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2.アントワーヌ



 おれはジルの視線を、まともに受け止めた。
「あんなんで、おれが納得するわけねえだろ」
 ジルは静かに階段を下り、おれの前に立った。
「どうして、言うこと聞いてくれないの?」
「理由、言わねえんだもん」
「だから、帰ったら話すって言ったじゃない」
 ジルは容赦なくおれを責めようとしたが、アントワーヌがジルの肩を叩いた。
「ジル様、人目があります。部屋で、ゆっくりお話ししましょう」
「…ああ」
 ジルはおれから顔を背けて、階段を上がって行ってしまった。
 おれがうつむいていると、グザヴィエが心配そうに顔を覗き込んで来た。
「大丈夫ですか?」
「ん」
 本当は大丈夫じゃなかった。心のどこかで期待していたらしい。ジルが呆れたように笑って、同行を許してくれることを。
「さあリャンヌ様、こちらへ」
 アントワーヌに促され、おれは階段を上がって真正面の部屋に入った。
 窓辺に立っていたジルは、無表情でおれを振り返る。
「ジル様、話してさしあげて下さい。話した上で、彼女がどうするか決めた方がよろしいかと。リャンヌ様なら、大丈夫でしょうし」
 アントワーヌの助言に一つ頷き、ジルはグザヴィエを見やった。
「グザヴィエ。リャンヌに話してあげて」
 自分から話す気はないらしく、ジルは窓の向こうに視線を向けた。
「はっ。聖女様、よくお聞き下さい。しかし、これから話すことは他言無用。約束出来ますか?」
「ああ」
 おれが深く頷くと、グザヴィエは声をひそめて告げた。
「クラルテ島は、異教徒の島なのです」
 おれは驚きすぎて、しばらく何も言えなかった。
「異教徒って、新教ってこと?」
「いいえ、宗派の違いではありません。宗教そのものが違います。多神教が、クラルテに生きているのです」
「それで――」
 そうか、それでジルはおれに付いて来ないように言ったんだ。おれは聖女で、本当なら異教を弾圧する立場だから。
「ジル」
 おれはジルに近付き、その無表情な面を見上げた。
「おれ、聖女としては行かない。お前の従者とか、そういう立場ってことにしてくれよ。それで――付いて行って、手伝いたいんだ。お願いだから、手伝わせて欲しい」
「…後悔しても、知らないよ」
「しねえよ」
 おれは、毅然として断言する。
「――負けたよ」
 ジルはおれの頬に触れ、優しく微笑んでくれた。

