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おれが目を覚ました時にはもう、ジルは起きていた。 「…おはよう」 無感動に見下ろされ、おれは目をぱちくりさせる。 「おう。お前、早いじゃねえか。いつ起きたんだ?」 「さっきだよ。誰かさんに蹴飛ばされて」 「誰かさんって…おれ?」 「他に誰が居るのさ」 それもそうだ。 「悪い悪い」 おれは起き上がりながら、欠伸をかました。 何だか、おれ達の間にはいつもと違う空気が漂っていた。 ジルは昨日のおれの発言引きずってるんだろうし、おれは色々あって頭ん中整理し切れてないし――。 「なあ、ジル」 「何?」 「昨日、どんな悪夢を見たんだ?」 おれの問いに、ジルは明らかに不機嫌そうになった。 「何でそんなこと知りたいの?」 「ええっと、それは」 「別にどうだって良いじゃない。君も僕もお互いに隠し事する。それでリャンヌは満足なんだろう?」 ジルの発言に、おれは眉をひそめた。 おれの失言は思った以上に、禍根を残してしまったらしい。 「違う。おれはそんなこと言ってない」 でも、確かにおれはジルをずるいと言った。おれが全て話しているのに対し、ジルが隠し事をしているのは不公平だと言った。 「――違うんだ」 上手い言葉が見付からず歯を食いしばるおれの肩に、マントが掛けられた。 「朝から口論はしたくないよ。リャンヌ、一旦自分の部屋に帰って着替えて来なよ」 「ああ…」 そういや、着替えはあっちだったっけ。 おれは寝巻きを隠すようにマントの前を合わせ、立ち上がった。 廊下を歩いていると、キャロラインの後姿が目に入った。角に設えられた窓を開け、外を眺めているようだ。 朝日に浮き上がった金茶の髪は目にも鮮やかで、腰は折れそうに細い。 気配を感じたのか、キャロラインは振り向いた。 「あら」 目元に光ったのは涙か、と思う間もなくキャロラインは目元を拭った。 「ええっと、おはよう」 おれの挨拶に、キャロラインは冷たい視線を寄越す。 「…どうも。何か御用?」 「いや、通り掛かっただけだ」 「そう」 あまりにぎこちない会話だったので、何とかしようとおれは話を振ってみた。 「な、なあなあキャロライン。お前って、クラルテ伯に会ったことあんのか?」 「当たり前でしょう」 小馬鹿にしたように、キャロラインは眉をひそめる。 「どんな奴なんだ?」 「――恐ろしい人ね」 その言葉に万感をこめて、キャロラインは呟いた。 「へえ…」 話が終わってしまった。 すると突然、おれの胸をキャロラインがいきなり掴んだ(掴むほどねえけど) 「な、何しやがんだ!」 「あなた、本当に女? ほとんど胸ないじゃない」 「るっせえ!」 慌ててキャロラインの手を引き剥がし、おれは間を取った。 「どこが良いのかしら」 「は?」 「何でもないわ。じゃあね」 キャロラインはさっさと手を振り、行ってしまった。何だ何だ。何だったんだ。 ちょうど着替えを終えたところで、ノックの音が響いた。 「リャンヌ様、支度が出来たなら一緒に朝食に行きましょう」 アントワーヌだ。 「おう、出来てるぜ」 おれは扉を開け、首を傾げる。アントワーヌもつられて首を傾げたところで、おれはアントワーヌの胸にいきなり手を当てた。 「――ない」 「あったらどうするんですか」 冷静に突っ込まれてしまった。 「一体、どうなさったんですか?」 「キャロラインに、同じことされてさあ。本当に女かって聞かれたから、自信なくなって来た」 おれは本当は男なんじゃないだろうか…。 「何を言ってるんですか。リャンヌ様は女性でしょう」 アントワーヌは苦笑いを浮かべていた。 「まあ、一応そうだと思うんだけど」 というか、「おれ、実は男だったんだ」と告白しても誰もびっくりしない気がする(ベルトランあたり、「やっぱり」とか言いそうだ) おれはくだらないことを考えつつ、部屋から出た。 「キャロライン様も、何を考えているんでしょうかね。リャンヌ様にそんなこと言うなんて――あ」 アントワーヌは何やら閃いたらしく、廊下の途中で足を止めた。 「どうしたんだ?」 「ふうむ。そういう気配があるとは思ってましたが、やはり。さすれば、リャンヌ様を目の敵にするのも…狙っている理由もそれが一因でしょうか」 何をぶつぶつ呟いてるんだアントワーヌ。 「いえ、何でもありません。ともあれ、グザヴィエの調査に期待したいですね」 「グザヴィエの調査? ああ、あのことか」 といってもまだ早朝だから、いくらグザヴィエが働き者でもまだ動き出していないだろう。 「どうなっちまうんだろなあ」 不安だらけだしジルとはケンカするし…で何だか、聖女堂が恋しくなってしまった。 着替えて朝食の席に行くと、イザベルがおれとアントワーヌに微笑み掛けて来た。 「おはようございます」 「おう」 「おはようございます」 おれとアントワーヌは、それぞれ挨拶を返す。 「よく眠れましたか?」 「まあ、それなりに」 会話しながら、イザベルはマノンとは全然似てないと改めて実感した。 マノンはこっちの話を聞かずに一方的に喋る感じだが、イザベルは反対に聞き役のような気がする。 「もう少しで食事の支度が整いますので、しばしお待ち下さい」 「ああ」 おれは適当に選んだ席に座った。 既に、テーブルには皿が並べられている。