気?」 「平気だ」 正直まだ頭は痛かったが、それよりもじっとしていたくなかった。 後ろ手に縛られたイザベルは、入って来た父親とおれとジルを見て、哀しそうに眉をひそめた。 「何か喋れ、イザベル!」 激昂するグザヴィエを片手で制し、ジルは一歩近付く。 「イザベル。何故、裏切った?」 イザベルは何も言わず、ただただ首を振った。言いたくないってことだろうか。 涙がその目から滑り落ち、おれは息を呑む。何か事情があったのか? でもそれだったら、何故言わないんだ? グザヴィエは涙を堪えながら、壁を拳で叩いた。 「もう一度言うが、何も申し開きはないんだな!」 イザベルは口をぱくぱくさせ、またも首を振る。 「姉様…こんなことってないよ」 いつの間にか傍らに居たマノンが、泣きながらグザヴィエにしがみつく。 マノンも辛いだろう。母親を殺したクラルテ伯爵に、姉のイザベルが仕えていたなんて、すぐに受け止められることじゃない。 グザヴィエは呻き、顔を覆って泣いた。 |