 夕食の後、おれ達は酒を飲みつつ音楽を聞いていた。ジルは眠いからと言って先に引き上げてしまったので、おれとアントワーヌとグザヴィエでテーブルを囲む。
 三人で話して、わかったこと。
「しかし、下手な歌ですね」
「わしは、あれくらいが素朴で良いと思うぞ」
 アントワーヌの呟きに、グザヴィエは粗野な口調で反論する。
「音程が外れているでしょうが。それなら、よっぽどさっきの女性歌手の方が…」
「あれはいかん。魂がこもっておらん」
 二人は睨み合う。
 どうも、アントワーヌとグザヴィエは相性が良くないようだということ。
 アントワーヌがほっそりしててインテリタイプなのに対し、グザヴィエはいかにも武人らしい体つきで頑固な性格をしているので、外見も中身もどこまでも対照的だ。
「そういえば、オッサン」
 と呼ぶと、二人共振り向いてしまった。
「どっちもオッサン呼びじゃ、ややこしいな。どっちか"オッサン"で、どっちか"じいさん"にするか」
「それでは、グザヴィエの方を"じいさん"にしたらいかがですか?」
「何だと! お前の方が年上だろう! わしが"オッサン"だ!」
 すかさず言ったアントワーヌに、グザヴィエが反論する。
「待て待て。んなケンカするんなら、どっちも名前で呼ぶぜ」
「初めから、そうすればよろしいでしょう!」
 二人に揃って指摘され、おれはむくれた。
「オッサンをオッサンと呼ぶのは、おれなりに親愛の情を示してるんだぜ?」
「じゃあ、ジル様を青二才と呼ばれるのですか?」
 グザヴィエの問いに、おれは力いっぱい首を横に振った。
 そんな恐ろしいこと、出来るはずがない。
「そういえばアントワーヌ、領地の管理任されてるんじゃねえの? 出て来て大丈夫だったのか?」
 話題を変えついでに、おれはアントワーヌに尋ねる。
 かつてのネージュ公領はどっかの男爵の所領になってしまったが、実質の管理はジルが依託したアントワーヌが行っているはずだ。
「大丈夫ですよ。息子に全て任せて来ました」
「息子、居たっけ? いくつくらい?」
「リャンヌ様より、少し年上です。最近、結婚しましてね」
 アントワーヌは息子を思い浮かべたのか、優しい表情をしていた。
「息子はとっくに私の手を離れましたので、是非もう一度ジル様のお役に立ちたくて」
 アントワーヌは、本当にジルのことを心配してるんだな。
「何度も手紙を出そうとしたのですが、男爵が許してくれなくて…。今日、元気な姿を拝見して安心いたしました」
「ケチな男爵だな!」
 おれは思わず毒づいてしまった。
 その後になかなか見事な歌が披露されたので三人共しばらく黙って歌に聞き入っていたが、ふとおれは思い付いて質問した。
「そういえば…悪漢に襲われたじいさんってのは、グザヴィエなのか? それともアントワーヌなのか?」
「おや、私ですよ。どうしてご存知なのですか?」
 意外なことに、アントワーヌが手を上げた。おれが悪漢を返り討ちにしたことを話すと、アントワーヌは目を細めた。
「懲りない奴らですね。"弱者ほど弱く見える者を襲う"とは、よく言ったものです。私は鞘を付けたままの剣で、奴らを一網打尽にしてやりました」
「すげえなあ。剣、強いのか?」
 おれは素直に、感心した。
「昔、ジル様のお相手をしたこともあるのですよ。剣術の師範は別に居たので、たまにですが」
「へえー」
 幼いジルとちょっとだけ若いアントワーヌが剣を打ち合う姿を想像しようとしたが、上手くいかなかった。おれ、小さい頃のジルのこと全然知らないもんな。
 そこで、おれは思い付く。
「なあなあ、ジルの両親ってどんなだったんだ? お前ら、それぞれに仕えてたんだから詳しいだろ? 教えてくれよ」
 おれの提案に、アントワーヌとグザヴィエは顔を見合わせる。
「だってジル、おれに全然話してくれねえんだ。無理に聞くの、嫌だし…」
 けれど、本当はとても知りたかったんだ。
「わかりました。私達にわかることなら、何でもお聞き下さい」
 アントワーヌもグザヴィエも、優しく笑って頷いてくれた。
「ジルって、どっちに似てるんだ?」
 一つ目の質問には、アントワーヌが答える。
「容姿は、完璧にお母様ですね。もちろん、男女の違いはありますが」
「正しく。昨日見た時は、驚きましたな。まるで生き写しだ」
 グザヴィエが感極まったように、付け加える。
 ネージュの城に軟禁されていた時(さらりと言ってしまって良いのか?)、両親の肖像画を見せてもらったことがある。必死にそれを思い出そうとしたが、数年前に一度だけ見た絵だからか記憶は曖昧だった。でも確かに、母似だと思ったような…。
「ジル様は、色素が薄いでしょう」
「ん? そういえば、そうだな」
 グザヴィエに聞かれ、おれはジルの姿を思い浮かべる。プラチナブロンドとまではいかなくても、薄い色をした金髪。アイスブルーの瞳。肌も、おれより白いんじゃないだろうか。
「クラルテ島の者は、色素が薄い者が多いのです」
 そう言ったグザヴィエの瞳は、薄い緑だった。
「反対に、ネージュ家の方々は大体濃い青の瞳をしています。金髪の多い家系ですが、ジル様の金髪より色が濃い金髪の方が多いらしいですね」
 次いで、アントワーヌが父方の説明を付け足す。
 ジルには、母方の血が濃く出たんだな。
「性格は?」
 次の質問に、グザヴィエは首を振った。
「昨日お会いしたばかりなので、私には何とも」
「では、私から…。ジル様のご気性は、一見ミシェル様に似てますね」
「ミシェル?」
 おれが首を傾げると、アントワーヌは微笑んだ。
「お父様のお名前です。ジル様の本名は、ジル・ミシェル・ド・ネージュと言うはずですよ」
 そういえば、息子は最初の名前の後に父親の名前を付けられることが多いんだっけ。正式な場では、そう名乗っているのかもしれない。
「ミシェル様は、厳しく見えるけれど優しいお方でして。果断に富んで、冷静だとよく言われてましたね。ヴァランティーヌ様は…」
 確認を取るようにアントワーヌがグザヴィエを見やったので、グザヴィエが引き継いだ。
「とても優しくて穏やかだが、激しいところも持っていましたな。どこか感情的というか」
「確かに」
 二人で納得していたが、おれには気になることがあったので、問いを放った。
「一見、ってことは…本当は?」
 アントワーヌは、真剣な顔でおれに向き直る。
「ジル様はいつも冷静ですが、最後には感情に走ります。そこが本当に、ヴァランティーヌ様にそっくりです」
「へえ…」
 とは言ったものの、いまいち実感が湧かなかった。おれとジルだったら、おれの方が感情に走ってしまうと思ってたから。
「このこと、ジル様には言ってはいけませんよ」
「何で?」
 アントワーヌの忠告に、おれは首をひねった。
「ジル様は、ヴァランティーヌ様に似ていると言われることを非常に嫌います。容姿に関してもですが、特に性格のことを言うと怒られるでしょう」
「…どうして?」
「ジル様は、ヴァランティーヌ様のことが…好きではないのです」
 アントワーヌの一言は、食堂に流れる哀しい歌よりもずっと物哀しく響いた。