他の奴らはまだ、来ていないようだ。 「なあ、イザベル」 ふと、おれはイザベルに話し掛けた。 「はい?」 「キャロラインの父親は、どうやって殺されたんだ?」 イザベルは眉をひそめたが、おれの隣に座ってから答えてくれた。 「――毒を盛られたのです」 「食事に?」 「ええ。おそらくはクラルテ伯が送り込んだ暗殺者が、グリーム伯の屋敷に紛れ込んでいたのでしょうね」 イザベルが哀しそうにうつむくと、白いうなじが目に入った。 「犯人は、捕まってないのか?」 「はい。もし捕まえることが出来、クラルテ伯の命令だと吐かせることが出来れば、我らに有利になるのですが」 「でも、毒を入れられる奴なんて限られてるんじゃねえの? シェフとか、厨房に入り込んだ人間とか」 「それが、そうは行かないのですよ。グリーム伯は、最初に出されたスープを飲んだ後に倒れたのです」 イザベルの説明に、おれは口を開けた。 「他の奴らも、倒れたのか?」 「いいえ、グリーム伯だけでした。一旦、皿に入れられた後に毒を盛られたのですよ。――とすると、犯人を絞ることが出来ません。グリーム伯は猫舌で、食べる前に冷ます癖が在った。だからいつも、スープをよそってからしばらく間が在ったのです」 「食堂に入る人間は、制限されてなかった?」 気になったのか、アントワーヌが質問を投げ掛ける。 「残念なことに」 しかし、妙な話だ。伯爵ともあろう人の食事に対して、いくら何でも無用心ではないだろうか。 おれの表情に気付いたらしいイザベルが、真剣な顔で付け足した。 「グリーム伯は、十分警戒されていました。ただ、その警戒方法が"邸内から不審者を徹底的に排除"だったのです。屋敷内に、信用出来ない人間を置いておかなかったのですね」 「なるほど。それで、気が緩んだんだな」 まさか中に、刺客が居るとは思っていなかったんだ。 「本当に、悲劇でした…。奥方様は旦那様の死後、あまりに哀しまれてそのまま後を追って亡くなってしまいましたし」 「そっか」 キャロラインは、両親が居ないのか…。 「キャロライン様はジル様がいらしてから、とても嬉しそうです」 イザベルはやわらかに、微笑んだ。 「確かに、仲良さそうだよなあ」 おれはそう言いつつ、ハッとした。 ジルも、両親に先立たれている。境遇にも似たものがあるから、安心するのかもしれない。 噂をしていたせいか、当のジルとキャロラインが話をしながら部屋に入って来た。 「おはようございます、皆の者」 キャロラインに挨拶され、使用人達は一様に頭を下げた。父亡き今、家の主はキャロラインなんだろう。 キャロラインはジルに腕を絡めて連れて行ってしまい、大分おれから離れた位置に行ってしまった。よっぽどジルのことが気に入ったらしい。 ジルと一瞬だけ目があったが、おれは何となく逸らしてしまった。 「失礼します」 イザベルはおれ達に頭を下げてから、キャロラインの元へ行ってしまった。 「ジェルヴェ、おはよー」 いつの間に来たのか知らないが、姉と入れ替わりのようにマノンがおれの隣に座った。 「おう」 そこでふと、おれはマノンの目が赤いことに気付いた。 「お前、ちゃんと寝たのか?」 顔をよく見るために顎を持ち上げると、マノンの頬がほんのり赤くなった。 ――嫌な予感。いやいや、そんなまさか。気のせいだな。 「ちょ、ちょっと寝不足なだけだよ」 「そうか」 おれは今の反応を深く考えないことにして、漂って来る焼き立てパンの匂いに期待を膨らませた。 朝食が終わるとまたキャロラインがジルを連れて行ってしまい、おれはまたまた手持ち無沙汰になった。 「お部屋で、お話でもしましょうか」 アントワーヌに誘われ、おれも席を立つ。 連れ立って歩きながらも、おれは頭の中で色々考えていた。 キャロラインの涙が、どうも気になって仕方ない。泣いてる女は、何だってあんなに訳あり気なんだ(いや、理由があるから泣いてるんだろうけど) 「なあ、アントワーヌ」 ふと、おれはアントワーヌに声を掛けた。 「はい?」 「お前の奥さんは、息子と一緒に居るのか?」 グザヴィエの妻の話を聞いたので、アントワーヌの方も気になってしまったんだ。 「――いいえ。妻は、少し前に亡くなりました」 「え?」 アントワーヌは少し淋しそうに、微笑んだ。 「リャンヌ様が聖女になられてから、しばらくのことでした。妻は元々、病弱でして…」 「そ…っか。ごめん」 「いいえ、謝らないで下さい。もう一度ジル様のお役に立ちたい、というのは妻の願いでもあったのですよ。妻は最後までジル様のことを心配していました」 アントワーヌの妻を見たことはなかったが、優しそうな女性が何故だか想像出来た。 「奥さんは、ジルの面倒を見たことあんのか?」 「ジル様の――? いいえ、乳母はまた別の女性でしたよ」 アントワーヌの説明を聞いている内に、疑問が浮かんで来た。 「そういや、貴族って子供は母親が育てないんだっけ?」 「そうですね。ある程度までは、乳母が育てることがほとんどです。特にジル様とヴァランティーヌ様は、接触が少なかったと思いますよ」 そこで部屋に着いたので、アントワーヌがドアを開けておれに入るよう促してくれた。 「接触が少なかったって、どういうことだ?」 中のソファに腰掛け、足を組む。 「――お話、致しましょうか?」 「…ああ」 おれはためらいながらも、頷いた。 |