 それからもしばらく話していたが、途中でおれは眠くなって来た。
「おれ、もう寝ようかな」
 欠伸混じりにそう言うと、アントワーヌが懐から袋を取り出した。
「リャンヌ様、まだお部屋を取ってなかったでしょう。これで、宿代を出して下さい」
「悪いな。お前らはもう、部屋取ってるんだよな」
「納得行かないですが、私とこいつが同室の二人部屋です。まあ、路銀が少しは浮きますからな」
 グザヴィエはアントワーヌを指しつつ、ため息をついた。アントワーヌはグザヴィエには構わず、おれに向かって一礼する。
「ジル様は一人部屋でお休みになってます。リャンヌ様も一人部屋をどうぞ」
「へいへい」
 おれは袋を掴んで立ち上がった。
「そうだ、聖女様。これ、ジル様に渡していただけますか。合鍵を受付が渡すのを忘れていたらしく、さっき私に渡して来たのです。私達は、もう少し話がありますから」
「わかった」
 おれはグザヴィエから鍵を受け取り、食堂から出て行った。

 部屋取る前に風呂に入るか、と思って共同浴場の受付のおばさんに声を掛ける。
「おい、入って良いか?」
「ここ、女性用ですよ」
「おれ、女だ。わけあって男装中なんだ」
「嘘つくんじゃないよ! そんな胸のない女が居るもんか。男はあっちだよ!」
 おばさんは、向こうにある受付を指差す。
「男の服だから、そう見えるだけだ! 証拠見せてやろうか!」
 まあ実際、胸はほとんど"ない"に等しいんだが。
 おれが怒って服に手を掛けた時、後ろから誰かがおれの肩に手を置いて来た。
「彼女は女性です。入れてあげて下さい」
 振り向くと、ジルが居た。頬が少し上気していて髪が濡れているから、風呂あがりなんだろう。
「はあ、そう、ですか」
 おばさんはジルの微笑みに負けたのか、あっさり引き下がってしまった。
「ジル、今出たのか?」
「うん。一寝入りしてから入ったんだ」
 ジルは眠そうに、欠伸した。
「…もしかしてお前、昨日寝てないのか?」
 ジルはおれの質問には答えず、曖昧に笑ってみせた。
「ほらリャンヌ、入っておいで。もう部屋は取った?」
「まだ。今、受付混んでるから後にしようと思って」
「そう。じゃあね。おやすみ」
 軽く手を振って、ジルは行ってしまった。

 部屋を予約しようと受付に掛け合ったが…
「もう、最高級の部屋しか空いておりませんが」
 さっき受付に居た団体客が、根こそぎ部屋を取ってしまったらしい。
「ええ? それ、いくらだよ」
 耳打ちされた金額に、おれはもんどりうって倒れそうになった。高いという次元を超えている。
 ど、どうしよう…そんなの勿体なさすぎるぜ。
 おれは考え込んでから、閃いた。
 ジルと一緒の部屋に寝れば良いんだ! 幸い今、合鍵持ってるし。
「じゃ、良いぜ。んじゃな」
「お客さん、一エキュなら負けてあげますよ」
 そんなの何の足しにもならねえぜ、と呟きながらおれは階段を上がって行った。

 鍵が締まっていたので、合鍵で開けておれは中を覗く。一人部屋といえど、なかなか上等な部屋だった。アントワーヌとグザヴィエが、気を遣ったのかもしれない。
 暗い部屋の中、ジルはもうベッドに入って眠っていた。
「ジル、一緒に寝て良いか?」
 一応聞いてみたが、返事は返って来ない。深く眠っているようだ。
 ソファを捜したが、この部屋には硬そうな椅子しかないようだ。それに対し、ベッドは広めで二人くらい眠れそうだ。
「ジル、隣に寝るぞ。良いか?」
 やっぱり返事はない。ま、良いだろ。良いよな。
 おれは素早くベッドに潜り込み、数秒経たない内に眠りに落ちた。
 どのくらい眠ったのかわからないが、途中で寒気を覚えておれは寝返りを打つ。意識が朦朧としていたので、温かい抱き枕に何のためらいもなく抱き付き、そのままもう一度深い眠りに落ちたのだった。

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